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吸血鬼、それは人に害なす存在だ。姿形も凶悪さもさまざまだが、それらすべてはすべからく滅されるべき存在であるということで共通している。教皇庁の定めたる法、それに従い吸血鬼を根絶する——それが吸血鬼狩りに課された使命。
「よォ、今朝は随分と遅かったじゃあないか、銀の暈。手こずったのか?」
公国の西、ケルーラインの小さな集落の寂れた酒場。店主はグラスを拭きながら、入ってきた客に一瞥もくれずそう話しかけた。
毎度思う。この教皇庁からの聖霊は頭の後ろに目でもついているのかと。
「いや」
「そりゃあよかった。情報が少なかったんで出会った人間を片っ端から殺しているかほとんど活動していないかのどちらかだと思ってたんだが、後者だったみたいだな」
小さな集落の寂れた酒場——に偽装した教皇庁の吸血鬼狩りの拠点。それはほとんどが根無し草の狩人たちのために用意された宿であり、命令や依頼を末端に伝えるための中継点でもある。
「飯は食うか?酒は?寝るなら部屋は上がってすぐだ」
軽食だけ頼み、カウンターに座る。
「相談事がある」
そう言うと店主はようやくこちらを向いた。
「珍しいな」
黒地に銀糸で刺繍したような目。見透かそうとするような視線が全身を射る。
狩人は沈黙を「話せ」の意ととった。
「大釘がいるだろ」
「ああ、あの異常者」
「あいつの飼ってる吸血鬼はなぜ許されているんだ」
吸血鬼狩りのひとり。ティコンと呼ばれているその男は、鳥型の吸血鬼を連れていた。吸血鬼の根絶が果たすべき使命であるのに、である。
「あれはあいつのペットだからだ」
「ペットならいいのか?」
「いや、だめだ」
狩人は顔をしかめる。
「あれは少し役に立つんだ、ティコンの狩りにな。だから法を犯してはいるが、皆見て見ぬふりをしている」
末端は緩いのさ、と笑い声。
「お堅いお前には理解し難かったか?まああれを殺したって特に咎められはしないだろうがね。相談事ってのはそれか」
「違う」
店主の手が止まる。
「じゃあなんだ」
狩人は淡々と言った。
「昨夜おれが狩りに行った古城の僭主だが、まだ殺していない」
「まさか」
店主は大声で笑った。
「お前がか、どんなやつでも斬り殺してきたお前が、吸血鬼を?!ハハハ、傑作だ!」
「それで」
「おっと、間違っても『飼ってもいい?』なんてガキみたいなことは聞くなよ、俺ァこれでも教皇庁付きの聖霊なんだ。『ちゃんと世話するならいいぞ』とか間違っても言ってやれない」
狩人は大人しく口を閉じる。
「末端は黙認してるがな、本体の方に行ってみろ、吸血鬼も飼ってたやつもまとめてこうだぞ、こう」
店主がしたのは斬首のジェスチャーだ。
「で、もう名前はつけてあるのか。お前が珍しく気に入ったその吸血鬼には」
教皇庁付きの聖霊なくせして興味津々だな、と狩人は思う。
「名前は知らない」
「知ら……?ないじゃなくて知らないなのか?」
「人型だ」
ゔぇ、と店主。
「お前マジかよ、ちょっと真面目すぎるだけの普通のやつだと思ってたんだがな、俺ぁ。そんな特殊性癖持ちだったとは」
「失礼なやつだな」
会話しながらも手を動かしていた店主から、冷えた塩漬けの野菜と肉、スライスされたパンを受け取る。軽食……か?これは。
「非敵対的な人型吸血鬼だ、そうそうお目にかかれない。昨夜致命傷を負わせたからしばらくあの古城から遠出はしないはず。その間にいろいろと聞こうと思っているだけだ」
「いいんだぞペットの一匹や二匹飼ったって。……おっと、これはペットの話な、ペットの」
店主はまたグラス拭きにもどる。
「で、じゃあなにに惚れたんだ?顔か?体か?」
「惚れ……??あの古城になにがいたと思ってる」
