魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、47)

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意表をついた作戦は、邪蛇だけでなくセルティガまでをも静止させた。



普段のセルティガなら過敏に反応したはずだ。


だがこの時、心と体が二つに引き裂かれていた。



ここにとどまり、ティアヌとともに決死の覚悟で邪蛇と一戦交えるべきか、



それともセイラだけでも安全な場所へ移動させることを優先すべきか。



「しかし!」



何よりもセルティガの判断力をにぶらせたのは、ティアヌ一人を置き去りにすること。



この作戦は、誰か一人を囮にせねばならない。



その適任者はティアヌをおいて他にはいないこともわかっている。



これは最善の策にはちがいない。



そんなことはセルティガにだってわかっている。



わかってはいるが、頭で理解することと体で感じることはそれを否定するのだ。



ティアヌにおしつけ、ノコノコと退散したとあっては漢がすたる。



それに―――、と心のなかで呟き、胸に手の平を押しあてる。



この胸の奥でチクチクと痛むトゲ。



この胸の痛みはなんなのか。



その答えをもとめるように、ティアヌを真っ向から見据える。




するとティアヌの右眉がはねあがった。



「しぃ~かぁ~しぃ?」



底ごもりしたティアヌの声に、セルティガは一瞬その身をたじろがせた。



その表情は見るまでもなく、想像するだに恐ろしい。



それでも怖いもの見たさから、チラリと横目がちに見やる。



「!?」



思わずギョッとして首をすくめる。



見なければ知らずにすんだ。



見るも悍ましい。もはや顔のつくりもへったくれもないまでに変貌をとげていた。



「…………ッ!?」



お前は人食い山姥か!?



仁王も顔負け、鬼気迫る鬼の形相。



その表情だけで心までも凍て付かせるほどの破壊力を秘めていた。



し…心臓によろしくない。



目に焼き付いてはなれそうになかった。



これで三日三晩、うなされることは確定されたも同然だ。



「…いや…だが…」



しかしながら……ちょっとそれは年頃の娘として如何なものか。



これでは悪いムシもよりつかないわけだ。


防虫剤いらずにもほどがある。



蚊取り線香でも薫いているがごとく、悪いムシが近付こうにも、ことごとく撃沈に終わるだろう。



女は度胸より愛嬌だぞ…と言ってやりたいところではあるが、セルティガはそれをジッと耐えしのぶ。




言えねぇ。




もしや、一瞬にして瞬殺!



いや…口にする前に間違いなく殺られる。



誰だって命は惜しい。



「ちょっと……?」



セルティガの表情から何かしらを感じとったティアヌは、さらに迫力を二割り増しさせる。



ここはティアヌの打ち立てた策いがいセイラを無事に救出する方法もあるまい…と重い腰をあげかけたその時。



「遠慮なくぶッ飛ばすわよ?」



ヒィ~ッと心の内なる悲鳴が聞こえそうなセルティガは、ティアヌの形相の恐ろしさになかば逃げ出すようにして、来た道、穴とは違う別の道(ルート)に向き直る。



「つかまれ」



「で…でも……」



有無を言わせずセイラを背中に背負うと一目散にかけだした。



速っ!?



逃げ足だけならゴキブリにもひけをとらない。



「セイラのこと、頼んだわよ」



ティアヌは二人の背中を見送ると、ったく世話のやける……とこぼした。



セイラを無事に救出できれば、ほぼ作戦成功といったところだ。



それよりも気になるのは邪蛇。



邪蛇はその間、特別何かをする風でもなく、気にする素振りなど微塵も感じさせない。



いや、むしろ邪魔者が消え失せたことから笑壷にいる。



「邪魔者が消えて、やっとスッキリしたわね」



邪魔者?



では意図的に仕組んだ一連の騒動だったのか?



もしそうならば、二年がかりで仕組んだことになる。



用意周到に事をはこんだにしては少々難儀な気もする。



そこまでして邪蛇は一体何をしたかったのか。



「はじめから用があったのは、ティアヌ、あなたの方よ。うすうす気付いていたんでしょ?」



「それってもしかして、大神官にまつわることかしら?」



おそらく、次なる大神官を招くためだけに、わざわざ御大(おんたい)、自らのりだしたのだ。



「まぁ、そんなところね」



「私になんのご用? 邪蛇にご指名されるほど名前は売れていないと思うけど」



「察しが良い子ね。そういう子、好きよ」



邪蛇に好かれても、それはそれで辞退したい。


初代大神官のように追い回される身になることだけは絶対に嫌ッ!



邪蛇がティアヌを虚海への旅を導いた。これがおそらく事のはじまりなのだ。



「旅のはじまりからしてどうにも腑に落ちなかった。


虚海への旅を依頼してきたあの金もち、あれもあなたが蔭で糸を引き、この炎の聖域へ私たちがくるよう仕向けた、違う?」



「人間の心を操るって存外楽しいわ」



そう言ってあえて否定はしなかった。


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