96 / 114
第3章
機関車
しおりを挟む
【秘密の相談──】
東京、夜。
繁華街の外れにあるバー。その奥の個室。いつものように、風間はグラスを傾けながらユートを迎えた。
「また急だな、春都。今度は何の用だ?」
「ちょっとな……鉄道を敷きたい。線路、機関車。わかるだろ?」
「珍しいな。お前がそんな“どストレートなインフラ整備”に興味あるなんて。例の“向こう”の話か?」
「……ま、そんなとこだよ。相変わらず詳しくは言えねぇけどな」
「海外か、離島か、はたまた……宇宙か? ま、いい。詳しく聞く気はない」
風間はニヤリと笑い、軽く指を鳴らした。
「で? 何が欲しい?」
「実務経験のある鉄道技術者。できれば、車両設計と線路敷設、両方に強いやつ。
ただし、俺が“現地に連れて行って、長期滞在させる”形になる」
「報酬は?」
「潤沢とは言わんが、普通の設計案件よりはずっと出せる。しかも、本人が本気で“何かを造りたい”と思ってるなら、こっちも全力で支える」
風間はグラスを置いて、真顔で言った。
「一人、いる。鳴海鉄斎って名前のじいさんだ。鉄道会社の技術顧問でな、設計部門のレジェンド扱いされてる。引退したが、鉄と夢を語らせたら止まらんぞ」
「……その人、会わせてくれ」
「条件は一つだけだ」
「なんだ?」
「“全部説明するのは、お前の役目だ”ってことだ。俺の名前は出すな」
ユートは軽く笑い、頷いた。
「もちろん。いつもありがとな、風間」
「礼はいいさ。たまには土産話でも持って帰ってこい」
古びた町工場の一角にある設計事務所。
ドアには小さく「鉄斎設計工房」と書かれたプレート。すりガラス越しに、図面に向かう人影が見える。
ユートはノックもせずにドアを開けた。
「失礼……っと。ここで合ってるな」
部屋の中にいた初老の男が顔を上げる。髭面に油の染みた作業服。眼光だけは異様に鋭かった。
「あ? 誰だお前」
「榊春都。おっさんを紹介されて来た。鉄道に詳しいって聞いてな」
「紹介……? ああ、アイツか……。それで?」
「おっさん、一本の線路引くのに命かけたことあるか?」
「……は?」
「オレは今、その“最初の一本”を引こうとしてる。地図に載ってねぇ場所に、鉄と夢を走らせたいんだよ」
鳴海は胡散臭そうに目を細めた。
「……お前、何言ってんだ。鉄道ってのはな、金と許可と時間がねぇと走らねぇんだよ。
夢だけじゃレールも敷けねぇ」
「わかってる。だからおっさんを探してここまで来た」
「なに、俺に泣きつきに来たってか?」
「いや、“一緒に走ろう”って誘いだよ。
普通じゃありえねぇ条件だらけだ。けどよ――おっさんが死ぬまでに一度はやりたかったって夢、
そのまま現実にできるかもしれねぇ世界がある」
「……そんな場所、どこにあるってんだ」
「まだ言えねぇ。けど、見せることはできる。現場に連れてく。そこで決めてくれていい」
沈黙。鳴海の手が、古びたスケールを指で弄ぶ。
「……胡散臭ぇにもほどがあるな」
「そう思ってくれて構わねぇよ。でもな、行ったら後悔はしねぇ。
鉄で“未来”を作りたいなら、今この瞬間が、きっとその第一歩だ」
鳴海は深く息を吐き、椅子から立ち上がった。
乱れた図面をひとつにまとめると、ユートの方を見た。
「……名前、もう一回」
「榊。」
「榊な。いいぜ、お前の言う“現場”ってやつ、見せてもらおうじゃねぇか。
夢が見られる場所なんだろ?」
ユートはにやりと笑って、手を差し出した。
「歓迎するぜ、おっさん。こっから先は、ちょっと風変わりな旅になるぞ」
---
「転移!」
光の奔流の中、風の音も、地面の感触も、すべてが一瞬にして反転した。
――次の瞬間、鳴海鉄斎の足元には、見知らぬ草原と深い森、そして地平線まで続く青空が広がっていた。
「……ん?」
鳴海は静かに首を動かし、周囲を見回した。
