神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第二章

2 彼女は戦わせてはいけない御方

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 本日、シシャルとニクスは暗黒の森の周縁部を歩き回っている。

 この辺りの森の木々はそこまで鬱蒼としていない。
 なのに、昼間でも晴れていても木漏れ日が差し込んでいても暗いと感じてしまうのは、森の木々が葉も幹も黒っぽいものばかりだからなのだろう。

「イノシシモドキ、この辺にもいるんだよね? まだ出ないかなぁ」

 借家の防犯魔術を維持しつつ魔物と対峙してみるのは、シシャルの実力なら可能。
 そこまではニクスも把握していた。

 魔物がシシャルにどんな反応するかは未知数だったが。



 歩き続けることしばし。

 がさがさがさっと下草を踏む音が聞こえてすぐ、イノシシモドキが飛び出してきた。
 魔物は殺意があって人間を襲うわけじゃないしそもそも感情を持っていないらしいが、明らかにその目はシシャルを見て狙っている。

(普通に襲いかかってきたのに安心するってどうなんだろう)

 魔物視点では人間認定されたので、シシャルは魔力と魔術方面の才能が人外じみているだけで人外ではないと判明した。
 人間の血が八分の一くらいでも人間判定出る事実には気付かない振りをしておこう。

「マスター。僕は戦えないし援護もできないからね」

 闇の精霊ニクス、精霊術を一切使えない。
 前世の記憶が戻る前はまだ幼いからだと思っていたが、今はそもそも精霊術が使えない精霊なのだと理解している。

 しかし、前世の本業には全く支障がないどころか、前世より優れている。
 なので、シシャルには特製の布を持たせることで精霊術による守りの代わりにしてある。

「だいじょうぶ。私にはおじさん直伝の剣術があるもの」

 隊長から剣を借りてきたシシャル、構えは素人目にはしっかりしているように見える。

 飛び出してきたイノシシモドキ、迎え撃つように駆け出すシシャル。
 その動きは素早いだけでなく、無駄がなかった。
 初めて戦うとは思えないほどに。

 必要最低限の動きでの回避すると同時に剣を振り抜く。
 音もなく抵抗もなく魔物が斬れる。
 傷の深さの関係で真っ二つとはいかないが、一撃で魔物の核を停止させていた。

 ちなみに、魔物を倒すには基本的に三種類の方法がある。



 一つ目は、魔物の核たる結晶石を停止させること。
 わずかでも結晶石に攻撃が当たれば停止となるため破壊する必要はない。
 むしろ、破壊すると報酬が減るので推奨されない。

 魔物の核たる結晶石は魔力結晶に特殊な術式が刻まれたものだ。
 術式が刻まれていると魔導具の動力源に使えないし、ことごとく闇属性だから、使うためには面倒な加工が必要ではあるが、結晶化した魔力は持ち運びしやすいので高く売れる。

 イノシシモドキ程度だと小さいしもろいし、うっかり破壊も時々あり、あまり実入りは良くないが、塵も積もれば山となる。

 やってしまったと言わんばかりのシシャルの顔を見る限り、うっかり破壊してしまったようだ。
 粉々になっていても魔力は魔力だから使い道はあるが、扱いは面倒になる。



 二つ目は、通常生物だったらこれ死ぬよね? という攻撃を加えること。

 たいていは参考元の生物の弱点と同じ場所を攻撃し、通常生物であれば致命傷になったと判断させる程度の傷を与えれば倒れてくれる。

 そのものズバリな参考元がいなくとも、系統が近い生物がいればその生物を参考にするという。
 装甲トカゲであれば通常のトカゲを参考にするわけだ。

 参考元の生物がいない魔物には当てはまらないこともあるが、たいていは深部にしか存在しないため、この町で暮らす冒険者には関係がない。



 三つ目は、魔物の体力を削りきること。
 ここでいう体力は肉体ある生物の体力とは異なり、魔物ごとに存在する見えざる数値のことだ。

 表面を薄く傷つけるだけでも若干減り、致命傷に近い傷ほど大きく減る。
 針で肌を軽くつつくような攻撃を延々と続けていたらほぼ無傷で魔物が倒れたという記録もある。

 目に見えて傷が増えるほど体力が削られているということだから、見た目にも感覚的にも分かりやすいようでいて、装甲トカゲ相手にこの方法はほぼ効果なしだったり見た目の満身創痍度と残り体力が一致しなかったりするあたり、意外と分かりづらい要素だ。

 しかも、この方法だと魔物の核たる結晶石が消耗しやすく、素材の質も落ちやすい。
 対魔物で大きく稼ぐには短期決戦でしとめるのが一番なのだ。

 だから、腕試しや訓練のための戦闘や、格上相手に生き残るために倒さなければならない状況でもない限り、この方法はほとんど取られない。



 今回のシシャルさんは、結晶石に触れての停止による勝利だろう。
 普通の生物なら明らかに致命傷ではあるのだが、傷を受けてから停止までの時間を考えると致命傷判定前に停止して、いや、砕かれていたと思われる。

「イノシシモドキってこんなに弱い魔物なんだ」

「いやいやいや。駆け出し冒険者なら返り討ちに遭って殺されることもあるからね」

 いっぱしの冒険者になるとたかがイノシシモドキと侮りがちだし、冒険者でなくとも本物のイノシシの方が何十倍怖いと言うわけだが、意外と死傷者出ているのである。

「でも、すうって斬れたし、そんなに力入れてないのに結晶石砕いちゃったし」

「それは、マスターが強すぎただけだから」

 シシャルは魔術を使う時に詠唱しないし術の名も唱えないし魔法陣も必要としないし、術式を刻んだ宝珠とか魔術媒介とかも使わないから、補助魔術の特性上魔術が発動しても見た目の変化が非常に分かりづらいから、どれくらいの魔術を併用した上でこの結果なのか分からないのだが、たぶん過剰戦力で間違いない。

