異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

モデル.S

文字の大きさ
95 / 114
第3章

更なる発展

しおりを挟む


 朝日が東の山際から顔を出すと同時に、アストレアの街にも一日のはじまりを告げる鐘の音が響いた。

 コーン、コーン……と柔らかな音色が空に溶けていく。

 焼き立てのパンの香り、遠くの井戸で水を汲む少女たちの笑い声、鍛冶場から響く金槌のリズム。
 どこかの家の窓からは子どもの泣き声がし、すぐに母親のやさしい歌声がそれを包み込む。

 ユートは、集会所のテラスで温かいハーブティーを口にしながら、その風景を静かに眺めていた。

「……いいな。こういうのが、夢だったんだ」


 街の南門近くに新たに整備された商店街は、すでに賑わいの中心となっていた。
 王都から移り住んだ商人たちが並べる香辛料や絹の布地。
 アストレア特産の薬草や、宮野たちが地元素材と掛け合わせて開発した香り石鹸が並び、旅人たちは目を輝かせていた。

「ほらほら、あっちの店では“星の香り”ってやつがあるんだって!」

「何それ!? 名前だけでもう買いたくなる!」

 ティナが街娘たちと楽しげに並んでいるのを、バルトがやれやれと笑いながら見守っている。

 商人だけでなく、街には旅芸人や劇団、楽器職人も訪れるようになっていた。
 広場では子どもたちが木の剣を振り回し、仮面芝居を真似してヒーローごっこに夢中になっている。


 集会所の隣に建てられた小さな木造の建物――それが、この街初の学校だった。

「みんな、今日は“数字の読み方”から始めますよ」

 教壇に立つメリルの声は柔らかく、けれど教室には程よい緊張感が満ちていた。

 ユートは窓の外からそっと覗き、教室の様子に目を細める。

 子どもたちが真剣にノートをとり、時おり隣と小さく笑い合いながら学んでいる光景。
 それは、剣でも魔法でも得られない“街の未来”そのものだった。


---

 新しくできた診療所には、地元の回復術師だけでなく、王都から派遣された薬師や若い医療師見習いも加わり、万全の体制が整った。
 住民は安心して暮らし、旅人はここを“憩いの中継地”として語るようになる。

「この街に来るとさ、何か……あったかいんだよなぁ」
「うん、飯も空気もうまい。なんかもう、帰りたくなくなるくらいだよ」

 旅人がそう呟くのを聞いて、ユートは胸が熱くなった。

 夜、塔の上から街を見渡す。
 灯りがぽつぽつと灯り、広場には焚き火を囲んで語り合う家族や若者たちの姿。

「ねぇユート。この街……もう夢じゃないよね」

 ティナが隣に立ってそう言った。

「……ああ。ちゃんと形になってる。みんなの手で、育ててる」

 バルトが背中に剣を背負いながら無言でうなずく。

 アストレアはまだ小さな街だ。
 だが、その心は豊かで、どこよりも誇り高かった。

 ユートは手すりに手をかけ、静かに空を見上げる。

「……もっと良くしたい。もっと……誰かの“帰りたい場所”にしたい」

 その目に、次なる目標が灯っていた。


 朝焼けが差し込む頃、ユートのもとに一通の手紙が届いた。

「お、なんだこれ……王都から?」

 差出人は──王太子。
 文面にはこう書かれていた。

> 「アストレアにぜひ一度、公式訪問をしたい。
 民と語らい、街を見せてほしい。──殿下より」



 ユートは手紙を読み終えると、にやりと笑った。

「……さて、次の準備だな」


---

春を迎えたアストレアは、さらなる変化の真っ只中にあった。

 街の入口に続く街道には、朝から馬車がずらりと列をなし、
 商人、職人、冒険者、さらには農民たちまでもが「この街で暮らしたい」と荷を積んでやってくる。

「おい、昨日の段階で新住民登録が……五十組を超えたってよ」
「また!? 畑、足りるかな……」

 街の書記官たちは日々増え続ける人々の名簿整理に追われ、建築職人たちはほとんど寝る間もなく、音を立てて家を建てていた。

 木材を運ぶ荷車、壁を塗る若者、屋根に上がる見習いたち。
 そのどれもが汗を流しながらも笑顔だった。

「ここなら、“明日”があるって思える」

 新しく移住してきた中年の鍛冶師がそう語ったように、
 アストレアという街は、人の心に“居場所”を与えるような力を持ち始めていた。


--

 街の外縁には次々と住宅地が建てられ、農地が拡張され、水路が引かれた。
 屋根の色が増え、通りに灯る明かりがより多くなっていくたびに、街の輪郭はふくよかに、力強くなっていく。

