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第五話 ミョルガルド山脈
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鳥のさえずりが、窓の向こうから微かに聞こえてきた。
柔らかな光がカーテンの隙間から差し込み、ベッドの上で横たわる影を淡く照らす。静寂に包まれた空間に、かすかな衣擦れの音が混じった。
「……ん……」
先に目を覚ましたのはルーベルトだった。昨日の喧騒が嘘のように穏やかな朝。緊張と期待が入り混じった旅の始まりは、意外なほど静かだった。
彼の隣には、小さく呼吸を繰り返すクリスの姿があった。寝息と共に微かに動く肩。髪が頬にかかっていて、それをそっと払うと、彼女の眉がわずかに動いた。
「クリス……朝だよ」
ルーベルトが低く優しく呼びかけると、彼女はまるで夢の続きを追いかけるように、まどろみの中で身じろいだ。
「……ん……あ……」
瞼がゆっくりと開き、光を捉える。やがて視線がルーベルトに合わさると、彼女はふわりと微笑んだ。
「おはよう、ルーくん……」
その声にはまだ眠気の余韻が残っていた。けれどその響きが、今日の朝が特別なものであることを二人に再確認させた。
「うん、おはよう。今日が、出発の日だよ」
そう告げると、クリスはこくりと頷き、掛け布をゆっくり押しのけた。肌寒さに肩をすくめながらも、彼女の表情にはいつものような緊張ではなく、どこか期待と覚悟が宿っていた。
二人はベッドから出ると、手早く身支度を始めた。ルーベルトは昨日のうちに整えておいた衣類を羽織り、クリスは前日に新調した旅用のワンピースに袖を通す。動きは機敏で、もう「給仕服の少女」ではなく、共に旅をする「仲間」としての面差しがあった。
支度を終えた頃、厨房からふんわりと香ばしい匂いが漂ってきた。クリスが軽く首を傾げると、ルーベルトは笑みを浮かべる。
「実は、少し早起きして用意しておいたんだ。出発前くらい、僕が作らせてほしくて」
食卓には、薄く焼かれたパンにハーブバターを添えたものと、具沢山のスープが湯気を立てていた。スープには刻んだ野菜と干し肉、数種の豆が入っており、滋味深い香りが鼻をくすぐる。
「……いただきます」
小さな声と共に、クリスはパンに手を伸ばした。噛んだ瞬間、ハーブの香りと小麦の甘みが広がり、思わず瞳が緩む。
「……すごく、おいしい。ルーくんが作ってくれたから、だよね」
「そうかな? でも、そう言ってくれると嬉しいな」
クリスはスプーンでスープをひと口含み、目を細めてほっとしたように息を吐いた。
「……あったかくて、美味しい……。心まで温かくなるみたい……」
「そう? それなら良かったよ。朝は身体が冷えてるだろうと思って、野菜も肉も多めに入れておいたんだ」
そう言いながら、ルーベルトはパンをちぎってスープに浸し、口に運ぶ。しっかりと味が染みた豆と干し肉の旨味が広がり、素朴ながらも満足感のある一皿だ。
(……でも、できることなら、白いご飯があればなぁ)
ふと、懐かしさのような感情がこみ上げる。日本で食べていた炊きたてのご飯。湯気の立つ炊飯器からよそった、ふっくらつやつやの米。その香りと温もりを、この世界でも味わえたなら、どれだけ救われるだろうか。
(この世界にも、穀物はある。でも、やっぱり“米”は別格だったんだな……。もしどこかに似たものが存在してるなら、見つけてみたい)
彼は湯気越しに揺れるクリスの横顔を見ながら、どこか遠い記憶に思いを馳せていた。
「……ルーくん? どうかした?」
「ん? いや、ちょっと思い出してただけ。昔、住んでたところでよく食べてたもののことを」
「そっか……。今度、その話、もっと聞かせてね?」
クリスが小さく笑いかけてくる。ルーベルトは思わず、少し照れたように頷いた。
「……うん、今度、話すよ」
どこか寂しさの混じった笑顔を見せながら、ルーベルトはスプーンをスープへと沈めた。
食事は手短に、それでいて確かに心に残るものだった。
やがて食卓を片付け終えると、屋敷の前には既に一台の馬車が停まっていた。濃紺の布で覆われた堅牢な車体には、ネストが手配した商家の紋章が刻まれている。
