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第十三話 ベルトラ、再び
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ベルトラの私室前に立ち、ルーベルトは扉を軽くノックした。
「お待ち申し上げておりましたぞ! ルーベルト殿! ささ、どうぞ中へ」
扉の向こうから朗らかな声が返ってくると同時に、重厚な扉がゆっくりと開かれる。
中には、きらびやかな調度品に囲まれた豪奢な空間。成金趣味の粋を集めたような部屋の奥から、ベルトラがにこやかに迎え入れてくれた。
「どうぞ、おかけください」
ベルトラは手を差し出し、正面のソファを促す。
ルーベルトが腰を下ろすと、その背後にはクリス、ヒカリ、カゲリ、ラフィナの4人が控えるように立っていた。
その姿に、ベルトラはにやりと口元を歪めた。
「いやはや……なかなかに、できた奴隷ですな。ルーベルト殿」
(この子たちは、奴隷なんかじゃない……)
ルーベルトは心の中で強く否定するも、表情には出さず、「はい」とだけ短く応じる。
「さて……商談に先立ち、奴隷たちには隣の控え部屋で待っていていただけますかな?」
ベルトラは軽く顎をしゃくる。その視線の先にあるのは、部屋の奥に位置する重々しい鉄扉。
ルーベルトがそちらを見やると、今いる私室とは打って変わって、どこか冷えた空気が漂う物置のような空間が目に入る。
出入口はその扉一つきりで、厚い壁に囲まれているのか、内部の音は完全に遮断される設計のようだった。
「……安全ですか?」
ルーベルトは警戒を隠さず尋ねる。
「もちろんですとも」
ベルトラは即答する。
「元は“出来損ないの商品”を保管するためのものでしてな。外部との接触は一切できませんし、声も届きません。つまり、商談中に不必要な介入や、情報の漏洩を防げるというわけです」
「……つまり、この子たちを“閉じ込める”ということですか?」
「一時的に、です」
ベルトラは笑みを崩さずに答える。
「今からは、ご契約者様であるルーベルト殿との正式な商談の時間。商品に詳細を聞かれては困ります故、ご理解いただけますな?」
ルーベルトはわずかに逡巡しながらも、どうすべきかを考える。
そのとき、静かに彼の肩に手を添えてきたのは、クリスだった。
「……大丈夫だよ」
クリスは柔らかく微笑んだ。
「少しの間だけ向こうで待ってれば良いんだよね? ヒカリちゃんとカゲリちゃんも私が守るし……それに、ラフィナちゃんもいる。……それにね、もし何かあっても……ルーベルトは、必ず助けてくれる。……そうでしょ?」
その目をまっすぐに見返しながら、ルーベルトは静かに頷いた。
そして、そっと彼女の手に触れた――
【スキル:感度増加 発動】
【効果:感覚共有】
脳内に響くシステムボイスのような声。
瞬間、ルーベルトの意識に、微かな鼓動の高鳴りや指先の温度、クリスの緊張混じりの感覚が流れ込んできた。
同時に、クリスもまたルーベルトの存在を、感覚として“感じ取って”いるようだった。
彼女もまた、不思議そうにルーベルトを見つめ返す。
「これって……」
クリスが小声で口を開きかけたところで、ルーベルトはそっと首を振る。
「大丈夫。これで、君たちのことはずっと感じていられる。何かあればすぐに駆けつけるよ。だから、少しの間だけ、我慢してて」
クリスは一拍の間を置いたのち、小さく頷いた。
「……うん。待ってるね、ルーくん」
4人はゆっくりと奥の扉へと向かい、鉄の重厚な扉の向こうへと姿を消していく。
扉が完全に閉じられた瞬間、ぴたりと空気が張り詰め、室内には静けさだけが残された。
「……それでは、始めましょうか」
