ねえ、側にいて?

名無(ナム)

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第2章

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【3日目 続④】

 今、何て……言ったの…、その言葉を口にすることさえ出来なかった。変わらず僕を押し倒したままで動こうとしない豪希くん…。僕は静かに目を逸らした。

「……あの、僕…。なんて言えばいいのか……」

「何がだ」

 頭が回らない。当然といえば当然の答えなのかもしれない。僕は豪希くんを落とす為に頑張っているんだ。だから彼が僕を好きだと思ってなくても不思議じゃない。好きだと言わせる為に、僕は頑張っている…。

 心のどこかで僕はもう豪希くんと両思いのつもりでいたのか? 馬鹿だな……。そう思ってたから、今こんなにも胸が痛い。僕は馬鹿だ。

「……もう諦めるか?」

「ッ……」

 僕は小さく首を横に振った。泣きながら彼を見つめた。苦しくて辛い、僕の思い込みにせよ、目の前であんなにハッキリと言われたら…。僕は夢を見ていたのかと思うほどだった。

「だったらさっさと俺を落とせよ。俺を本気で落とせ、じゃなきゃ…手紙の女を選ぶからな」

「それは、やだ…」

「なら早くしろよ。それとも…伊澤に優しくしてもらうか? あの飢えた狼教師ならお前を死ぬ程可愛がって大切にしてくれるんじゃねえか?」

「ッ……嫌だよ。僕が好きなのは、豪希くんだ」

「……いつまでも寝てないでさっさと教室戻れ、三限が始まるぞ」

 そう言いながら豪希くんは僕の上から退いた。そのまま保健室を出て行き、その後ろ姿を見つめる。

 まだ胸がズキズキしていた。分かってたはずなのに、それなのに僕は勝手に勘違いして、どこかでお互い好きだと思い込んでて…。本当に僕は…馬鹿だ。

「……戻ろ…」

 僕はベッドから降りると、とぼとぼと教室まで歩いた。途中でチャイムが鳴り少し遅れて教室に入る。

「乙幡! 大丈夫か!?」

「何か目赤いけど、何かあったか?」

 僕を心配する声が今は凄く心に染みる。僕は出来るだけ微笑んで、心配ないよと口にした。でも僕の頭の中で豪希くんの言葉が繰り返される。

" 俺はお前の事なんか好きだと思った事は一度もない"

「やっぱり……ッくるなぁ…」

 授業中にも関わらず込み上がる悲しみを必死に押さえ込んだ。泣いたら心配されるだけだ。それでも辛い気持ちを抑え込むのには限界がある。泣いてしまいたい、そう思った瞬間涙が零れる。

「ッ! せ、先生! トイレ行ってきます!」

「え、あ、あぁ…」

 僕は教室を飛び出してトイレに向かった。個室に入りドアを背にするとボロボロと涙が零れ落ちた、決壊したダムみたいに、声を押し殺して、泣き続けた。泣き止むのに時間がかかる。それでも涙を止められない。

「ッ……豪希、くん……」

「なんだよ…」

「ッ!!?」

 ふと呼んだ名前に返事をされるなど微塵も思わず、驚いて涙も止まる。僕はドアに向かい合い額を寄せた。

「そこに、居るの?」

「悪いかよ」

「何で? 僕の事、嫌いなんでしょ?」

「勘違いするな。俺は好きになった事はないとそう言っただけだ。嫌いになった事もない。これから好きになる予定だからな」

「ッ何それ……言い方、狡くない?」

「黙れ。ドア開けろ」

 僕は赤く泣き腫らした目のままドアを開けた。そこには豪希くんが居て、肩を落とし困った顔をしていた。

「お前、本当に馬鹿なんだな。伊澤に襲われてる時も抵抗しねえし俺の言葉に一々落ち込んだり泣いたりして…」

「…そりゃ、するよ。だって好きだから」

 そう言って彼を見上げると相変わらず困ったように笑ったままで、大きな手が僕の頭を撫でてくれた。嬉しかったけど同時に悲しくなった。僕は豪希くんのこんな顔が見たいんじゃない。僕を死ぬ程可愛がって、愛して、心の底から幸せそうに笑う顔が見たい。僕だけにしか見せない特別な顔が見たい、そう思った。

「そんなんじゃ俺を落とすなんて無理な話だな。少しでも気持ちが変わるかと思ったが、今日入れて3日か? 最初と気持ちは変わらない」

 僕は彼の言葉にただ落ち込んだ。でも直ぐにその気持ちを振り払う。まだ3日だ、後4日もある。この4日で、僕の本気を見せないといけない。

「ねえ、豪希くん…。僕はあの日から何も気持ちは変わってないよ? 豪希くんが大好きだ。豪希くんに何を言われても僕の気持ちだけは絶対に変わらないから」

「そうか。その強い気持ちがいつまで続くか…。俺の今の気持ちは正直お前に傾くことはないと思ってるけどな」

 真っ直ぐな目でそんな事を言われたら…でも、と僕は彼に抱き着いた。そんな僕を抱き締めようともしてくれない、本当に僕の一方通行でしかない。──今は。

「豪希くんが、僕を好きだと誰にも渡したくないとそう思わせればいいんだよね? その気持ちが生まれたら嘘はつかない? 僕だけを見てくれる?」

「ああ。嘘はつかない。けど、今のお前に俺はトキメキもしない。そうだな、友達、ぐらいの感覚だな。それ以上になるなんて…想像出来ねえな」

 僕はそんな彼を見上げて、にっこりと笑った。背伸びして手を伸ばし豪希くんの頬に触れる。僕が落とす。豪希くんは絶対僕のものにする。

「4日後……豪希くんは僕の事を離したくないって思ってるし凄く大好きになってると思うよ。僕を手放すのも嫌なくらいに、僕に夢中になってると思う」

「……そりゃ凄いな? それが本当になれば。俺は無理だと思ってる。どうやって落とすのか、見てやるよ」

「うん。待っててね、直ぐに落としてみせるから。豪希くん大好き。僕本当に豪希くんが好きだよ、だから誰のものにもならないで? 豪希くん、世界で一番大好きッ!」

 そう言ってから僕はトイレを出て教室に戻った。彼を落とすのは本当に難しいと思う。でも……やるしかないんだ。だって大好きな…人なんだもん。好きになって貰うためには……。僕は一か八かの賭けを選んだ。これで失敗したら、もう…後はない。
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