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第1章
修行の日々
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バトーが地面に倒れ込み、息も絶え絶えに呻いていたときだった。
ベルディスが杖を軽く振る。
すると、空間がふわりとゆらぎ、ぽっかりと黒い穴が開く。
中から湯気の立つ鍋と皿がゆっくりと浮かび上がった。
「よし、今日はここまでにしよう。腹が減ったろう?」
「……は? いま、それ……どっから出した?」
「これか? 空間収納のようなものだな。」
老人は何でもないことのように言いながら、机に料理を並べていく。
焼きたての肉、香ばしいパン、黄金色のスープ。
匂いだけで腹が鳴る。
「中は時間が止まっておる。いつでも新鮮なままだ。
長い修行でも、食料には困らんぞ。」
「マジかよ……チートじゃん……」
バトーは呆然と呟いた。
話を聞けば、この“空間”にはすでにあらゆる食材や道具が保存されているらしい。
ベルディスの研究の成果だという。
食事や水は完璧。寝泊まり用の部屋も完備。
バトーが案内された部屋は、簡素ながら清潔で、柔らかなベッドまで用意されていた。
「……快適すぎるだろ。これ、修行の環境として間違ってない?」
「ぬるま湯に浸かるのは一瞬だけだ。明日からまた走るぞ。」
ベルディスの言葉に、バトーは思わずスプーンを落とした。
だが、不思議なことに――この世界では時間の感覚がない。
時計を置いても針は動かず、砂時計を使っても砂は落ちない。
動いているのは、“人間”だけだった。
だからこそ、彼らは“感覚”で過ごしている。
腹が減れば食べ、眠くなれば寝る。
そして目覚めれば、また修行が始まる。
最初のうちは体力づくり。
そして、ベルディスの補助で「魔力を引き出す」訓練が始まった。
「神が呼んだだけあって、君の中には膨大な魔力が眠っておる。
それを制御できるようになれば、すぐにでも魔族と渡り合えるだろう。」
そう言われても、バトーにはピンと来なかった。
だが、実際に魔力を通してみると、身体の内側で何かが“うねる”のを感じた。
体力づくりが終わると、食事をして、部屋に戻り――
魔力操作の練習を繰り返した。
最初は指先を光らせるだけで精一杯だったが、
やがて小石を浮かせ、机の上のカップを動かせるようになっていく。
「おお……動いた!」
嬉しそうに笑うバトーを、ベルディスが遠くから見守っていた。
その眼差しは、どこか――父親のように優しかった。
体力づくりは、さらに過酷さを増していった。
ただ走るだけでは終わらない。
長距離を走り込んだ後、すぐに腕立て伏せ、腹筋、スクワット。
息を吐くたび、肺が焼けるようだった。
休憩を挟む暇もない。
止まれば――
ボンッ!
足元に火の玉が炸裂する。
「ぎゃあああああ!! 今のは直撃しただろ!!」
「おお、よいぞ。筋肉が悲鳴を上げるほど成長する。」
ベルディスは満足げに頷き、杖を軽く振った。
次の瞬間、淡い光がバトーの全身を包む。
焼けた肌が、あっという間に元通りになった。
「いや、これ絶対ブラック修行だろ……!」
呻きながらも、バトーは再び地面に手をつく。
腕が震え、汗が床に落ちていく。
時間の流れがない世界で、
ただ脂肪と精神だけが削られていった。
そして――どれほど経ったのかもわからぬ頃、
バトーの身体は見違えるほどに変わっていた。
引き締まった腕、無駄のない脚。
腹の肉は消え、うっすらと筋が浮かんでいる。
「ふむ、ようやく“人間の形”になったな。」
「うるせえ……誰のせいだと思ってんだ……」
地面に寝転がりながら息を吐くバトー。
ベルディスは満足げに頷くと、杖を軽く突いた。
「よし、では次の段階に入ろう。」
「……次? まだあるの?」
「当然だ。ここからが本番だ。」
そう言って、ベルディスは机の上に分厚い本をどさりと積み上げた。
見た目だけで背筋が寒くなるほどの量だ。
「まずは座学だ。魔力とは何か、
そして魔法とはどうやって形を成すのか。
理を知らぬ者に魔法は扱えん。」
「うわ……体育会系の後に理系地獄……」
それでも、バトーは椅子に座り、
ベルディスの前で真面目にノートを取る。
