時を越えて世界を救え。転生したオタクは最強に成り得るのか?

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第1章

時の止まった図書館

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「まさか……まさか、こんなことが……おお、神よ!」

 壮年の老人が驚愕に打ち震え、天を仰いで叫んだ。
 その目には涙がにじんでいる。

「我が最後の願い、聞き届けてくださり、ありがとうございます!」

 大声でそう叫びながら、床に額をこすりつけるように土下座をする。

 ――そこは、不思議な空間だった。

 果てしなく広がる、天井の見えない巨大な図書館。
 棚という棚には、古今東西の書物のようなものがぎっしりと並んでいる。
 しかし、外の世界の音も風もない。
 まるで時間そのものが止まっているような、静寂の空間だった。

 その中心に――ひとりの青年が横たわっていた。

 光の粒子が集まり、彼の身体を包み込む。
 やがて、ゆっくりとまぶたが開かれる。

「……ん? あれ? ここは……天国か? 地獄か? んー?」

 青年――**場藤佳樹(ばとう よしき)**は、上半身を起こしてキョロキョロと辺りを見回した。
 だが、目に映るのは終わりのない本棚と、床に這いつくばる老人だけ。

「……?」

 身体を触ってみる。
 車にはねられたはずなのに、傷ひとつない。
 透けてもいない。
 痛くもない。

「どういうことだ……? 俺、死んだよな……? 何でここに……?」

 考え込んでいると、ふと視界の隅で“何かが動いた”。
 ――老人だ。
 ずっと床に頭をこすりつけたまま、なにやら泣きじゃくっている。

「あのー……すみません。ここ、どこですか? 俺、なんでここにいるんですか?」

「はっ!」

 老人が顔を上げ、はっと我に返った。
 皺だらけの顔に光が差し、白い髭がゆらめく。

「まず……まず名前を聞かせてくれるか?」

「えっと、場藤といいます。場藤佳樹です。……で、俺、何でここに?」

「そうか……バトー、というのだな。よくぞ来てくれた!」

 老人は感極まったように立ち上がり、両手を広げた。

「私はベルディス。人は私を“賢者”と呼ぶ。」

「あー、ベルディスさんね。……で、俺は何でここに? ここって、どこなんですか?」

「バトーよ! よくぞ来てくれた! 私は、君を待っていたのだ!!」

「おい、人の話を聞けよ……」

 バトーは呆れた顔で、思わず強めにツッコんだ。

「ん? なんじゃ?」

 白髭の老人――賢者ベルディスが、のんびりとした声で振り返る。

「だから! ここはどこで、俺はなんでここにいるのかって聞いてんの!」

 バトーが声を張り上げると、老人は首をかしげて言った。

「ん? 神に聞いておらんのか?」

「神? いるの? どこに? 誰にも何も聞かされてないが? ていうか、俺……事故で死んだはずなんだけど。なんでここでピンピンしてんだよ」

 ベルディスは一度目を閉じ、ふむ、と静かに頷いた。

「そうか……バトー。君にはこの世界を救ってもらう!」

「え? 何? なんかラノベが始まりそうな予感……いや、ワクワクしてる場合じゃない! いい加減ちゃんと説明しろよ!」

 両手を広げて騒ぐバトーに、老人は深く息を吐き、静かに腰を下ろした。

「……分かった。一から話そう。」

 彼の声が、静寂の図書館に響く。

「この世界は、今まさに滅びようとしている。
 魔界から現れた“魔族”たちが、人間の国を次々と侵略しておるのだ。
 私は“賢者ベルディス”として、魔族を倒すために魔法を研究し、戦い続けてきた。
 だが、駄目だった。
 敵はあまりにも強く、数も多い。人間たちは滅亡寸前まで追い詰められておる。」

 ベルディスは震える手で杖を握りしめる。
 その瞳の奥には、長い絶望の色が宿っていた。

「私は、魔法の研究の中で“時間魔法”を発見した。
 過去へ戻り、魔族の勢力が小さいうちに叩こうと考えたのだ。
 だが……問題があった。」

「問題?」

「同じ時間に、同じ人間は存在できないのだ。
 私が過去へ戻れば、その時代にいた若い頃の私の身体に戻ってしまう。
 記憶はあっても、力は“当時の弱い私”のまま。
 それでは魔族には勝てん。」

「なるほど……セーブデータ上書きみたいなもんか。」

「セーブ……? 何のことだ?」

「いや、こっちの話。続けてください。」

「……うむ。
 そうして私は、何度も時を越え、八十年戦い続けたが、ついに老い、力も尽きた。
 ここ――“時の狭間”にこもり、永遠に研究を続けるしかなかった。
 時間が止まったこの場所では、知識は積み上げられても、世界は救えぬ。」