クリスが扉を開けた瞬間、朝の冷気が頬を撫でた。
「……本当に、行くんだね」
「うん。でも、行ってくるじゃなくて、“行こう”だよ。二人で、だから」
ルーベルトの言葉に、クリスはゆっくりと微笑んだ。
荷物を乗せ、御者に軽く会釈すると、二人は揃って馬車へと乗り込む。車輪が音を立てて転がり出すと同時に、彼らの旅が静かに動き始めた。
まだ昇りきらない朝日が、東の空に淡く滲んでいた。
◇ ◇ ◇
ルーベルトとクリスを乗せた馬車は、最初に越えなければならないミョルガルド山脈を目指し、ゆっくり進む。
クリスは窓越しに流れる風景をじっと眺めながら、たまにルーベルトの袖を引いて「ほら、あそこに大きな鳥が……」と小さく指を差した。
穏やかな時間だった。
……しかし、それは長くは続かなかった。
ミョルガルド山脈の麓に差し掛かり、道は徐々に傾斜を増していく。木々が鬱蒼と茂り、時折風が吹き抜けると、枝のざわめきが森の奥へと広がっていく。岩肌が剥き出しになった山道を登りながら、馬車は坑道の入口へと辿り着いた。
坑道の前で御者が手綱を引き、ルーベルトに振り返る。
「ここから先、灯りを頼みます。中は真っ暗ですからな」
「了解しました。……クリス、準備はいい?」
「うん、大丈夫。気をつけて進もうね」
二人は小さなランタンを手に取り、馬車を降りて坑道の中へと進んでいく。
坑道の空気はひんやりとしており、土と鉄と油の混じった独特の匂いが鼻に残る。かつて栄えた鉱山の名残だろう、所々に放棄された荷車や、折れたツルハシが無造作に置かれていた。
「……なんか、ちょっと不気味だね」
クリスの声が小さく揺れる。
「大丈夫。何かあったら、僕が守るから」
ルーベルトはそう言って、腰に佩いた剣の柄に手を添える。
その時だった。
「ギィィ……!」
金属を擦るような濁った声とともに、闇の奥から蠢く影が現れた。
それは小柄な体に緑の肌、鋭い牙と赤黒い眼を持つ魔物――ゴブリンだった。しかも、一匹ではない。坑道の壁の影から、次々とその仲間が姿を現す。
「くっ……! クリス、後ろに!」
「う、うん!」
ルーベルトは即座に剣を抜き、スキルを展開した。
(疾走、起動――!)
体が一瞬、空気を引き裂くように加速する。ゴブリンたちが飛びかかる瞬間、その動きを正確に読み、一匹、また一匹と的確に斬り伏せていく。
しかし、数が多い。油断すればすぐに囲まれてしまう。
(……ここで倒れるわけにはいかない!)
追い詰められた瞬間、ルーベルトはさらに力を込めた。
「……はぁっ!」
スキル【疾走】を自身の剣に重ね、ゴブリンたちの動きに対して先手を打ち続ける。数分にも満たない交戦だったが、体力はごっそりと削られた。
最後の一匹が呻き声をあげて崩れ落ちると、坑道に静寂が戻る。
「……終わった、か」
「ルーベルト! 怪我、してない?」
駆け寄ってくるクリスに向かって、ルーベルトは微笑んで首を振る。
「大丈夫、なんとかやりきったよ」
その瞬間、ルーベルトの頭の中に、透明な音と共にシステム音が響いた。
⸻
《スキル【疾走】がレベル2になりました》
《レベルアップしました:Lv.2》
⸻
「……ふふ、成長したみたいだ」
「すごい……本当に強くなってるんだね、ルーベルト」
息を整えながら、二人は坑道の奥へと足を進めていく。
坑道を抜けた頃には、夜の帳が降りていた。
月明かりに照らされた山の中腹で、御者が焚き火を準備してくれており、用意していた簡易なテントの中で二人は身体を休める。
「今日は本当に……お疲れ様」
火の灯りが、クリスの顔をほのかに照らしていた。
ルーベルトは彼女の頭を軽く撫でて、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう。君がそばにいてくれると、安心できるんだ」
「……うん。わたしも、ルーベルトがそばにいてくれて、すごく……うれしい」
二人はそのまま並んで横になり、静かな夜の中、微かな虫の声を聞きながら眠りについた。
⸻
朝日が地平線から顔を出すころ、ルーベルトはテントの外に出て、朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
