異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

機関車

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【秘密の相談──】

 東京、夜。
 繁華街の外れにあるバー。その奥の個室。いつものように、風間はグラスを傾けながらユートを迎えた。

「また急だな、春都。今度は何の用だ?」

「ちょっとな……鉄道を敷きたい。線路、機関車。わかるだろ?」

「珍しいな。お前がそんな“どストレートなインフラ整備”に興味あるなんて。例の“向こう”の話か?」

「……ま、そんなとこだよ。相変わらず詳しくは言えねぇけどな」

「海外か、離島か、はたまた……宇宙か? ま、いい。詳しく聞く気はない」

 風間はニヤリと笑い、軽く指を鳴らした。

「で? 何が欲しい?」

「実務経験のある鉄道技術者。できれば、車両設計と線路敷設、両方に強いやつ。
 ただし、俺が“現地に連れて行って、長期滞在させる”形になる」

「報酬は?」

「潤沢とは言わんが、普通の設計案件よりはずっと出せる。しかも、本人が本気で“何かを造りたい”と思ってるなら、こっちも全力で支える」

 風間はグラスを置いて、真顔で言った。

「一人、いる。鳴海鉄斎って名前のじいさんだ。鉄道会社の技術顧問でな、設計部門のレジェンド扱いされてる。引退したが、鉄と夢を語らせたら止まらんぞ」

「……その人、会わせてくれ」

「条件は一つだけだ」

「なんだ?」

「“全部説明するのは、お前の役目だ”ってことだ。俺の名前は出すな」

 ユートは軽く笑い、頷いた。

「もちろん。いつもありがとな、風間」

「礼はいいさ。たまには土産話でも持って帰ってこい」




 古びた町工場の一角にある設計事務所。
 ドアには小さく「鉄斎設計工房」と書かれたプレート。すりガラス越しに、図面に向かう人影が見える。

 ユートはノックもせずにドアを開けた。

「失礼……っと。ここで合ってるな」

 部屋の中にいた初老の男が顔を上げる。髭面に油の染みた作業服。眼光だけは異様に鋭かった。

「あ? 誰だお前」

「榊春都。おっさんを紹介されて来た。鉄道に詳しいって聞いてな」

「紹介……? ああ、アイツか……。それで?」

「おっさん、一本の線路引くのに命かけたことあるか?」

「……は?」

「オレは今、その“最初の一本”を引こうとしてる。地図に載ってねぇ場所に、鉄と夢を走らせたいんだよ」

 鳴海は胡散臭そうに目を細めた。

「……お前、何言ってんだ。鉄道ってのはな、金と許可と時間がねぇと走らねぇんだよ。
 夢だけじゃレールも敷けねぇ」

「わかってる。だからおっさんを探してここまで来た」

「なに、俺に泣きつきに来たってか?」

「いや、“一緒に走ろう”って誘いだよ。
 普通じゃありえねぇ条件だらけだ。けどよ――おっさんが死ぬまでに一度はやりたかったって夢、
 そのまま現実にできるかもしれねぇ世界がある」

