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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、45)
しおりを挟む今にも泣き出しそうな深い悲しみと苦渋にみちあふれたその表情にあの勝ち気さはなく、ふと、もらした溜め息とともに冷たい雫がセイラの頬をつたった。
何がセイラの心を蝕み、これほど悲痛な面持ちとなって妖艶なる顔立ちをもゆがませるのか。
それはセイラ以外の誰にもわからない。
おそらくセイラにとってこの話題は触れてほしくない切実な事情も絡んでいるのだろう。
しかしながら、誰にだって知られたくない秘密なら一つや二つ隠しもっている。
もしそれが邪蛇の告げた『女海賊』となんらかの繋がりがあるのならば、いずれにしろその時がきたらセイラ自身の口から語られる。
ゆえに今はまだ『聞かないで』ほしいのだ。
ならば今ここで、こんな形で知る必要はない。
それに真実がいつも正しいとは限らない。
もし波乱万丈な生き方を選んだとしても、それはセイラ自身の人生である。
選んだ先の結果がどうなるのか、それによってどんな結末になるのか。それを決めるのもセイラ自身である。
贖われる罪も、最善と思ってはじめた顛末の行く末も、すべてひっくるめてセイラのものだ。
何よりこの旅をつうじ、彼女のことを少しは理解できていると自負している。
とても思いやりのある女性らしいこまやかな心配りと、それを隅々にまで行き届くことに心をさける人。
聡明にして賢明、見た目だけでなく、心根の清らかな人。
幾度となく傷ついたティアヌの心を姉のように気遣い労ってくれたそんな人だ。
もしそんな彼女が仮に海賊だったとしても、何かしらの事情があるはずだ。
それをセイラ本人の口からきくまで誰の言葉であろうとも信じない。
それだけの何かを築き上げるには事足りる時をセイラとともに過ごしたはずだ。
「私は、私の知るセイラを信じる。邪蛇の言葉なんかに惑わされないわ」
「この邪蛇が嘘をつくとでも?」
「私はこの数日間、彼女をみてきたわ。あなたの言葉よりお互いを信じあえる絆が私たちにはあるもの」
「絆、ね……。まったく人間とはおめでたくって忌ま忌ましい。
ある一面だけを見て、知った風な気になって、たかだか数日間で他人を理解できたと驕る。
その裏に隠された感情を偽り、本心ではこの女海賊のことを快く思ってなんかいないくせに信じあえる、とか軽はずみに言えてしまう」
「すでに人間であることをやめてしまった邪蛇に、何を言われても真実味にかけるのよ」
「そうかしら? そうではないと断言できて?
この邪蛇には人の心の内がよめる。奥底で渦巻く醜い感情ほど愉快なことはなくってよ?」
クッククッ……、と声をたてて口の端をわずかにあげ、見透かすかのように目を細める。
邪蛇の目には本当に心の内がみえていたのかもしれない。
だが邪蛇が言うような負の感情をセイラ対して感じてはいないのだ。
むしろ、いつかこんな女性になりたい、そんな憧れを抱いている…といっても過言ではない。
「愉快?? ……私は不愉快なんですケド……」
いや、それより、酸いも甘いも噛み分けているこの邪蛇を相手に勝算などあるのだろうか。
どこかに付け入るスキはないのか。
総じて二人を無事に炎の聖域から脱出させるチャンスを如何にして作り出せばよいのか。
「…………」
時間がたてばたつほどに事態は悪化。安全で確実なる手段をのぞむのなら、早めに手を打っておきたいところである。
すなわち『時は金なり(タイム・イズ・マネー)』
時を無駄に費やしてはならない。
ティアヌは再びセイラを見やる。
衰弱しきったセイラ。肩で荒い息を吐く。
ついでに、見るとなしにセルティガへと視線を泳がせれば、いつでもセイラを背負う気満々、遁走の合図を待ちわびている。
その弱りきったセイラを背負い、狭い洞窟内をかけずりまわりながら魔族と一戦交える?
―――却下。
不可能だ。
セルティガの強靭なる肉体と超絶技巧の剣さばきをもってしても。
魔族と遭遇した時点で安全・確実さは失われる。
火竜玉しか使えないセルティガの魔法なんて、魔族にしてみれば魔法のうちにはいらない。せいぜい温熱治療なみの肌を焦がす程度。敵に塩を送ってなんとする。
と、その時、セイラの体が斜めにかたむいた。
「セイラっ!?」
「…………だ…大丈夫……耳元でわめかないで…ぇ」
セルティガはセイラの肩を抱き、ティアヌを見据える。
「…………」
交差する瞳。もはや一刻の猶予のないことを確認しあう。
が、しかしティアヌは首を横にふる。
まだ行動をおこすその時ではないと。
とは言うもののセイラの衰弱ぶりは半端ない。
早く医師の手に委ねねば生命の維持すら危ぶまれる。
だがこのままただ手をこまねいているだけでは、この危機的状況を打破することはできない。
――――急がねば!
様子をうかがいつつ、好機を待った。
次に邪蛇がティアヌの心の内をのぞきこもうとした瞬間、一瞬のスキを見逃さなかった。
【゛―――雷(いかずち)を運びたる雷神、ここによりてその閃光をもってすべてを焼きつくせ―――゛】
「ラドゥム!(招雷)」
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