 ベルディスの声は静かだった。
 だが、その瞳は確かに輝いていた。

「だから、最後の手段として神に祈った。
 ――この世界とは異なる、別の世界から人を呼び寄せてほしい、と。
 この世界の理に縛られぬ者ならば、過去へ戻ってもそのままの力を保てるはずだ、と。
 ……まさか本当に神が応えてくださるとは思わなかったがな。」

 彼は両手を胸の前で組み、深く頭を下げた。

「バトー。
 君は、この世界最後の希望だ。
 ここで私がすべてを教え込む。
 魔法も、体術も、剣も、あらゆる知識もだ。
 強くなり、過去へと遡り、この滅びの運命を変えてくれ。」

 沈黙。

 バトーはしばらく口を開けたまま固まっていたが、
 やがてぽつりと呟いた。


「……なあ、ベルディスさん。」

 静まり返った図書館に、その声だけが響いた。

「俺……元の世界へ帰れるのか?
 やっと人生が軌道に乗ってきたところだったんだ。
 まだ家族にも、話したいことが山ほどある。……帰りたいんだ。」

 その言葉に、ベルディスの表情が一瞬だけ曇った。
 長い沈黙のあと、低く唸るように答える。

「うむ……私は、この世界を救ってくれる者を神に願った。
 ならば――世界を救い、神に“帰りたい”と願えば、
 もしかすると……帰してくださるかもしれぬ。

 勝手に呼んでおいてすまない。
 よく分からんが、それしか道はないかと思う。」

 老人の声には、本気の謝罪と、微かな祈りが混じっていた。

 バトーは目を伏せ、しばらく黙り込む。
 その脳裏には、両親の顔が浮かんだ。
 もう一度だけ「ありがとう」と伝えたかった。

 しかし、やがて彼は深く息を吐き、顔を上げた。

「……そうだな。どうせ俺、あの時死んでたんだ。
 こうして生き返っただけでも、ラッキーと思うしかない。
 前を向いて進むしかないか。」

 静かに頷き、そして言葉を続けた。

「分かった。この世界を救うよ。
 救って、元の世界へ帰る。
 ――よろしく頼むよ、ベルディスさん。」

 その言葉に、ベルディスの瞳が見開かれる。
 長い年月の果てに、初めて差し込んだ希望の光を見たように、
 彼は感極まった表情で手を差し出した。

「おお……そうか! やってくれるか! ありがとう、バトー!」

 2人は力強く握手を交わした。
 その瞬間、図書館の空気が微かに震える。

 果てしない時間の狭間で――
 新たな物語が、静かに動き始めた。


「では、さっそく修行を始めるぞ。」

 ベルディスは杖を突きながら、にやりと笑った。
 その笑顔に、バトーは嫌な予感しかしなかった。

「まずは……その身体を何とかしようか。」

「何とかって? コレを?」
 バトーは自分の腹を掴む。むにゅ、と嫌な感触。

「そう、それだ。走れ。」

「……え? 走る?」

「そうだ、走れ。止まれば撃つ。大丈夫だ、疲れても回復魔法がある。」

「撃つって何を――うおっ!?」

 言い終わるより早く、足元に火の玉が着弾した。
 小さな爆発音と共に、土煙が舞い上がる。

「おい! 危ないだろ!」

 次の瞬間、頬をかすめてファイアボールが飛んでいった。
 ジリジリと焦げる匂いがする。

「ほれ、走れ。」
 ベルディスが穏やかな笑顔で、手のひらをこちらに向けている。
 その指先には、また新しい火球がゆらめいていた。

「くっそ……!!」

 バトーは叫びながら走り出した。

 ここは“時の止まった図書館”――
 だがその内部は、信じられないほど広大だった。
 果ての見えない平原に、巨大な石柱や古代の遺跡のようなオブジェが点在している。
 まるで別世界そのもの。

 延々と走る。
 走り、走り、走り続ける。

 息が切れ、足がもつれた瞬間――

 ボンッ!

 背中のすぐ後ろで火の玉が爆ぜる。

「やっべえ! マジで殺る気だこいつ!!」

 悲鳴を上げながら再び走り出す。

 倒れれば、すぐに眩しい光が降り注ぎ、
 痛みも疲れも一瞬で消える。

「……うっそだろ、全回復……? 鬼か……」

「おお、立ち上がったな。では続けよう。」

「続けんな!!」

 それでも、バトーは立ち上がる。
 そして、また走る。

 倒れるまで走り、倒れれば回復し、また走る。
 時が止まった世界で、永遠にも感じる修行が続いた。
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