ベルトラが手を一度、パンと叩くと、すぐに控えていた従者が一歩前に進み、一枚の書類を恭しく差し出す。
ベルトラはそれを受け取り、軽く目を通してから従者に命じた。
「ワインを一本。上質なものを頼む。……ルーベルト殿も、どうですかな?」
「いえ、僕は大丈夫です」
ルーベルトが穏やかに断ると、ベルトラは少し肩をすくめて微笑む。
「そうですか。では、上質な紅茶を一つ、淹れてくれ」
従者は深く頭を下げ、そのまま部屋を後にした。
「こちらが、先日あなた様にご署名いただいた契約書でございます。念のため、今一度ご確認を」
ベルトラはテーブルの上に書類を丁寧に広げ、ルーベルトのほうへと滑らせる。
それは、先日署名と血判を交わした正式な奴隷契約書だった。
ルーベルトは目を通し、細かな記載と自分の署名、そして血判に相違がないことを確認した。
「はい。間違いありません」
「ふむ、結構。それでは――」
ベルトラは表情を崩さぬまま、契約書の横に帳簿を置くと、静かに告げる。
「お話しした通り、奴隷一匹あたり一千五百万ディア。二匹合わせて三千万ディアとなります」
ルーベルトは無言のまま、腰に提げていたポーチを開き、重たく膨らんだ革袋を取り出した。
目の前に置かれた袋から、規定の金額を卓上に並べると、ベルトラは慎重な手つきで一枚一枚を数えていく。
「……確かに。三千万ディア、正確に頂戴いたしました」
帳簿のページを開くと、ベルトラは自らの名を記し、インクで署名を終えた後、指先を針で刺し、血判を押した。
それをルーベルトの署名と並べるようにして、書類が完成する。
「これにて、奴隷契約の流れは概ね終了です。本来ならばこの後、奴隷の状態確認および最終引き渡しを行うのですが――すでにあの二匹は、形式上あなた様の所有下にありますので、割愛させていただきましょう」
ルーベルトは静かに頷く。
そのとき、ベルトラが少し椅子に背を預け、ふと意味ありげに呟いた。
「……いやはや、それにしても驚きましたな。まさか、あの二匹とも生きていたとは。しかも、怪我どころか病も癒え、見る限り健康そのもの。まるで……何事もなかったかのように」
言葉の端に含まれた探るような響きと視線が、ルーベルトをじっと射抜く。
だが、ルーベルトは微笑を崩さず、穏やかなまなざしを返した。
「……やめておきましょう。詮索は、互いにとってデメリットにしかなりません」
「――ふっ、なるほど。おっしゃる通りですな。冗談は成立した。今はこれで良しとしましょう」
ベルトラはワインが届くのを待つかのように、優雅にグラスの脚を持ち上げた。
「そう言えば──最初に連れていた奴隷と、あの二匹以外にも、もう一匹おられましたな?」
言葉に笑みを滲ませながら、ベルトラはルーベルトを見やる。
「流石はルーベルト殿。手回しが早い。まさしく将来有望ですな!」
そう言って、愉快そうに高々と笑い声を上げる。
そこへ、控えていた従者がワインと紅茶を手に入室し、まずルーベルトの前に紅茶の入ったカップを丁寧に置く。続いてベルトラのもとへと歩み寄り、すでに手に持っていたワイングラスに「とぷとぷ」と音を立てながら上質な赤ワインを注いでいく。満たされたグラスを一度軽く傾けて確認したベルトラが頷くと、従者は一礼し、言葉を発することなく静かに部屋を後にした。
ベルトラはワイングラスを軽く揺らし、芳醇な香りを楽しむように目を細めると、一口だけ口に含んで喉を鳴らした。
「──さて、ルーベルト殿。商人として奴隷を仕入れるにあたり、大切なこととは何だとお考えですか?」
ふいに向けられた問いに、ルーベルトは少し首をかしげた。だが、すぐに父・ネストの姿が脳裏に浮かび、心を落ち着けるようにして答える。
「……人と人との繋がり、ですか?」
おそるおそる口にしたその答えに、ベルトラの目がぱっと見開かれた。