背後には石造りの街並み。遠くでは荷馬車が走り、頭上には空を優雅に翔ける二対の翼を持つ“竜鳥”のような生物が飛んでいた。
「………………」
「……ようこそ、アストレアへ」
ユートの声に、鳴海は無言で振り返る。口を半開きのまま、ひと言も発さない。
――そして、そっと地面に座り込んだ。
---
その夜、ユートは鳴海を宿に案内し、部屋を用意した。
夕食も勧めたが、鳴海は一言も話さず、ただ椅子に座って天井を見つめていた。
「……大丈夫か、あの人」
ティナが心配そうに言い、バルトも「燃え尽きた戦士みてぇだったな」と苦笑い。
そして翌朝。
ユートが部屋をノックすると、鳴海はまだベッドの上に正座していた。寝ていなかったらしい。
「……おはようございます」
「…………夢じゃ、ねぇんだな」
ようやく出た声は、かすれていた。
---
ユートは宿の個室に鳴海を呼び、コーヒーを差し出したあと、できる限り丁寧に話し始めた。
「まず、ここは“日本”じゃない。地球ですらない。――異世界だ」
「……は?」
「正確には、俺が持ってる“転移”って魔法で、あっちとこっちを行き来してる」
鳴海はしばらく黙っていた。
そして、湯気の立つコーヒーを一口飲んだあと、ゆっくりと呟いた。
「……なるほど。つまり、今俺が見てる景色は、“全部頭の中”ってわけか?」
「違う違う、現実だって」
「じゃあ、あの空を飛んでたドラゴンは?」
「うん、本物」
「で、お前が魔法で転移したと?」
「うん」
「…………」
鳴海は額を押さえた。
「なぁ、ユート。俺、死んでねぇよな?」
「生きてるし夢でもないし天国でもないよ」
「……ワシ、もう引退してたんだぜ? こっから魔法とかドラゴンとか鉄道とか、どうやって頭に入れりゃいいんだ?」
ユートは笑いながら言った。
「……でも、“この世界でしかできない鉄道”が造れるんだぜ?」
「……魔法で動く機関車か」
「しかも、まだ誰も見たことのない、大地を貫くような路線を引くんだ」
鳴海はしばらく目を閉じ、
そして、ふっと笑った。
「……まぁ、空飛ぶ機関車じゃなけりゃ、なんとかなるか」
「ちょっと浮くかもしれないけどな」
「マジか」
---
こうして鳴海鉄斎は、“異世界の鉄道建設技師”として目を覚ました。
困惑はまだ完全には消えていなかったが、
その胸の奥には、確かに“鉄を走らせる夢”の火が再び灯っていた。
そして彼は、自ら設計帳を開き、言った。
「……さぁて、まずはこの世界の“車輪の常識”ってやつから、叩き直してもらおうか」
---
午後。アストレア中央工房の一角にある設計棟にて、ユートは宮野を呼び出し、鳴海鉄斎を紹介した。
「こいつが、地球――いや、“例の場所”での鉄道の専門家。鳴海鉄斎さん。
そっちは、こっちの世界における建築・技術系統のリーダー、宮野」
ユートが紹介すると、二人は一瞬だけ互いを見つめ――
「へぇ、随分と若いな」
「そちらこそ、“鉄と共に生きてきた人間”の眼をしてる」
……初手から、妙に噛み合っていた。
「まず聞きたい。魔力圧縮式のエネルギー駆動なんて、おとぎ話じゃないのか?」
鳴海の問いに、宮野はためらいなく返す。
「理屈の上では問題ありません。すでに土台部分の魔力炉は稼働実績あり。
ただ、気密性と連続圧維持に関しては、現状では“精霊術師の補助”が必要です」
「魔力を燃焼剤代わりにした蒸気加熱か……。なら、ピストン構造よりも、回転式のほうがロスが減る。
あとは材料次第だな」
「素材には“黒鉄石”と“魔力鋼”の合金を検討しています」
「……ほう。興味深い」
二人の言葉は、まるで打ち合わせではなく、“試合のジャブ”のようだった。
次々と飛び出す専門用語、そして互いの懐を探るような応酬。
だがそれはやがて、静かな熱を孕んだ“共鳴”へと変わっていく。
「こっちには“定規でまっすぐ測る”って文化すら一部で定着してない。けど、街は育ってる。夢もある」