魔力とは生命の根源であり、
感情や意志によって形を変える“内なるエネルギー”。
だが、それは同時に暴走の危険をはらんでおり、
正確な理論と制御が必要なのだとベルディスは語った。
バトーは時折舟をこぎながらも、
一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾けていた。
「では――実技に移る。」
ベルディスが杖の先を軽く地面に突く。
周囲の空間が揺らめき、床に魔法陣がふわりと浮かび上がった。
「おっしゃあ! ようやく魔法が使えるのか!」
バトーは子どものように目を輝かせた。
「どうすんの? 呪文を唱えればいいのか? ファイアーボール!とか?」
「……それも悪くはないがな。」
ベルディスは小さく笑い、首を横に振った。
「呪文でも発動はできる。だが私は“呪文無し”――無詠唱を推奨しておる。」
「無詠唱? ラノベでよく見るやつか。かっけぇ!」
「調子に乗るな。無詠唱は応用が利く分、制御が難しい。
呪文は“型”を作るためのものだ。
だが型に縛られれば、状況に応じた魔法の調整ができん。
戦場では、一瞬の遅れが命取りだ。」
「なるほど……つまり、“応用出来て最強”ってことか。」
「そういう言い方もできるな。」
ベルディスがひげを撫で、静かに頷く。
「ただし、呪文が必要な場合もある。
特に“時間魔法”のような精密な魔法は、
詠唱によって構築を安定させねばならん。
まあ、それは後で教えよう。」
「了解。じゃあ、まず何をすれば?」
「――指先に火を灯してみろ。そこからだ。」
「お、出た! チュートリアルっぽい!」
バトーは笑いながら指を構える。
「こう、指先に集中して……“ファイア”!」
……沈黙。
指はピクリとも反応しなかった。
ベルディスは額に手を当て、ため息をついた。
「バトー……言葉遊びでは火はつかんぞ。」
「うそぉ!? じゃあどうすんだよ!」
「感じろ。魔力の流れを。身体の中心から指先へ“熱”を通すんだ。」
真剣な声に、バトーはごくりと唾を飲み込む。
深呼吸して目を閉じ――両手の中に意識を集中させた。
……次の瞬間、
ボンッ!
火ではなく、爆風が起きた。
部屋全体が煙に包まれ、ベルディスの髭が焦げる。
「ば、バトーぉぉぉぉっ!!!」
「わ、悪い! なんか勢い余って!!」
「……まあ良い。爆発の原因は“出力の過剰”だ。
自分で調整しながらやってみろ。私は向こうで研究に勤しむ。
出来たら呼べ。」
ベルディスはそう言い残し、
背を向けて静かに研究室の奥へと消えていった。
「うっわ……放置プレイかよ。」
煙の残る部屋で、バトーは苦笑いを浮かべた。
とはいえ、やるしかない。
「えっと……魔力をゆっくり……少しずつ……」
指先を見つめ、深呼吸する。
ポッ。
――小さな火が灯った。
しかしすぐにボフッと消える。
「おい、待てよ! おまえ一瞬だけ頑張るタイプか!」
再び集中。
今度は勢いが強すぎてボスッと小爆発。
髪の毛が焦げ、顔は煤だらけになった。
「ぐっ……! なんでだよ! 火くらい普通に出てくれよ!」
それでも、諦めない。
何度も火を灯し、消し、爆発させ、また灯す。
繰り返すうちに、
少しずつ、魔力の“流れ”が掴めてきた。
中心にある熱を、呼吸で整える。
意識を静め、指先へ――。
ボッ……
穏やかな火が、ふわりと灯った。
今度は安定している。風もないのに、まるで生きているように揺らめいていた。
バトーは思わずガッツポーズを取った。
「よっしゃあああ!! できたぁぁぁ!!」
興奮のままベルディスの部屋へ駆け込む。
「ベルディスさーん! 見てくれ! ついに安定した!」
老人は眉を上げ、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
そして、バトーの指先に浮かぶ小さな炎を見て――言葉を失った。
「……まさか……」
無詠唱で火を“安定”させる。
それは熟練の魔導師でも数週間はかかる難技。
それを――たった一日で。
ベルディスはゆっくりと目を閉じ、
胸の内で小さく呟いた。
「……やはり、神が選んだ者ということか。」
バトーはそんなことも知らず、
子どものように炎を眺めてはしゃいでいた。
「うおおっ、すげぇ! マジで指がライター代わりじゃん!
