1 / 35
第1話 嫁ぎ先は喪中城
しおりを挟む
葬送の鐘が鳴り響く。
馬車を降り、まさに見知らぬ異国の地を踏みしめようとしていた矢先のことだった。
「何事です」
先に下車し、手をさしかざす侍女長の風鈴が険しげに眉根をよせ、辺りの様子をうかがう。
到着早々、幸先の悪い黒暗々とした先触れに麗凜の麗しの顔に翳りをおびる。
だが動じず、風鈴の手をとり、美しい所作で裳裾を手にからげもち、麗凜の沓先が地面に着くか、着かないかで、人々の嘆きが辺りを包み込んだ。
誰ぞ貴人がご不幸にみまわれたのだろう。
ひっそりと夜陰にまぎれる、そそりたつ巨大な構造物を麗凜たちは不安のいりまじった目で見上げる。
「あれは!?」
憬麟、その国都、王宮への入口にすぐに白布が掲げられる。これは王ないし、または王妃、もしくは功臣の死にともない、その功績を称えまれに掲げられることもあるが、この場合、想定される人物とはおそらく王のものだ。
だが憬麟国の王はまだ若く、御年十九。少なくとも頓死を疑われるような年齢ではない。
若き憬麟王、翔禿は、老齢だった父王逝去にともない先月王位に就いたばかりで、若き王にはいまだ妃はなく、激しく翔禿が拒んだため妃が迎えられなかった、という異色の経歴をもち、隣国との和平を結ぶため紫耀舂華国から正妃として皇女が嫁賜されることになり、そうして選ばれた皇女が麗凜だった。
麗凜の手をやんわりと取る風鈴は血相をかえ、首を大きくふる。
「麗凜様、なりません」
風鈴によって制止された。
「ぇ? ちょっ……」
麗凜は半ば強引に、馬車の中へ押し戻された。
風鈴も慌てて馬車にのり、扉をかたく閉める。肩で荒い息を吐いた。
「麗凜様」
風鈴と視線を絡めれば、その言わんとしている意を解す。
「……ぇぇ。ただちに脱出するわ、出して!」
麗凜の命をうけ、馭者は馬首をめぐらせる。ぱん、と鞭がうたれた。
「いいこと? 大丈夫よ。ただ憬麟の者にけどられぬよう、一刻も早よう紫耀舂華国に戻ればいいだけのことよ」
風鈴はうなづいてかえす。その隣でわなわなと震える少女もこくこくとうなずいた。
今やるべきことが三人のなかで合致した。
このままでは囚われの身にされかねない。
嫁ぐ相手が亡くなったとあれば、この和平条約は保古されたも同然。皇女は拘束され、身代金を要求されるなど、どんな辱しめを受けるかもわからない。もっとも最悪なのが死だ。
その場合、そのまま皇女の死をもって戦へ発展することになるが、和平条約を結ばんとするほどだ。双方、戦の準備などととのっているはずもない。
だとすると憬麟国の重臣たちがよほどの阿呆でない限り、王が崩御したばかりの情勢不安定ななかで、隣国を敵にまわすような愚かな真似はしないと願うばかりだ。
「もっと速度はあがらないの」
「いぇ、姫様、憬麟の者にあやしまれましょう」
はやる気持ちは風鈴によって鎮められた。
確かに一理ある。
月はまさに頭上へ達する手前、ほどなくして日付が変わろうとしている。
そんな夜更けに街中を疾走させる馬車などあやしいにきまっている。遁走をはからねばならない事情ありありの上、やましさ全開だ。
「…………」
息をひそめ、麗凜たちは密やかに、かつ、すみやかに城門をめざした。
だがすぐに城から細い白煙があがる。
「気づかれたわ」
向かいに座す風鈴の肩越しに、月光により照る墨で描いたような漆黒の城から狼煙があがる。
着実に遠のいているはずなのに、なぜかその距離は縮まない。
むしろ、威圧感がます。
逃げられてなるものか、今や遅しと花嫁の到着を待ちわびている。
「逃げ切れる気がしないわ」
ぽつりと弱音がもれる。
「姫様、急がせます、ご案じめされますな」
そういって風鈴は馬車の壁を叩く。
「急いで! 」
それを受け、馭者はパンと馬尻に鞭を打つ。速度もあがる。
こんなにも不安にかられるのはなぜだろう。
そうか、すぐに答えが導きだされる。
「風鈴、水を差すようで悪いけど、狼煙があがったいま、門は封鎖されたと考えるべきよ」
冷静だった。自分でもびっくりするぐらい。
