神に選ばれたのは、爆弾と俺だった。

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プロローグ

異世界へ

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プロローグ

 誰も助けてくれなかった。  助けて、と声に出すことさえ、意味がないと知っていた。

 火来竜一──十八歳、高校三年生。典型的ないじめられっ子だった。

 通学路の電柱の影。体育館の裏。帰り道の公園のベンチ。そのどこでも、彼は殴られ、蹴られ、笑われ、無視されてきた。  今日は特にひどかった。体育の授業中に無理やりプールに突き落とされ、体操服のまま帰る羽目になった。その濡れた服のまま、今も彼の背中はぞくりと冷えきっていた。

 放課後、三人のいじめっ子に囲まれ、狭い路地裏で追い詰められたとき、竜の脳裏に走ったのはただ一つの言葉。

 ――逃げろ。

 心臓が爆音のように鳴り、手足は勝手に動いた。息が切れるほど全力で走り、どこをどう抜けたかも分からない。視界は歪み、靴が片方脱げたことにも気づかなかった。

 気づけば、彼は郊外の廃工場の鉄扉の陰に、震える身体を押し込んでいた。

 そこには、もっと恐ろしい現実が待っていた。

 黒塗りのバン三台。車体には無地のシールでエンブレムが覆われ、運転席から降りてきたのは、  ──明らかに何処かの宗教団体の信者と思しき男たちだった。  頭に布を巻き、白と金を基調にしたローブを身にまとい、胸元には見慣れない異形のマークが刻まれていた。  その視線は空虚で、何かに取り憑かれているかのようだった。

 トランクを開く。中から現れたのは、目を疑うような巨大な金属の塊。見た瞬間、直感が叫んだ。

 ──爆弾だ。  それも、ありふれたものではない。

 見たことのない、恐ろしいほど異質な爆弾だった。

 「タイマーは起動済みだ。この核爆弾を、街の中心部に運べ」  男のひとりが、信者のひとりに命じる。感情のない、冷たい声。

 他の信者たちはバンに乗り込み、沈黙のまま去っていく。  残されたのは、バンと爆弾、そして銃を持った一人の信者だけ。

 そのときだった。  後ろから聞き慣れた声がした。

 「おーい、火来、どこだよクソチキンがぁ」

 いじめっ子たち三人が、笑いながら工場に入ってくる。  竜の心臓が一瞬止まった。喉の奥から悲鳴が出そうになるのを必死に抑える。

 信者が振り向く。その手の銃口が彼らに向けられる。  「何者だ」

 「え? 誰お前……」

 ──パン。パン。パン。

 銃声が響いた。肉が裂け、血が弾ける。  笑っていた三人が、叫ぶ間もなく倒れ伏した。

 「……!」

 竜の足が震えた。胃の奥がひっくり返りそうになり、目の前が滲む。吐き気。冷たい汗。  でも、心の奥のどこかで──何かが爆ぜた。

 (俺が……何もしなければ……今度は、もっと多くの人が……)

 死にたくない。怖い。でも、  このまま何もせず、街が消えるのはもっと怖かった。

 竜は叫ぶように走った。銃声。背後のガラスが砕ける音。  それでも、歯を食いしばってバンのドアを開け、運転免許を取りたての手で震えるキーを差し込み、アクセルを踏み込んだ。

 ハンドルは震え、視界は涙で滲んでいた。  それでも、彼は走った。できるだけ人のいない方向へ。被害の少なそうな場所へ。

 そして──ブレーキ。  エンジン音が止まり、静寂が戻る。

 「っ……はぁ、はぁ……」

 心臓が破裂しそうだった。  膝がガクガクと震える。

 ふと、耳に“ピッ……ピッ……”という乾いた音が聞こえた。  爆弾のタイマー。

 残り三十分。

 「俺は……もう、ここまでか」  呟く声がかすれる。全身が冷えて、震えが止まらない。

 そのとき。  意識の奥に、直接響くような声が聞こえた。

 『よくやった、勇気ある者よ』

 澄んだ、優しくも圧倒的な響き。  世界そのものが語りかけてくるような感覚。

 『この爆弾を、別の世界へと転移させよう。お前も共に──』

 「お願い……します」

 目を閉じて、竜は叫ぶように祈った。

 そして、次の瞬間。  視界が白く染まり、感覚が裏返る。    気がつけば、土と血の臭い。灰色の空。鋭く鳴く獣たちの声。

 異世界。

 竜一は爆弾を載せたバンの運転席にいた。

 その周囲には、異形の魔物たちがうごめいていた。  全身が棘で覆われた三つ首の犬。  体長五メートルを超える灰色の大猿。  羽音が地響きのように響く、巨大な虫の群れ。

 竜一は震える手で後部ドアを開け、バンの荷台から爆弾を転がし落とした。転がる爆弾の金属音が、魔物たちのうめき声に混じって響く。
 金属音を感じてか、魔物たちがバンに一斉に顔を向けた。

 息を呑む竜。肌が粟立ち、心が凍る。  銃では到底太刀打ちできない。魔物の数は百を優に超えていた。

 残り二十分。

 ──行け。

 もう一度、アクセルを踏む。バンが跳ね、タイヤが泥を跳ね上げる。 魔物の咆哮を振り切りながら、ただひたすらに走った。
 
 息を切らしながらハンドルを切り返し、バンを爆心からできるだけ遠ざけるように運転した。

 二十分後。車は横転。
 
 血だらけの身体を引きずって、岩陰に転がり込む。  そして。


 爆発。 

 光と熱と音が、すべてを飲み込んだ。    

 世界が一度、沈黙した。


 爆心地から遠く離れた岩陰で、彼は目を見開いた。  目の前に、文字が浮かんでいた。

 【レベル:750】  【スキルポイント:7500】


火来竜一は、神に選ばれし者となった。


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