振り返ると、クリスが眠そうに目を擦りながらこちらを見ている。
「……おはよう、ルーくん」
「おはよう。今日は、あと少しでヘルムッドだよ」
「そっか……楽しみだね」
二人は身支度を整え、再び馬車に乗り込む。馬のひづめの音が草原の上に心地よく響いた。
草原はどこまでも広がり、風が優しく頬を撫でる。ルーベルトとクリスは並んで座りながら、流れる風景を見ては「綺麗だね」と微笑み合った。
その時間はまるで、夢の中のようで、穏やかだった。
やがて、遠くに高い壁と巨大な門が見えてくる。
「あれが……貿易都市ヘルムッド」
「すごい……今まで見た街の中で、一番大きい……!」
門の前には二人の衛兵が立っており、馬車が近づくと片手を上げて制止の合図を送ってきた。
「止まれ。通行の理由を」
ルーベルトは窓から顔を出し、手にしていた父ネストの印章入りの証書を見せた。
「俺は奴隷商ネストの息子、マーセルク・ルーベルト。この都市には、仕事のために訪れた」
衛兵は証書を手に取り、印章を確認すると顔を緩める。
「なるほど、あのネスト卿の……。通ってよし。ようこそ、ヘルムッドへ」
ゆっくりと開かれていく都市の門。
街は確かに栄えていた。通りには商人の威勢のいい声が響き、色とりどりの屋台が軒を連ね、異国の品や香辛料の香りが風に乗って流れてくる。
けれど、その喧騒の中で目を引いたのは、優雅な衣装を纏った貴族たちと、その傍らに静かに跪く者たちの姿だった。
鎖に繋がれた首輪――
そして、項垂れるように歩く亜人種や人間の奴隷たち。
まるで犬を連れて散歩するかのように、無言で通りを進む貴族の姿は、この世界の現実を容赦なく突きつけてきた。
その光景を見た瞬間、隣のクリスの肩が小さく震える。
俯いた彼女の手が、無意識にルーベルトの袖をぎゅっと掴んだ。
「大丈夫だよ、クリス」
ルーベルトはその手にそっと自分の手を重ね、まっすぐに彼女の目を見つめた。
「君は僕が必ず守る。誰にも手出しなんてさせない。……これは、約束だ」
クリスの目が少し潤み、けれど、その表情には確かな安堵が浮かんでいた。
こくりと小さく頷くその姿を見て、ルーベルトもまた、静かに息を吐いた。
――この街で、これから何が待っているのだろう。
期待と不安が入り混じる胸の奥で、ルーベルトは深く息を吸い込み、自らの心を静かに整えた。
いま、新たな物語の幕が上がろうとしていた。
◇ ◇ ◇
柔らかな光がカーテンの隙間から差し込み、ベッドの上で横たわる影を淡く照らす。静寂に包まれた空間に、かすかな衣擦れの音が混じった。
「……ん……」
先に目を覚ましたのはルーベルトだった。昨日の喧騒が嘘のように穏やかな朝。緊張と期待が入り混じった旅の始まりは、意外なほど静かだった。
彼の隣には、小さく呼吸を繰り返すクリスの姿があった。寝息と共に微かに動く肩。髪が頬にかかっていて、それをそっと払うと、彼女の眉がわずかに動いた。
「クリス……朝だよ」
ルーベルトが低く優しく呼びかけると、彼女はまるで夢の続きを追いかけるように、まどろみの中で身じろいだ。
「……ん……あ……」
瞼がゆっくりと開き、光を捉える。やがて視線がルーベルトに合わさると、彼女はふわりと微笑んだ。
「おはよう、ルーくん……」
その声にはまだ眠気の余韻が残っていた。けれどその響きが、今日の朝が特別なものであることを二人に再確認させた。
「うん、おはよう。今日が、出発の日だよ」
そう告げると、クリスはこくりと頷き、掛け布をゆっくり押しのけた。肌寒さに肩をすくめながらも、彼女の表情にはいつものような緊張ではなく、どこか期待と覚悟が宿っていた。
二人はベッドから出ると、手早く身支度を始めた。ルーベルトは昨日のうちに整えておいた衣類を羽織り、クリスは前日に新調した旅用のワンピースに袖を通す。動きは機敏で、もう「給仕服の少女」ではなく、共に旅をする「仲間」としての面差しがあった。
支度を終えた頃、厨房からふんわりと香ばしい匂いが漂ってきた。クリスが軽く首を傾げると、ルーベルトは笑みを浮かべる。
「実は、少し早起きして用意しておいたんだ。出発前くらい、僕が作らせてほしくて」
食卓には、薄く焼かれたパンにハーブバターを添えたものと、具沢山のスープが湯気を立てていた。スープには刻んだ野菜と干し肉、数種の豆が入っており、滋味深い香りが鼻をくすぐる。
