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第3章
始動
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【王都・グレイス伯爵邸・書斎】
「フィルデンか……やはり、そう来たか」
グレイス伯爵はユートの報告を聞きながら、顎に手を添えてゆっくりと頷いた。
「自然に恵まれ、基礎的な住環境は良好。
街道との接続は後から整備できる。初期の“街の芽”としては、確かに理想的だ」
「うん。正直、開拓にしては難易度低めだし、最初の住人が暮らしやすいほうがいい」
「……君らしい選び方だ」
伯爵はうっすらと笑い、机の引き出しから一枚の公文書を取り出す。
「さて――正式に街を作るとなれば、王家の許可が必要だ。
“自らの手で新たな拠点を築く権利”を、王太子殿下から得ねばならん」
「やっぱり、そうなるよな。手続きは……面倒か?」
「ふむ、君が相手なら話は早い。だが、形式は重んじるぞ。きっちり“建設願書”を提出し、“面談”を受けてもらう必要がある」
「了解。明日にでも王城に行くよ」
---
【翌日・王城・謁見の間】
荘厳な謁見の間。
ユートが静かに頭を下げて入室すると、王太子――レオニス殿下が穏やかな微笑を浮かべて迎えた。
「よく来てくれたな、ユート。伯爵から話は聞いている。
君が街を作りたいと申し出たと知って、私は嬉しく思っている」
「……驚かれましたか?」
「いや。君のことだ、どんな道を選んでも不思議ではない。
ただ、そういう“形で人を守る”とは……なかなか面白い発想だ」
ユートは一礼し、手にしていた建設願書を差し出した。
「候補地は、フィルデンという旧集落跡です。
森に囲まれ、土地は穏やかで住みやすい。道の整備や周辺の安全確保など、課題はありますが……“人が暮らす”には良い場所だと思います」
「うむ、聞いた通りだ。
王家としても、この計画を――正式に認可しよう」
レオニス殿下は自ら立ち上がり、印章を公文書へと押した。
「この認可状をもって、君は“開拓地の自治責任者”となる。
爵位や権威ではなく、“自由で信頼される中心”として立ってくれ」
「……ありがとうございます。そういうのが、一番ありがたい」
--
王城を出たユートは、風に吹かれながら空を仰いだ。
青く澄んだ空の下に、これから築かれていく“街の原型”。
名も形もまだ曖昧なその場所に、確かな未来の鼓動が聞こえる気がした。
【王都・ユートの自宅・夜】
「――ってことで、王太子から正式に許可をもらってきた」
夕食を終えた後、リビングでくつろいでいたティナとバルトに、ユートがそう告げると――
「おぉおお!? 本当に街を作るんだな、ユート!」
バルトが背もたれからガバッと起き上がる。
「やっぱりすごいわね……こうしてどんどん現実になっていくのを見ると、ちょっと感動する」
ティナも目を輝かせて微笑む。
「正式な“自治責任者”だってさ。まぁ、領主じゃないけど、責任は思いっきりある」
「カッコいいじゃん!ユートタウンの初代代表!」
「だからその名前やめろって。もっとちゃんと考えようぜ」
「じゃあさ、名前どうする?やっぱユートにちなんだ名前? それともカッコいい造語?」
「“ユートヴィレッジ”……いや、“ユートポリス”?」
「ポリスはちょっと……治安局みたいになってない?」
ティナが苦笑しながら却下する。
「“希望”とか“再生”とかの意味を込めるのもアリよね。“ノアリス”とか、“セレリア”とか」
「おお、それっぽい!」
ユートは苦笑しつつも、目を細めた。
「……名前って、大事だよな。
これから何十年、何百年も、誰かがそこで暮らして、呼び続ける名前になる」
「うん。だから、ユートが“これだ”って思える名前がいいと思う」
「……少し考えるよ。意味を込めて。
あの場所で、どんな風に生きていくのかを想像しながら」
---