「おおっ、まさにその通りですぞ! やはり父上の教育が行き届いているようで、安心いたしました!」
満足げに大きく頷きながら、ベルトラはテーブルの引き出しから一枚の紙を取り出し、ルーベルトの目の前へと差し出す。
「そう! 我々商人というものは、“一期一会”では務まりませぬ。繋がった縁は、どんなに細くとも育て続けるもの……この世界で生き抜くためには、信用と継続的な関係が何よりの財産となるのです」
そう語るベルトラの手には、ひときわ丁寧に封蝋された一通の契約書らしき書類が握られていた。
「この中には、冒険者協会への紹介状が入っております。あなたの父君、ネスト卿より、奴隷商としての仕事を一通り教えたのち、冒険者ギルドへ足を運ばせるように──とのお言葉を預かっておりましてな」
ベルトラは封書を指先で軽く揺らしながら、どこか楽しげな表情を浮かべてルーベルトを見る。続けて、少し考え込むようにして言葉を続けた。
「……これはあくまで、私の推測に過ぎませぬが。奴隷商として生涯を歩むには、あなた様の知識も経験も、まだ浅すぎる。故に、ルーベルト殿には広く世界を知っていただきたい──そうお考えなのではありませんかな。旅をして、人と出会い、縁を紡ぎ、その上で己の地位を築く。それが、ネスト卿の真意かと」
うんうんと、満足げに頷くベルトラ。その言葉にルーベルトは「冒険者……」と、ぽつりと呟いた。
「ええ、冒険者ギルドはこの街にもございます。受付でこれを提出すれば、あなた様とその奴隷たちは正式に冒険者として登録されましょう。ギルドでは様々な依頼を受けられますし、各地の街を巡ることで、新たな仕入れ先を確保したり、使役すべき奴隷を見つけることも可能です。販売用の奴隷を育てるにしても、旅の経験は大いに役立ちましょう」
そう語るベルトラの眼差しには、老獪な商人としての確信がにじんでいた。
ルーベルトは、その話を聞きながら胸の奥に得体の知れないもやついた感情を抱く。
それでも──
「……分かりました。何から何まで、ありがとうございます」
静かに立ち上がり、深く一礼するルーベルト。
「いえいえ!私はまだ何も、大したことはしておりませぬ!ルーベルト殿のご多幸と、商いの繁栄を心より願っておりますぞ」
そして、ベルトラは懐から古びた鍵を取り出し、ルーベルトに手渡す。
「さあ、商人たるもの、時間を大切にせねばなりません。私も次の商談が控えておりますゆえ、あなた様もこの足で冒険者ギルドへと向かわれてはいかがでしょう? その前に──仲間たちと話をされるのもまた、肝要かと」
「……はい。ありがとうございます。まずは、みんなと話してから決めようと思います」
ルーベルトは深く息をつき、重い扉の前に立つ。手にした鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。
ぎい、と金属が軋む重い音と共に、分厚い扉が開いていく。
ひんやりと湿った空気が肌を撫で、薄暗い室内には灯りひとつなく、ただ静けさだけが支配している。
「……お待たせ」
ルーベルトの声がその静けさを破った瞬間だった。
「ルーくんっ!」
真っ先に反応したのはクリスとヒカリだった。
ふたりは扉の開く音を待ち構えていたかのように、ぱたぱたと小走りでルーベルトに飛びついてくる。
「やっと、来てくれた……!」
「暗くて、怖かったよぉ……!」
クリスはそのままルーベルトの腰にしがみつき、ヒカリも目に涙を溜めながらその腕にしがみつく。
その様子に続くように、カゲリとラフィナも控え室の中から姿を現した。
カゲリは表情こそ落ち着いていたが、その両手はしっかりと組まれており、緊張が抜け切れていないことがわかる。
ラフィナはやや目を伏せながらも、一定の距離を保ちつつ、ゆっくりとルーベルトの側へ近づいてきた。