「……そんな場所、どこにあるってんだ」

「まだ言えねぇ。けど、見せることはできる。現場に連れてく。そこで決めてくれていい」

 沈黙。鳴海の手が、古びたスケールを指で弄ぶ。

「……胡散臭ぇにもほどがあるな」

「そう思ってくれて構わねぇよ。でもな、行ったら後悔はしねぇ。
 鉄で“未来”を作りたいなら、今この瞬間が、きっとその第一歩だ」

 鳴海は深く息を吐き、椅子から立ち上がった。
 乱れた図面をひとつにまとめると、ユートの方を見た。

「……名前、もう一回」

「榊。」

「榊な。いいぜ、お前の言う“現場”ってやつ、見せてもらおうじゃねぇか。
 夢が見られる場所なんだろ?」

 ユートはにやりと笑って、手を差し出した。

「歓迎するぜ、おっさん。こっから先は、ちょっと風変わりな旅になるぞ」

---

「転移!」

 光の奔流の中、風の音も、地面の感触も、すべてが一瞬にして反転した。

 ――次の瞬間、鳴海鉄斎の足元には、見知らぬ草原と深い森、そして地平線まで続く青空が広がっていた。

「……ん?」

 鳴海は静かに首を動かし、周囲を見回した。

 背後には石造りの街並み。遠くでは荷馬車が走り、頭上には空を優雅に翔ける二対の翼を持つ“竜鳥”のような生物が飛んでいた。

「………………」

「……ようこそ、アストレアへ」

 ユートの声に、鳴海は無言で振り返る。口を半開きのまま、ひと言も発さない。

 ――そして、そっと地面に座り込んだ。


---

 その夜、ユートは鳴海を宿に案内し、部屋を用意した。
 夕食も勧めたが、鳴海は一言も話さず、ただ椅子に座って天井を見つめていた。

「……大丈夫か、あの人」

 ティナが心配そうに言い、バルトも「燃え尽きた戦士みてぇだったな」と苦笑い。

 そして翌朝。

 ユートが部屋をノックすると、鳴海はまだベッドの上に正座していた。寝ていなかったらしい。

「……おはようございます」

「…………夢じゃ、ねぇんだな」

 ようやく出た声は、かすれていた。


---

 ユートは宿の個室に鳴海を呼び、コーヒーを差し出したあと、できる限り丁寧に話し始めた。

「まず、ここは“日本”じゃない。地球ですらない。――異世界だ」

「……は?」

「正確には、俺が持ってる“転移”って魔法で、あっちとこっちを行き来してる」

 鳴海はしばらく黙っていた。
 そして、湯気の立つコーヒーを一口飲んだあと、ゆっくりと呟いた。

「……なるほど。つまり、今俺が見てる景色は、“全部頭の中”ってわけか?」

「違う違う、現実だって」

「じゃあ、あの空を飛んでたドラゴンは?」

「うん、本物」

「で、お前が魔法で転移したと?」

「うん」

「…………」

 鳴海は額を押さえた。

「なぁ、ユート。俺、死んでねぇよな?」

「生きてるし夢でもないし天国でもないよ」

「……ワシ、もう引退してたんだぜ? こっから魔法とかドラゴンとか鉄道とか、どうやって頭に入れりゃいいんだ?」

 ユートは笑いながら言った。

「……でも、“この世界でしかできない鉄道”が造れるんだぜ?」

「……魔法で動く機関車か」

「しかも、まだ誰も見たことのない、大地を貫くような路線を引くんだ」

 鳴海はしばらく目を閉じ、
 そして、ふっと笑った。

「……まぁ、空飛ぶ機関車じゃなけりゃ、なんとかなるか」

「ちょっと浮くかもしれないけどな」

「マジか」


---


 こうして鳴海鉄斎は、“異世界の鉄道建設技師”として目を覚ました。

 困惑はまだ完全には消えていなかったが、
 その胸の奥には、確かに“鉄を走らせる夢”の火が再び灯っていた。

 そして彼は、自ら設計帳を開き、言った。

「……さぁて、まずはこの世界の“車輪の常識”ってやつから、叩き直してもらおうか」


---


 午後。アストレア中央工房の一角にある設計棟にて、ユートは宮野を呼び出し、鳴海鉄斎を紹介した。

「こいつが、地球――いや、“例の場所”での鉄道の専門家。鳴海鉄斎さん。
 そっちは、こっちの世界における建築・技術系統のリーダー、宮野」

 ユートが紹介すると、二人は一瞬だけ互いを見つめ――

「へぇ、随分と若いな」
「そちらこそ、“鉄と共に生きてきた人間”の眼をしてる」

 ……初手から、妙に噛み合っていた。



「まず聞きたい。魔力圧縮式のエネルギー駆動なんて、おとぎ話じゃないのか?」

 鳴海の問いに、宮野はためらいなく返す。

「理屈の上では問題ありません。すでに土台部分の魔力炉は稼働実績あり。
 ただ、気密性と連続圧維持に関しては、現状では“精霊術師の補助”が必要です」

「魔力を燃焼剤代わりにした蒸気加熱か……。なら、ピストン構造よりも、回転式のほうがロスが減る。
 あとは材料次第だな」

「素材には“黒鉄石”と“魔力鋼”の合金を検討しています」

「……ほう。興味深い」

 二人の言葉は、まるで打ち合わせではなく、“試合のジャブ”のようだった。
 次々と飛び出す専門用語、そして互いの懐を探るような応酬。

 だがそれはやがて、静かな熱を孕んだ“共鳴”へと変わっていく。


「こっちには“定規でまっすぐ測る”って文化すら一部で定着してない。けど、街は育ってる。夢もある」

 宮野が静かに言うと、鳴海は頷く。

「なら、そこに“線路”を引くってのは、夢にレールを敷くってことだな」

 ユートはその言葉に深く頷きながら、心の中で確信した。

(この二人なら、きっとやれる)


