宮廷奏術師の二度目

継津 互

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本編>第一綴:——

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 誘いに応じてくれたことも、王宮の庭の端でくれた返答も、彼が僕に敵意を持っていないことを示していた。

 そして現国王陛下のもとでは評価されないという言葉も、なぜ庇ったのかという僕の質問に対する反応も、彼が僕の知る“彼”であることを示していた。

 お前のほうが先にいったくせに。昨夜のそれがもたらしたのは確信だった。

 僕は彼が二度目を生きているであろうことに気づいているが、彼は僕が二度目を生きていることに気づいていない。これまでの態度からしておそらく、いや確実に。
 彼がやり直しを望むなら、僕は何も知らないふりをしていたほうが良いのだろう。けれどあの危うさを見、そして明かさねば説明しがたい諸々が出てきた今、それはできなかった。彼から言うことはないだろう、だから僕から言わねばならない。難しいのはどう切り出すかだった。





「……クソったれの神が」
「エリオ」

 諭すように名を呼ばれる。
 今だけは許してほしい。どうやったら夜会当日までろくに話せないなんて状況になるんだ!

 ✧

 四月も中旬、寒さの薄れた花の時節。画家の筆致は軽く、色使いもやわらかになり、街を往く人々の手からは次第にコートやケープがはなれていく。陽の庇翼のもと草木はその蕾をほころばせ、街路にも庭園にも眠たげな甘さが満ちていた。通りを吹く風——霞の向こう、遥かな山嶺からの便りには、幼い緑のたどたどしい字が書き添えられるようになった。
 
 トピアリーの影をひらひらと花がうつる。かと思えばそれは、春色に翅をいた小柄な蝶であった。

「時間を取れなかったことは申し訳ないと思っている」
「謝らないでください、あなたは悪くない。そして僕も悪くない」

 ただでさえ忙しい祭前のこのとき、重ねて事件が起こったせいで、奏術師らは忙殺されていた。結局パイプオルガンの件もそれに続くヴァイオリンの件も、さる奏術師付きの従者が起こしたということで落ち着き、その人物への処罰も既にされたという。目的は朝織の妨害だというが、理由については頑なに口を割らなかったそうだ。わかっている、こんなもの、ただ表面をそれらしく繕ったにすぎない。真相は縫合痕の下。しかし縫い目を解いて真相を追うには、時間にしろ証拠にしろ、今は不足が多かった。

「それで、話というのはなんだ」

 対話の場所として選ばれたのは例によってあの庭園だった。ここがエリオの気に入りであることは本人に聞かなくともわかることだ。遠巻きに見ていたので知っている。王宮に参じた十四の時分から、この庭園は彼の仮初の安息地であった。

 さらざらと波立つ水面を乱し、小鳥たちが遊んでいる。羽を膨らませ、雫をはね散らしながら水を浴びる彼らは、街灯の上やリンデの梢でよく見かけるシナントロープだ。

「僕とあなたについての話です。あるいは、神や運命についてと言ってもいいですけど」
 
 いまいち要領を得ない私に、彼は続ける。

「僕が何年生まれかご存じですか」

 今が一七八〇年、二月生まれの彼は十八歳。

「……一七六二年だろう」

 私は返す。
 そうです、と言ってエリオは少し嬉しそうに笑む。

「あなたは知っているはずです、僕がここに来た日も、魔法使いとして祝福を受けた日も、師長と言い争って謹慎を食らった日も」
  
 思い出話、それにしては空気が硬かった。
 遠くから鐘の音が響いてくる。

「僕の予想が正しければ」

 彼はそう前置く。 

「あなたはこれも知っているはずです」

 太陽に雲がさしかかる。不意に遮られた光、不穏な気配に、小鳥たちが飛び立つ。

「僕がここを去った日、そして僕が死んだ日も」 
「は」

 頭上をさっと影が通った。両翼を広げ滑翔するそれは、ハイタカ。

「テオドール、僕にとって一七八〇年いまは二回目です。一度死に、何の因果かまたここにいます。多分、あなたもそうなのでは」
 
 言葉を理解しても、それを飲み込むのは難しかった。彼は何と言った、一度死に、ここにいる?彼も戻ってきたと……?

「どうか答えてください。僕が死んだ年は」

 鐘の音が都市の天蓋に反響する。重なる。あの初夏の夕暮れ、忘れもしない、私の脳裏に焼きついて離れなくなった呪いの日。

「一七八六年だ」

 目の前にいる彼は、あの時の彼とはまったく違う。若く、生命力に満ちていて、しかしその碧をよく見れば、たしかにそこには。

「間に合ってくれましたよね、あなたは。ちゃんと一人にしなかった。六月の日が沈む前でした」

 ゆるく笑みながら、エリオはなんてことの無いように言う。

「本当にお前なのか」

 訊く声は震える。

「たぶん、あなたの言う僕だと思いますよ」

 お久しぶりです、ようやくまた会いましたね。

 衝撃だったが、同時に「まさか」が精算された瞬間でもあった。違和感のあった言動も、私の知る十八の彼にしては大人びた振る舞いも、全部一度生を終えた後の彼だというのなら。

「いつから」

 いつからお前は“お前”だったんだ。

「この四月最初の日曜日からです。あなたとほぼ同じタイミングかと」

 雲ははるか上空を流れていく。

「どうやって私が二度目の生を歩んでいると気づいた」

 そう質問すると、彼は私のこれまでの言葉や行動をつらつらと挙げていく。時間がどうだの先にどうだのというのは自分でも把握していた。しかし最後。

「——それと、呼び方です」
「呼び方?」

 思いもよらない指摘に驚いてから、思い返し、気づく。

「あなたが僕のことをメーヘムでもエリオディアムでもなくエリオと呼ぶようになったのは、僕が二十三になったあの二月からのことなんですよ」




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