──クリスとの感覚共有を通じて、彼女たちの心の内が流れ込んでくる。
薄暗い密室の中で、どれだけ不安と緊張を抱えていたか。
それでもじっと耐え、信じて待ってくれていたことが、ルーベルトには痛いほど伝わってきた。
「……ごめんね、遅くなって」
そう優しく言いながら、ルーベルトはクリスとヒカリの頭を交互に撫でる。
「……これから、冒険者ギルドに向かうけど……大丈夫そう?」
そう問いかけると、途端にクリスとヒカリの表情がパッと明るくなった。
「冒険者!? やったぁ!」
「行く行くっ!ルーくんがいれば、なんでもできるもん!」
無邪気な笑顔を浮かべて、クリスとヒカリはくるくると回りながら小さくはしゃいでいる。
その眩しい様子に包まれるようにして、カゲリが静かに一歩前へ出ると、少しだけ不安の色を宿した目をルーベルトに向けて言った。
「私は……少し不安ですけど、皆さんと一緒なら、きっと大丈夫ですね」
そう言って、胸元に手を当て、穏やかな笑みを浮かべた。
一方で、ラフィナは壁に寄りかかりながら、やや投げやりな口調でぼそりと呟く。
「別にどこでも良いよ。……あんたが行くなら、私も行くだけ」
素直さを隠した言葉の奥に、微かな信頼がにじんでいた。
その言葉に、ルーベルトは目を細めて、静かに表情を和らげる。
「よし。それじゃあ、決まりだね」
ルーベルトは扉の鍵を閉め、再びベルトラの私室へ戻ると、手にしていた鍵を丁寧に差し出す。
「お世話になりました。……本当に、ありがとうございました」
そう言って深く頭を下げると、ベルトラは満足げに頷いてみせた。
「ははっ、また何かあればいつでもお声かけを。若き商人殿に、幸あらんことを──」
その言葉を背に受けながら、ルーベルトは四人の少女たちと共に、私室を後にした。
奴隷市場を抜け、彼らは次なる目的地──冒険者ギルドへと向かって、歩き出す。
「お待ち申し上げておりましたぞ! ルーベルト殿! ささ、どうぞ中へ」
扉の向こうから朗らかな声が返ってくると同時に、重厚な扉がゆっくりと開かれる。
中には、きらびやかな調度品に囲まれた豪奢な空間。成金趣味の粋を集めたような部屋の奥から、ベルトラがにこやかに迎え入れてくれた。
「どうぞ、おかけください」
ベルトラは手を差し出し、正面のソファを促す。
ルーベルトが腰を下ろすと、その背後にはクリス、ヒカリ、カゲリ、ラフィナの4人が控えるように立っていた。
その姿に、ベルトラはにやりと口元を歪めた。
「いやはや……なかなかに、できた奴隷ですな。ルーベルト殿」
(この子たちは、奴隷なんかじゃない……)
ルーベルトは心の中で強く否定するも、表情には出さず、「はい」とだけ短く応じる。
「さて……商談に先立ち、奴隷たちには隣の控え部屋で待っていていただけますかな?」
ベルトラは軽く顎をしゃくる。その視線の先にあるのは、部屋の奥に位置する重々しい鉄扉。
ルーベルトがそちらを見やると、今いる私室とは打って変わって、どこか冷えた空気が漂う物置のような空間が目に入る。
出入口はその扉一つきりで、厚い壁に囲まれているのか、内部の音は完全に遮断される設計のようだった。
「……安全ですか?」
ルーベルトは警戒を隠さず尋ねる。
「もちろんですとも」
ベルトラは即答する。
「元は“出来損ないの商品”を保管するためのものでしてな。外部との接触は一切できませんし、声も届きません。つまり、商談中に不必要な介入や、情報の漏洩を防げるというわけです」
「……つまり、この子たちを“閉じ込める”ということですか?」
「一時的に、です」
ベルトラは笑みを崩さずに答える。
「今からは、ご契約者様であるルーベルト殿との正式な商談の時間。商品に詳細を聞かれては困ります故、ご理解いただけますな?」