三人はそのまま夜更けまで、地図やメモ帳を囲んで話し続けた。
街の名前、広場の形、家の並び、森の手入れ――
ひとつひとつが、これから現実になっていく“夢の設計図”だった。
---
【王都・ユートの自宅・朝】
「さて――今日から本格的に動くぞ」
朝食を終えたユートは、立ち上がると地図とメモをまとめて鞄に押し込んだ。
「やっと開拓スタートって感じね」
ティナが微笑む。すでに簡易作業着に着替えており、やる気満々だ。
「道具よし! 食料よし! テントも! あと俺の筋肉も万全!」
「はいはい、気合いだけで山は動かせないぞ」
---
【初期メンバーの集結】
同日昼。王都西門の広場には、伯爵経由で集められた初期の協力者たちが集まっていた。
木材職人、石工、簡易設営の技術者、護衛を兼ねた傭兵……その数、ざっと20名。
「おおっ、結構集まったな!」
「グレイス伯爵の人脈、侮れないわね」
ユートは一人ひとりに簡単な挨拶を交わし、
最後に全員へ向き直った。
「これから向かう場所は、フィルデンという旧集落跡だ。自然に囲まれた静かな土地で、街を作るには最初の土台としては理想的だと思ってる」
「困難も多いと思う。けど、俺は本気で“人が安心して暮らせる街”を作りたいんだ。
みんなの力を貸してくれ」
その言葉に、数人が軽く頷き、他の者も静かに表情を引き締める。
---
【出発・フィルデンへ】
その午後、資材と物資を積んだ大きな荷車とともに、ユートたちはフィルデンへと出発した。
街道は整備されておらず、森の中を抜ける部分も多いため、慎重な進行だったが――
夕方、ついにフィルデンの地に到着。
「……戻ってきたな」
ユートはかつて視察した時と同じ小高い場所に立ち、谷と森を見下ろす。
しかし今回は違う。
背後には仲間がいて、資材があり、未来があった。
---
【開拓第一日目】
テントの設営、作業場の整地、仮の倉庫の設置。
まずは“寝泊まりできる拠点”の構築から始まった。
「こうしてみると……ほんとに始まったんだな、街作りが」
ティナが、仮設テントの前でユートにぽつりと呟く。
「……ここから、全部始めるんだ。何もない場所に」
ユートは拳を握りしめ、ゆっくりと頷いた。
「――やろう。ここに、“俺たちの街”を作る」
---
【フィルデン・仮設本部・ある夕方】
陽が傾き、森の木々が金色に染まる中。
開拓地では職人たちが手作業で材木を切り出し、枠組みを組み、石を並べていた。
その光景を、ユートは仮設テントの前からじっと見つめていた。
「……悪くない。悪くないけど――」
木槌の音、掛け声、汗と泥。
人の手で街が形になっていくその光景は、確かに美しかった。
だが――遅い。
明らかに、進みが。
---
「何か不満?」
いつの間にか隣に立っていたティナが、淡く笑って聞いた。
「いや、不満じゃない。ただ……もどかしいんだ。
俺たちが動けば魔物は倒せる。道も切り開ける。でも、“建てる”のは俺たちじゃない。
人の手で一つずつやってる以上、どうしても時間がかかる」
「そうね。でも、街って“時間がかかるもの”じゃない?」
「……それはわかってる。わかってるんだけどさ……」
ユートは少し俯き、そして呟く。
「……もし、“あっちの技術”が使えたら」
「え?」
「………」
【フィルデン・夜・仮設テント前】
満天の星が広がる夜。
開拓地の灯りがひとつ、またひとつと消えていき、人々は眠りにつく。
ユートは静かにテントを抜け出し、夜露に濡れた草の上を踏みしめながら、広場の端に立った。
「……やっぱり、人の手だけじゃ時間がかかりすぎる」
土木作業、資材運搬、基礎整備――すべてが手作業。
職人たちは懸命だが、今のペースでは“街”と呼べる形になるのは、何年も先になるだろう。
ユートは深く息を吸い、静かに目を閉じた。
脳裏に、“あの世界”――地球の風景が浮かぶ。
あの世界には、重機がある。設計者がいる。都市を一から作る技術がある。
そして、彼には――“帰る手段”がある。
「……魔力は半端じゃなく持ってかれるけど……行くしかないな」
足元に魔力を集中させる。大地がわずかに唸り、空気がビリビリと震え始めた。
魔力の奔流が空間に圧をかけ、ひとつの“道”が開かれる。
ユートの姿が、夜の闇に吸い込まれるようにして消えた。
---
【地球・日本・榊 春都の部屋・夜】
部屋の中には、PCの冷却ファンの音だけが静かに響いていた。
魔力を大量に消費して異世界から戻ってきた榊 春都(ユート)は、コートを脱ぎながら深く息を吐いた。
「……やっぱり帰ってくると、重力が違う気がするな」
昔の生活の名残が残るこの部屋は、もはや“拠点”ではなく“通過点”。
だが――準備をするには十分だった。
春都はスマホを手に取り、メッセージを打ち始める。
『ちょっと相談。都市計画系の人材が必要になった。信頼できて口が堅いヤツ。そっちで当たれるか?』
送信から30秒も経たないうちに、着信音が鳴った。
「風間か。早ぇな」
通話を取る。
---
「よぉ、榊。生きてたな。で? 今回は何だ?」
「都市計画。正確には“何もない土地に街を作る”って話だ。」
「……また変な事言い出したな。 廃墟再生か、裏島の開発か……いや違うな。お前の口ぶりだと――」
「異世界だ」
「はー。やっぱりそう来ると思った。マジでお前、一般社会に戻る気ゼロだな?」
「で、都市計画を引けるやつが要る。土地の図はこっちでスキャンしてる。
ライフライン、ゾーニング、拡張性まで考えられるプロを一人、繋げてほしい」
「金に糸目は?」
「払う。できれば“話の通じる”やつがいい。余計な詮索をしないヤツ」
「なるほどな。条件的には3人思い浮かぶ。
一人は元官庁出身でガチ設計やってたおっさん、
一人はフリーランスの天才肌、
もう一人は大学研究職で副業バリバリ。どれがいい?」
「……とりあえず全員当たってくれ。条件出してから選ぶ」
「OK。情報まとめて、明日には連絡する。」
「重機もいくつか調達する。小型で高性能なやつ」
「……分かった。こっちも準備始めるわ」
「助かる」
---
【通話終了後】
春都はスマホを置き、机に両肘をついて目を閉じた。
――誰にも言ってない。
バルトにも、ティナにも。
「……全部整ったら、まとめて持ち帰る。今はその準備に全振りだ」
魔力は、あと数日は温存が必要。
だが――歯車はもう、動き始めていた。
---
【地球・日本・榊春都の部屋・翌日・午後】
スマホが鳴った。差出人は【風間】。
『人材、3人まとめた。概要送る。あとはお前が選べ』
添付ファイルを開くと、簡潔なプロフィールが3枚並んでいた。
---
【候補者1】
名前:井上 昌利(いのうえ まさとし)
・60代・元地方行政の都市計画課・技術顧問歴あり
・堅実な仕事・融通は利かないが法整備的な知識に強い
・データ重視、慎重派
【候補者2】
名前:高坂 真澄(こうさか ますみ)
・30代・女性・フリーランス建築家
・独自のセンスと先進設計に長ける・実務経験豊富
・常識破りだが理解が早く柔軟
【候補者3】
名前:宮野 敬一(みやの けいいち)
・40代・大学の建築学部准教授
・都市環境設計の研究者・理論派で好奇心旺盛
・条件次第で秘密裏の協力も可能
---
「……ふむ。宮野が一番“説明”しやすそうだな」
ユート――春都は、迷わず風間に返信を入れた。
『宮野敬一に会わせてくれ。面談したい。できれば今夜』
---
【都内・喫茶店・夜】
雨上がりの湿気がわずかに残る夜。
古風な喫茶店の奥、木製のテーブルを挟んで男たちが向かい合っていた。
一人は榊春都――かつて建築業界にいたが、ある日忽然と姿を消した人物。
もう一人は、建築学部の准教授にして都市環境研究の第一人者――宮野 敬一(みやの けいいち)。
「風間くんには昔、何度か面白い案件を紹介されてきましたが……」
宮野は苦笑しながらカップを置いた。
「“異世界に都市を作る”なんて、さすがに冗談だと思いましたよ」
春都――いや、ユートは静かに頷いた。
「正直、普通の人には信じられない話だと思ってます。
でも、貴方なら“現実の外側”にも関心があると聞いて」
「……“理論では説明できない事象”のことですね。
確かに私は、それを“嘘だ”とは決めつけません」
---
ユートは真剣な目で、言葉を選びながら語る。
「森の中、丘のふもとに広がる未開の土地。水源はあり、地形は緩やかで、魔物の脅威は最低限。
人々が暮らすには十分なポテンシャルがある――ただ、文明もインフラも何もない。
そこに、“最初の街”を作りたいんです」
「……初期人口は?」
「まずは50~100人。将来的には千人を超える可能性がある。
だからこそ、最初から“伸ばせる設計”が必要です」
「測量や調査データは?」
「……ありません。地図も、現地に行ってから描いてもらうことになります」
宮野は少し眉を上げたが、驚いた様子はなかった。
「……あまりに非現実的な依頼ですね。
でも――それが本当なら、“一生に一度の仕事”かもしれない」
---
「私は研究者です。未知の環境下での都市設計に興味はあります。
ただし――3つ、条件を出させてください」
ユートは静かに頷く。
「どうぞ」
「1つ、私の身の安全が確保されること。
2つ、私の判断で撤退できる自由。
3つ、記録を私の手元に残せること。ただし、口外はしない」
「……全部、認めます」
「よろしい。では――“その場所”、案内してもらえますか?」
---
握手の代わりに、カップをコトリと置いて、二人は静かに視線を交わした。
現実とロマンの境界が、今、ひとつ破られた。
---
「フィルデンか……やはり、そう来たか」
グレイス伯爵はユートの報告を聞きながら、顎に手を添えてゆっくりと頷いた。
「自然に恵まれ、基礎的な住環境は良好。
街道との接続は後から整備できる。初期の“街の芽”としては、確かに理想的だ」
「うん。正直、開拓にしては難易度低めだし、最初の住人が暮らしやすいほうがいい」
「……君らしい選び方だ」
伯爵はうっすらと笑い、机の引き出しから一枚の公文書を取り出す。
「さて――正式に街を作るとなれば、王家の許可が必要だ。
“自らの手で新たな拠点を築く権利”を、王太子殿下から得ねばならん」
「やっぱり、そうなるよな。手続きは……面倒か?」
「ふむ、君が相手なら話は早い。だが、形式は重んじるぞ。きっちり“建設願書”を提出し、“面談”を受けてもらう必要がある」
「了解。明日にでも王城に行くよ」
---
【翌日・王城・謁見の間】
荘厳な謁見の間。
ユートが静かに頭を下げて入室すると、王太子――レオニス殿下が穏やかな微笑を浮かべて迎えた。
「よく来てくれたな、ユート。伯爵から話は聞いている。
君が街を作りたいと申し出たと知って、私は嬉しく思っている」
「……驚かれましたか?」
「いや。君のことだ、どんな道を選んでも不思議ではない。
ただ、そういう“形で人を守る”とは……なかなか面白い発想だ」
ユートは一礼し、手にしていた建設願書を差し出した。
「候補地は、フィルデンという旧集落跡です。
森に囲まれ、土地は穏やかで住みやすい。道の整備や周辺の安全確保など、課題はありますが……“人が暮らす”には良い場所だと思います」
「うむ、聞いた通りだ。
王家としても、この計画を――正式に認可しよう」
レオニス殿下は自ら立ち上がり、印章を公文書へと押した。
「この認可状をもって、君は“開拓地の自治責任者”となる。
爵位や権威ではなく、“自由で信頼される中心”として立ってくれ」
「……ありがとうございます。そういうのが、一番ありがたい」
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王城を出たユートは、風に吹かれながら空を仰いだ。
青く澄んだ空の下に、これから築かれていく“街の原型”。
名も形もまだ曖昧なその場所に、確かな未来の鼓動が聞こえる気がした。
【王都・ユートの自宅・夜】
