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プロローグと序
盗賊少女Ⅲ
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賑わう大通りとは対照的に、日当たりの良くない静かな路地裏に少女の足音が響く。
まさに迷路のように入り組んだ狭い道を、右折し、また右折し、今度は左に曲がったかと思うとしばらくそのまま進み...というふうに逃げ回った。
あの男の姿も気配もない。
「よし、逃げ切ったか」
ふう、と息をつく。
腰に手を当ててゆっくりとまた歩き出した。
「おい」
あまりにも突然な男の声に少女はビクッと体を震わす。
振り返ると同時にバッと後方へ飛びのく。
しかし人影はない。
警戒を最大限にして感覚を研ぎ澄ます。
(どこだ...どこにいやがる...?)
「おめーなにしてんだ?」
「うひゃあっ!?」
腰が抜けて思わずしりもちをついた。
理源は少女の隣に立っていた。
まるで最初からそこにいたかのように。
「てかお前なあ、人が待てって言ってんのに全力ダッシュは良くないだろう」
(なんなんだコイツ...!?)
本来なら追っ手を撒くことは彼女にとって朝飯前だと言ってもいいくらいに容易な事だった。
今まで誰も彼女を見失わずに捉えた者はいなかった。
しかしこの男は呼吸も乱さず、汗ひとつかかずにここまで付いて来た。
闘って勝てる相手ではない。かといって逃げ切るのも不可能だろう。
少女はもうどうしようもないと諦めた。
「お前らさっきあそこで何してたんだ?」
観念した少女が理源の問いに答える。
「恨み買われてた奴に見つかって...ちょっとヤバかったんだよ」
「盗みか?」
なかなか勘の鋭い男だ...と思ったが、清潔とは言い難いこの格好を見れば予想はつくのかもしれない。
「まあ...そうとも言う」
歯切れの悪い答え方でごまかす。
「なんでそんな事やってんだ?親御さん泣くぞお前」
少女が目を伏せる。
「親は、もういないよ」
「そうか」
少し間を置いて、
「悪かったな」
と理源は付け足した。
「別に。慣れたし今更悲しくはならないよ」
少女は話題を変えようと先ほどの出来事の話に戻す。
「私達にはまともに稼げる方法がないんだ。だから飯を買う金もほとんどない」
2人は小さな段差に腰かけた。
理源は何やら腰の袋から紙で包装された物を取り出している。
「街の人達は優しい人が多いから、忙しい時は手伝いの仕事をくれたりちょっとだけ売れ残った商品をくれたりする。だけどたまにいるんだよ」
自分を嘲笑った大男の表情を思い出し、少女はまた腹が立ってきた。
「私達が金ないからってわざといつもより高い値段で売りつけようとしてはバカにしてくる奴が。だから盗んだ」
理源は黙って聞いている。ときおり果物の皮を剥いで口に放り込んでいる。
「大体の事情は分かった。そんで、私達ってのは?」
「家族がいるんだよ、姉ちゃんが。あと同じような事情の仲間達」
理源は今度はやや怪しげな、真っ赤な食べ物を取り出している。
「そーかそーか、独りじゃねぇんだな、そりゃよかったな」
呑気そうに言う理源は若干表情を曇らせた。しかし少女は気付いていない。
「他の奴に秘密にするってんなら紹介するぜ」
理源が立ちあがる。
「おお、どうせならお会いしようじゃねーか」
いつになく乗り気に見える。
「私はシルヴィア。あんたは?」
「理源だ」
「リゲン?変わった名前だな」
「海の向こうの東の国から来たのよ俺は」
へー、と相槌を打ちながら、シルヴィアは理源の服装を改めて見た。
「そのへんてこな服装も東の国のか?」
「まあそんなもんだ。あ、これいるか?」
さっき取り出した赤い食べ物だ。
奇怪な物に見えたシルヴィアは怪訝そうな顔をした。
「案外うめぇんだよこれ」
ほれ、と理源が袋をシルヴィアの顔に近づける。
「じゃあ、一個だけ...」
ひとつを袋からつまみ出し、見た目と匂いを確かめながら、口に放る。
数回噛む。不思議ではあるが中々美味い。
「んん...うまい...んんっっっ!?!?」
数秒の時間差があって激しい辛さがシルヴィアを襲う。
焼け付くような刺激が舌に突き刺さる。
「んんんんんん!!!!!まっへ、これ、からひっ!?」
顔を真っ赤にして悶絶するシルヴィア。揺れる視界の中で腹を抱えている理源が見えた。
(こ...の...くそ...やろっ...!)