麗凜の言葉で落ち着きを取り戻した風鈴は、車内の片隅でうずくまる伎玉に目をとめた。
「その手があった!」
「ぇ?」
パチクリ、と少女は瞬く。
「ちょっと風鈴、まさか……」
彼女は麗凜と同じ年で、背格好もよく似ている。
そうした理由で影武者的に輿入れのさいの侍女に選ばれたと風鈴から聞かされていた。
背は一般的な女性のそれで、頭の形からかもしだす雰囲気まで我ながらよく似ている。
顔立ちは伎玉が丸顔だが、麗凜はすっきりとした顎のライン。
しかし、そこは女だ、いかようにも化けられる。化粧しだいで似せるぐらいなら容易である。
伎玉と同じ年といっても彼女のほうが産まれが早い。何かとおどおどしてみえるが、だだ、いざとなればお姉さんのように頼もしい。
麗凜にとって気軽になんでも話せる友人のような近しいものを感じていた。
「姫様、そのまさかですよ」
「ゃ、でも……」
「こうなれば背に腹はかえられませぬ」
「バレたらどうするのよ」
「その時はその時です」
あっさりと麗凜の意見は却下された。風鈴は狭い車内をにじりよる。
「伎玉」
「は、はい? 風鈴様」
少女の瞳に戸惑いの色を隠せない。
「いまからお前が麗凜様ぞ、わかったか」
「…………はぃ?」
少女のすっとんきょうな声が疾走する馬車内に響きわたった。
馬車を降り、まさに見知らぬ異国の地を踏みしめようとしていた矢先のことだった。
「何事です」
先に下車し、手をさしかざす侍女長の風鈴が険しげに眉根をよせ、辺りの様子をうかがう。
到着早々、幸先の悪い黒暗々とした先触れに麗凜の麗しの顔に翳りをおびる。
だが動じず、風鈴の手をとり、美しい所作で裳裾を手にからげもち、麗凜の沓先が地面に着くか、着かないかで、人々の嘆きが辺りを包み込んだ。
誰ぞ貴人がご不幸にみまわれたのだろう。
ひっそりと夜陰にまぎれる、そそりたつ巨大な構造物を麗凜たちは不安のいりまじった目で見上げる。
「あれは!?」
憬麟、その国都、王宮への入口にすぐに白布が掲げられる。これは王ないし、または王妃、もしくは功臣の死にともない、その功績を称えまれに掲げられることもあるが、この場合、想定される人物とはおそらく王のものだ。
だが憬麟国の王はまだ若く、御年十九。少なくとも頓死を疑われるような年齢ではない。
若き憬麟王、翔禿は、老齢だった父王逝去にともない先月王位に就いたばかりで、若き王にはいまだ妃はなく、激しく翔禿が拒んだため妃が迎えられなかった、という異色の経歴をもち、隣国との和平を結ぶため紫耀舂華国から正妃として皇女が嫁賜されることになり、そうして選ばれた皇女が麗凜だった。
麗凜の手をやんわりと取る風鈴は血相をかえ、首を大きくふる。
「麗凜様、なりません」
風鈴によって制止された。
「ぇ? ちょっ……」
麗凜は半ば強引に、馬車の中へ押し戻された。
風鈴も慌てて馬車にのり、扉をかたく閉める。肩で荒い息を吐いた。
「麗凜様」
風鈴と視線を絡めれば、その言わんとしている意を解す。
「……ぇぇ。ただちに脱出するわ、出して!」
麗凜の命をうけ、馭者は馬首をめぐらせる。ぱん、と鞭がうたれた。
「いいこと? 大丈夫よ。ただ憬麟の者にけどられぬよう、一刻も早よう紫耀舂華国に戻ればいいだけのことよ」
風鈴はうなづいてかえす。その隣でわなわなと震える少女もこくこくとうなずいた。
今やるべきことが三人のなかで合致した。
このままでは囚われの身にされかねない。
嫁ぐ相手が亡くなったとあれば、この和平条約は保古されたも同然。皇女は拘束され、身代金を要求されるなど、どんな辱しめを受けるかもわからない。もっとも最悪なのが死だ。
その場合、そのまま皇女の死をもって戦へ発展することになるが、和平条約を結ばんとするほどだ。双方、戦の準備などととのっているはずもない。
だとすると憬麟国の重臣たちがよほどの阿呆でない限り、王が崩御したばかりの情勢不安定ななかで、隣国を敵にまわすような愚かな真似はしないと願うばかりだ。
「もっと速度はあがらないの」