これでキャンプも安心だな!」
ベルディスは吹き出しそうになりながらも、
苦笑して肩をすくめた。
「まったく……神が選ぶ基準は、どうにも謎だな。」
「では次だ。」
ベルディスは杖を軽く鳴らし、静かに告げた。
「同じように――今度は指先から水を出してみろ。」
「水、ね。火よりは安全そうだな。」
バトーは軽口を叩きながら、指先に意識を集中する。
「創造力が不可欠だ。まずはやってみろ。」
「よし……水、水、水……!」
火の時と同じように、魔力を指先へ流す。
……何も起きない。
もう一度。
「おりゃあっ!」
――何も出ない。
「……アレ? 何でだろう?」
焦りの混じった声に、ベルディスは眉をひそめた。
「やはり難しいか。火とは真逆の属性だからな。」
そう言って、空間に手をかざす。
淡い光が弾け、そこから木の桶と椅子が現れた。
ベルディスは手をかざし、静かに呟く。
次の瞬間、桶の中に澄んだ水が満ちていく。
「……はい、出来た。」
その光景に、バトーの目が丸くなる。
「うおぉっ! 出た! まさにストレージスキル!」
ベルディスは軽く笑い、椅子を指さした。
「さあ、座ってみろ。そして足を桶に浸すんだ。」
「足を? なんで?」
「水を“感じる”ためだ。触れた感覚を覚えろ。
水は火とは違い、形がない。心の乱れで崩れる。
穏やかに、流れるように意識を通せ。」
バトーは半信半疑ながら、言われた通り足を入れる。
冷たい水が肌を撫でた瞬間――思わず息を呑む。
「……あ、気持ちいい。」
「その感覚だ。それを“指先へ流す”ようにイメージしろ。」
バトーは深呼吸し、足の感覚をそのまま指先へ――。
チョロ、チョロ……
小さな水の糸が指先から流れ出した。
バトーの目が輝く。
「出た! 出たぞ!! やった、俺、水出せた!!」
喜びのあまり両手を振り回した瞬間、
水の糸が暴発して顔面に直撃した。
「ぶっはっ!? 冷たっ!?」
ベルディスは肩を震わせながら、笑いをこらえる。
「……まあ、すぐには安定せんだろうな。」
「ひでぇ……」
バトーがタオル代わりのローブで顔を拭っていると、
ベルディスはゆっくり立ち上がった。
「後は練習あるのみだ。
桶無しで出来るようになったら呼べ。」
そう言い残し、
再び研究室の扉をくぐって去っていった。
残されたバトーは、
びしょ濡れのまま両手を見つめ、ぽつりと呟く。
「……水って、こんなに性格悪いのかよ。」
ベルディスが杖を軽く振る。
すると、空間がふわりとゆらぎ、ぽっかりと黒い穴が開く。
中から湯気の立つ鍋と皿がゆっくりと浮かび上がった。
「よし、今日はここまでにしよう。腹が減ったろう?」
「……は? いま、それ……どっから出した?」
「これか? 空間収納のようなものだな。」
老人は何でもないことのように言いながら、机に料理を並べていく。
焼きたての肉、香ばしいパン、黄金色のスープ。
匂いだけで腹が鳴る。
「中は時間が止まっておる。いつでも新鮮なままだ。
長い修行でも、食料には困らんぞ。」
「マジかよ……チートじゃん……」
バトーは呆然と呟いた。
話を聞けば、この“空間”にはすでにあらゆる食材や道具が保存されているらしい。
ベルディスの研究の成果だという。
食事や水は完璧。寝泊まり用の部屋も完備。
バトーが案内された部屋は、簡素ながら清潔で、柔らかなベッドまで用意されていた。
「……快適すぎるだろ。これ、修行の環境として間違ってない?」
「ぬるま湯に浸かるのは一瞬だけだ。明日からまた走るぞ。」
ベルディスの言葉に、バトーは思わずスプーンを落とした。
だが、不思議なことに――この世界では時間の感覚がない。
時計を置いても針は動かず、砂時計を使っても砂は落ちない。
動いているのは、“人間”だけだった。
だからこそ、彼らは“感覚”で過ごしている。
腹が減れば食べ、眠くなれば寝る。
そして目覚めれば、また修行が始まる。
最初のうちは体力づくり。
そして、ベルディスの補助で「魔力を引き出す」訓練が始まった。
「神が呼んだだけあって、君の中には膨大な魔力が眠っておる。
それを制御できるようになれば、すぐにでも魔族と渡り合えるだろう。」
そう言われても、バトーにはピンと来なかった。
だが、実際に魔力を通してみると、身体の内側で何かが“うねる”のを感じた。
体力づくりが終わると、食事をして、部屋に戻り――
魔力操作の練習を繰り返した。
最初は指先を光らせるだけで精一杯だったが、
やがて小石を浮かせ、机の上のカップを動かせるようになっていく。
「おお……動いた!」
嬉しそうに笑うバトーを、ベルディスが遠くから見守っていた。
その眼差しは、どこか――父親のように優しかった。
体力づくりは、さらに過酷さを増していった。
ただ走るだけでは終わらない。
長距離を走り込んだ後、すぐに腕立て伏せ、腹筋、スクワット。
息を吐くたび、肺が焼けるようだった。
休憩を挟む暇もない。
止まれば――
ボンッ!