「――ってことで、王太子から正式に許可をもらってきた」
夕食を終えた後、リビングでくつろいでいたティナとバルトに、ユートがそう告げると――
「おぉおお!? 本当に街を作るんだな、ユート!」
バルトが背もたれからガバッと起き上がる。
「やっぱりすごいわね……こうしてどんどん現実になっていくのを見ると、ちょっと感動する」
ティナも目を輝かせて微笑む。
「正式な“自治責任者”だってさ。まぁ、領主じゃないけど、責任は思いっきりある」
「カッコいいじゃん!ユートタウンの初代代表!」
「だからその名前やめろって。もっとちゃんと考えようぜ」
「じゃあさ、名前どうする?やっぱユートにちなんだ名前? それともカッコいい造語?」
「“ユートヴィレッジ”……いや、“ユートポリス”?」
「ポリスはちょっと……治安局みたいになってない?」
ティナが苦笑しながら却下する。
「“希望”とか“再生”とかの意味を込めるのもアリよね。“ノアリス”とか、“セレリア”とか」
「おお、それっぽい!」
ユートは苦笑しつつも、目を細めた。
「……名前って、大事だよな。
これから何十年、何百年も、誰かがそこで暮らして、呼び続ける名前になる」
「うん。だから、ユートが“これだ”って思える名前がいいと思う」
「……少し考えるよ。意味を込めて。
あの場所で、どんな風に生きていくのかを想像しながら」
---
三人はそのまま夜更けまで、地図やメモ帳を囲んで話し続けた。
街の名前、広場の形、家の並び、森の手入れ――
ひとつひとつが、これから現実になっていく“夢の設計図”だった。
---
【王都・ユートの自宅・朝】
「さて――今日から本格的に動くぞ」
朝食を終えたユートは、立ち上がると地図とメモをまとめて鞄に押し込んだ。
「やっと開拓スタートって感じね」
ティナが微笑む。すでに簡易作業着に着替えており、やる気満々だ。
「道具よし! 食料よし! テントも! あと俺の筋肉も万全!」
「はいはい、気合いだけで山は動かせないぞ」
---
【初期メンバーの集結】
同日昼。王都西門の広場には、伯爵経由で集められた初期の協力者たちが集まっていた。
木材職人、石工、簡易設営の技術者、護衛を兼ねた傭兵……その数、ざっと20名。
「おおっ、結構集まったな!」
「グレイス伯爵の人脈、侮れないわね」
ユートは一人ひとりに簡単な挨拶を交わし、
最後に全員へ向き直った。
「これから向かう場所は、フィルデンという旧集落跡だ。自然に囲まれた静かな土地で、街を作るには最初の土台としては理想的だと思ってる」
「困難も多いと思う。けど、俺は本気で“人が安心して暮らせる街”を作りたいんだ。
みんなの力を貸してくれ」
その言葉に、数人が軽く頷き、他の者も静かに表情を引き締める。
---
【出発・フィルデンへ】
その午後、資材と物資を積んだ大きな荷車とともに、ユートたちはフィルデンへと出発した。
街道は整備されておらず、森の中を抜ける部分も多いため、慎重な進行だったが――
夕方、ついにフィルデンの地に到着。
「……戻ってきたな」
ユートはかつて視察した時と同じ小高い場所に立ち、谷と森を見下ろす。
しかし今回は違う。
背後には仲間がいて、資材があり、未来があった。
---
【開拓第一日目】
テントの設営、作業場の整地、仮の倉庫の設置。
まずは“寝泊まりできる拠点”の構築から始まった。
「こうしてみると……ほんとに始まったんだな、街作りが」
ティナが、仮設テントの前でユートにぽつりと呟く。
「……ここから、全部始めるんだ。何もない場所に」
ユートは拳を握りしめ、ゆっくりと頷いた。
「――やろう。ここに、“俺たちの街”を作る」
---
【フィルデン・仮設本部・ある夕方】
陽が傾き、森の木々が金色に染まる中。
開拓地では職人たちが手作業で材木を切り出し、枠組みを組み、石を並べていた。
その光景を、ユートは仮設テントの前からじっと見つめていた。
「……悪くない。悪くないけど――」
