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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、39)
しおりを挟むティアヌはわずかばかり驚いたように瞠目し言葉をつまらせる。
次の瞬間、ふっ…と口の端をあげ、その仕草のあまりの美しさにセルティガの心が奪われた。
「―――――!!」
花がほころぶような天使の微笑。少女期のあどけない微笑みは、これまでの数日間中、誰にも見せたことのないティアヌ本来のものだった。
思わず息をのむ。
世の中の冷たさにそまりきった女とは違う。
この笑顔は計算されつくした作り笑いとはことなる。
これまでこの少女と行動をともにしてきたが、こんな人を引きつける微笑み方をする少女だっただろうか。
セルティガは思う。過去、学生時代の級友だったあの頃の少女(クラスメート)も、こんな見る人を魅了する微笑み方をしていただろうか?
否。誰にでも見せるものではない。これは心をひらき信頼関係が築かれたその証しなのだ。やるっきゃない、でしょう?と言わんばかりの微笑み。
「…………」
そう考えいたると、目の前の少女がどことなくいつもと違ってみえる。
セルティガのなかで何かが変わりつつあった。
「セルティガ?」
セルティガは食い入るような目つきでティアヌを見つめ微動だにもしない。
「……………」
ナカミのともなわない外見重視を好みとしてきたセルティガにとって、女性の内面など気にもとめたことは一度としてなかったにちがいなかった。
『どうせ連れて歩くなら、見栄えのよい女の方が』
これがこれまでの彼の口癖だ。
それがどうしたことだ。
これまで付き合ってきた外見ばかりを美しくよそおった艶やかな女たちを一瞬にして色あせさせてしまった。
化粧を厚塗りし、香水で男を惑わす女たち。それはまるでペンキを幾重にも塗り固め、フェロモンという衣装をまとい、美しくみえるよう作られた薄っぺらいひと時の儚い夢。
げに美しくあらねばならないのは、外見や見た目といったルックスではなく、内面からにじみでる美しさなのか。
トクン………。
胸の奥がかすかに疼く。
「……痛っ……☆??☆」
セルティガは鼓動を刻む心の内に手の平をかざし、ハッとした表情を浮かべ体を硬直させた。
「ちょっ……どうしたわけ?こんな一大事なときに。胸、痛むの?」
そっとさしだしかけたティアヌの指先をやんわりとかわす。
「い…いや、な、な、なんでもない、気にするな」
「そう?」
けっしてティアヌはセルティガの言うところの醜女ではない。女は化けるものだ。自在に姿形を七変化させる。あと数年もすれば美しい眉目秀麗なる娘へと変貌をとげることだろう。
しかしてまだ十四歳の少女は幼さゆえに童顔、さらにはムチムチとして、それがかえって丸みを強調させている。
長い手足も成長するにつれ、男泣かせな三頭身美人になること請け合う。その要素を十分にかねそなえている。
「本当に大丈夫なわけ?もう一度エグザルいっとく?」
「―――あのなぁ……」
いまこの瞬間、セルティガに不意打ちをあたえたティアヌの会心の笑みは、セルティガに対する信頼の証しであると同時に、一人の頑なな偏見をも打ち砕いた。
゛もしかして………俺って、コイツを一人の女の子としてみている……のか??゛
ありえない。が、果たしてそう断言できるのか???
こんな状況でなければ、セルティガは自分自身の心の内と真っ向からむきあうことができたのかもしれない。
「何をそこでもめているのかしら?」
あばら屋の女主人の一言で我にかえった。一斉に一本道のさき、老木へと意識がむけられる。
「!?」
「何も悩むことはないわ、こちらへいらっしゃいよ。お仲間がおまちかねよ?」
ティアヌの眉尻がピクリと反応する。
仲間……といえば他に思い当る人はいない。
「は~やく来ないと…………ふふふ。ニエにしちゃうわよぉ」
「なっ!?」
もはや選択の余地はない。やはりセイラはあの老木のもとで囚われの身とされている。
無事かまでは不明ではあるが、少なくともあばら屋の女主人の口振りからして辛うじて生きていることだけは確かなようだ。
「セルティガ」
言わずとしれた心の内。それをアイコンタクトだけで確認しあう。
「おぅ!」
いざ、セイラを救出に参らん。
二人は一本道へと一歩を踏み出した。
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