「いぇ、姫様、憬麟の者にあやしまれましょう」
はやる気持ちは風鈴によって鎮められた。
確かに一理ある。
月はまさに頭上へ達する手前、ほどなくして日付が変わろうとしている。
そんな夜更けに街中を疾走させる馬車などあやしいにきまっている。遁走をはからねばならない事情ありありの上、やましさ全開だ。
「…………」
息をひそめ、麗凜たちは密やかに、かつ、すみやかに城門をめざした。
だがすぐに城から細い白煙があがる。
「気づかれたわ」
向かいに座す風鈴の肩越しに、月光により照る墨で描いたような漆黒の城から狼煙があがる。
着実に遠のいているはずなのに、なぜかその距離は縮まない。
むしろ、威圧感がます。
逃げられてなるものか、今や遅しと花嫁の到着を待ちわびている。
「逃げ切れる気がしないわ」
ぽつりと弱音がもれる。
「姫様、急がせます、ご案じめされますな」
そういって風鈴は馬車の壁を叩く。
「急いで! 」
それを受け、馭者はパンと馬尻に鞭を打つ。速度もあがる。
こんなにも不安にかられるのはなぜだろう。
そうか、すぐに答えが導きだされる。
「風鈴、水を差すようで悪いけど、狼煙があがったいま、門は封鎖されたと考えるべきよ」
冷静だった。自分でもびっくりするぐらい。
麗凜の言葉で落ち着きを取り戻した風鈴は、車内の片隅でうずくまる伎玉に目をとめた。
「その手があった!」
「ぇ?」
パチクリ、と少女は瞬く。
「ちょっと風鈴、まさか……」
彼女は麗凜と同じ年で、背格好もよく似ている。
そうした理由で影武者的に輿入れのさいの侍女に選ばれたと風鈴から聞かされていた。
背は一般的な女性のそれで、頭の形からかもしだす雰囲気まで我ながらよく似ている。
顔立ちは伎玉が丸顔だが、麗凜はすっきりとした顎のライン。
しかし、そこは女だ、いかようにも化けられる。化粧しだいで似せるぐらいなら容易である。
伎玉と同じ年といっても彼女のほうが産まれが早い。何かとおどおどしてみえるが、だだ、いざとなればお姉さんのように頼もしい。
麗凜にとって気軽になんでも話せる友人のような近しいものを感じていた。
「姫様、そのまさかですよ」
「ゃ、でも……」
「こうなれば背に腹はかえられませぬ」
「バレたらどうするのよ」
「その時はその時です」
あっさりと麗凜の意見は却下された。風鈴は狭い車内をにじりよる。
「伎玉」
「は、はい? 風鈴様」
少女の瞳に戸惑いの色を隠せない。
「いまからお前が麗凜様ぞ、わかったか」
「…………はぃ?」
少女のすっとんきょうな声が疾走する馬車内に響きわたった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
捨てられた悪役はきっと幸せになる
ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。
強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。
その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。
それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。
「ヴィヴィア、あなたを愛してます」
ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。
そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは?
愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。
※この作品は、人によっては元鞘話にみえて地雷の方がいるかもしれません。また、ヒーローがヤンデレ寄りですので苦手な方はご注意ください。
※表紙はAIです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる