甘い夢を見ていたい

春子

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攻めは、一種の防御策

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飼い猫に噛まれましたなどどなれば、黙ってない。
しかもあのウォルス・ミードのボス、ニコラス・リッチのお気に入りだ。
長年、温めてきた策を不意にするわけにもいかないし、薬もあの女もまとめて、始末せねばならない。
覚悟が出来てないわけでない。いつか、自由になるために、彼自身も足掻いて、力を溜め、屈辱に耐えながらも。
しかし、ウォルス・ミードは、A国のギャングではあるものの、世界にも知られてる組織。
表向きは、飲食店運営の一大グループを装っているものの、裏では非合法のカジノ、人身売買に、薬の売買で、巨万の富を得ている。政財界に、秘密裏に顧客を持つ。
「まあ、戦争は避けられないし、もう、この姿も晒してもいいんだけどね。」
マリカは、普段、仲間の前でも、素顔を晒さない。マスクを常につけており、顔の認識がわかりにくいようにしている。外出時は、常に変装をしている。
「奥の手は、最後まで、晒さないけどね。」
クスクス。
「やられる前にやる。」
先制攻撃だ。


尚弥が泊まってる部屋のドアまで行き、ドアを叩く。中からどうぞと答えが返ってきた。
「昨日はよく眠れた?ごめんね。巻き込んで。」
「いえ…。」
「今更だけど、はじめまして。マリカって言うの。あなた、N国の出身だってね。同郷だ。」
「え?N国の出身?」
「いたのは、7歳までなんだけどね。」
「あ!俺は、青木尚弥。昨日は助けて頂いてありがとうございました。」
律儀に頭を下げる彼に好感を持てた。もう少し、怒っても良いのに。
瞳を見ると、懐かしい色の瞳をしてる。澄み切った、汚れを知らない、輝いてる。とても綺麗だ。
「エディにビリーヤード、教わったんだって?」
教えること自体に、珍しいと思わないが、教え方に驚いた。
彼の背後に立ち、包み込むように、教えたそうだ。
いくら、素人であろうと、身体に密着するような真似を彼がするなんて、驚いた。
「あっ。ハイ!」
ソファーに座って、話す。本当に普通の子なのに、なんだろう。心が、洗われるような雰囲気?
「ねえ。聞いたんだけど、まだ帰りたくないって本当?」
「…はい。彼が助けてくれたんです。身を呈して。あんなズタボロになって。見捨ててもしょうがないのに。」
「あいつは見捨てないよ。仲間も君も。だって、君、啖呵切ったんだって?あのクソ野郎に。良い度胸してるよ。銃を持つ相手にそんな事出来るのは、中々いない。褒められる行動かと言われれば、違うけどさ。」
ハハッ…とポリポリ、掻く彼は、照れくさそう。
「自分が弱者だとわかっていながらも、何かを護りたいと行動する人は、ひとえに、凄いと思うよ。敵わないとわかっていても。それが出来るかと言われたら、難しいしね。自分が弱点になるかもしれない。でも、その弱点が強味になるかもしれない。…この世は、ハイリスク・ハイリターン。もし、君が、まだ、エディの側に居たいと言うなら、この私が、君を護る。」
黙って聞いていたチャーリーが慌てる。
「何言ってんだよ!バカッ!ナオは、N国に帰るんだよ!
ボスだって、そう言って、迎えだって。」 
「賭けをしない?エディが無事に自由を勝ち取り、君の側にいることが出来るかどうか。そして、二人の命をどちらも落とすことなく、明るい元で一緒にいられたら私の勝ち。エディが自由を勝ち取ることが出来ず、捕らえられたまま。もしくは、二人の命のどちらかでも無くしたら、私の負け。」 「はあ!?バカなの!バカッ。そんな賭け、意味あるわけ?」
「あるね!どちらにせよ、命賭けてんだから!勝てば、私の夢のために必要なんだから!チャーリー。負けたら、チャーリーのお願いを聞いてあげる。」
「誰か!この暴君、止めてー!」
絶句している尚弥に向き合う。
「私の異名の一つに魔女ってあだ名もあるぐらいだしね!魔女狩りした奴らも真っ青の暴れぶりを見せてやるよ!」
チャーリーがうるさいが、ニコッと笑っておく。
「どうする?」
「…お願いします!」
「気に入った。よろしく。」
握手を交わす。チャーリーが叫んでいるが、大丈夫。