「次はもう少し補助魔術の量減らしたら?」

「んー……。そうだね。あんなに使ってたら切れ味強化の真価も分からな……、その前に何も使わず倒した方が比較できるかな。防御だけはちゃんとしとけば大丈夫でしょ」

 幸か不幸か、移動する前に次の実験台が現れた。

 イノシシモドキは群れない魔物だが、縄張りじみたものも持たない。
 数が多ければ遭遇率も上がる。

「えーと、切れ味がいまいちな場合でもすぱっと斬るには――」

 少なくともニクスはシシャルが剣の訓練している様子なんて見たことがない。
 身体を鍛えている様子を見たこともない。
 運動不足は良くないと隊長副隊長に言われて体操したり歩いたりする姿を見たことがある程度だ。

「無駄に力を入れずになでるように――」

 教わったといっても五年近く前、それも長くて数ヶ月程度の話のはずなのに。

 今度も危なげなく立ち回り、すぱっと斬れてしまった。

 イノシシモドキの突進速度は似たり寄ったり、シシャルの動きは明らかに先ほどより遅かったのに。
 傍目には速度以外の違いを見いだせなかった。

「んー。さっきより少し重い、かな? 抵抗感……というか」

「そ、そっか。結晶石は?」

「砕けました。もろすぎない?」

「そっかー……。そっかぁ……」

 教えた方も化け物だが、教わった方も化け物の素養があった。

 シシャルがただの人間であれば、それだけで済む話なのだが。

「石代の足しにしたかったのに。まぁ、本体持ち帰るだけでもそこそこは行くか」

 一見ただの袋だが空間圧縮型の保管用魔導具にイノシシモドキが放り込まれていく。
 魔力製の物質限定で大きさは変えられるが重さは変えられない代物だ。

 そういえば、イノシシモドキは本物のイノシシと同じ大きさでも十分の一程度の重さだが、十分の一でもかなり重かったはずだ。

「私が人間だって確認はできたし、試し斬りもできたし、もう少し狩ってから帰ろっか」

 遠隔魔術ぎりぎりのところまで奥に行こうとするシシャルの姿は、頼もしさよりも危うさを感じさせる。
 たった今見たものは、賞賛よりも不安を生み出していた。

(ダメだ。この子は絶対に戦わせちゃいけない……っ!)

 これが隊長であれば、あんなに可愛いのにあんなに強いのか! すごい、可愛い! あの可愛さであの強さなのだからもしや特別な血筋なのでは、神の加護持ちでは、もっと鍛えたらすさまじい実力者になるのでは、と、噂されるだけだ。

 しかし、闇属性のシシャルは違う。

 攻撃魔術を使えなくたって、これだけの攻撃能力があったらまず間違いなく危険視される。
 存在しているだけで警戒されて危険視されているのだ、これ以上敵視される要素を増やしてはいけない。
 下手したら、攻撃される前に殺してしまえなんて過激思想の持ち主が出てくる可能性も、それに同調する動きが広がる可能性もある。
 闇属性殺すと呪われるという迷信あるからって今後も抑止力になるとは限らないし、そんな迷信が本気で信じられていたら魔物討伐にも躊躇するし、闇属性の魔族を殺すのはもっと怖いという考え方になってもおかしくなかったはずなのだ。

(このままだと、危険な闇属性は人に危害を加える前に処刑しろなんてなりかねない。この国ではそういう時代もあったと歴史書に書かれていた。……そんなの絶対にだめだ)

 今までのシシャルは、闇属性だからと危険視はされてきたが、闇属性だから恐れるのであって個人の容姿や能力が恐れられていたわけじゃなかった。

 しかし、この攻撃力が知られてしまったら、今までのようにはいかない。

「ニクス? どうしたの? 大丈夫?」

 よほどひどい顔をしていたのか。
 シシャルが不安そうに顔をのぞき込んできた。

「マスター……。マスターは、隊長さんの補助に徹した方がいいよ」

 見込みがないからではなく、見込みがありすぎるから。

 この子が闇属性でさえなければこの才能を伸ばしても良かったのにと、少し悔しい。

「魔力を保管しておく石が買えたら、また三人で魔物討伐に行くんだから、ね?」

 傷つけないように遠回しに、けれどすべき行動だけは伝わるように、言葉を選ぶ。

「隊長さんは補助魔術使えないし、前衛二人は呼吸が合わないとうまくいかないし、隊長さんが戦うのをマスターが補助するのが一番火力を出せると思うからさ」

 嘘ではない、もっともらしいことで本音を隠す。

 シシャルはすごいと言われたかったのか、これで役立てるねと言ってもらいたかったのか、不服そうな素振りを見せていたが、長い沈黙の後にうなずいてくれた。

「荷物を持ったままじゃ戦えないし、荷物持ちは私じゃないとできないもんね」

「そ、そうだね。副隊長さんが荷物持ちは厳しいよね……っ」

 普段のシシャルの十分の一も荷物を背負ってないのにふらふらで帰ってきた副隊長の姿を思い出し、ニクスはいろんな意味で全力でうなずいた。

(後は、マスターが戦うのを誰にも見られていないことを祈るだけか。万一見られたとしても、隊長さんから借りた剣がすごかっただけって誤解してもらえれば安心できるけど)



 帰りながら料理に使える薬草を少し採取し、人目につかないよう森を出て家に帰る。

「ね、ニクス。お昼、何にしよっか」

「マスターが食べたいものでいいよ」

「んー。鶏の唐揚げ解凍してパンに挟んで食べようかな。あとはカボチャのスープも」
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