異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

更なる発展

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 朝日が東の山際から顔を出すと同時に、アストレアの街にも一日のはじまりを告げる鐘の音が響いた。

 コーン、コーン……と柔らかな音色が空に溶けていく。

 焼き立てのパンの香り、遠くの井戸で水を汲む少女たちの笑い声、鍛冶場から響く金槌のリズム。
 どこかの家の窓からは子どもの泣き声がし、すぐに母親のやさしい歌声がそれを包み込む。

 ユートは、集会所のテラスで温かいハーブティーを口にしながら、その風景を静かに眺めていた。

「……いいな。こういうのが、夢だったんだ」


 街の南門近くに新たに整備された商店街は、すでに賑わいの中心となっていた。
 王都から移り住んだ商人たちが並べる香辛料や絹の布地。
 アストレア特産の薬草や、宮野たちが地元素材と掛け合わせて開発した香り石鹸が並び、旅人たちは目を輝かせていた。

「ほらほら、あっちの店では“星の香り”ってやつがあるんだって!」

「何それ!? 名前だけでもう買いたくなる!」

 ティナが街娘たちと楽しげに並んでいるのを、バルトがやれやれと笑いながら見守っている。

 商人だけでなく、街には旅芸人や劇団、楽器職人も訪れるようになっていた。
 広場では子どもたちが木の剣を振り回し、仮面芝居を真似してヒーローごっこに夢中になっている。


 集会所の隣に建てられた小さな木造の建物――それが、この街初の学校だった。

「みんな、今日は“数字の読み方”から始めますよ」

 教壇に立つメリルの声は柔らかく、けれど教室には程よい緊張感が満ちていた。

 ユートは窓の外からそっと覗き、教室の様子に目を細める。

 子どもたちが真剣にノートをとり、時おり隣と小さく笑い合いながら学んでいる光景。
 それは、剣でも魔法でも得られない“街の未来”そのものだった。


---

 新しくできた診療所には、地元の回復術師だけでなく、王都から派遣された薬師や若い医療師見習いも加わり、万全の体制が整った。
 住民は安心して暮らし、旅人はここを“憩いの中継地”として語るようになる。

「この街に来るとさ、何か……あったかいんだよなぁ」
「うん、飯も空気もうまい。なんかもう、帰りたくなくなるくらいだよ」

 旅人がそう呟くのを聞いて、ユートは胸が熱くなった。

 夜、塔の上から街を見渡す。
 灯りがぽつぽつと灯り、広場には焚き火を囲んで語り合う家族や若者たちの姿。

「ねぇユート。この街……もう夢じゃないよね」

 ティナが隣に立ってそう言った。

「……ああ。ちゃんと形になってる。みんなの手で、育ててる」

 バルトが背中に剣を背負いながら無言でうなずく。

 アストレアはまだ小さな街だ。
 だが、その心は豊かで、どこよりも誇り高かった。

 ユートは手すりに手をかけ、静かに空を見上げる。

「……もっと良くしたい。もっと……誰かの“帰りたい場所”にしたい」

 その目に、次なる目標が灯っていた。


 朝焼けが差し込む頃、ユートのもとに一通の手紙が届いた。

「お、なんだこれ……王都から?」

 差出人は──王太子。
 文面にはこう書かれていた。

> 「アストレアにぜひ一度、公式訪問をしたい。
 民と語らい、街を見せてほしい。──殿下より」



 ユートは手紙を読み終えると、にやりと笑った。

「……さて、次の準備だな」


---

春を迎えたアストレアは、さらなる変化の真っ只中にあった。

 街の入口に続く街道には、朝から馬車がずらりと列をなし、
 商人、職人、冒険者、さらには農民たちまでもが「この街で暮らしたい」と荷を積んでやってくる。

「おい、昨日の段階で新住民登録が……五十組を超えたってよ」
「また!? 畑、足りるかな……」

 街の書記官たちは日々増え続ける人々の名簿整理に追われ、建築職人たちはほとんど寝る間もなく、音を立てて家を建てていた。

 木材を運ぶ荷車、壁を塗る若者、屋根に上がる見習いたち。
 そのどれもが汗を流しながらも笑顔だった。

「ここなら、“明日”があるって思える」

 新しく移住してきた中年の鍛冶師がそう語ったように、
 アストレアという街は、人の心に“居場所”を与えるような力を持ち始めていた。


--

 街の外縁には次々と住宅地が建てられ、農地が拡張され、水路が引かれた。
 屋根の色が増え、通りに灯る明かりがより多くなっていくたびに、街の輪郭はふくよかに、力強くなっていく。

