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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、21)
しおりを挟む灼熱地獄のつぎは、これまた拍子抜けするほどなだらかなのぼり坂。
ゆるやかな傾斜をのぼること数分。
「思っていたより案外楽だったな」
アンタ、はね。
体力オバケなセルティガにとっていつもの鍛練のつづきみたいなもの。
ティアヌからしたら、魔法が使えるからわざわざ鍛練するまでもないわけで、これまで運動が苦手の原因はむしろそこにあるといっていい。
昨今の運動不足を痛感した。
「あら?」
先頭を歩くティアヌの足が突如停止した。
「楽……? アレを見て、まだそう言える?」
ティアヌは松明の火力をアップさせた。
「ゲッ!? マジかよ……」
セルティガは我が目を疑わずにはいられなかった。
目の前に立ちはだかる壁・壁・壁。はるか頭上にぽっかりとあいた空間をうっかり見落とせば、行き止まり?と見誤りかねない。
人生と同じく、平坦で安穏とした日ばかりをおくれないのが世の常。
低迷を長くあじわい、辛苦のかぎりをなめつくした人と絶頂期真っただ中を突き進む人。
どん底からはい上がり、抜け出せずにもがき苦しむ人。そこから得られるもの。
それがどれほど、後々の人生を左右する大きな財産になるか計り知れない。
ティアヌはそれまでの平坦に歩んできた道のりをふりかえる。
昔は良かった、と過去の栄光にすがる人の気持ちがわからなくもない。
「そうは問屋が卸さない、って感じね…コレ。ちょっとナメてかかっていたかも……」
侮れがたし。
まさかこんな洞窟でこんなものにお目にかかるとは。
「おぃ……まさかコレをよじ登れ、ってこたぁ言わないよな?」
「冒険書にはそうあるわね。よじ登れと」
「ちょっと待て。コレを自力でよじ登るのか? 無理だろう。訓練をつんだ精鋭部隊か救助活動をする、その道のヤツらにしか不可能じゃないのか?
そもそもコレってどうやって造られた物なんだ??」
長い月日をかけ天然につくられたものか否か、問題はそこではない。
これが少なくとも三つあるらしい。ゆえに前に進むためには是が非でも攻略しなければならないのだ。
「うそみたいに見事に垂直な壁だな」
そう告げてから、セルティガはティアヌの手首ごと松明を壁にかかげた。
「ちょっ……」
ノミの跡やらは一切ない。塗り固められたコンクリでもなく、その岩肌は鉱物的な黒光りをしてなめらか。おそらく強度は、一度に百人はぶら下がってもビクともしないだろう。
「すげぇな、コレ」
「………手」
「手?」
しびれをきらし、ティアヌはセルティガの向こう脛を蹴りとばす。
「…………グッ!?」
セルティガはティアヌの手首を手放し、痛ってェとうなるや、その場にうずくまった。
ティアヌは奪いかえした手首をさすり、
「痛いじゃない!」
「それはこっちのセリフだ!」
「 あのね、か弱い乙女を乱暴にしないでちょうだい。いいこと?
一言貸してくれと言えば素直に貸すわよ! そこまで私の度量は、許容範囲がせまいわけじゃないわ」
「悪かった、すまん。ついな」
「わかればいいのよ」
ティアヌは気持ちを切替え、次なる難局と対峙する。
「よじ登るっきゃないようね」
さて、どうしたものか。
直角九十度、ティアヌの母国、セントワーム市にある『タンタウレスの丘』にある、今世紀最大ミステリーと学者たちが学会で物議をかもすオーパーツの一つの壁が、よくこれににている。
まったくそこに、人為的要素がないくせに、どうやってその時代にこれほど高度な物を造ることができたのか。
工程技術の解明やその使用目的を究明される日がまたれる。
ティアヌにしてみれば意外だった。先史時代に、今より高度な技術をほこっていたことに。
数々の先史時代の遺物を目にしてきたが、一つ一つに先史の人々の息吹を感じられた。
ある一つのメッセージとともに。
「魔道士に魔法を使わせないなんて」
魔法をもちいれば絶壁をのぼることなど呼吸をするように容易なこと。なれど、またもや、あの魔法を使わせない石像の目が光っている。
「な、使わせない、ってことに何か意味があるんじゃないのか? しいて言えば、達成感?」
セルティガのこのセリフは、ティアヌを瞠目たらしめる。
「元より魔法を使えるヤツは、魔法にたより、自らの力に驕りがち。自力で乗り越えようとは、はなっから考えもしないだろう?
もともとここは、巡礼者が必ず立ち寄る、いわばメッカだったんだろう?違うか?
もしかしたらそういった苦行を乗り越え、参拝することに意味があるから、こういったトラップの数々を仕掛けたじゃないのか?」
「…………」
セルティガのくせに一理ある。
たまに、まとも人間ぶるから素直になれなくなる。
「私にそんな薬は必要ない」
薬なら幼少の頃より与えられてきた。
どんなに願っても、
魔法がどんなに使えても、
叶えられないものがある、というニガイ薬を。
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