異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

モデル.S

文字の大きさ
82 / 114
第3章

驚愕

しおりを挟む
【地球・深夜・榊春都の部屋】

 午後11時すぎ。
 ユート――榊 春都の部屋の窓はすでにカーテンで閉ざされ、部屋の灯りも最低限に落とされていた。

 その静寂の中に、ひとつ場違いなキャリーケースの音が響く。

「……本当にここから“異世界”に行くのか?」

 スーツ姿の宮野 敬一は、表情こそ真面目だったが、心の中では冷ややかだった。

(異世界? まあ……変な海外の特殊プロジェクトか、秘密研究所の比喩だろう)

(少なくとも、常識の範囲を超えた“何か”があるんだろう。だが異世界って……)

 そう割り切ったつもりだった。

「準備はいいか?」

「ええ、まあ。想定外の環境でも対応できるよう、装備は最低限まとめてきました。
 もっとも、君の“異世界”とやらが、私の“想定”の中に収まっていればの話だけど」

「じゃあ、いくぞ。集中して、何があっても立ち上がれるように構えておいてくれ」

「わかった。……それで、飛行機のチケットはどこに?」

「そんなもん、ないよ」

 ユートが静かに両手を組み、魔力を集中させる。


---

【転移】

 空気が一瞬で変わる。
 重力がきしむような圧迫感、視界が白に包まれ、耳鳴りが起こる。

「――っ……!」

 言葉を発する間もなく、宮野の意識がぐらつく。

 そして――次の瞬間、彼らの足元に広がったのは、
 深い森と開けた土地、異様に澄んだ空気と、見上げるほどに大きな空。

 野鳥の鳴き声。
 どこか遠くから聞こえる水の音。

 そして――魔力の気配。空気そのものが、異質。


---

【異世界・フィルデンの地】

「――うそ、だろ……?」

 宮野はその場に立ち尽くした。
 足元には、彼が知らない草。遠くには巨大な木。見上げれば、空に浮かぶ小さな月が三つ。

「これが……“異世界”? これが……?」

 声が震える。

「比喩じゃ……ない……」

「ようこそ、フィルデンへ。
 ここが、俺が“街を作る”って決めた場所だ」

 ユートは淡々と告げた。

 その背に、夕日と魔法の風が吹いていた。


---

宮野 敬一、建築学者。
世界の理を信じ、論理で測ることを信条とする男。

その常識は、今まさに――砕かれた。


---

【異世界・フィルデン・開拓地周辺】

 まだ朝の光が淡いフィルデンの森に、鳥のさえずりと木々の揺れる音が響く。

 ユートと宮野は、仮設拠点の周辺をゆっくり歩いていた。
 遠くでは、職人たちが資材を運び、テントの周囲では数名が測量の真似事を始めている。

「……現実なんだな、これが」

 宮野がぼそりと呟いた。
 景色、空気、匂い、重力、すべてが“地球ではない”と肌で理解できる。

 ユートは頷いた。

「こっちは、文字通り“剣と魔法の世界”だ。
 人は魔力を使い、魔物がいて、国家は王制で回ってる」

「……ファンタジー小説かよ」

「俺も最初はそう思ったよ。信じたくなかった。でも……」

 ユートは、腰に下げた革製の小さなポーチを開き、中から金属製の小さな指輪を見せた。

「これ、翻訳の指輪。この世界の人と話せる。
 つけといてくれ。」

 宮野がその“異物”に手を伸ばす。ほんのりと魔力を帯びた不思議な感触に、指先が震えた。

「……本当に、俺たちは“別世界”に来てるんだな」


---

【本音の会話】

「俺はこの世界じゃ“ユート”って名で通してる。
 榊春都って名前は、誰にも言ってない。
 ――仲間たちにも、“異世界から来た”とは言ってないんだ」

「……なぜだ?」

 ユートは少し黙ってから、静かに答えた。

「この世界で出会った奴らは、俺を“変わったヤツ”くらいに思ってる。
 でも、誰も俺の過去を知らない。
 だからこそ、対等に接してくれるんだ」

「なるほどな……“別世界の人間”って知ったら、距離を取られる可能性もある」

「そう。誰にも、上でも下でもなくいたい。
 俺はここで、“一人の人間”として街を作りたいだけなんだ」


---

 少し歩いた先に、緩やかな丘があった。

 ユートはそこに登り、フィルデン全体を見下ろした。

「この場所に、“最初の広場”を作るつもりだ。
 人が集まって、笑って、取引して――そんな場所を、まずは一つ」

「……いい景色だな。空も広い。
 やりがいのあるプロジェクトだよ、これは」

 宮野はスーツの上着を脱ぎ、草の上に腰を下ろした。

「……全力でやらせてもらうよ。“夢の街”を、現実にしてやる」


---

【フィルデン・開拓地・仮設拠点】

 午後になると、空はすっかり晴れわたり、温かい日差しが丘の上に降り注いでいた。
 仮設の簡易テーブルの上には地図用紙や筆記具が広がり、宮野は一心不乱にメモを取りながら、地形の起伏を図にしていく。

「……ここの斜面、雨季には土砂が流れるな。排水計画を立てないと」

 独り言のようにぶつぶつ言いながら、記録と構想を積み重ねる。
 すでに現地での作業に集中しており、多少の戸惑いは影を潜めていた。

 そこへ――足音。

「ユートー、お客さん?」

 陽気な声とともに現れたのは、バルト。
 その後ろに、ティナが静かに歩いてくる。

「うん、今回の街づくりに協力してくれる人。名前は……えっと、ケイイチ・ミヤノ」

「けーいち? どこの国の名前? 初めて聞く響きだなぁ!」

 バルトが興味津々に顔をのぞきこむ。

「……ちょ、ちょっと距離を……」

「ティナ、こっちは?」

「私はティナ。ユートと一緒に、この街を作ってるわ」

「えっと……どうも、はじめまして」

 宮野は少しぎこちない笑みを浮かべ、頭を下げる。

(この人たち、本当に“現地の人間”……すごいな……あの指輪を着けるだけで言葉が通じる。)

 そんなことを考えていると――

「ねぇユート、この人……なんか、私たちと“ちょっと違う感じ”するんだけど」

 ティナがふと、目を細めて言った。
 まるで、“空気”の違いに気づいたような鋭さだった。

「まぁ……ちょっと変わった出自でね。頼りになる人だよ」

 ユートはさらりと流した。
 ティナも深くは突っ込まなかったが、どこか納得していないような顔をしていた。


---

【夕方・仮設拠点】

 開拓班が一日の作業を終え、仮設の飯場に人が集まり始める頃。

 ユートは、丘の上でひとり夕日を眺めていた。
 そこに、宮野が地図を手にやって来る。

「ある程度、仮配置と基礎導線は描けてきた。次は、地盤の確認と測量ポイントの設置に入る」

「ありがとう。無理はするなよ」

「……しかし、君の“街にかける熱意”は、ちょっと異常だな」

 ユートは小さく笑う。

「俺にとって、ここが“始まりの場所”なんだ」

 宮野はその横顔を見つめながら、ふと目を細めた。

 その瞬間――

 遠く、森の奥から、かすかに視線の気配が走った。

 気のせいではない。誰かが“こちら”を見ている。

 宮野ではなく、ユートが先に気づいていた。

「……気づいたか?」

「……ああ。気配、あるな。魔物じゃない……が、“人間”とも限らない」


---
【フィルデン・翌朝・仮設拠点外】

 朝霧が地面を薄く覆う中、ユートは森の外周を一人歩いていた。
 昨日感じた、あの“視線の気配”が忘れられない。

「……偶然にしては、動きが静かすぎるんだよな」

 彼は地面に手をつき、低く呟いた。

「《アース・シェード》……」

 土の中に魔力を染み込ませ、ごく浅く、見えない“起伏”をいくつか作る。
 それは、地表をわずかに歪ませるトラップ――人が踏み込めば足音が変わり、土の揺れ方で感知できる仕掛けだった。

(これで、誰かが近づけばわかる。あとは……様子を見よう)


