異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

開通式典

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エルモ山地のトンネルが開通して数週間。
 王都西区から始まった鉄路は、次の段階へと進み始めていた。

「さぁて……次は、橋だ」

 地図を広げたユートが指し示したのは、王都郊外を流れる大河――ロザリオ川。
 川幅は広く、下流には船の交易路が走る。ゆえに、低く短い橋では意味がない。

「上空にかけるしかないな。十分な高さと、貨物列車の重量にも耐えられる構造で」

 宮野が図面にさらさらと補強線を引きながらうなった。

「ここは設計士としての腕が鳴るな……でも、一歩間違えば王都水運と激突する。許可取りは頼んだぞ」

「了解。王都の交易ギルドに根回ししておくよ」


---

「この川には“アーチ式”がベストだ。魔力と地球の技術を融合した“魔導アーチ橋”で行く」

 鳴海が指し示したのは、精密な構造設計図。
 橋脚を最低限に抑え、魔力プレートで支える構造。

「見た目も美しいが、何より“耐荷重”がすごい。あの鉄の塊を列車にしても余裕」

「芸術かつ実用……まさに鳴海建築」

「うるせぇよ、照れるだろ」

 現場に張り詰めていた空気が少し緩む。


---


 橋梁建設が始まると、王都市民の注目はますます高まった。

「すげぇ……空に浮かぶ鉄の道だ!」

「橋の先がアストレアに続いてるって、本当かよ?」

 子供たちは工区の丘の上から建設を見守り、商人たちはそわそわと「開通後の輸送契約」に向けた交渉を始めていた。

 一方で、王都の一部の保守派貴族は眉をひそめていた。

「街の景観が台無しだ」

「異分子が王都の骨格に触れている……」

 だが、グレイス伯爵の支援と王太子の後ろ盾によって、表立った妨害は封じられていた。


--

 橋の土台が組み上がると、ついに――**“本格的なレール”**の敷設が始まった。

 地面に杭を打ち、敷石を詰め、鉄道軌道を固定していく工程。
 魔導式のレール素材は、鳴海の調整により“気温や魔力の揺らぎにも強い”特注品。

「これで季節問わず、安定して運行できる。小さな村にも“定刻”ってやつを教えてやるさ」

 ティナとバルトも、レール搬送や工区警備を担当。
 2人が現場に立つと、若い作業員たちの士気が目に見えて上がるのも、最近の“お約束”になっていた。


---

 王都西駅から、トンネルを抜けてロザリオ川の橋を渡る区間。
 そこに、ついに鉄道が敷かれ――第一便の“試運転列車”が走る日がやって来た。

「よし……見届けようぜ。俺たちの“鉄の道”が、ちゃんと走るか」

 ユートの号令で、皆が見守る中、魔導機関のエネルギーが点火され――

 ――ごぉん、と重厚な音を鳴らしながら、列車は動き出した。

 地を震わせるような音が、王都の空に響く。

「動いた! 動いたぞぉ!」

「これが……鉄の“未来”か!」

 歓声が沸き、涙を浮かべる者もいた。


---

 列車が橋を渡り切る頃、ユートは空を見上げて呟いた。

「この街の人々が、次は“どこへ行こう”って思える日が来る……
 それって、たぶん“自由”ってやつの始まりだよな」

 その声に、誰かが小さく答えた。

「そうだな。街と街、人と人――全部、繋がっていく」


---

空は抜けるように澄み渡り、街の鐘が正午を告げた。
 王都西駅――真新しい白石造りの駅舎には、貴族、商人、職人、市民がひしめいている。

 王国の新たな歴史が刻まれる瞬間を、誰もが今か今かと待ちわびていた。


---

【王太子の演説】

 駅の中央広場に設えられた壇上。王家の紋章の垂れ幕がはためく中、王太子がゆっくりと壇に上がった。

 その若き威厳に、ざわついていた群衆が静まる。

「本日、ここに――王都とアストレアを繋ぐ“鉄の道”が、正式に開かれます」

 彼の声は力強く、そして希望に満ちていた。

「これは、ただの交通の便ではない。
 人と人、街と街を繋ぎ、物流を変え、国を動かす“革命”である」

「この偉業を成し遂げたのは、一人の冒険者であり、今や街の創造者である、ユート――彼の情熱と仲間の力である!」

 歓声が沸いた。拍手が波のように広がっていく。


---

ユートが壇上に立つと、観衆は静まり返った。
 彼の前に広がるのは王都の市民、貴族、職人、そして各地から訪れた商人たち。
 その視線を受け止めながら、ユートは一呼吸置いて、ゆっくりと語り始めた。