 職人街には石造りの工房が並び、広場には新たな市場が立ち上がる。
 新たな浴場施設や、憩いの小公園、小さな劇場も着工された。

「アストレアは“暮らすための街”に変わってきてる」

 そう口にしたのは、ユート自身だった。

 だが、同時に彼の胸にはある種の“焦り”が芽生えていた。


---

 「家を建てたい」「税の仕組みを知りたい」「用水路を自分の畑にも引いてほしい」――
 街の住人が増えれば、当然ながら意見も要望も混在してくる。

 広場での意見交換は日々白熱し、時に衝突すら起きる。

「そろそろ限界だな……俺ひとりで全部判断してるわけにもいかない」

 集会所で頭を抱えたユートに、セルジュが淡く笑って言った。

「“街の声”を吸い上げる仕組みが必要ですね。
 我々が選んだ代表たちで構成する“議会”を作る時です」

「議会、か……」

 ユートは真剣なまなざしで考える。

「なら、誰でも手を挙げられる形式にしよう。“偉い家の出”じゃなく、“街のために働きたい”って思う人間を集める」

「その方が……アストレアらしい」

 ティナとバルトも頷いた。


---

 それから一ヶ月。ユートたちは選定基準や規定を定め、候補者を集める手配を進めた。
 広場には簡易の演説台が設置され、人々が自らの想いを声にする。

「農民だからこそ、畑の声を届けたい」
「小さな店を営んでるからこそ、街の商業について考えたい」
「この街で子を育てている。だからこそ、未来のための教育を守りたい」

 その姿は、ユートにとって何よりも美しく、誇らしいものだった。

 やがて10人の議員が選出され、“アストレア自治議会”が設立された。


 議会初日、ユートはあえて上座に座らなかった。

 彼は見守る立場として、後方で静かに頷きながら、
 住民たちの選んだ“代表たち”が、街の未来を語り合う姿を見ていた。

「もう、俺ひとりで背負う必要はないんだな……」

 ティナが隣でそっと微笑み、バルトが無言で腕を組んだまま頷く。

 アストレアという街は、今やユートの夢だけでなく、
 そこに生きる全ての人々の“夢と意思”で動き出していた。


---

 アストレアの中央広場に立つユートは、地図を見つめながら、ふとつぶやいた。

「ここから王都まで、商隊の馬車でおよそ七日……。遠すぎるな」

 物流、移動、軍事、交流、すべてのボトルネックは“距離”だった。

 そしてユートの脳裏にひとつの光景が浮かぶ。

 ――地球で見た、鉄の巨体が轟音とともに駆ける、機関車の姿。

「……あれを、この世界に持ち込めたら」

 アストレアと王都を“鉄”で繋ぎ、物資も人も流れを生み出す――王国の背骨となる道を造るのだ。


 ユートはすぐに、開発責任者の宮野を呼び出した。
 資料室の奥、設計図が積み上がる部屋で、宮野はいつものようにカフェを啜りながら迎える。

「鉄道……ですか?」

「ああ。地球であったような、レールと機関車のネットワーク。王都とアストレアを最短で繋ぎたい」

 宮野は一瞬だけ目を細め、指先で顎を撫でたあと、ゆっくり言った。

「正直、技術的には不可能ではない。ただ、問題は山積みです」

「具体的に頼む」

「まず、蒸気機関に必要な鍛造技術。ボイラー圧を維持できる強度の金属が今の異世界技術ではまだ不安定」

「じゃあ……」

「こちらで“魔道具との融合”で動力を補完する形なら、可能性はあります。
 火属性魔石と圧縮魔法を併用して、擬似的な蒸気タンクを構築。歯車とピストン駆動を“魔法補助”で回す。ハイブリッド型機関車なら、作れます」

「やっぱお前、天才だわ」

「それを今さら言うんですか」


---

「問題はむしろ、線路のほうです」

 宮野は、紙にすばやく何本もの線を引いていく。

「直線距離で繋いだとしても、川、丘陵、森、岩山……自然地形の干渉が大きい。
 さらに、王国領地を通すには“貴族領”を横切る必要がある。これは……政治案件になります」

 ユートは地図に視線を落とす。
 王都まで最短で走らせるには、3つの領地を横断しなければならなかった。

「……伯爵に相談してみるよ。まずは“アストレア-王都”のテストラインを。
 土地の交渉、こっちはこっちで動く。設計と試作車両は、お前に任せる」

「了解しました。……ワクワクしますね、正直」

 珍しく、宮野の口元に笑みが浮かぶ。


--

 その日以降、アストレアの北工区では“鉄道開発区画”が設置され、
 魔力炉と金属炉が並び、技術者たちが昼夜を問わず研究と製造に没頭する光景が広がった。

「鉄の獣が、王国を駆ける日が来るとはな……」

「それだけじゃねえぞ。街を繋げば、人も、文化も、夢も流れる。王国の形そのものが変わるかもしれねえ」

 ユートの視線は、遠い王都の方角を見据えていた。


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