ルーベルトはわずかに逡巡しながらも、どうすべきかを考える。
そのとき、静かに彼の肩に手を添えてきたのは、クリスだった。
「……大丈夫だよ」
クリスは柔らかく微笑んだ。
「少しの間だけ向こうで待ってれば良いんだよね? ヒカリちゃんとカゲリちゃんも私が守るし……それに、ラフィナちゃんもいる。……それにね、もし何かあっても……ルーベルトは、必ず助けてくれる。……そうでしょ?」
その目をまっすぐに見返しながら、ルーベルトは静かに頷いた。
そして、そっと彼女の手に触れた――
【スキル:感度増加 発動】
【効果:感覚共有】
脳内に響くシステムボイスのような声。
瞬間、ルーベルトの意識に、微かな鼓動の高鳴りや指先の温度、クリスの緊張混じりの感覚が流れ込んできた。
同時に、クリスもまたルーベルトの存在を、感覚として“感じ取って”いるようだった。
彼女もまた、不思議そうにルーベルトを見つめ返す。
「これって……」
クリスが小声で口を開きかけたところで、ルーベルトはそっと首を振る。
「大丈夫。これで、君たちのことはずっと感じていられる。何かあればすぐに駆けつけるよ。だから、少しの間だけ、我慢してて」
クリスは一拍の間を置いたのち、小さく頷いた。
「……うん。待ってるね、ルーくん」
4人はゆっくりと奥の扉へと向かい、鉄の重厚な扉の向こうへと姿を消していく。
扉が完全に閉じられた瞬間、ぴたりと空気が張り詰め、室内には静けさだけが残された。
「……それでは、始めましょうか」
ベルトラが手を一度、パンと叩くと、すぐに控えていた従者が一歩前に進み、一枚の書類を恭しく差し出す。
ベルトラはそれを受け取り、軽く目を通してから従者に命じた。
「ワインを一本。上質なものを頼む。……ルーベルト殿も、どうですかな?」
「いえ、僕は大丈夫です」
ルーベルトが穏やかに断ると、ベルトラは少し肩をすくめて微笑む。
「そうですか。では、上質な紅茶を一つ、淹れてくれ」
従者は深く頭を下げ、そのまま部屋を後にした。
「こちらが、先日あなた様にご署名いただいた契約書でございます。念のため、今一度ご確認を」
ベルトラはテーブルの上に書類を丁寧に広げ、ルーベルトのほうへと滑らせる。
それは、先日署名と血判を交わした正式な奴隷契約書だった。
ルーベルトは目を通し、細かな記載と自分の署名、そして血判に相違がないことを確認した。
「はい。間違いありません」
「ふむ、結構。それでは――」
ベルトラは表情を崩さぬまま、契約書の横に帳簿を置くと、静かに告げる。
「お話しした通り、奴隷一匹あたり一千五百万ディア。二匹合わせて三千万ディアとなります」
ルーベルトは無言のまま、腰に提げていたポーチを開き、重たく膨らんだ革袋を取り出した。
目の前に置かれた袋から、規定の金額を卓上に並べると、ベルトラは慎重な手つきで一枚一枚を数えていく。
「……確かに。三千万ディア、正確に頂戴いたしました」
帳簿のページを開くと、ベルトラは自らの名を記し、インクで署名を終えた後、指先を針で刺し、血判を押した。
それをルーベルトの署名と並べるようにして、書類が完成する。
「これにて、奴隷契約の流れは概ね終了です。本来ならばこの後、奴隷の状態確認および最終引き渡しを行うのですが――すでにあの二匹は、形式上あなた様の所有下にありますので、割愛させていただきましょう」
ルーベルトは静かに頷く。
そのとき、ベルトラが少し椅子に背を預け、ふと意味ありげに呟いた。
「……いやはや、それにしても驚きましたな。まさか、あの二匹とも生きていたとは。しかも、怪我どころか病も癒え、見る限り健康そのもの。まるで……何事もなかったかのように」
言葉の端に含まれた探るような響きと視線が、ルーベルトをじっと射抜く。