---

「……俺が冒険者としてこの国で生きていく中で、何度も思ったことがある。
 それは――この国には、“行きたくても行けない場所”が多すぎるってことだ」

 ざわめきが、少し静まる。

「道がない。時間がかかる。山を越え、川を渡って、何日も歩いて……ようやくたどり着ける。
 そんな当たり前が、誰かの夢を、仕事を、命すら遠ざけてしまうことがある」

 ユートの視線は、駅の先へと伸びるレールの向こうを見つめていた。

「だから俺は、道を作りたかった。
 “もっと早く”“もっと遠く”へ行ける道を。誰かの“行きたい”を、ちゃんと届けられる世界にしたかったんだ」

 観衆の中から、小さな頷きがいくつも生まれた。

「これはまだ始まりだ。たった一本のレールかもしれない。
 けど、この道をきっかけに、人が出会い、街が繋がり、国が広がっていく。そんな未来を、俺は見てみたい」

 ユートは最後に、柔らかく笑った。

「……一緒に、もっと先へ行こうぜ」


---

その言葉と共に、拍手が鳴り始め、やがて会場全体が大きな歓声に包まれた。


---
駅構内には、銀色に光る魔導列車が待機していた。
 そのボディには、アストレアの紋章と王都の紋章が並んで刻まれている。

「ただいまより、第一便“アストレア行き特別運行列車”を出発いたします!」

 駅員の号令と共に、汽笛が高らかに響いた。
 ごぉおおおん――と、地を揺らすような音とともに、鉄の巨体が動き出す。

「動いた!」

「本当に……王都からアストレアに、一日で行けるんだ!」

 市民たちが歓声を上げ、帽子を振り、子供たちは手を振った。
 鳴海や宮野、ティナとバルト、地穿商会の魔術師たちも見送る側に並んでいた。

 ユートは、列車の後方が視界の奥へ消えていくのを見ながら、ぽつりと呟いた。

「……これが“最初の一歩”だ。俺たちの、鉄の旅路のな」


---


 王太子は横に立つユートに小さく告げる。

「王都とアストレアは繋がった。次は――どこを繋ぐ?」

 ユートは笑う。

「全部っすよ。できるだけ多く。行きたいところがある奴、全部」

 その言葉に、王都は静かに、そして力強く――未来へ動き出していた。


---
鉄道が開通してから、まだ一週間も経っていないというのに――王都の空気は明らかに変わっていた。

「おーい、アストレアの果物だよー! 本日採れたて! 甘くてみずみずしいよ!」

 西市場の一角。アストレア直送の果物や野菜が、並ぶやいなや売れていく。

「嘘だろ、前は干からびてたのに……本当に朝採れ……?」

「しかも安い……輸送馬の代金が浮いたのか?」

 市民たちの間には驚きと、ちょっとした興奮が広がっていた。


---


 交易商会の会合では、連日鉄道の話題が持ちきりだった。

「運搬コストが三割以上削れた……いや、場合によっては半額も夢じゃない」

「魔道具の部品をアストレアから輸入したら、王都の職人たちがざわついてるぞ。“異様に精度が高い”ってな」

「これが……鉄の道の力か」

 中堅以下の商人たちは口を揃えて言った。

「ユートに先んじて契約しといて正解だったな……!」

 一方で、古参の商会の中には危機感を露わにする者もいた。

「奴の作る街と物流が“基準”になったら、我らが築いた商圏が崩壊する」

「いずれ“貨幣”の流れごと変わるぞ……王室が黙って見ているとも思えん」

 王都商人ギルドの中で、目に見えぬ勢力の動きもまた、活発になっていた。


---


 鉄道は、民衆の暮らしにも影響を与えていた。

 たとえば、手紙の配達。
 これまで各地の飛脚や使者頼みだったが、鉄道によって定時輸送が可能となり、

「昨日出した手紙が、今朝にはアストレアの親父から返事が来た……!?」

「えっ、あの距離を一日で!? どんな馬使ってんだよ……いや馬じゃないのか?」

 郵便屋の少年が「鉄の馬だよ」と誇らしげに答えた。


---


 アストレアには、王都からの“好奇心”が押し寄せた。

「これが、話題の“開拓都市”か……」

「本当に立ったばかりの街? こんな綺麗で整ってるなんて……」

 王都の貴族の子弟がこっそり足を運び、帰る頃にはアストレアの街並みに惚れ込んでいる――という話もちらほら。

 宿屋は連日満室、飲食店は昼夜問わず大賑わい。
 ティナがこっそり買い物に出ると、若い旅人に「看板娘ですか!?」と声をかけられ、バルトが唸り声で追い払うのも日常茶飯事になっていた。


---


「ママー、あの電車乗ってみたいー!」

「今度アストレアまで遊びに行こうね」

「将来、鉄道の人になりたい!」

 ――“鉄道”という存在は、いつの間にか夢になっていた。


---


 王都の一角、高台から街を見下ろすユート。
 レールの向こうに続く喧騒と、広がる変化に、彼は小さく息を吐いた。

「道ができただけで、こんなに世界が変わるなんてな……」

「けど――これが“まだ始まり”だ。鉄路はここだけじゃ終わらない。もっと、遠くへ。もっと、広く」

 その目には、すでに次の街、次の山脈、そして――次の時代が映っていた。
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