足元に火の玉が炸裂する。
「ぎゃあああああ!! 今のは直撃しただろ!!」
「おお、よいぞ。筋肉が悲鳴を上げるほど成長する。」
ベルディスは満足げに頷き、杖を軽く振った。
次の瞬間、淡い光がバトーの全身を包む。
焼けた肌が、あっという間に元通りになった。
「いや、これ絶対ブラック修行だろ……!」
呻きながらも、バトーは再び地面に手をつく。
腕が震え、汗が床に落ちていく。
時間の流れがない世界で、
ただ脂肪と精神だけが削られていった。
そして――どれほど経ったのかもわからぬ頃、
バトーの身体は見違えるほどに変わっていた。
引き締まった腕、無駄のない脚。
腹の肉は消え、うっすらと筋が浮かんでいる。
「ふむ、ようやく“人間の形”になったな。」
「うるせえ……誰のせいだと思ってんだ……」
地面に寝転がりながら息を吐くバトー。
ベルディスは満足げに頷くと、杖を軽く突いた。
「よし、では次の段階に入ろう。」
「……次? まだあるの?」
「当然だ。ここからが本番だ。」
そう言って、ベルディスは机の上に分厚い本をどさりと積み上げた。
見た目だけで背筋が寒くなるほどの量だ。
「まずは座学だ。魔力とは何か、
そして魔法とはどうやって形を成すのか。
理を知らぬ者に魔法は扱えん。」
「うわ……体育会系の後に理系地獄……」
それでも、バトーは椅子に座り、
ベルディスの前で真面目にノートを取る。
魔力とは生命の根源であり、
感情や意志によって形を変える“内なるエネルギー”。
だが、それは同時に暴走の危険をはらんでおり、
正確な理論と制御が必要なのだとベルディスは語った。
バトーは時折舟をこぎながらも、
一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾けていた。
「では――実技に移る。」
ベルディスが杖の先を軽く地面に突く。
周囲の空間が揺らめき、床に魔法陣がふわりと浮かび上がった。
「おっしゃあ! ようやく魔法が使えるのか!」
バトーは子どものように目を輝かせた。
「どうすんの? 呪文を唱えればいいのか? ファイアーボール!とか?」
「……それも悪くはないがな。」
ベルディスは小さく笑い、首を横に振った。
「呪文でも発動はできる。だが私は“呪文無し”――無詠唱を推奨しておる。」
「無詠唱? ラノベでよく見るやつか。かっけぇ!」
「調子に乗るな。無詠唱は応用が利く分、制御が難しい。
呪文は“型”を作るためのものだ。
だが型に縛られれば、状況に応じた魔法の調整ができん。
戦場では、一瞬の遅れが命取りだ。」
「なるほど……つまり、“応用出来て最強”ってことか。」
「そういう言い方もできるな。」
ベルディスがひげを撫で、静かに頷く。
「ただし、呪文が必要な場合もある。
特に“時間魔法”のような精密な魔法は、
詠唱によって構築を安定させねばならん。
まあ、それは後で教えよう。」
「了解。じゃあ、まず何をすれば?」
「――指先に火を灯してみろ。そこからだ。」
「お、出た! チュートリアルっぽい!」
バトーは笑いながら指を構える。
「こう、指先に集中して……“ファイア”!」
……沈黙。
指はピクリとも反応しなかった。
ベルディスは額に手を当て、ため息をついた。
「バトー……言葉遊びでは火はつかんぞ。」
「うそぉ!? じゃあどうすんだよ!」
「感じろ。魔力の流れを。身体の中心から指先へ“熱”を通すんだ。」
真剣な声に、バトーはごくりと唾を飲み込む。
深呼吸して目を閉じ――両手の中に意識を集中させた。
……次の瞬間、
ボンッ!