木槌の音、掛け声、汗と泥。
人の手で街が形になっていくその光景は、確かに美しかった。
だが――遅い。
明らかに、進みが。
---
「何か不満?」
いつの間にか隣に立っていたティナが、淡く笑って聞いた。
「いや、不満じゃない。ただ……もどかしいんだ。
俺たちが動けば魔物は倒せる。道も切り開ける。でも、“建てる”のは俺たちじゃない。
人の手で一つずつやってる以上、どうしても時間がかかる」
「そうね。でも、街って“時間がかかるもの”じゃない?」
「……それはわかってる。わかってるんだけどさ……」
ユートは少し俯き、そして呟く。
「……もし、“あっちの技術”が使えたら」
「え?」
「………」
【フィルデン・夜・仮設テント前】
満天の星が広がる夜。
開拓地の灯りがひとつ、またひとつと消えていき、人々は眠りにつく。
ユートは静かにテントを抜け出し、夜露に濡れた草の上を踏みしめながら、広場の端に立った。
「……やっぱり、人の手だけじゃ時間がかかりすぎる」
土木作業、資材運搬、基礎整備――すべてが手作業。
職人たちは懸命だが、今のペースでは“街”と呼べる形になるのは、何年も先になるだろう。
ユートは深く息を吸い、静かに目を閉じた。
脳裏に、“あの世界”――地球の風景が浮かぶ。
あの世界には、重機がある。設計者がいる。都市を一から作る技術がある。
そして、彼には――“帰る手段”がある。
「……魔力は半端じゃなく持ってかれるけど……行くしかないな」
足元に魔力を集中させる。大地がわずかに唸り、空気がビリビリと震え始めた。
魔力の奔流が空間に圧をかけ、ひとつの“道”が開かれる。
ユートの姿が、夜の闇に吸い込まれるようにして消えた。
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【地球・日本・榊 春都の部屋・夜】
部屋の中には、PCの冷却ファンの音だけが静かに響いていた。
魔力を大量に消費して異世界から戻ってきた榊 春都(ユート)は、コートを脱ぎながら深く息を吐いた。
「……やっぱり帰ってくると、重力が違う気がするな」
昔の生活の名残が残るこの部屋は、もはや“拠点”ではなく“通過点”。
だが――準備をするには十分だった。
春都はスマホを手に取り、メッセージを打ち始める。
『ちょっと相談。都市計画系の人材が必要になった。信頼できて口が堅いヤツ。そっちで当たれるか?』
送信から30秒も経たないうちに、着信音が鳴った。
「風間か。早ぇな」
通話を取る。
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「よぉ、榊。生きてたな。で? 今回は何だ?」
「都市計画。正確には“何もない土地に街を作る”って話だ。」
「……また変な事言い出したな。 廃墟再生か、裏島の開発か……いや違うな。お前の口ぶりだと――」
「異世界だ」
「はー。やっぱりそう来ると思った。マジでお前、一般社会に戻る気ゼロだな?」
「で、都市計画を引けるやつが要る。土地の図はこっちでスキャンしてる。
ライフライン、ゾーニング、拡張性まで考えられるプロを一人、繋げてほしい」
「金に糸目は?」
「払う。できれば“話の通じる”やつがいい。余計な詮索をしないヤツ」
「なるほどな。条件的には3人思い浮かぶ。
一人は元官庁出身でガチ設計やってたおっさん、
一人はフリーランスの天才肌、
もう一人は大学研究職で副業バリバリ。どれがいい?」
「……とりあえず全員当たってくれ。条件出してから選ぶ」
「OK。情報まとめて、明日には連絡する。」
「重機もいくつか調達する。小型で高性能なやつ」
「……分かった。こっちも準備始めるわ」
「助かる」
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【通話終了後】
春都はスマホを置き、机に両肘をついて目を閉じた。
――誰にも言ってない。
バルトにも、ティナにも。