宮野が静かに言うと、鳴海は頷く。
「なら、そこに“線路”を引くってのは、夢にレールを敷くってことだな」
ユートはその言葉に深く頷きながら、心の中で確信した。
(この二人なら、きっとやれる)
---
翌日から、鉄道建設の第一フェーズが始まった。
・仮設の試験場を設営
・地形調査班を各方面に派遣
・魔力炉試作チームとレール成型チームを立ち上げ
鳴海は「線路は土地の血管、街の脈だ」と言い、
宮野は「魔力はその血液、動力はその心臓だ」と返した。
“二人の技術屋”は、世界と世界を跨いだ夢の上に、
確かな“鉄の意志”を打ち込んでいく。
---
アストレアの北工区。試作車両のボディが完成し、あとは“心臓”を宿すだけだった。
「魔力炉、点火準備完了!」
「圧縮室、魔石装填済み! 宮野さん、いつでもいけます!」
鳴海が両手を腰にあてて唸る。
「こいつが走ったら……マジで、“異世界鉄道”の第一歩だぜ」
「心配か?」
「心配しかしねぇよ。でもな、ワクワクが勝ってるのがまた困る」
ユートが傍らで笑った。
「お前ら、ほんと似てるな」
---
宮野はエンジン制御台に立ち、魔力炉の稼働シーケンスを確認する。
「“火属性魔石”と“風属性魔石”を対向配置。魔法式は圧縮→回転→排熱の三段構成。
トリガーは“外部起動式”。まずは手動で行きます」
レバーがゆっくり倒され、魔力炉に淡い赤と緑の光が灯った。
「魔力、安定して流れています。圧縮……来ます!」
ゴウンッ……ギギィ……
試作機関の奥で、ピストンが動いた音が響く。
キィン――という高音とともに、車体全体が微かに震えた。
「……生きてるぞ、これ」
鳴海の目が細まる。
---
「動力輪、回転開始!」
ギギギギ……ッゴゴゴゴ……
試作車両が、ゆっくりと――本当に、少しずつ――レールの上を滑り出した。
それは“走る”というよりも、“動き出した”という表現の方がふさわしかった。
だが、確かに――レールの上を、鉄の塊が、自らの力で進んでいた。
「……っしゃああああああ!!!」
誰よりも先に叫んだのは鳴海だった。
続けて、職人たち、魔導師たち、見学に来ていた住民たちから、どよめきと歓声が巻き起こる。
「動いた! 本当に動いたぞ!」
「魔力で! 蒸気も無しで……走ってる!!」
「見て見て、あのタイヤ! 魔力で回ってる!!」
ユートは高台からその光景を見つめ、心の底から湧き上がるものを感じていた。
(……これが、第一歩)
走行はわずか300メートルほどだった。速度も人が歩く程度。
だが、それでも十分だった。
走行が止まった瞬間、現場全体に拍手が鳴り響く。
鳴海はこぶしを振り上げ、魔力炉に手をポンと置いた。
「よくやった……このクソがつくくらい気難しい素材どもが……やりやがった……!」
宮野も静かに笑った。
「第一号機、“フェアリー・ゼロ”。魔力駆動式鉄道の、始まりですね」
「……名前、勝手に決めてない?」
「いいでしょ? ちょっとロマンあるし」
---
この日、“アストレアの鉄の獣が走った”という話は街中を駆け巡った。
子どもたちは「ごーごー!きかんしゃ!」と真似をし、商人たちは「物資運搬に使えないか」と色めき立つ。
ティナは大興奮で言った。
「ユート! あれ、超かっこいい! 私乗りたい!!」
「俺も! ってかバトル以外でこんなにワクワクしたの久々だわ!」
「……戦車じゃないぞ、お前ら」
その夜、ユートは設計室で鳴海と酒を酌み交わしていた。
「……これが完成して、王都と繋がったらどうなるんだろうな」
「世界が変わるかもな。
お前が引いたこの一本の線が、人と国と夢を繋ぐ」
ユートはグラスを傾け、ぽつりと呟いた。
「“鉄道”って、すげえな」
「だろうよ。俺たちは“夢のレール”を打ってるんだ。……最っ高だろ?」
---
東京、夜。