「……いただきます」
小さな声と共に、クリスはパンに手を伸ばした。噛んだ瞬間、ハーブの香りと小麦の甘みが広がり、思わず瞳が緩む。
「……すごく、おいしい。ルーくんが作ってくれたから、だよね」
「そうかな? でも、そう言ってくれると嬉しいな」
クリスはスプーンでスープをひと口含み、目を細めてほっとしたように息を吐いた。
「……あったかくて、美味しい……。心まで温かくなるみたい……」
「そう? それなら良かったよ。朝は身体が冷えてるだろうと思って、野菜も肉も多めに入れておいたんだ」
そう言いながら、ルーベルトはパンをちぎってスープに浸し、口に運ぶ。しっかりと味が染みた豆と干し肉の旨味が広がり、素朴ながらも満足感のある一皿だ。
(……でも、できることなら、白いご飯があればなぁ)
ふと、懐かしさのような感情がこみ上げる。日本で食べていた炊きたてのご飯。湯気の立つ炊飯器からよそった、ふっくらつやつやの米。その香りと温もりを、この世界でも味わえたなら、どれだけ救われるだろうか。
(この世界にも、穀物はある。でも、やっぱり“米”は別格だったんだな……。もしどこかに似たものが存在してるなら、見つけてみたい)
彼は湯気越しに揺れるクリスの横顔を見ながら、どこか遠い記憶に思いを馳せていた。
「……ルーくん? どうかした?」
「ん? いや、ちょっと思い出してただけ。昔、住んでたところでよく食べてたもののことを」
「そっか……。今度、その話、もっと聞かせてね?」
クリスが小さく笑いかけてくる。ルーベルトは思わず、少し照れたように頷いた。
「……うん、今度、話すよ」
どこか寂しさの混じった笑顔を見せながら、ルーベルトはスプーンをスープへと沈めた。
食事は手短に、それでいて確かに心に残るものだった。
やがて食卓を片付け終えると、屋敷の前には既に一台の馬車が停まっていた。濃紺の布で覆われた堅牢な車体には、ネストが手配した商家の紋章が刻まれている。
クリスが扉を開けた瞬間、朝の冷気が頬を撫でた。
「……本当に、行くんだね」
「うん。でも、行ってくるじゃなくて、“行こう”だよ。二人で、だから」
ルーベルトの言葉に、クリスはゆっくりと微笑んだ。
荷物を乗せ、御者に軽く会釈すると、二人は揃って馬車へと乗り込む。車輪が音を立てて転がり出すと同時に、彼らの旅が静かに動き始めた。
まだ昇りきらない朝日が、東の空に淡く滲んでいた。
◇ ◇ ◇
ルーベルトとクリスを乗せた馬車は、最初に越えなければならないミョルガルド山脈を目指し、ゆっくり進む。
クリスは窓越しに流れる風景をじっと眺めながら、たまにルーベルトの袖を引いて「ほら、あそこに大きな鳥が……」と小さく指を差した。
穏やかな時間だった。
……しかし、それは長くは続かなかった。
ミョルガルド山脈の麓に差し掛かり、道は徐々に傾斜を増していく。木々が鬱蒼と茂り、時折風が吹き抜けると、枝のざわめきが森の奥へと広がっていく。岩肌が剥き出しになった山道を登りながら、馬車は坑道の入口へと辿り着いた。
坑道の前で御者が手綱を引き、ルーベルトに振り返る。
「ここから先、灯りを頼みます。中は真っ暗ですからな」
「了解しました。……クリス、準備はいい?」
「うん、大丈夫。気をつけて進もうね」
二人は小さなランタンを手に取り、馬車を降りて坑道の中へと進んでいく。
坑道の空気はひんやりとしており、土と鉄と油の混じった独特の匂いが鼻に残る。かつて栄えた鉱山の名残だろう、所々に放棄された荷車や、折れたツルハシが無造作に置かれていた。
「……なんか、ちょっと不気味だね」
クリスの声が小さく揺れる。
「大丈夫。何かあったら、僕が守るから」
ルーベルトはそう言って、腰に佩いた剣の柄に手を添える。
その時だった。
「ギィィ……!」
金属を擦るような濁った声とともに、闇の奥から蠢く影が現れた。
それは小柄な体に緑の肌、鋭い牙と赤黒い眼を持つ魔物――ゴブリンだった。しかも、一匹ではない。坑道の壁の影から、次々とその仲間が姿を現す。
「くっ……! クリス、後ろに!」
「う、うん!」
ルーベルトは即座に剣を抜き、スキルを展開した。
(疾走、起動――!)