すでに飲み込んでしまった謎の激辛食はシルヴィアの喉も胃も焼き尽くす。
涙目になりながら、いつかこの男に復讐を誓うシルヴィアだった。
まさに迷路のように入り組んだ狭い道を、右折し、また右折し、今度は左に曲がったかと思うとしばらくそのまま進み...というふうに逃げ回った。
あの男の姿も気配もない。
「よし、逃げ切ったか」
ふう、と息をつく。
腰に手を当ててゆっくりとまた歩き出した。
「おい」
あまりにも突然な男の声に少女はビクッと体を震わす。
振り返ると同時にバッと後方へ飛びのく。
しかし人影はない。
警戒を最大限にして感覚を研ぎ澄ます。
(どこだ...どこにいやがる...?)
「おめーなにしてんだ?」
「うひゃあっ!?」
腰が抜けて思わずしりもちをついた。
理源は少女の隣に立っていた。
まるで最初からそこにいたかのように。
「てかお前なあ、人が待てって言ってんのに全力ダッシュは良くないだろう」
(なんなんだコイツ...!?)
本来なら追っ手を撒くことは彼女にとって朝飯前だと言ってもいいくらいに容易な事だった。
今まで誰も彼女を見失わずに捉えた者はいなかった。
しかしこの男は呼吸も乱さず、汗ひとつかかずにここまで付いて来た。
闘って勝てる相手ではない。かといって逃げ切るのも不可能だろう。
少女はもうどうしようもないと諦めた。
「お前らさっきあそこで何してたんだ?」
観念した少女が理源の問いに答える。
「恨み買われてた奴に見つかって...ちょっとヤバかったんだよ」
「盗みか?」
なかなか勘の鋭い男だ...と思ったが、清潔とは言い難いこの格好を見れば予想はつくのかもしれない。
「まあ...そうとも言う」
歯切れの悪い答え方でごまかす。
「なんでそんな事やってんだ?親御さん泣くぞお前」
少女が目を伏せる。
「親は、もういないよ」
「そうか」
少し間を置いて、
「悪かったな」
と理源は付け足した。
「別に。慣れたし今更悲しくはならないよ」
少女は話題を変えようと先ほどの出来事の話に戻す。
「私達にはまともに稼げる方法がないんだ。だから飯を買う金もほとんどない」
2人は小さな段差に腰かけた。
理源は何やら腰の袋から紙で包装された物を取り出している。
「街の人達は優しい人が多いから、忙しい時は手伝いの仕事をくれたりちょっとだけ売れ残った商品をくれたりする。だけどたまにいるんだよ」
自分を嘲笑った大男の表情を思い出し、少女はまた腹が立ってきた。
「私達が金ないからってわざといつもより高い値段で売りつけようとしてはバカにしてくる奴が。だから盗んだ」
理源は黙って聞いている。ときおり果物の皮を剥いで口に放り込んでいる。
「大体の事情は分かった。そんで、私達ってのは?」
「家族がいるんだよ、姉ちゃんが。あと同じような事情の仲間達」
理源は今度はやや怪しげな、真っ赤な食べ物を取り出している。
「そーかそーか、独りじゃねぇんだな、そりゃよかったな」
呑気そうに言う理源は若干表情を曇らせた。しかし少女は気付いていない。
「他の奴に秘密にするってんなら紹介するぜ」
理源が立ちあがる。
「おお、どうせならお会いしようじゃねーか」
いつになく乗り気に見える。
「私はシルヴィア。あんたは?」
「理源だ」
「リゲン?変わった名前だな」
「海の向こうの東の国から来たのよ俺は」
へー、と相槌を打ちながら、シルヴィアは理源の服装を改めて見た。
「そのへんてこな服装も東の国のか?」
「まあそんなもんだ。あ、これいるか?」
さっき取り出した赤い食べ物だ。
奇怪な物に見えたシルヴィアは怪訝そうな顔をした。
「案外うめぇんだよこれ」
ほれ、と理源が袋をシルヴィアの顔に近づける。
「じゃあ、一個だけ...」
ひとつを袋からつまみ出し、見た目と匂いを確かめながら、口に放る。
数回噛む。不思議ではあるが中々美味い。
「んん...うまい...んんっっっ!?!?」
数秒の時間差があって激しい辛さがシルヴィアを襲う。
焼け付くような刺激が舌に突き刺さる。
「んんんんんん!!!!!まっへ、これ、からひっ!?」
顔を真っ赤にして悶絶するシルヴィア。揺れる視界の中で腹を抱えている理源が見えた。
(こ...の...くそ...やろっ...!)
すでに飲み込んでしまった謎の激辛食はシルヴィアの喉も胃も焼き尽くす。
涙目になりながら、いつかこの男に復讐を誓うシルヴィアだった。
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