繁華街の外れにあるバー。その奥の個室。いつものように、風間はグラスを傾けながらユートを迎えた。
「また急だな、春都。今度は何の用だ?」
「ちょっとな……鉄道を敷きたい。線路、機関車。わかるだろ?」
「珍しいな。お前がそんな“どストレートなインフラ整備”に興味あるなんて。例の“向こう”の話か?」
「……ま、そんなとこだよ。相変わらず詳しくは言えねぇけどな」
「海外か、離島か、はたまた……宇宙か? ま、いい。詳しく聞く気はない」
風間はニヤリと笑い、軽く指を鳴らした。
「で? 何が欲しい?」
「実務経験のある鉄道技術者。できれば、車両設計と線路敷設、両方に強いやつ。
ただし、俺が“現地に連れて行って、長期滞在させる”形になる」
「報酬は?」
「潤沢とは言わんが、普通の設計案件よりはずっと出せる。しかも、本人が本気で“何かを造りたい”と思ってるなら、こっちも全力で支える」
風間はグラスを置いて、真顔で言った。
「一人、いる。鳴海鉄斎って名前のじいさんだ。鉄道会社の技術顧問でな、設計部門のレジェンド扱いされてる。引退したが、鉄と夢を語らせたら止まらんぞ」
「……その人、会わせてくれ」
「条件は一つだけだ」
「なんだ?」
「“全部説明するのは、お前の役目だ”ってことだ。俺の名前は出すな」
ユートは軽く笑い、頷いた。
「もちろん。いつもありがとな、風間」
「礼はいいさ。たまには土産話でも持って帰ってこい」
古びた町工場の一角にある設計事務所。
ドアには小さく「鉄斎設計工房」と書かれたプレート。すりガラス越しに、図面に向かう人影が見える。
ユートはノックもせずにドアを開けた。
「失礼……っと。ここで合ってるな」
部屋の中にいた初老の男が顔を上げる。髭面に油の染みた作業服。眼光だけは異様に鋭かった。
「あ? 誰だお前」
「榊春都。おっさんを紹介されて来た。鉄道に詳しいって聞いてな」
「紹介……? ああ、アイツか……。それで?」
「おっさん、一本の線路引くのに命かけたことあるか?」
「……は?」
「オレは今、その“最初の一本”を引こうとしてる。地図に載ってねぇ場所に、鉄と夢を走らせたいんだよ」
鳴海は胡散臭そうに目を細めた。
「……お前、何言ってんだ。鉄道ってのはな、金と許可と時間がねぇと走らねぇんだよ。
夢だけじゃレールも敷けねぇ」
「わかってる。だからおっさんを探してここまで来た」
「なに、俺に泣きつきに来たってか?」
「いや、“一緒に走ろう”って誘いだよ。
普通じゃありえねぇ条件だらけだ。けどよ――おっさんが死ぬまでに一度はやりたかったって夢、
そのまま現実にできるかもしれねぇ世界がある」
「……そんな場所、どこにあるってんだ」
「まだ言えねぇ。けど、見せることはできる。現場に連れてく。そこで決めてくれていい」
沈黙。鳴海の手が、古びたスケールを指で弄ぶ。
「……胡散臭ぇにもほどがあるな」
「そう思ってくれて構わねぇよ。でもな、行ったら後悔はしねぇ。
鉄で“未来”を作りたいなら、今この瞬間が、きっとその第一歩だ」
鳴海は深く息を吐き、椅子から立ち上がった。
乱れた図面をひとつにまとめると、ユートの方を見た。
「……名前、もう一回」
「榊。」
「榊な。いいぜ、お前の言う“現場”ってやつ、見せてもらおうじゃねぇか。
夢が見られる場所なんだろ?」
ユートはにやりと笑って、手を差し出した。
「歓迎するぜ、おっさん。こっから先は、ちょっと風変わりな旅になるぞ」
---
「転移!」
光の奔流の中、風の音も、地面の感触も、すべてが一瞬にして反転した。
――次の瞬間、鳴海鉄斎の足元には、見知らぬ草原と深い森、そして地平線まで続く青空が広がっていた。
「……ん?」
鳴海は静かに首を動かし、周囲を見回した。
背後には石造りの街並み。遠くでは荷馬車が走り、頭上には空を優雅に翔ける二対の翼を持つ“竜鳥”のような生物が飛んでいた。
