超絶寵愛王妃 ~後宮の華~

冰響カイチ

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第14話 青天白日なり

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「おはようございます、母上」

まだ仕度がととのっていないということで、たった一言、この、、を挨拶するためだけに外で、およそとろ火で大鍋の湯が沸くぐらいの間は軽く待たされた。

その間、白々と明けゆく穹に取り残された残月をぼぅと眺めていた。

昨日は俯庫に伎玉は姿をあらわさなかった。
何かあったのか。
体調を崩したのか。
皇女に怒られでもしたのか。

ーーやれやれ。首を振って打ち消す。頼りがないのは元気な証拠だろう。

思えば、弟の茶会で会ったのが最後。それも世間話程度だけ。

「…………」







そんなもので我慢できるかぁぁぁ!!




ぜぇはぁと肩で荒い息を吐く。

もし叶うなら、

顔を見たい。
声が聞きたい。
どさくさに紛れ、手をニギニギしたりとか?

あわよくば、唇を奪うーーーーなんてことも!?


「むむ!?  漢たるもの合意なくして不埒な行為におよぶなどありえぬ」

ならば合意のもとなれば?

「いゃ、合意の上であろうともダメだ!」

女子は尊いもの。性欲を満たすだけの道具ではない。
子を孕ませるための者でも、ましてや子を生むためだけの 道具ですらもないのだ。

魂の片割れなる連理の繋がりに導かれ、惹かれ、そして大切に育み、時満ちれば自然の流れのなかでいずれ糾われた縄のようにかたく結ばれるだろう。

女性を大切にできない漢はクズだ。


ーーそう言えば、と思った。


伎玉は当たり前のように弟の茶会に招かれていた。常連のように指定席まであるようで、当然のように座り。余が去る間際には軽く手を振ってさようならだった。

用がすめば邪魔といわんばかりに?


もう少し寂しそうにしてくれても?


余はそなたの何だ?


いや、伎玉のことだ。書架のことしか考えていなかったのやも。つまり、書架に負けた?  余は書架以下!?

「…………」

ガックリとうなだれる。

同じ穹のもと、同じ国にいるはずなのに、ひどく遠くに感じられる。

伎玉は知らないだろう。

君を想って夜も満足に眠れない男がここにいることをーーーー



「おはよう」

しごくどうでもよくなったところで、やっとこさ呼ばれ、今にいたる。


身綺麗に着飾った四十半ばの古狸妖怪的、若作りのためならばいかな苦心すら惜しまないだろう熟しきった美女だ。

「そなたもどうじゃ?」

「いぇ」

「そうか」

椅子にゆったりと腰をおろし、朝の一服をすする。
人差し指には金の飾り爪をさし、茶杯を優雅にゆるく回した。

「いい薫りじゃ」

うなづいてみせると、玲瓏なる音を奏でる二さしの歩瑤と蝶と花をあしらった花鈿。巨大な真珠を戴いた黄金の冠をかぶっている。

憬麟国、国母、皇太后・祥白しょうはくだ。

ふぁ、と小さくもらしたアクビを綾羅錦繍の袖衣のうちでかみころす。
大きな大輪の牡丹が艶やかに室を彩る。

皇太后の居室はこの国最高位の女性のためのものだけあって小さな小箱から飾り棚、卓子や寝台にいたるまでが最高級品の黒檀で埋め尽くされ、細やかな細工がほどこされた国宝級ばかりだ。

「…………」

この母には、財政難であるお国の事情など、きっと考えもしないのだろう。

財政難のいったんとおぼしき母は、日々大枚を喰らう宮中での暮しにどっぷりとつかり、息子の苦悩など歯牙にもかけずに生きている。

まぁ、それはそれとして。

「そなたは朝が早いのぅ。枯れた爺のようではないか」

「ーー!!」

ババァ、と小さく毒づく。

「ん?  どこぞから小汚ない言葉が?  そなたには聞こえたかぇ?」

「いいぇ」

拳をにぎる。

いゃいゃ待て。

もうすでに儀礼的挨拶はすんだ。もう一言もかわす言葉すらもない。あとは踵をかえすだけだ。

いつもならここで、では、とだけ告げて退散するのみ。

「…………」

けれど、ふと、弟を見習い、たまには世辞のひとつも、と思ったのがそもそもの間違いないであった。

「今日もですね」

ぶっきらぼうに言う。
心など米粒ほどもこもっていようはずもないのだから必然的にそうなってしまうのも無理もない。

「…………?  何か悪いものでも?」

目を真ん丸くして凝視された。

正直怖い。眸の周りを黒く縁取られ。まるでパンダかタヌキか。くっきりと線をひかれた眼力は半端ない。

「まだ食べてませんよ。ですから。これから帰っていただきます」

どうでも良さげに、ふん、と鼻を鳴らした。

「…………」

皇太后の柳眉がわずかに跳ね、苦虫でもかみつぶしたように複雑そうに眉根をよせる。
殷禿はおもいだしたような様子で頤を撫で付けた。

「にしてもーーーー」

あの顔に仕上がるまで、どのくらい時間がかかるんだ?

厚塗りすれば八割の女性はそれなりに美しく見える。
金はいくらでもあるのだから、溝という溝にねじこんで、些末ふんたいをあらんばかりに塗り込んで。

きっと笑えばひび割れるにきまっている。文字通り化けの皮が剥がれるということか?