---

【同日・仮設拠点・設計テーブル】

「ユートくん、ここの傾斜、雨水が流れ込むルートになりそうなんだが」

 宮野が地図上のポイントを指しながら言った。

「見た感じ、地盤も軟らかい。排水路か、土地を少しだけ削ってやる必要がある」

「それなら、俺の土魔法で削って排水用の溝を掘る。
 水の流れを変えるくらいなら、すぐできる」

「魔法ってのは便利だな……人力じゃ何日もかかる作業が数分で済むとは」

「便利って言っても、万能じゃないよ。
 岩盤まで削るには無理があるし、土質が崩れやすい場所だと手こずる。
 でもこの土地なら、ある程度なら調整できる」

「ふむ……それなら、初期の住居エリアと水路計画は一段落つけられそうだな」


---
【フィルデン・深夜・仮設拠点外】

 辺りはしんと静まり返っていた。
 だが、ユートはテントの中で目を閉じたまま、周囲の“土の感覚”に意識を研ぎ澄ませていた。

(……きたな)

 土の魔力に触れる“わずかな揺れ”。
 それは、人の足音とは思えないほど軽く、しかし“明らかに意識して動いている者”の気配だった。

「《アース・ノッチ》」

 ユートがそっと呟くと、周囲数十メートルの“踏み抜きゾーン”に微細な窪みが生じる。
 誰かが動けば、そこに足が取られ、位置が割れる。

 そして――“ズッ”という摩擦音が静かに響いた。

 森の外れで、何かが足を取られた。


 ユートは一気に駆け出し、音のした場所に向けて手を掲げる。

「――動くな。《グランド・グリップ》」

 足元の地面が盛り上がり、膝下を包むように土が巻きつく。
 それに捕らえられたのは、黒いマントを羽織った細身の人影――人間だ。

「……誰だ?」

 静かに問いかけると、マントの中から低い声が返ってきた。

「……放してくれ。俺は戦うつもりはない」

「なら最初から姿を隠すなよ」

 ユートは周囲を一瞬見回し、別方向にも土魔法を走らせる。
 ――もう一人の気配、すでに逃げていた。

(片方は捕らえた、もう片方は諦めて……)

「名を名乗れ」

 捕えた者はしばし沈黙し、やがて観念したように呟いた。

「……レジン。レジン・ナセル。
 この土地を“観察するよう”に言われた」

「誰に?」

「……答えられない。けど、君たちを敵視しているわけじゃない。
 むしろ――警戒しているのは、俺たちの側だ」


---

ユートはしばし沈黙した。
敵意を見せず、ただ“動向を見張っていた”者――だが、だからこそ厄介だ。

「……とりあえず話は聞く。逃げようとすれば、次は本気で沈める」

 レジンは小さく頷いた。

「……それでいい。
 俺たちも、君たちの事が知りたかっただけだ」

膝下を土に拘束されたまま、レジンは一呼吸おいて静かに口を開いた。

「……俺は王都直属の者。王国の密偵だ」

 その言葉に、ユートの視線が僅かに鋭くなる。

「スパイってことか?」

「……いや、そういう意図はない。俺の任務は――この開拓の進行状況を見守ること。
 王太子殿下の命令だ。君のことは、殿下が“特別に注目している”」

「……なるほどな」

 ユートは納得したように眉をひそめる。

(だから最初から、殿下は“自由にやれ”と許可してくれた。
 でもその裏では……やっぱり“見張っている”ってわけだ)

「職業柄、気配を消すのは当然の動きだが……結果として、警戒させたなら謝る。
 こちらから敵意を持って接近したわけではない。それだけは信じてほしい」

 レジンの声は静かで、無駄のない誠実さを帯びていた。


「……わかった。もう逃げようとはしないな?」

「ああ。無意味だからな」

 ユートは「グランド・グリップ」を解除し、土を静かに地面へ戻す。

 レジンはすぐには動かず、姿勢を低く保ったまま、ユートに向き直る。

「――最後に、ひとつ頼みがある」

「言ってみろ」

「……俺の存在を、君の仲間たちには伏せておいてほしい。
 彼らにとって、今の開拓に不必要な疑念や不安を与えたくはない」

 ユートはしばらく黙った後、小さく息をついて頷いた。

「……了解だ。
 でもひとつ、こっちからも言っておく。
 ――妙な動きがあれば、“容赦しない”。それだけは、伝えておけ」

「……十分だ。ありがとう」


---

 森の奥へ戻るレジンの姿は、すぐに気配すら消えて見えなくなった。

 しかしユートの警戒は解かれない。
 監視されていると分かった今、むしろ――信頼と緊張の狭間が始まる。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...