体が一瞬、空気を引き裂くように加速する。ゴブリンたちが飛びかかる瞬間、その動きを正確に読み、一匹、また一匹と的確に斬り伏せていく。
しかし、数が多い。油断すればすぐに囲まれてしまう。
(……ここで倒れるわけにはいかない!)
追い詰められた瞬間、ルーベルトはさらに力を込めた。
「……はぁっ!」
スキル【疾走】を自身の剣に重ね、ゴブリンたちの動きに対して先手を打ち続ける。数分にも満たない交戦だったが、体力はごっそりと削られた。
最後の一匹が呻き声をあげて崩れ落ちると、坑道に静寂が戻る。
「……終わった、か」
「ルーベルト! 怪我、してない?」
駆け寄ってくるクリスに向かって、ルーベルトは微笑んで首を振る。
「大丈夫、なんとかやりきったよ」
その瞬間、ルーベルトの頭の中に、透明な音と共にシステム音が響いた。
⸻
《スキル【疾走】がレベル2になりました》
《レベルアップしました:Lv.2》
⸻
「……ふふ、成長したみたいだ」
「すごい……本当に強くなってるんだね、ルーベルト」
息を整えながら、二人は坑道の奥へと足を進めていく。
坑道を抜けた頃には、夜の帳が降りていた。
月明かりに照らされた山の中腹で、御者が焚き火を準備してくれており、用意していた簡易なテントの中で二人は身体を休める。
「今日は本当に……お疲れ様」
火の灯りが、クリスの顔をほのかに照らしていた。
ルーベルトは彼女の頭を軽く撫でて、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう。君がそばにいてくれると、安心できるんだ」
「……うん。わたしも、ルーベルトがそばにいてくれて、すごく……うれしい」
二人はそのまま並んで横になり、静かな夜の中、微かな虫の声を聞きながら眠りについた。
⸻
朝日が地平線から顔を出すころ、ルーベルトはテントの外に出て、朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
振り返ると、クリスが眠そうに目を擦りながらこちらを見ている。
「……おはよう、ルーくん」
「おはよう。今日は、あと少しでヘルムッドだよ」
「そっか……楽しみだね」
二人は身支度を整え、再び馬車に乗り込む。馬のひづめの音が草原の上に心地よく響いた。
草原はどこまでも広がり、風が優しく頬を撫でる。ルーベルトとクリスは並んで座りながら、流れる風景を見ては「綺麗だね」と微笑み合った。
その時間はまるで、夢の中のようで、穏やかだった。
やがて、遠くに高い壁と巨大な門が見えてくる。
「あれが……貿易都市ヘルムッド」
「すごい……今まで見た街の中で、一番大きい……!」
門の前には二人の衛兵が立っており、馬車が近づくと片手を上げて制止の合図を送ってきた。
「止まれ。通行の理由を」
ルーベルトは窓から顔を出し、手にしていた父ネストの印章入りの証書を見せた。
「俺は奴隷商ネストの息子、マーセルク・ルーベルト。この都市には、仕事のために訪れた」
衛兵は証書を手に取り、印章を確認すると顔を緩める。
「なるほど、あのネスト卿の……。通ってよし。ようこそ、ヘルムッドへ」
ゆっくりと開かれていく都市の門。
街は確かに栄えていた。通りには商人の威勢のいい声が響き、色とりどりの屋台が軒を連ね、異国の品や香辛料の香りが風に乗って流れてくる。
けれど、その喧騒の中で目を引いたのは、優雅な衣装を纏った貴族たちと、その傍らに静かに跪く者たちの姿だった。
鎖に繋がれた首輪――
そして、項垂れるように歩く亜人種や人間の奴隷たち。
まるで犬を連れて散歩するかのように、無言で通りを進む貴族の姿は、この世界の現実を容赦なく突きつけてきた。
その光景を見た瞬間、隣のクリスの肩が小さく震える。
俯いた彼女の手が、無意識にルーベルトの袖をぎゅっと掴んだ。
「大丈夫だよ、クリス」
ルーベルトはその手にそっと自分の手を重ね、まっすぐに彼女の目を見つめた。
「君は僕が必ず守る。誰にも手出しなんてさせない。……これは、約束だ」
クリスの目が少し潤み、けれど、その表情には確かな安堵が浮かんでいた。
こくりと小さく頷くその姿を見て、ルーベルトもまた、静かに息を吐いた。
――この街で、これから何が待っているのだろう。
期待と不安が入り混じる胸の奥で、ルーベルトは深く息を吸い込み、自らの心を静かに整えた。
いま、新たな物語の幕が上がろうとしていた。
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