「……全部整ったら、まとめて持ち帰る。今はその準備に全振りだ」
魔力は、あと数日は温存が必要。
だが――歯車はもう、動き始めていた。
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【地球・日本・榊春都の部屋・翌日・午後】
スマホが鳴った。差出人は【風間】。
『人材、3人まとめた。概要送る。あとはお前が選べ』
添付ファイルを開くと、簡潔なプロフィールが3枚並んでいた。
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【候補者1】
名前:井上 昌利(いのうえ まさとし)
・60代・元地方行政の都市計画課・技術顧問歴あり
・堅実な仕事・融通は利かないが法整備的な知識に強い
・データ重視、慎重派
【候補者2】
名前:高坂 真澄(こうさか ますみ)
・30代・女性・フリーランス建築家
・独自のセンスと先進設計に長ける・実務経験豊富
・常識破りだが理解が早く柔軟
【候補者3】
名前:宮野 敬一(みやの けいいち)
・40代・大学の建築学部准教授
・都市環境設計の研究者・理論派で好奇心旺盛
・条件次第で秘密裏の協力も可能
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「……ふむ。宮野が一番“説明”しやすそうだな」
ユート――春都は、迷わず風間に返信を入れた。
『宮野敬一に会わせてくれ。面談したい。できれば今夜』
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【都内・喫茶店・夜】
雨上がりの湿気がわずかに残る夜。
古風な喫茶店の奥、木製のテーブルを挟んで男たちが向かい合っていた。
一人は榊春都――かつて建築業界にいたが、ある日忽然と姿を消した人物。
もう一人は、建築学部の准教授にして都市環境研究の第一人者――宮野 敬一(みやの けいいち)。
「風間くんには昔、何度か面白い案件を紹介されてきましたが……」
宮野は苦笑しながらカップを置いた。
「“異世界に都市を作る”なんて、さすがに冗談だと思いましたよ」
春都――いや、ユートは静かに頷いた。
「正直、普通の人には信じられない話だと思ってます。
でも、貴方なら“現実の外側”にも関心があると聞いて」
「……“理論では説明できない事象”のことですね。
確かに私は、それを“嘘だ”とは決めつけません」
---
ユートは真剣な目で、言葉を選びながら語る。
「森の中、丘のふもとに広がる未開の土地。水源はあり、地形は緩やかで、魔物の脅威は最低限。
人々が暮らすには十分なポテンシャルがある――ただ、文明もインフラも何もない。
そこに、“最初の街”を作りたいんです」
「……初期人口は?」
「まずは50~100人。将来的には千人を超える可能性がある。
だからこそ、最初から“伸ばせる設計”が必要です」
「測量や調査データは?」
「……ありません。地図も、現地に行ってから描いてもらうことになります」
宮野は少し眉を上げたが、驚いた様子はなかった。
「……あまりに非現実的な依頼ですね。
でも――それが本当なら、“一生に一度の仕事”かもしれない」
---
「私は研究者です。未知の環境下での都市設計に興味はあります。
ただし――3つ、条件を出させてください」
ユートは静かに頷く。
「どうぞ」
「1つ、私の身の安全が確保されること。
2つ、私の判断で撤退できる自由。
3つ、記録を私の手元に残せること。ただし、口外はしない」
「……全部、認めます」
「よろしい。では――“その場所”、案内してもらえますか?」
---
握手の代わりに、カップをコトリと置いて、二人は静かに視線を交わした。
現実とロマンの境界が、今、ひとつ破られた。
---
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