火ではなく、爆風が起きた。
部屋全体が煙に包まれ、ベルディスの髭が焦げる。
「ば、バトーぉぉぉぉっ!!!」
「わ、悪い! なんか勢い余って!!」
「……まあ良い。爆発の原因は“出力の過剰”だ。
自分で調整しながらやってみろ。私は向こうで研究に勤しむ。
出来たら呼べ。」
ベルディスはそう言い残し、
背を向けて静かに研究室の奥へと消えていった。
「うっわ……放置プレイかよ。」
煙の残る部屋で、バトーは苦笑いを浮かべた。
とはいえ、やるしかない。
「えっと……魔力をゆっくり……少しずつ……」
指先を見つめ、深呼吸する。
ポッ。
――小さな火が灯った。
しかしすぐにボフッと消える。
「おい、待てよ! おまえ一瞬だけ頑張るタイプか!」
再び集中。
今度は勢いが強すぎてボスッと小爆発。
髪の毛が焦げ、顔は煤だらけになった。
「ぐっ……! なんでだよ! 火くらい普通に出てくれよ!」
それでも、諦めない。
何度も火を灯し、消し、爆発させ、また灯す。
繰り返すうちに、
少しずつ、魔力の“流れ”が掴めてきた。
中心にある熱を、呼吸で整える。
意識を静め、指先へ――。
ボッ……
穏やかな火が、ふわりと灯った。
今度は安定している。風もないのに、まるで生きているように揺らめいていた。
バトーは思わずガッツポーズを取った。
「よっしゃあああ!! できたぁぁぁ!!」
興奮のままベルディスの部屋へ駆け込む。
「ベルディスさーん! 見てくれ! ついに安定した!」
老人は眉を上げ、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
そして、バトーの指先に浮かぶ小さな炎を見て――言葉を失った。
「……まさか……」
無詠唱で火を“安定”させる。
それは熟練の魔導師でも数週間はかかる難技。
それを――たった一日で。
ベルディスはゆっくりと目を閉じ、
胸の内で小さく呟いた。
「……やはり、神が選んだ者ということか。」
バトーはそんなことも知らず、
子どものように炎を眺めてはしゃいでいた。
「うおおっ、すげぇ! マジで指がライター代わりじゃん!
これでキャンプも安心だな!」
ベルディスは吹き出しそうになりながらも、
苦笑して肩をすくめた。
「まったく……神が選ぶ基準は、どうにも謎だな。」
「では次だ。」
ベルディスは杖を軽く鳴らし、静かに告げた。
「同じように――今度は指先から水を出してみろ。」
「水、ね。火よりは安全そうだな。」
バトーは軽口を叩きながら、指先に意識を集中する。
「創造力が不可欠だ。まずはやってみろ。」
「よし……水、水、水……!」
火の時と同じように、魔力を指先へ流す。
……何も起きない。
もう一度。
「おりゃあっ!」
――何も出ない。
「……アレ? 何でだろう?」
焦りの混じった声に、ベルディスは眉をひそめた。
「やはり難しいか。火とは真逆の属性だからな。」
そう言って、空間に手をかざす。
淡い光が弾け、そこから木の桶と椅子が現れた。
ベルディスは手をかざし、静かに呟く。
次の瞬間、桶の中に澄んだ水が満ちていく。
「……はい、出来た。」
その光景に、バトーの目が丸くなる。
「うおぉっ! 出た! まさにストレージスキル!」
ベルディスは軽く笑い、椅子を指さした。
「さあ、座ってみろ。そして足を桶に浸すんだ。」
「足を? なんで?」
「水を“感じる”ためだ。触れた感覚を覚えろ。
水は火とは違い、形がない。心の乱れで崩れる。
穏やかに、流れるように意識を通せ。」
バトーは半信半疑ながら、言われた通り足を入れる。
冷たい水が肌を撫でた瞬間――思わず息を呑む。
「……あ、気持ちいい。」
「その感覚だ。それを“指先へ流す”ようにイメージしろ。」
バトーは深呼吸し、足の感覚をそのまま指先へ――。
チョロ、チョロ……
小さな水の糸が指先から流れ出した。
バトーの目が輝く。
「出た! 出たぞ!! やった、俺、水出せた!!」
喜びのあまり両手を振り回した瞬間、
水の糸が暴発して顔面に直撃した。
「ぶっはっ!? 冷たっ!?」
ベルディスは肩を震わせながら、笑いをこらえる。
「……まあ、すぐには安定せんだろうな。」
「ひでぇ……」
バトーがタオル代わりのローブで顔を拭っていると、
ベルディスはゆっくり立ち上がった。
「後は練習あるのみだ。
桶無しで出来るようになったら呼べ。」
そう言い残し、
再び研究室の扉をくぐって去っていった。
残されたバトーは、
びしょ濡れのまま両手を見つめ、ぽつりと呟く。
「……水って、こんなに性格悪いのかよ。」
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