魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、49)

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すでに亡くなっているものと思いこんでいた父は、実はまだ生きていて、帰りたくても帰ることができなかった?



これが真実か否か、最後まで聞いてみないことにはわからない。



一つだけわかることは、ティアヌには選択の余地などはじめから用意されてはいない、ということだけだ。



「とりあえず、その取引とやらをうかがいましょう。答えはそれからよ」



「それでいいわ。何も難しく考えることはないの。


ふふふっ……いたって簡単明瞭よ。あなたに大神官の座を継いでもらいたいの」



「は?」



思わずマのぬけた声で問い返す。



「もちろん、ただ継ぐだけじゃないわよ?


大神官は時を自在に操ることができるというのはあなたも承知していると思うわ。けれどそれだけではない。


そこであなたに正しい知識を与える。大神官とは一体なんなのか」



「正しい知識? これみよがしに私にそんな知識を与えて、邪蛇にどんな得があるっていうの?」



すると邪蛇の表情がかたくなる。



慎重な面持ちをうかべたのち小さく呟いた。



「あるわよ」と。



邪蛇の真意…那辺にありや。



それを与えることの意味。



そこからティアヌに何をさせたいのか。皆目謎である。



「そもそも大神官とは、眠れる獅子・黒竜に仕える神官のことなのよ。黒竜について、どの程度の知識をもっていて?」



「黒竜についてはごく一般的なものまでね」



「そぅ。なら、なおさら知ってもらいたいわ。


真実を真実として受け止めるかはあなたしだい。少しは興味をもってもらえたかしら」



「とりあえず拝聴しましょうか」




邪蛇が語る黒竜。



獅子の頭部をもつ巨大な竜だ。それも連なる山をもしのぐほどに。



凄まじい強大なる力を内に秘め、その気性は荒々しい。



一息吐かば湖は一瞬にして消え、野や山は跡形もなく黒い不毛の大地とかす。



鋭い爪で大地を踏みしめれば地表は陥没し、時空をものみこむ風穴となる。



その姿は神々しく、流麗なる長い鬣(たてがみ)を振り乱し、



その背にある黒き翼を羽ばたかせれば、日を遮り、この世を暗黒へと導く。生きとし生けるものすべてがその死の翼にふれる。



それが聖書で語られることのなかった人々が崇める神の真の姿。



聖書にて神にたいする注釈が記されなかった理由がこれなのだ。



真実を知れば、人々の恐怖に顔を歪めるさまが想像に難くない。



知らぬが仏。暗黙の了承のうち、誰かの思惑により聖書から抹消された。



その人物とは誰なのか。


それはその時代の生き証人である邪蛇にもわからない。



『見えざる神』『姿を忽然と消した』などとあやふやな表現で、聖書は有耶無耶に言葉をむすぶ。



「ティアヌ。ゆえに大神官の大事な仕事とは、黒竜を時空のはざまに封印すること。


それが砂の民と精霊の混血である王族、これを光の民の宿命となす」



人間よりやや長命である砂の民。神の分身とされる大地の守護者、精霊。



その混血は光の民とされる。


その光の民のなかでも、王族とされる直系の血筋を神に仕える大神官とみなされてきた。


砂の民と精霊のより強い結び付き、それこそが重要とされる。



「大神官のその力の源は、七人の精霊王より授けられしものなり。


よくって?精霊と条約を結ぶこと。これができてはじめて大神官として精霊界で認められるのよ。精霊が認めないことにはお話しにもならないわ」



精霊王、つまり種族ごとに精霊をたばねるその精霊王と、条約を交わすことで精霊王の加護をうけられるようになるのだ。


ひいては精霊界での異変も条約を結びなおせばおさまりをみせる。



「あなたもここまで旅をしてきたのなら、精霊と遭遇したこともあったでしょう?」



「えぇ、そうね」



その存在を疑う余地はない。水の精霊を目の当たりにし、精霊界の異変を肌で感じとった。



古来より人と精霊は友だった。


けれど今はこの言葉の響きが遠い。



ふと、燦然と輝く、ほのかな冷たさに意識をかたむける。



――――大神官、か。



確実に、いやがうえにも翻弄される。



これがティアヌの背負うべき宿命??



「もし私の取引に応じるのなら、今後あなたたちの旅にいっさいの手だしをしないことを約束する。


あなたたちの命と身の安全はこの邪蛇が保障するわ。時の神殿へたどりつく、その時まで」



もとよりそのつもりだったのだろう。


セイラとセルティガを逃がした時も、これといって攻撃をしかける素振りなどみせなかった。



だから『邪魔者が消えてスッキリした』の一言には、ティアヌと二人だけでこの取引を結びたいがための意味合いがこめられていたのかもしれない。



「それを鵜呑みに信じてもいいのかしら?」



邪蛇に疑惑の目をむけた。



それをそのまま信じる愚者はいないと。



すると邪蛇は微笑んだ。



「信じてもらういがい他に方法はないわ」



それは目を見張る清らかな微笑み。



あながち書物に書かれたあの一文もまんざらの嘘ではなかったようだ。



『彼女は世に名高い絶世の美女だった。容姿の美しさもさることながら、心の清らかさはどんな頑なな心をもうちくだく。


彼女の口から奏でられる言の葉は、世界を清浄に導きたもう』



とある。



実体ではないとはいえ、時折見え隠れする邪蛇の素の表情ひとつとっても、人間だったころの彼女はとても魅力的だったに違いない、そう思わせる何かがある。



「信じない、と言ったら?」



「愚問ね」



邪蛇の表情からうかがえる。



「それに………」



と口にするや、その表情は一変する。意を決したものだけが見せる顔つきだ。



これからがこの取引の真意のほどが語られる、そうティアヌは感じとった。





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