だが、ルーベルトは微笑を崩さず、穏やかなまなざしを返した。
「……やめておきましょう。詮索は、互いにとってデメリットにしかなりません」
「――ふっ、なるほど。おっしゃる通りですな。冗談は成立した。今はこれで良しとしましょう」
ベルトラはワインが届くのを待つかのように、優雅にグラスの脚を持ち上げた。
「そう言えば──最初に連れていた奴隷と、あの二匹以外にも、もう一匹おられましたな?」
言葉に笑みを滲ませながら、ベルトラはルーベルトを見やる。
「流石はルーベルト殿。手回しが早い。まさしく将来有望ですな!」
そう言って、愉快そうに高々と笑い声を上げる。
そこへ、控えていた従者がワインと紅茶を手に入室し、まずルーベルトの前に紅茶の入ったカップを丁寧に置く。続いてベルトラのもとへと歩み寄り、すでに手に持っていたワイングラスに「とぷとぷ」と音を立てながら上質な赤ワインを注いでいく。満たされたグラスを一度軽く傾けて確認したベルトラが頷くと、従者は一礼し、言葉を発することなく静かに部屋を後にした。
ベルトラはワイングラスを軽く揺らし、芳醇な香りを楽しむように目を細めると、一口だけ口に含んで喉を鳴らした。
「──さて、ルーベルト殿。商人として奴隷を仕入れるにあたり、大切なこととは何だとお考えですか?」
ふいに向けられた問いに、ルーベルトは少し首をかしげた。だが、すぐに父・ネストの姿が脳裏に浮かび、心を落ち着けるようにして答える。
「……人と人との繋がり、ですか?」
おそるおそる口にしたその答えに、ベルトラの目がぱっと見開かれた。
「おおっ、まさにその通りですぞ! やはり父上の教育が行き届いているようで、安心いたしました!」
満足げに大きく頷きながら、ベルトラはテーブルの引き出しから一枚の紙を取り出し、ルーベルトの目の前へと差し出す。
「そう! 我々商人というものは、“一期一会”では務まりませぬ。繋がった縁は、どんなに細くとも育て続けるもの……この世界で生き抜くためには、信用と継続的な関係が何よりの財産となるのです」
そう語るベルトラの手には、ひときわ丁寧に封蝋された一通の契約書らしき書類が握られていた。
「この中には、冒険者協会への紹介状が入っております。あなたの父君、ネスト卿より、奴隷商としての仕事を一通り教えたのち、冒険者ギルドへ足を運ばせるように──とのお言葉を預かっておりましてな」
ベルトラは封書を指先で軽く揺らしながら、どこか楽しげな表情を浮かべてルーベルトを見る。続けて、少し考え込むようにして言葉を続けた。
「……これはあくまで、私の推測に過ぎませぬが。奴隷商として生涯を歩むには、あなた様の知識も経験も、まだ浅すぎる。故に、ルーベルト殿には広く世界を知っていただきたい──そうお考えなのではありませんかな。旅をして、人と出会い、縁を紡ぎ、その上で己の地位を築く。それが、ネスト卿の真意かと」
うんうんと、満足げに頷くベルトラ。その言葉にルーベルトは「冒険者……」と、ぽつりと呟いた。
「ええ、冒険者ギルドはこの街にもございます。受付でこれを提出すれば、あなた様とその奴隷たちは正式に冒険者として登録されましょう。ギルドでは様々な依頼を受けられますし、各地の街を巡ることで、新たな仕入れ先を確保したり、使役すべき奴隷を見つけることも可能です。販売用の奴隷を育てるにしても、旅の経験は大いに役立ちましょう」
そう語るベルトラの眼差しには、老獪な商人としての確信がにじんでいた。
ルーベルトは、その話を聞きながら胸の奥に得体の知れないもやついた感情を抱く。
それでも──
「……分かりました。何から何まで、ありがとうございます」
静かに立ち上がり、深く一礼するルーベルト。
