異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

アストレア動き出す

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【数日後──文官到着】

 晴れた朝、アストレアの門前に、一台の馬車が停まった。
 グレイス伯爵が約束していた、文官たちがついに到着したのだ。

 馬車から降りてきたのは、三人の男女。

 一人目は、四十代後半と思しき黒髪の男。眼鏡越しの視線は鋭く、帳簿の束を小脇に抱えている。

「初めまして。ルネ・カルミンです。財務と予算管理が専門です」

 二人目は、柔らかい物腰の中年女性。
 ややぽっちゃりとした体型に、包容力のある笑顔が浮かぶ。

「私はメリル・エルマン。民政と教育関係の仕事が多くて……よろしくお願いいたしますね」

 三人目は、三十代半ばの細身の青年。几帳面そうな口調と、冷静な物腰が印象的だった。

「法務担当のセルジュ・ハイトです。開拓地での法制度構築……興味深いテーマですね」

 ユートは三人と軽く握手を交わし、それぞれに案内を始めた。
 集会所の案内、資料の引き継ぎ、地形や住民の分布まで。すぐに全員が真剣な眼差しに変わった。

「これだけの人口と規模なら、仮税制は導入してもいいでしょう。まずは食料と水の流通管理から……」

「子どもが多いわね。教育の基盤は急いだほうがいいかも。読み書きと計算だけでも教えられたら、随分変わるわ」

「住居区画と商業区画の境界を整備したほうが、後々の訴訟を減らせます。看板や境界線の表示も法的には重要です」

 ユートは苦笑しながら、ぐいっと腕を組んだ。

「……まさか、ここまで即戦力だとはな。伯爵に感謝しないと」


---

【その夜──森の外れにて】

 ユートは一人、街の外れにある木立へ向かった。
 気配は確かに、そこにあった。普段なら気づかない者も多いだろうが、彼の感覚は違った。

「……出てこいよ、レジン。話したいことがある」

 木の陰から、静かに一人の男が姿を現した。
 長身痩躯、深い灰色のマントに身を包んだ無口な男──殿下の諜報員、レジンだった。

「……用件は?」

「別に責める気はねえよ。お前がここにいる理由も、もう聞いた。
 だからさ、“俺のやり方”に口出しするつもりがないなら、最低限だけ守ってくれ」

「具体的には?」

「街の空気を壊さないこと。住民に妙な不安を与えないこと。必要以上に深入りしないこと。
 それだけ守ってくれれば、俺はお前を歓迎する」

 レジンは一拍置いてから、無言で頷いた。

「……殿下は君を“未来の鍵”と見ている。信頼はしている。ただ、備えておきたいだけだ」

「なら、お互い様だな。……俺も、備えてる」

 風が吹き抜ける。
 レジンはそのまま、木々の陰へと静かに姿を消した。


---

【その翌日──】

 文官たちが着任して三日目。
 街ではさっそく、仮設の行政カウンターが設置され、住民たちが手続きや相談に並ぶ姿が見られるようになっていた。

「こんなに人が……」

 メリルが目を丸くする一方、ルネは冷静に対応を始め、セルジュは細かく対応記録をとっていた。

「ちゃんと回り始めてるな……」

 ユートは広場の端からその様子を見つめ、静かに息を吐いた。

 “都市”として、確かに一歩を踏み出した感覚が、胸にあった。


---

一週間後─

 文官たちが到着してからというもの、アストレアは目に見えて変化し始めていた。

 まず、広場の一角に仮設の「文官詰所」が建てられ、そこを拠点に行政業務が開始された。
 各家庭の居住確認と人口の簡易登録が始まり、世帯ごとの水と食料の供給量も見直された。

「戸籍はまだだけど、名前と職業、それと簡単な健康状態の記録だけでもかなり役立つわ」

 メリルの柔らかい笑顔と落ち着いた口調は、住民たちにも受け入れられていた。
 識字率の低さを踏まえた「口述聞き取り式」の登録も用意され、子どもたちへの読み書き教室の準備も進む。