「そりゃあ仕事人間のお前すら惚れさせるほど、若々しく美しく抱き心地の良さそうな体をお持ちのご婦人だと……おい、まて、違うのか」
「古城の僭主は男型だったが」
パリン、とグラスの割れる音。
「お前……そうだったのか」
「なにがそうだ。違う。そもそも色恋に結びつけるな」
聖霊のくせしてこうも俗っぽいのはなぜなのか。
「なんだよ昔っからあるだろう、ヒトと亜人種との禁断の恋、なんてのは。そういうんじゃなきゃなんで吸血鬼と聞いたら即殺すようなお前が生かそうとするんだ?」
なんで……なんでなんだろうな。
答えられないことを隠すため、出された野菜と肉をパンで挟んで齧る。無視か、と店主は言ったが、それ以上深く追及しようとはせず、裏へ引っ込んでいった。多分、割れたグラスを片付けるため箒を取りに行ったのだろう。
僭主を古城の中に放り込んだあと。朝日に照らし出された庭を見て、己の中に罪悪感が湧き上がった。今までいくつも吸血鬼の造物を破壊してきたが、そんなことは初めてだった。踏み散らされた花を見て、幹の裂けた庭木を見て、目をそらしたくなったのは初めてだった。
血への渇望に呑まれた時、太陽の光を前にした時、あの吸血鬼の言った言葉は「殺してくれ」だった。これまた初めてされた要求だ。
多分、あれにとって生きる原動力であったものを、おれは悉く壊してしまったのだろう。物質的なものにしろ、そうでないものにしろ。
「また夜に来る」などと言ってしまったが、それまであの吸血鬼は生きているだろうか。自死などしていないだろうか。
(なにを馬鹿な考えを。あれは吸血鬼だ、死んでいたってどうということはないはずだろう)
店主は、無言で食事を摂る狩人の姿を見ていた。相手のことを想い考えるそれも色恋も、人であって人でない聖霊からすれば変わらないように映る。それによって狩人の刃が鈍るかどうか、それすらもこの不真面目で面白いもの好きの変わった聖霊にとってはどうでも良い。
「良き方に転がることを祈っておいてやるか」
店主はそうとだけ言い、割れたグラスを掃いて捨てた。
「よォ、今朝は随分と遅かったじゃあないか、銀の暈。手こずったのか?」
公国の西、ケルーラインの小さな集落の寂れた酒場。店主はグラスを拭きながら、入ってきた客に一瞥もくれずそう話しかけた。
毎度思う。この教皇庁からの聖霊は頭の後ろに目でもついているのかと。
「いや」
「そりゃあよかった。情報が少なかったんで出会った人間を片っ端から殺しているかほとんど活動していないかのどちらかだと思ってたんだが、後者だったみたいだな」
小さな集落の寂れた酒場——に偽装した教皇庁の吸血鬼狩りの拠点。それはほとんどが根無し草の狩人たちのために用意された宿であり、命令や依頼を末端に伝えるための中継点でもある。
「飯は食うか?酒は?寝るなら部屋は上がってすぐだ」
軽食だけ頼み、カウンターに座る。
「相談事がある」
そう言うと店主はようやくこちらを向いた。
「珍しいな」
黒地に銀糸で刺繍したような目。見透かそうとするような視線が全身を射る。
狩人は沈黙を「話せ」の意ととった。
「大釘がいるだろ」
「ああ、あの異常者」
「あいつの飼ってる吸血鬼はなぜ許されているんだ」
吸血鬼狩りのひとり。ティコンと呼ばれているその男は、鳥型の吸血鬼を連れていた。吸血鬼の根絶が果たすべき使命であるのに、である。
「あれはあいつのペットだからだ」
「ペットならいいのか?」
「いや、だめだ」
狩人は顔をしかめる。
「あれは少し役に立つんだ、ティコンの狩りにな。だから法を犯してはいるが、皆見て見ぬふりをしている」
末端は緩いのさ、と笑い声。
「お堅いお前には理解し難かったか?まああれを殺したって特に咎められはしないだろうがね。相談事ってのはそれか」
「違う」
