異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第2章

カミラの様子

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【王都・ユートの家・深夜】

 夜――。

 バルトとティナ、そして家政婦のミリアもすでに眠りについたころ、ユートは静かに寝室の窓を開けた。

 「……ちょっと、行ってくるか」

 月明かりに照らされた庭へ降り、誰にも気づかれぬように転移の構えを取る。

 転移魔法の発動に合わせ、ユートは小声で呟く。

 「《転移:地球/榊春都の部屋》」

 空間がねじれ、ユートの身体が淡い光に包まれる。
 一瞬の浮遊感のあと、景色が切り替わった。


---

【地球・日本・榊春都のマンション】

 見慣れた室内。
 静まり返った夜の日本に、ユート――いや榊春都は無事戻っていた。

 「……久しぶりの地球。空気が軽いな」

 部屋の空気清浄機の音がやけにリアルに感じる。
 ユートは着替えを済ませ、コンビニで買っておいたレトルトコーヒーを温めた。

 「王都の鉱山の話も気になるが、こっちの状況も整理しといたほうがいいな……」

 机の引き出しから、情報のまとめノートを取り出す。
 上級ポーションと万能薬に関する地球側の依頼内容、匿名ルートでの取引記録、信用できる人物とその連絡先――。

 「風間にも、一応連絡だけしとくか」

 スマホを手に取り、簡単な暗号メッセージを送る。
 数分後、風間から「お前か。無事ならいい」という短い返信が届いた。

 「よし……次に備えて、少し動いてみるか」


---

【東京都内・とある地下バー】

 煌びやかな表通りとは対照的に、路地の奥にある地下への階段は、重たい空気に包まれていた。

 「……相変わらず、わかりにくい場所だな」

 榊春都はフードを深くかぶり、入口の黒いドアをノックする。
 スリットが開き、男の鋭い視線が覗いた。

 「……暗号は?」

 「“地上の薬よりも、地下の真実”」

 スリットが静かに閉じられ、扉が重たく開いた。
 そこは、裏社会に通じる者だけが出入りを許されるバー《ナイト・レヴェリー》。

 奥のカーテン付き個室に通されると、すでに中には一人の男が座っていた。

 「よぉ、榊。久しぶりだな」

 カウンター席で酒をちびちびとやるその男――風間。
 裏社会の“情報と人脈の斡旋屋”であり、春都が信頼する数少ない地球側の協力者だった。

 「お前が来るってことは、また“何か持ってきた”ってことだよな?」

 「……そうだ。今回はちょっと、売り先の拡大を考えててな。信頼できる“買い手”を探してる」

 風間はグラスを置き、背もたれに深くもたれた。

 「相変わらず、出処は聞かねぇ主義だが……お前の品はヤバいくらいに効く。噂だけでも相当広がってるぞ」

 「……それも困るけどな。あんまり広がると、身バレのリスクが上がる」

 「分かってる。で? 今回は何を?」

 榊はジャケットの内ポケットから、一本の上級ポーションを取り出した。
 青みがかった液体は瓶の中で淡く輝き、ただ者ではない気配を放つ。

 「これを……もう少し信頼できる買い手に流してほしい。条件は――“絶対に身元を追わないこと”。あと、できれば“高く売れる人間”で」

 風間は真剣な目でポーションを見つめた。

 「……“特定の人間”にだけ売りたいって話じゃないんだな」

 「今回はルートの確保が目的だ。こっちが選べる状況を作りたい」

 「――いいだろう。ちょっと時間をくれ。上客に繋がる“代理人”を通す。身元も保証されるし、匿名取引に慣れてる」

 「助かる。……代わりに、何かあったら動く」

 「まぁ、どうせ動かせるのはお前くらいしかいねぇしな」

 風間は皮肉めいた笑みを浮かべながら、グラスを持ち上げる。

 「乾杯は……後にしようぜ。次は“仕事”の香りがする」


---

風間がグラスを傾けた後、榊はふとテーブルに視線を落としながら静かに口を開いた。

 「……カミラのことだけど」

 風間の手が止まった。

 「……ああ、あの時のな」

 しばし沈黙が流れ、風間はグラスを置いてゆっくりと答えた。

 「“あの薬”……お前が“万能薬”って呼んでたやつ。カミラに飲ませたよ。俺が直接」

 榊は顔を上げる。

 「どうだった?」

 風間は目を伏せ、少しだけ笑った。

 「……笑ってた。最初は、嘘だろって顔してたけどな。呼吸が楽になって、目の濁りが消えて……」

 彼の声はどこか遠くを思い出すように、柔らかくなっていた。

 「カミラが、笑って“嘘みたい”って言ったんだ。……医者も首を傾げててさ。
 “自然治癒の奇跡”とか言いながら、自分で納得できてなかった」

 風間は一瞬、グラスを回した。

 「……本当のことは、言ってない。あの薬が、どこから来たのかも。あんたが作ったのかどうかも。
 でも――」

