宮廷奏術師の二度目

継津 互

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本編>第一綴:——

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 日は昇る。

 昨夜の跡は嘘のように消えた。今はただ焦げた蝋と果実酒の香気が、部屋の記憶としてかすかに残るばかりだ。
 頭が痛んだのは反動のせいか、それとも彼の影がよぎったからか。散逸した印象をつなぎ合わせていけば、思い出されるのは自分の愚行だ。昨日に行けたなら私は私の持っていたボトルを叩き割ってでもあの馬鹿を止めるだろう。

 吐き気もめまいもあったが、ゆっくり寝ている暇はなかった。アミュレットを用意する。二日酔いの緩和が役立つのはこういう時だ。



 月曜の今日、テフティカン祭までは三週間を切っていた。昼過ぎ、儀式のための合わせ練習がひとまずの休憩に入ると、奏術師たちはみな緊張の糸の切れたようにぐたりと脱力し、片付けも最小限に銘々めいめい席を立っていく。奏術に限らず魔法というものは心身をなかなかに消耗してくれるので無理もない。しかし短い昼餐が終われば、その後にはまた練習が控えていた。

「レーベンツァイト奏士」
「私か」

 羽織り直したコートの裾をはたいていると、ひとりの使用人から声がかかった。どうもじっと機会を伺っていたらしい。

「こちらを」

 手渡されたのは手紙だ。赤い封蝋は割れひとつなく、送り主から受取人までまっすぐに届けられたことを示している。

 使用人はもう一つ同じようなものを持っていた。おそらく同じ差出人から。そちらは私宛ではないらしい。

「ダミアン・C・グルーバー……」

 どこかで聞いたことがあるような。そう記憶を探ろうとした私の耳に横から飛び込んできたのは

「メーヘム奏士」

先ほどの使用人の声。

 面倒事の気配を察知し、封も切らずに手紙をポケットへ突っ込む。私とエリオに手紙、おそらく碌なものではない。後で読もう。後回しにしても無いことにはならないが。

 なんでもないように襟を正しつつ、ちらりとエリオの方を見る。既に開けて読んでいる彼の顔は、遠目に見てもいいとは言い難い。
 見すぎてしまったのか目が合った。偶然ではない、おそらく私に声をかけようとして、だ。しかし配置の関係で私と彼の間には距離があり、近づくにしても部屋を出ていこうとする人の流れが邪魔になる。

 “外で”——エリオは身ぶりで私にそう示した。


「受け取りましたか」

 流れから逸れた柱の影、彼が見せるのは綺麗に開けられた手紙——私が受け取ったそれとほぼ同じものだ。

「ああ。まだ読んでいないが」
「なら今読んだほうがいい、招待状です」

 私は渋々封を切る。
 そこには夜会に招待したいという旨の文言とその詳細、そしてメッセージが書かれていた。それを読み思い出す。

「木曜の夜会にいた男か」

――先日拝見した貴殿の奏術に、深く感銘を受けました。ぜひ直接お話する機会をいただきたく存じます。また貴殿の門下の方がなかなかに興味深いお人柄であるとうかがいました。もしご都合がよろしければ、ぜひご一緒にお越しください。

「面識があるんですか」
「いや、見たことはあるが話したことはない」
 
 部屋を出る人の数もまばらになってくる。これ以上ここにいては逆に目立つか、と移動しながら話そうと提案し手紙を懐にしまう。

「お前の方は」
「ないともあるとも」
「……つまり?」
「たまに見るんですよ、あの酒場で」

 表情からしてあまり仲は良くなさそうだ。

「どういった人物か知っているのか」
「多少は。向こうは酒場にお忍びで来ているんだか、ダミアンともグルーバーとも名乗りませんけどね」
「ならお前はどう見破ったんだ?」
「会話の内容とあとは偽名というか……彼はツェーザルCäsarと名乗るんですよ、ミドルネームをそのまま」

 なるほど、隠す気があるのかないのか。

 焼けた脂の香ばしい匂いが漂ってくる。話しながら歩いている間に食堂まで来たらしい。このまま昼食を共にするのかと思うと気まずかったが、ここまで来て別れるほうが不自然だった。

 直接国力に関わってくるものであるから、王宮の擁する魔法使いの数は凄まじい。ゆえに昼時の食堂の喧騒はかなりのものだった。年々増加する王宮所属の魔法使いの頭数に合わせ、大人数を収容できるよう幾度か移築、改築を重ねられたこの建物であるが、それでもまだ問題は多かった。例えばそう、魔法使い全体で一つしかないというのは、早急に解決すべき問題だ。

「……今日はだいぶ荒れてますね」

 彼のつぶやきの裏で水差しがとぶ。

「疲れがたまっているんじゃないか」

 燭台がそれに応じる。

 穏やかな談笑が聞こえるだけでいいはずの食堂は、時に怒号とカトラリーと魔法の飛び交う戦場へと変貌を遂げる。
 魔術師と奏術師との間の暗黙の了解で両者は区画を分けていたが、その程度では喧嘩の予防になぞならなかった。

「それで、招待は受けるおつもりですか」

 魔術師側から飛んできたグラスを見事に跳ね返しつつ、エリオが問う。

「来週の火曜か。私は空いているが……お前次第だな」
「僕次第?」

 招待状のメッセージを思い返す。貴殿の奏術がなんとやらと書かれていたが、あれはリップサービスに過ぎないだろう。おそらくだが、グルーバー氏が本当に話したいのはエリオの方。しかし関わりの全くない、少なくともそういうことになっている人物を呼ぶというのはなかなか挑戦的なことだ。ましてエリオは王宮の異端児である。少しでも接点のある私を招き、その弟子であるからという自然な理由でエリオを呼びたいのだろう、それが私の推測。

「空いています。けれど正直に言うならば、僕はあなたにこの招待を受けてほしくない」

 なぜ、そう訊く前に流れ弾を弾く。待て、誰だまだ肉のこびりついている骨を投擲武器にした奴は。

「理由は」
「それはあの男がっ……、いや、端的に説明するのは難しい……それにここで話せる話じゃない」

 エリオは言い淀む。それから決心したように、こう言った。

「どこかで時間を作れませんか。二人きりで、静かに話せる場所がいい。少し前から悩んでいたことですが、昨日の今日で決心がつきました。僕はあなたに明らかにしなくてはいけないこと、そして確かめなければならないことがある」




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