---

 翌日から、鉄道建設の第一フェーズが始まった。

・仮設の試験場を設営
・地形調査班を各方面に派遣
・魔力炉試作チームとレール成型チームを立ち上げ

 鳴海は「線路は土地の血管、街の脈だ」と言い、
 宮野は「魔力はその血液、動力はその心臓だ」と返した。

 “二人の技術屋”は、世界と世界を跨いだ夢の上に、
 確かな“鉄の意志”を打ち込んでいく。


---

 アストレアの北工区。試作車両のボディが完成し、あとは“心臓”を宿すだけだった。

「魔力炉、点火準備完了!」

「圧縮室、魔石装填済み! 宮野さん、いつでもいけます!」

 鳴海が両手を腰にあてて唸る。

「こいつが走ったら……マジで、“異世界鉄道”の第一歩だぜ」

「心配か?」

「心配しかしねぇよ。でもな、ワクワクが勝ってるのがまた困る」

 ユートが傍らで笑った。

「お前ら、ほんと似てるな」


---

 宮野はエンジン制御台に立ち、魔力炉の稼働シーケンスを確認する。

「“火属性魔石”と“風属性魔石”を対向配置。魔法式は圧縮→回転→排熱の三段構成。
 トリガーは“外部起動式”。まずは手動で行きます」

 レバーがゆっくり倒され、魔力炉に淡い赤と緑の光が灯った。

「魔力、安定して流れています。圧縮……来ます!」

 ゴウンッ……ギギィ……

 試作機関の奥で、ピストンが動いた音が響く。

 キィン――という高音とともに、車体全体が微かに震えた。

「……生きてるぞ、これ」

 鳴海の目が細まる。


---

「動力輪、回転開始!」

 ギギギギ……ッゴゴゴゴ……

 試作車両が、ゆっくりと――本当に、少しずつ――レールの上を滑り出した。

 それは“走る”というよりも、“動き出した”という表現の方がふさわしかった。
 だが、確かに――レールの上を、鉄の塊が、自らの力で進んでいた。

「……っしゃああああああ!!!」

 誰よりも先に叫んだのは鳴海だった。
 続けて、職人たち、魔導師たち、見学に来ていた住民たちから、どよめきと歓声が巻き起こる。

「動いた! 本当に動いたぞ!」

「魔力で! 蒸気も無しで……走ってる!!」

「見て見て、あのタイヤ! 魔力で回ってる!!」

 ユートは高台からその光景を見つめ、心の底から湧き上がるものを感じていた。

(……これが、第一歩)


 走行はわずか300メートルほどだった。速度も人が歩く程度。
 だが、それでも十分だった。

 走行が止まった瞬間、現場全体に拍手が鳴り響く。
 鳴海はこぶしを振り上げ、魔力炉に手をポンと置いた。

「よくやった……このクソがつくくらい気難しい素材どもが……やりやがった……!」

 宮野も静かに笑った。

「第一号機、“フェアリー・ゼロ”。魔力駆動式鉄道の、始まりですね」

「……名前、勝手に決めてない?」

「いいでしょ? ちょっとロマンあるし」


---

 この日、“アストレアの鉄の獣が走った”という話は街中を駆け巡った。
 子どもたちは「ごーごー!きかんしゃ!」と真似をし、商人たちは「物資運搬に使えないか」と色めき立つ。

 ティナは大興奮で言った。

「ユート! あれ、超かっこいい! 私乗りたい!!」

「俺も! ってかバトル以外でこんなにワクワクしたの久々だわ!」

「……戦車じゃないぞ、お前ら」



 その夜、ユートは設計室で鳴海と酒を酌み交わしていた。

「……これが完成して、王都と繋がったらどうなるんだろうな」

「世界が変わるかもな。
 お前が引いたこの一本の線が、人と国と夢を繋ぐ」

 ユートはグラスを傾け、ぽつりと呟いた。

「“鉄道”って、すげえな」

「だろうよ。俺たちは“夢のレール”を打ってるんだ。……最っ高だろ?」


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