 一方、ルネは財務台帳の基礎整備に着手し、物資や備蓄の流れをすべて把握。
 収支の見える化が進むことで、無駄な出費も減り、備蓄倉庫の管理も整った。

「次は、商人たちに仮の営業登録制度を導入する必要がありますね。納税も視野に入れないと」

 そしてセルジュは街の“規律”に注目していた。

「現在のところ、大きな事件はありませんが……住民が増えれば、争いも出てくるでしょう。
 罰則規定や訴訟対応のガイドラインも、そろそろ用意しておいた方がいい」

「……街ってのは、やっぱルールがないと回らねぇんだな」

 ユートはその場に立ち会いながら、改めて実感する。
 冒険者として身ひとつで生きてきた彼にとって、「社会を築く」ことは未知の挑戦だった。


---

【夜──ユートの家にて】

「ユート、ずっと外にいたね。そろそろちゃんと飯食べないと倒れるよ?」

 ティナがエプロン姿でキッチンから顔を出す。

「今日はミリアが外泊だから、私が作ったのよ。文句言わないでね?」

「それはプレッシャーしかねぇな……」

 苦笑しつつテーブルにつくと、バルトが「肉多めだぞ」と笑いながら皿を置いた。

「どうよ。街の感じは」

「上出来だ。まだ荒削りだけどな。今のうちにちゃんと基礎を固めれば、ちゃんと育つと思う」

「でもユートって、戦ったり魔法ぶっ放したりする方が性に合ってるよなぁ」

「そうかもな。でも今は、こういう“形に残る仕事”も悪くないって思ってる」

 静かに笑いながら、ユートは窓の外を見た。
 遠く、灯りのついた集会所が見える。その灯は、かつてなかった“秩序”と“未来”の象徴だった。


---

 翌日、文官たちからひとつの提案が出された。

「アストレアを“公式な自治都市”として、王国に申請しませんか?」

 セルジュの提案に、ユートは眉をひそめた。

「まだ早いんじゃないか?」

「いえ、今のうちに“申請の意思”を出しておくことが重要です。
 王都からの支援を受けつつ、独立した自治権を保持する形にできれば、他の貴族や領主の介入も避けられる」

「その代わり、責任も重くなるぞ」

 ルネが淡々と付け加える。

「税の取りまとめ、治安維持、商業の監督……王都は“任せる”代わりに、結果を求めてくる。
 それでもやるか? ユート」

 ユートは一瞬目を閉じ、それから小さく笑った。

「面白えじゃん。やってやろうぜ。……俺たちの街、アストレアを正式な“街”にする」

 その言葉に、ティナもバルトも、そして文官たちも頷いた。

 街は、静かに、しかし確実に次の段階へと進もうとしていた。


---

 翌日、集会所の会議室に、ユート・文官3人・バルト・ティナが集まっていた。
 テーブルには地図、申請書類の原案、王国の都市制度に関する資料が並べられている。

「王国の制度上、“自治都市”としての申請にはいくつか条件があります。
 一つ、明確な住民登録と代表者。二つ、一定の経済基盤と税収の見込み。三つ、安全保障体制の確立」

 セルジュが淡々と読み上げ、ルネがそれを補足する。

「税収については、すでに出入りしている商人からの徴収を開始すれば十分です。住民数も最低基準は満たしています。
 問題は、王都に送る“推薦状”と、外部に示す“治安維持の証明”ですね」

「治安……ってことは、騎士団?」

「もしくは、それに準じた“街の警備組織”。つまり……衛士団の存在です」

「おっ、それならうちにはバルトがいるしな! 名前もカッコいいの考えてたし!」

「やめろって言ってんだろ」

 バルトが少し照れながら肩をすくめ、ティナが笑いをこらえる。
 会議の空気は重くなりすぎず、それでいて真剣だった。

「推薦状は……グレイス伯爵から貰えると思うけど」

「ええ、確実でしょうね。既に信頼関係もありますし、彼自身が視察にも来ている。
 ユート、すぐに正式な文面を整え、提出の準備を進めましょう」

「了解。……やるなら一気にやろうぜ」


--

 数日後、書類と申請文書が整えられた。

 ユートは、使者としてセルジュとアストレアの代表的商人ノア・スヴェルを選出。
 ノアは王都にもネットワークを持つ実力派であり、話術にも長けていた。

「王都には私も同行します。申請の正式な手続きと、グレイス伯爵への面会も私が務めます」

 セルジュの言葉に、ユートは小さく頷いた。

「頼んだ。無理はすんなよ、ノアも」

「もちろんさ。……こう見えても、俺は王都の“嫌味な貴族共”のあしらいには慣れてるんだ」

 軽口を叩くノアだったが、その瞳はどこまでも真剣だった。


---

【数日後・王都】

 アストレアの自治都市申請は、王都の行政局に提出された。

 その直後、噂は一気に王都の貴族たちに広がる。

「……あのグレイスが後ろ盾?」「今さら辺境の開拓地が都市に?」「前例が無さすぎる」

 一部の保守的な貴族は鼻で笑い、
 他の勢力は“警戒”の色を強めていた。

 とりわけ、アストレアに近い領地を治める中級貴族たちは動揺を隠せない。

「……何もなかったはずの辺境が急に都市になったら、貿易ルートが変わるぞ」

「下手をすると、我が家の徴税収入が削られる……!」

 静かに、しかし確実に──
 アストレアという名が、王都の“盤面”に乗り始めていた。


---

 そのころ、アストレアの夜。
 ユートは集会所の屋上で、夜空を見上げていた。

「なぁ、ユート。申請が通ったら、また大変になるぞ?」

 隣に座ったバルトがぽつりとつぶやく。

「うん。……でも、どのみち通る道だろ。だったら自分から進んだ方がいい。
 この街は、ただ生きる場所じゃなく、“夢を持てる場所”にしたいんだ」

 ティナもその横で、夜風に髪を揺らしていた。

「それって、王様みたいなこと言うのね」

「勘弁してくれ。王様は向いてねぇよ」

 そんな他愛もない会話を交わしながらも、ユートは確かに感じていた。

 ――これから、動く。

 王都も、周辺の領主たちも。そして……“敵”すらも。


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