 職人街には石造りの工房が並び、広場には新たな市場が立ち上がる。
 新たな浴場施設や、憩いの小公園、小さな劇場も着工された。

「アストレアは“暮らすための街”に変わってきてる」

 そう口にしたのは、ユート自身だった。

 だが、同時に彼の胸にはある種の“焦り”が芽生えていた。


---

 「家を建てたい」「税の仕組みを知りたい」「用水路を自分の畑にも引いてほしい」――
 街の住人が増えれば、当然ながら意見も要望も混在してくる。

 広場での意見交換は日々白熱し、時に衝突すら起きる。

「そろそろ限界だな……俺ひとりで全部判断してるわけにもいかない」

 集会所で頭を抱えたユートに、セルジュが淡く笑って言った。

「“街の声”を吸い上げる仕組みが必要ですね。
 我々が選んだ代表たちで構成する“議会”を作る時です」

「議会、か……」

 ユートは真剣なまなざしで考える。

「なら、誰でも手を挙げられる形式にしよう。“偉い家の出”じゃなく、“街のために働きたい”って思う人間を集める」

「その方が……アストレアらしい」

 ティナとバルトも頷いた。


---

 それから一ヶ月。ユートたちは選定基準や規定を定め、候補者を集める手配を進めた。
 広場には簡易の演説台が設置され、人々が自らの想いを声にする。

「農民だからこそ、畑の声を届けたい」
「小さな店を営んでるからこそ、街の商業について考えたい」
「この街で子を育てている。だからこそ、未来のための教育を守りたい」

 その姿は、ユートにとって何よりも美しく、誇らしいものだった。

 やがて10人の議員が選出され、“アストレア自治議会”が設立された。


 議会初日、ユートはあえて上座に座らなかった。

 彼は見守る立場として、後方で静かに頷きながら、
 住民たちの選んだ“代表たち”が、街の未来を語り合う姿を見ていた。

「もう、俺ひとりで背負う必要はないんだな……」

 ティナが隣でそっと微笑み、バルトが無言で腕を組んだまま頷く。

 アストレアという街は、今やユートの夢だけでなく、
 そこに生きる全ての人々の“夢と意思”で動き出していた。


---

 アストレアの中央広場に立つユートは、地図を見つめながら、ふとつぶやいた。

「ここから王都まで、商隊の馬車でおよそ七日……。遠すぎるな」

 物流、移動、軍事、交流、すべてのボトルネックは“距離”だった。

 そしてユートの脳裏にひとつの光景が浮かぶ。

 ――地球で見た、鉄の巨体が轟音とともに駆ける、機関車の姿。

「……あれを、この世界に持ち込めたら」

 アストレアと王都を“鉄”で繋ぎ、物資も人も流れを生み出す――王国の背骨となる道を造るのだ。


 ユートはすぐに、開発責任者の宮野を呼び出した。
 資料室の奥、設計図が積み上がる部屋で、宮野はいつものようにカフェを啜りながら迎える。

「鉄道……ですか?」

「ああ。地球であったような、レールと機関車のネットワーク。王都とアストレアを最短で繋ぎたい」

 宮野は一瞬だけ目を細め、指先で顎を撫でたあと、ゆっくり言った。

「正直、技術的には不可能ではない。ただ、問題は山積みです」

「具体的に頼む」

「まず、蒸気機関に必要な鍛造技術。ボイラー圧を維持できる強度の金属が今の異世界技術ではまだ不安定」

「じゃあ……」

「こちらで“魔道具との融合”で動力を補完する形なら、可能性はあります。
 火属性魔石と圧縮魔法を併用して、擬似的な蒸気タンクを構築。歯車とピストン駆動を“魔法補助”で回す。ハイブリッド型機関車なら、作れます」

「やっぱお前、天才だわ」

「それを今さら言うんですか」


---

「問題はむしろ、線路のほうです」

 宮野は、紙にすばやく何本もの線を引いていく。

「直線距離で繋いだとしても、川、丘陵、森、岩山……自然地形の干渉が大きい。
 さらに、王国領地を通すには“貴族領”を横切る必要がある。これは……政治案件になります」

 ユートは地図に視線を落とす。
 王都まで最短で走らせるには、3つの領地を横断しなければならなかった。

「……伯爵に相談してみるよ。まずは“アストレア-王都”のテストラインを。
 土地の交渉、こっちはこっちで動く。設計と試作車両は、お前に任せる」

「了解しました。……ワクワクしますね、正直」

 珍しく、宮野の口元に笑みが浮かぶ。


--

 その日以降、アストレアの北工区では“鉄道開発区画”が設置され、
 魔力炉と金属炉が並び、技術者たちが昼夜を問わず研究と製造に没頭する光景が広がった。

「鉄の獣が、王国を駆ける日が来るとはな……」

「それだけじゃねえぞ。街を繋げば、人も、文化も、夢も流れる。王国の形そのものが変わるかもしれねえ」

 ユートの視線は、遠い王都の方角を見据えていた。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...