「………………」
「……ようこそ、アストレアへ」
ユートの声に、鳴海は無言で振り返る。口を半開きのまま、ひと言も発さない。
――そして、そっと地面に座り込んだ。
---
その夜、ユートは鳴海を宿に案内し、部屋を用意した。
夕食も勧めたが、鳴海は一言も話さず、ただ椅子に座って天井を見つめていた。
「……大丈夫か、あの人」
ティナが心配そうに言い、バルトも「燃え尽きた戦士みてぇだったな」と苦笑い。
そして翌朝。
ユートが部屋をノックすると、鳴海はまだベッドの上に正座していた。寝ていなかったらしい。
「……おはようございます」
「…………夢じゃ、ねぇんだな」
ようやく出た声は、かすれていた。
---
ユートは宿の個室に鳴海を呼び、コーヒーを差し出したあと、できる限り丁寧に話し始めた。
「まず、ここは“日本”じゃない。地球ですらない。――異世界だ」
「……は?」
「正確には、俺が持ってる“転移”って魔法で、あっちとこっちを行き来してる」
鳴海はしばらく黙っていた。
そして、湯気の立つコーヒーを一口飲んだあと、ゆっくりと呟いた。
「……なるほど。つまり、今俺が見てる景色は、“全部頭の中”ってわけか?」
「違う違う、現実だって」
「じゃあ、あの空を飛んでたドラゴンは?」
「うん、本物」
「で、お前が魔法で転移したと?」
「うん」
「…………」
鳴海は額を押さえた。
「なぁ、ユート。俺、死んでねぇよな?」
「生きてるし夢でもないし天国でもないよ」
「……ワシ、もう引退してたんだぜ? こっから魔法とかドラゴンとか鉄道とか、どうやって頭に入れりゃいいんだ?」
ユートは笑いながら言った。
「……でも、“この世界でしかできない鉄道”が造れるんだぜ?」
「……魔法で動く機関車か」
「しかも、まだ誰も見たことのない、大地を貫くような路線を引くんだ」
鳴海はしばらく目を閉じ、
そして、ふっと笑った。
「……まぁ、空飛ぶ機関車じゃなけりゃ、なんとかなるか」
「ちょっと浮くかもしれないけどな」
「マジか」
---
こうして鳴海鉄斎は、“異世界の鉄道建設技師”として目を覚ました。
困惑はまだ完全には消えていなかったが、
その胸の奥には、確かに“鉄を走らせる夢”の火が再び灯っていた。
そして彼は、自ら設計帳を開き、言った。
「……さぁて、まずはこの世界の“車輪の常識”ってやつから、叩き直してもらおうか」
---
午後。アストレア中央工房の一角にある設計棟にて、ユートは宮野を呼び出し、鳴海鉄斎を紹介した。
「こいつが、地球――いや、“例の場所”での鉄道の専門家。鳴海鉄斎さん。
そっちは、こっちの世界における建築・技術系統のリーダー、宮野」
ユートが紹介すると、二人は一瞬だけ互いを見つめ――
「へぇ、随分と若いな」
「そちらこそ、“鉄と共に生きてきた人間”の眼をしてる」
……初手から、妙に噛み合っていた。
「まず聞きたい。魔力圧縮式のエネルギー駆動なんて、おとぎ話じゃないのか?」
鳴海の問いに、宮野はためらいなく返す。
「理屈の上では問題ありません。すでに土台部分の魔力炉は稼働実績あり。
ただ、気密性と連続圧維持に関しては、現状では“精霊術師の補助”が必要です」
「魔力を燃焼剤代わりにした蒸気加熱か……。なら、ピストン構造よりも、回転式のほうがロスが減る。
あとは材料次第だな」
「素材には“黒鉄石”と“魔力鋼”の合金を検討しています」
「……ほう。興味深い」
二人の言葉は、まるで打ち合わせではなく、“試合のジャブ”のようだった。
次々と飛び出す専門用語、そして互いの懐を探るような応酬。
だがそれはやがて、静かな熱を孕んだ“共鳴”へと変わっていく。
「こっちには“定規でまっすぐ測る”って文化すら一部で定着してない。けど、街は育ってる。夢もある」
宮野が静かに言うと、鳴海は頷く。