 そこまで言って、風間はまっすぐ榊を見た。

 「カミラは、あんたに感謝してた。あの日から、ずっと“見違えるほど元気”だよ。学校にも通い始めた。……本当に、ありがとうな」

 榊は少しだけ目を細めて、ゆっくりと頷いた。

 「そうか……よかった」

 短い言葉に、心の奥からにじみ出た安堵が込められていた。


風間は煙草に火をつけようとして、ふと手を止めた。

「……お前さ、何者なんだよ?」

その問いに、榊は軽く肩をすくめ、少しだけ口元を歪めて笑った。

「ただの――異世界の勇者だよ」

その言葉に、風間は数秒沈黙し、そしてふっと笑いを漏らす。

「……ははっ、なにそれ。やっぱ冗談じゃねえか。ま、そういうノリ嫌いじゃないぜ」

「だろ?」

榊は淡く笑い返す。

けれど――その言葉の裏にある真実を知る者は、まだこの世界にはいなかった。


---
【都内・静かな住宅街】

 榊春都は住宅街の小道を歩いていた。
 風間から渡された住所を頼りに、とある一軒の家の前に立ち止まる。

 (会ったのは一度だけ。直接、家に来るのは初めてだな)

 彼女――カミラに薬を渡したのは、あの夜のこと。
 直接会って手渡し、あとは風間に任せて帰ってきた。

 ピンポン、とインターホンを押すと、少しして玄関が開いた。

「……はい?」

 出てきたのは、優しげな年配の女性だった。春都は軽く頭を下げる。

「こんにちは。突然すみません。風間さんからお話が届いていると思うのですが……カミラさんの件で」

 「あっ、あの薬の方……! どうぞ、どうぞ上がってください!」

 家に招かれ、靴を脱いで中に入ると、リビングの奥から軽やかな声が聞こえた。

「おばあちゃん? だれか来たの?」

 姿を見せたのは、小柄で華奢な13歳の少女だった。
 以前より明るく、表情にも血色が戻り、肌つやも良くなっている。
 目を見開いたカミラは、すぐに笑顔になった。

「――榊さん!」

 「元気そうだな」

 榊の声に、カミラはぱっと駆け寄ってきた。

「もう全然平気だよ! 前みたいに苦しくないし、運動もできるし……先生にも“別人みたいだ”って言われたんだ」

 弾むような声に、榊は少しだけ頬をゆるめる。

「それを聞けて安心した。……今日は、君の元気な顔が見たくて来たんだ」

 「ありがとう!」

 そう言って、カミラはぺこりと頭を下げた。

 「でも……このこと、誰にも話してないから。風間おじさんにもそう言われたし、秘密にしてるよ」

 「偉いな。……助けを必要としてる人は、まだたくさんいる。だから君のことを誰かに話したり、噂になったりしないことが、本当に大事なんだ」

 カミラは真剣な顔で頷いた。

 「うん、分かってる。榊さん、がんばって」

 「ありがとう。――またな」

 榊は軽く手を挙げて、その場を後にした。

 (……救えた命がある。それだけで、俺はまた一歩、進める気がする)


---

【夜・都内 某バー《ナイト・レヴェリー》】

 暗めの照明と落ち着いたジャズが流れる、いつものバー。
 個室の隅のテーブルに、榊春都と風間が向かい合って座っていた。

 風間はウイスキーをちびちびやりながら、榊の顔をじっと見つめてくる。

 「……で、また戻ってきたわけだ。こっちはすっかり“都市伝説”状態だぞ。『どんな病気も治る謎の薬』、その噂が独り歩きしてる」

 「……やっぱりな」

 榊はグラスの氷をカランと鳴らしながら、静かに頷いた。

 「カミラの件もあったし、あの薬が現実だって思ってる連中もいる。俺に接触しようとする輩も何人かいたよ。……俺が“仲介人”だってな」

 「すまない。余計なリスクを背負わせてる」

 「構わないさ。……それに、俺は“あの夜”のカミラを見てる。あれが現実なら、いくらでもリスクは背負える」

 榊はグラスを置いて、静かに問いかけた。

 「――風間。お前の方で、もっと安全に薬を流せるルートを探せないか? ちゃんと金を払えて、騒ぎを起こさず、信用できる人間に届けられる……そんな取引先を」

 風間は少しだけ目を細める。

 「……裏の繋がりなら、いくつか“候補”はある。善人じゃないが、筋は通す連中だ。ただし――」

 「“一歩踏み込んだら、もう戻れねぇぞ”ってことだろ?」

 榊は苦笑し、風間の言葉を先取りした。

 「分かってる。けど、どのみち……今さら引ける場所にはいない」

 しばらく沈黙が流れたのち、風間は懐から封筒を取り出し、テーブルに置いた。

 「ここに“会ってみる価値がある”連中の情報をまとめておいた。俺が橋渡しする。……ただし、こっちでも見られてる。動くなら、慎重にな」

 「助かる。……本当に」

 風間はグラスを掲げた。

 「じゃあ、今夜の酒は……“奇跡の薬売りと、その仲間”に乾杯だな」

 榊もグラスを掲げた。

 「……乾杯」
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