朝から上手いことを言った!  爺、爺はどこだ!?   座布団をもて。一枚では足りぬ!  十枚もて!!  
いや、祝杯が先だ。酒と杯をもて!!

愉快、愉快。

可可と笑う。頤がはずれそうになってハタと気づいた。

「…………」

待てよ?
年間に換算すれば、白粉だけであの顔にいくらつぎこんで?

「…………気はすんだか」

底篭りした地を這うかのような低い女性の声音が室温すらも低下させる。

「ん?  はて。何やら寒さが増したような?」

殷禿は腕をさすりあげる。冷気というよりもはや霊気に近い。

「心の声が駄々漏れじゃ」

「ぉぉ。では以心伝心というヤツでしょう。語らずも母上にはいやが上にも伝わってしまうのでしょう。縁というものはこうも業が深いものかと感服いたしました」

口巧者にも饒舌に否を唱えつつ、屈服させた。

「これ、そこに誰かおらぬか。王様のお帰りじゃ」

室外にて待機する女官にむかって命を発する。

ほどなくして扉が開かれた。

本日の軍配は殷禿があげた。だが血が騒ぐのか。負けず嫌いに火のついた皇太后の逆襲はそれだけでは終わらない。

「それから殷禿」

「はぃ?」

「妾を母上ではなくと呼ぶように」

殷禿は小さく息を吐いたあと、にっこりと笑んで言う。

「はい。



誰が呼ぶかぁぁぁぁぁ!!





§



「おゃ?  珍しい。わざわざ内宮まで何用だ?」

「皇太后様に朝のご挨拶に参りました」

と耳にするや殷禿の顔からは表情すら消えうせた。

「ほぅ。それは律儀なことだ。あの母上とまともに話せるのはそなたぐらいのものだ」

「いぇいぇご謙遜を。さっそくやり合ってきました、って顔に書いてありますよ」

「そうか。ではこの兄を讃えよ。今朝は見事勝利してやったぞ!」

「それはおめでとうございます陛下」

殷禿は常からく、おはようございます、とだけ毎朝告げて帰途につく。
母親におべっかとか面倒くさいを通り越してわずらわしいだけ。時間の無駄であると感じていた。
殷禿の生母というだけで、それ以上でも以下でもない。ぶっちゃけ、どうでもいい。

皇太后という地位にしか興味をしめさない母。
父亡きあと、異母兄弟である妾妃が産んだ翔禿長兄に玉座を継承させ、自らは皇太后となった。実質、この国の王以上の権力を手にした。

だが兄亡きあと、実子である殷禿を王座にすえ、手にした権力の半分を失ったわけであるが、母は国王の実母である国母の地位を手に入れた。

母の目的はほぼ果たされたといっていい。

「うむ。我ながら今日の余は冴えていたと思う」

やり込めてやったのだから。いつも負けっぱなしでうっぷんがたまる一方だった。


その母が、どういうわけか実の息子の殷禿より、煌禿をかわいがっていた。
姉妹のように一緒に育った妾妃が残した愛息子ということもあるだろうが、人当たりもよく外交的で、話し上手な弟は皇太后のお気に入りだ。

まるで若いツバメを前に、女まるだしで、いい歳して鳥肌のたつおもいだ。身震いすらおぼえる。

息子と同じ顔、同じ声、年もそうかわらない弟を見る眼差しはまるで乙女のそれのようで、息子としては恥ずかしくていたたまれなかった。

「陛下。なぜ皇太后様とお呼びになられぬのですか」

「ん?   うーん。何故か負けたような気になる」

すると煌禿は閃き顔で掌をうつ。

「ぁぁ、あれですか。いとけない男児が好きな女児の気を引くためにやる」

「ない!  それだけは断じて!!」







「温泉?」

何気ない世間話を挟みつつ話題はあらぬ方へ。

「ぇぇ。紫輝の姫君とご一緒に。皇太后様からすでにお話しは?」

「は?   いつ?  誰がそれを許可した!?  聞いてないぞ!!」

「善は急げで、明朝。許可ならすでに皇太后様からいただいてあります。皇太后様いわく、王様におかれましては警備の兵士、道々の手配、その他もろもろを万全を期すように、との仰せです」

「は!?   余は旅行業者かっ!   しかもなぜ母上の命をそなたから聴かせられねばならんのだ!? 」

「なぜって…………馬が合うから?」

「ぁぁ、そうでしょうよ。余は昔から粗忽者で毛嫌いされ、かたやそなたは利発で気のきいたおべっかの一つも上手でした」

つん、と唇をとがらせる。まるですねた子供のようだ。幼い頃からちっとも変わらない。

クスリ、と柔和な微笑をこぼし、煌禿はさらに追いうちをかける。

「ご立腹のところ大変恐縮ですが、皇太后様におかれましては、州公に書簡を送って宮を整えさせるよう伝言を賜っております」

「だから!  なぜ母上の命をそなたから聴かせられねばならんのだ!?   言いたいことがあるならさっき直に言え!!」

殷禿の言い分はごもっとも。
それでも生真面目な殷禿は母の命令を遂行するのだった。


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