「はあ?」
帰国をしようと迎えに来た恩師である如月義嗣《きさらぎよしつぐ》は、鳩が豆鉄砲に当たったような顔をしている。
人の良さが滲み出てるような中年男性の代表みたいな出で立ち。ジャーナリストなの?本当に?
「しばらく、彼を預からせて頂きます。もちろん、レンタル料を払う。彼の身の安全は保証します。」
「いやいやいやいや。」
「うふ。彼、気に入った。貸して。」
「はあ!?」
「オイ!マリカ!てめぇ、何考えてる。」
輪に入ってきたのは、エディだ。
「彼は弱みになる。でもそれは武器になる。何でも紙一重だけど、エディ。彼は、勝利の女神になるかもしれない。」
「フザケてんのか?!」
「ふざけてはないわ。エディ。彼は、きっと、助けになる。この世に絶対って言葉はない。でもね?お前の目の前にいる私は、不可能を可能にしてきたやつよ。自由になっても、光がなきゃ、行く道がわからなくなるよ。弱みは最大の弱点だけど、最大の武器になる。それにこの私が負けたことある?」
不敵に笑う。
「…如月さん。お願いします。今しばらく、ここに居させてください。」
「ちょっ。わかってる?!ここ、ストリート・ギャングだからね?」 
「外にサツを待たせてるでしょ。赤毛の…クレイブ刑事だったけ。あの人がいる限り、今は襲撃はない。周りのチームは、今は大人しくしてる。サツに捕まると厄介だからね。大人しい勤勉なフリをしてる。馬鹿なアイツも今なら騙せる。元々頭がいいヤツでもないしね。」
えーと可哀想なぐらいに冷や汗を掻く彼には悪いが、付き合ってもらう。
「エディ。嘘は時に必要だけど、使う術を間違えるな。取り返しがつかなくなる時もある。」
だって、そんな仏頂面をかましても、視線が、彼に向かっているだもん。
「あなたの身の安全も保証します。レンタルが終われば、彼とともに、N国に五体満足で返します。」
「今帰らせて。」
「却下。」
あーあーとチャーリーは、肩を竦めている。
エディは勝手にしろとそっぽを向く。


「市民を守るのが約目でしょ?クレイブ刑事。薄給月給の中でも一応、税金だからさ。国民を守るために、働いてもらうよ。」
何でお前がいると引き攣っている。失礼ではなかろうか。
赤毛の巻毛の三十代の草臥れ、一寸手前だろうが、現役刑事。威厳はどうした?
「それからもう一つ。誰連れて来た?」
「へ?」
素っ頓狂な声を出す彼の背後に尾行してきただろう、金で釣れた腹の中真っ黒のどす黒刑事の車を見た。
「…邪魔だな。刑事ってのは、暇なわけ?」
「はあ?」
「あーゆー刑事は嫌い。クレイブ刑事。後ろを振り向かえずに、如月さん、連れていけ。これから見ることは他言無用。誰かに漏らしたら、わかるね?」
「え?おいっ。」 
「いけ。」
中に如月を押し込み、出るように促す。
「害虫駆除しますか。」
ヒュンッ。


「はーい。こんにちは。」
黒車のボンネットに、飛び降りる。
「あんた。見覚えがあるね。生活安全課の青少年安全のおまわりさんだったよね?うちのエディを上から下まで舐めるように見ていたから、覚えてた。…キモくて。電話、誰に掛けようとしたの?署じゃないよね。黒幕は、わかるんだけどね。正義の味方が、悪事に手を染めるとは世も末だわ。真面目に仕事して、年金貰えば良いのに。手当が低い?知るか。お前、金をもらって、情報を渡して、ウハウハかもしれないけど、ただの駒だよ。親も泣くね。刑事になったのに…ってさ。アンタ、逃げられた女房と娘がいるよね?はは、今更、青ざめて、罵倒してんじゃねーよ。テメーの娘より、若い子に手を出す外道に。容赦するか。」
スッと中に入り込み、針を使い、遅効性の毒の注射。 
「さようなら。刑事さん。来世では、ちゃんと真面目に生きなよ。」 
慣れた手付きで、アクセルに足をかけさせ、勢いよく、スピードが出る。
使った毒は遅効性の毒であり、視神経及び神経を麻痺させる毒だ。あのまま、暴走運転し、追突すれば、事故死と思われる。微量で効く猛毒なのに、証拠が残らない。
保険が降りれば、DVで苦しんだろう妻子に金が振り込まれるだろう。亡くなって、涙を流すか、あるいは、ほっとするかはわからないけど。




「刑事に裏切り者がいるわ。裏切り者って、何処にでも、蔓延るもんだね。」
「勘付いたか。」
「うちの裏切り者も探すか。どうせ、あの臆病。匿われているだろうからさ。ダウト!」
カードゲームしながら、喋る。
「見てみろよ。」 
「はあ?何素直に出してんの。」
「あの男の…。」
「ん?」
「あの屋敷にあったのか?俺のデータ。」
「全部じゃない。でもあった。怒らないでね。エディのは燃やしちゃった。気分悪すぎて。他の子のは一応ある。見つからないように、保管してる。その子達がまだ生きてるかはわからないけど。何せ、日付が5年前とかだから。今大人になってれば、ハタチ前後。」
顔色が悪い。そりゃあそうだ。当時彼は十歳の幼い子どもだ。寄ってたかって、襲われ、辱めを受けたのだ。
トラウマを引き摺っている。
「顔色が悪い。もう寝な。うちの負けでいい。…」
「ああ。」
「夢見が悪くなったら横を見てみな。落ち着くから。」
「ああ。」
パタン。
少しでも癒やされば良いと願うしかない。歯痒い思いをする。


「オイ!お前の仕業だろ!」
「はあ?アロマセラピーみたいに癒やしてやろうと思った私の優しさに対して、酷くない!?」
ちなみに、悪夢で夢見が悪かった彼に、荒治療ながら、癒やし効果抜群効果を齎すアロマセラピーならぬ、癒やし系男子尚弥を置いたのは、他でもないマリカである。
「いつもあの二人、ああなの?」
「うん。」
高速でやり合ってる二人に目を丸くする尚弥に、遠い目をする大人なチャーリー。
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