「いえいえ!私はまだ何も、大したことはしておりませぬ!ルーベルト殿のご多幸と、商いの繁栄を心より願っておりますぞ」
そして、ベルトラは懐から古びた鍵を取り出し、ルーベルトに手渡す。
「さあ、商人たるもの、時間を大切にせねばなりません。私も次の商談が控えておりますゆえ、あなた様もこの足で冒険者ギルドへと向かわれてはいかがでしょう? その前に──仲間たちと話をされるのもまた、肝要かと」
「……はい。ありがとうございます。まずは、みんなと話してから決めようと思います」
ルーベルトは深く息をつき、重い扉の前に立つ。手にした鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。
ぎい、と金属が軋む重い音と共に、分厚い扉が開いていく。
ひんやりと湿った空気が肌を撫で、薄暗い室内には灯りひとつなく、ただ静けさだけが支配している。
「……お待たせ」
ルーベルトの声がその静けさを破った瞬間だった。
「ルーくんっ!」
真っ先に反応したのはクリスとヒカリだった。
ふたりは扉の開く音を待ち構えていたかのように、ぱたぱたと小走りでルーベルトに飛びついてくる。
「やっと、来てくれた……!」
「暗くて、怖かったよぉ……!」
クリスはそのままルーベルトの腰にしがみつき、ヒカリも目に涙を溜めながらその腕にしがみつく。
その様子に続くように、カゲリとラフィナも控え室の中から姿を現した。
カゲリは表情こそ落ち着いていたが、その両手はしっかりと組まれており、緊張が抜け切れていないことがわかる。
ラフィナはやや目を伏せながらも、一定の距離を保ちつつ、ゆっくりとルーベルトの側へ近づいてきた。
──クリスとの感覚共有を通じて、彼女たちの心の内が流れ込んでくる。
薄暗い密室の中で、どれだけ不安と緊張を抱えていたか。
それでもじっと耐え、信じて待ってくれていたことが、ルーベルトには痛いほど伝わってきた。
「……ごめんね、遅くなって」
そう優しく言いながら、ルーベルトはクリスとヒカリの頭を交互に撫でる。
「……これから、冒険者ギルドに向かうけど……大丈夫そう?」
そう問いかけると、途端にクリスとヒカリの表情がパッと明るくなった。
「冒険者!? やったぁ!」
「行く行くっ!ルーくんがいれば、なんでもできるもん!」
無邪気な笑顔を浮かべて、クリスとヒカリはくるくると回りながら小さくはしゃいでいる。
その眩しい様子に包まれるようにして、カゲリが静かに一歩前へ出ると、少しだけ不安の色を宿した目をルーベルトに向けて言った。
「私は……少し不安ですけど、皆さんと一緒なら、きっと大丈夫ですね」
そう言って、胸元に手を当て、穏やかな笑みを浮かべた。
一方で、ラフィナは壁に寄りかかりながら、やや投げやりな口調でぼそりと呟く。
「別にどこでも良いよ。……あんたが行くなら、私も行くだけ」
素直さを隠した言葉の奥に、微かな信頼がにじんでいた。
その言葉に、ルーベルトは目を細めて、静かに表情を和らげる。
「よし。それじゃあ、決まりだね」
ルーベルトは扉の鍵を閉め、再びベルトラの私室へ戻ると、手にしていた鍵を丁寧に差し出す。
「お世話になりました。……本当に、ありがとうございました」
そう言って深く頭を下げると、ベルトラは満足げに頷いてみせた。
「ははっ、また何かあればいつでもお声かけを。若き商人殿に、幸あらんことを──」
その言葉を背に受けながら、ルーベルトは四人の少女たちと共に、私室を後にした。
奴隷市場を抜け、彼らは次なる目的地──冒険者ギルドへと向かって、歩き出す。
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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