店主の手が止まる。
「じゃあなんだ」
狩人は淡々と言った。
「昨夜おれが狩りに行った古城の僭主だが、まだ殺していない」
「まさか」
店主は大声で笑った。
「お前がか、どんなやつでも斬り殺してきたお前が、吸血鬼を?!ハハハ、傑作だ!」
「それで」
「おっと、間違っても『飼ってもいい?』なんてガキみたいなことは聞くなよ、俺ァこれでも教皇庁付きの聖霊なんだ。『ちゃんと世話するならいいぞ』とか間違っても言ってやれない」
狩人は大人しく口を閉じる。
「末端は黙認してるがな、本体の方に行ってみろ、吸血鬼も飼ってたやつもまとめてこうだぞ、こう」
店主がしたのは斬首のジェスチャーだ。
「で、もう名前はつけてあるのか。お前が珍しく気に入ったその吸血鬼には」
教皇庁付きの聖霊なくせして興味津々だな、と狩人は思う。
「名前は知らない」
「知ら……?ないじゃなくて知らないなのか?」
「人型だ」
ゔぇ、と店主。
「お前マジかよ、ちょっと真面目すぎるだけの普通のやつだと思ってたんだがな、俺ぁ。そんな特殊性癖持ちだったとは」
「失礼なやつだな」
会話しながらも手を動かしていた店主から、冷えた塩漬けの野菜と肉、スライスされたパンを受け取る。軽食……か?これは。
「非敵対的な人型吸血鬼だ、そうそうお目にかかれない。昨夜致命傷を負わせたからしばらくあの古城から遠出はしないはず。その間にいろいろと聞こうと思っているだけだ」
「いいんだぞペットの一匹や二匹飼ったって。……おっと、これはペットの話な、ペットの」
店主はまたグラス拭きにもどる。
「で、じゃあなにに惚れたんだ?顔か?体か?」
「惚れ……??あの古城になにがいたと思ってる」
「そりゃあ仕事人間のお前すら惚れさせるほど、若々しく美しく抱き心地の良さそうな体をお持ちのご婦人だと……おい、まて、違うのか」
「古城の僭主は男型だったが」
パリン、とグラスの割れる音。
「お前……そうだったのか」
「なにがそうだ。違う。そもそも色恋に結びつけるな」
聖霊のくせしてこうも俗っぽいのはなぜなのか。
「なんだよ昔っからあるだろう、ヒトと亜人種との禁断の恋、なんてのは。そういうんじゃなきゃなんで吸血鬼と聞いたら即殺すようなお前が生かそうとするんだ?」
なんで……なんでなんだろうな。
答えられないことを隠すため、出された野菜と肉をパンで挟んで齧る。無視か、と店主は言ったが、それ以上深く追及しようとはせず、裏へ引っ込んでいった。多分、割れたグラスを片付けるため箒を取りに行ったのだろう。
僭主を古城の中に放り込んだあと。朝日に照らし出された庭を見て、己の中に罪悪感が湧き上がった。今までいくつも吸血鬼の造物を破壊してきたが、そんなことは初めてだった。踏み散らされた花を見て、幹の裂けた庭木を見て、目をそらしたくなったのは初めてだった。
血への渇望に呑まれた時、太陽の光を前にした時、あの吸血鬼の言った言葉は「殺してくれ」だった。これまた初めてされた要求だ。
多分、あれにとって生きる原動力であったものを、おれは悉く壊してしまったのだろう。物質的なものにしろ、そうでないものにしろ。
「また夜に来る」などと言ってしまったが、それまであの吸血鬼は生きているだろうか。自死などしていないだろうか。
(なにを馬鹿な考えを。あれは吸血鬼だ、死んでいたってどうということはないはずだろう)
店主は、無言で食事を摂る狩人の姿を見ていた。相手のことを想い考えるそれも色恋も、人であって人でない聖霊からすれば変わらないように映る。それによって狩人の刃が鈍るかどうか、それすらもこの不真面目で面白いもの好きの変わった聖霊にとってはどうでも良い。
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