「なら、そこに“線路”を引くってのは、夢にレールを敷くってことだな」
ユートはその言葉に深く頷きながら、心の中で確信した。
(この二人なら、きっとやれる)
---
翌日から、鉄道建設の第一フェーズが始まった。
・仮設の試験場を設営
・地形調査班を各方面に派遣
・魔力炉試作チームとレール成型チームを立ち上げ
鳴海は「線路は土地の血管、街の脈だ」と言い、
宮野は「魔力はその血液、動力はその心臓だ」と返した。
“二人の技術屋”は、世界と世界を跨いだ夢の上に、
確かな“鉄の意志”を打ち込んでいく。
---
アストレアの北工区。試作車両のボディが完成し、あとは“心臓”を宿すだけだった。
「魔力炉、点火準備完了!」
「圧縮室、魔石装填済み! 宮野さん、いつでもいけます!」
鳴海が両手を腰にあてて唸る。
「こいつが走ったら……マジで、“異世界鉄道”の第一歩だぜ」
「心配か?」
「心配しかしねぇよ。でもな、ワクワクが勝ってるのがまた困る」
ユートが傍らで笑った。
「お前ら、ほんと似てるな」
---
宮野はエンジン制御台に立ち、魔力炉の稼働シーケンスを確認する。
「“火属性魔石”と“風属性魔石”を対向配置。魔法式は圧縮→回転→排熱の三段構成。
トリガーは“外部起動式”。まずは手動で行きます」
レバーがゆっくり倒され、魔力炉に淡い赤と緑の光が灯った。
「魔力、安定して流れています。圧縮……来ます!」
ゴウンッ……ギギィ……
試作機関の奥で、ピストンが動いた音が響く。
キィン――という高音とともに、車体全体が微かに震えた。
「……生きてるぞ、これ」
鳴海の目が細まる。
---
「動力輪、回転開始!」
ギギギギ……ッゴゴゴゴ……
試作車両が、ゆっくりと――本当に、少しずつ――レールの上を滑り出した。
それは“走る”というよりも、“動き出した”という表現の方がふさわしかった。
だが、確かに――レールの上を、鉄の塊が、自らの力で進んでいた。
「……っしゃああああああ!!!」
誰よりも先に叫んだのは鳴海だった。
続けて、職人たち、魔導師たち、見学に来ていた住民たちから、どよめきと歓声が巻き起こる。
「動いた! 本当に動いたぞ!」
「魔力で! 蒸気も無しで……走ってる!!」
「見て見て、あのタイヤ! 魔力で回ってる!!」
ユートは高台からその光景を見つめ、心の底から湧き上がるものを感じていた。
(……これが、第一歩)
走行はわずか300メートルほどだった。速度も人が歩く程度。
だが、それでも十分だった。
走行が止まった瞬間、現場全体に拍手が鳴り響く。
鳴海はこぶしを振り上げ、魔力炉に手をポンと置いた。
「よくやった……このクソがつくくらい気難しい素材どもが……やりやがった……!」
宮野も静かに笑った。
「第一号機、“フェアリー・ゼロ”。魔力駆動式鉄道の、始まりですね」
「……名前、勝手に決めてない?」
「いいでしょ? ちょっとロマンあるし」
---
この日、“アストレアの鉄の獣が走った”という話は街中を駆け巡った。
子どもたちは「ごーごー!きかんしゃ!」と真似をし、商人たちは「物資運搬に使えないか」と色めき立つ。
ティナは大興奮で言った。
「ユート! あれ、超かっこいい! 私乗りたい!!」
「俺も! ってかバトル以外でこんなにワクワクしたの久々だわ!」
「……戦車じゃないぞ、お前ら」
その夜、ユートは設計室で鳴海と酒を酌み交わしていた。
「……これが完成して、王都と繋がったらどうなるんだろうな」
「世界が変わるかもな。
お前が引いたこの一本の線が、人と国と夢を繋ぐ」
ユートはグラスを傾け、ぽつりと呟いた。
「“鉄道”って、すげえな」
「だろうよ。俺たちは“夢のレール”を打ってるんだ。……最っ高だろ?」
---
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる