フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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七章:狂宴の始まり

第52話 何かが怪しい

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 そろそろ動こうかとクリスが考えていた時、服に取り付けていた装置が赤い光を放ちながら点滅を始めた。マーシェに言われた事を思い出し、ダイヤルのつまみを捻ると網目状に隙間が作られている箇所から雑音交じりに何かが聞こえて来た。

「あー、こちら騎士団本部。ガーランド様、聞こえていたら応答願います。装置の側面に取り付けられているスイッチを押しながら喋ってください」
「え…ああ俺だ。聞こえてはいるが…」

 人の声であった。クリスは驚きつつも、返事を求めている声に対して慌てて答えた。しばらく向こうが黙ると、やがて女性の声が聞こえて来る。マーシェであった。

「バッチリね。どう ?」
「どうと言われてもな…これは一体何だ ?」
「見ての通り、情報伝達における世紀の大発明よ」
「…そうじゃなくて名前や仕組みを聞いてるんだ」
「名前は決めてないけど、装置に発した音声を遠くにある他の装置で聞けるようになるって代物よ。これで良いかしら ?」

 不備が無い事を確認した彼女に、クリスは突然渡された未知の道具に対する質問の数々を山ほどぶつけたい心持であった。彼が言った最初の質問に対してリアクションが薄い事を不服に思いながらもマーシェは簡単に仕様を伝える。

「ほう…どうやってこんなものを ?」
「よくぞ聞いてくれたわね。時間も無いし、難しい言葉は分からないだろうから簡単に言うわ。サンダーバードって生物については知ってるかしら ?」
「確か絶滅危惧種の魔物だろ。聞いたことはある」

 近年の産業の発達における過剰な土地開発や、それに伴う気候変動によって個体の数が減少しつつあるという記事を以前クリスは読んだ事があった。

「そう。彼らは特殊な器官を用いて肉体に電気を帯電させる事が出来る…雷として敵への攻撃に使う事で有名だけど、実は仲間同士のコミュニケーションにも電気を使っていたの。電波を自らの肉体から発し、その信号によって個体の識別や大まかな意思を伝える事が出来ていた。それを利用できないかと思ってね。その装置で彼らの肉体の構造を再現した。そこに電気を流す事で、声を信号として電波を使って発信できるようになってる。耐久性についてはビリーやポールにも監修を頼んで徹底的にテストをしてあるから安心して」
「成程な」

 時折不意打ちを仕掛けて来る者達を倒していきながら、クリスは彼女の話を聞いて相槌を打った。

「欠点はあるか ?念のために知っておきたい」
「そうね…電波を送るための中継地点が必要だから基本使えるのは街の中だけ。地下や上空に関しても、場合によっては連絡が出来なくなる」
「まさか最近あちこちで工事していたのは…」
「正解。研究開発部が頼んでやらせていたの。電波の中継地点を作るためにね」

 どうしても腑に落ちなかった疑問が彼女からの説明によってようやく解決できたことにクリスは納得をしたが、その一方で彼女が開発の裏で余計な事をしてはいないだろうかという不安も抱え込む事となってしまった。

「なあ、さっきサンダーバードが持つ肉体の構造を再現したと言っていたな。素材に何か変なものを使ったりしてないか ?」

 ふと思い切って先程の会話で引っかかった点について尋ねると、なぜか分からないが、しばらく無音が続いた。返答に困っているのか不具合なのかは分からないが、少なくとも良い予感はしなかった。

「ああ、ごめんごめん。基本は金属…あと、たまたま手に入ったサンダーバードの死体から必要になりそうな素材を拝借したのよ」
「…お前なあ、絶滅危惧種を――」
「死体はちゃんと正規のルートで手に入れたし良いじゃない。再現する上でどうしようも出来ない部分があったのよ」

 呆れた様に反応するクリスにマーシェは法律上の問題は無いと言い切り、技術面での問題を解消するためであったことを打ち明けるが、クリスが心配していたのはそこでは無い。軍事目的で希少な生物の肉体を利用しているとあっては、世間からの非難は避けられないと考えていたのである。例えそれが必要であったとしても、自身のエゴを満たすために文句を言う輩は決して少なくない。それ以前に、彼女の事だから適当に理由を付けて殺した後に「たまたま死んでいた」などと虚偽の報告をした可能性も否定できなかった。

「今回はあくまで試作品。安く代替できそうな物を探しているから大丈夫よ」
「だと良いがな…」

 対策も立てているようだったが、それでも尚クリスは彼女を信用できずにいた。そうこうしている内に再び自分を見つけて喜んでいるらしいならず者たちが走り寄って来るのを見かけたクリスは、ひとまず話はここまでにと連絡を終える。そして、面倒くさそうに彼らに殴りかかっていった。



 ――――鏡の前でギャッツは自身の肉体をマジマジと見つめ、コンディションが万全である事に改めて満足していた。その後、動きやすそうなベストを着用し、シャツの袖を捲っていると、音を立てて部屋のドアが開く。ずぶ濡れのコートを片手に戻って来たアンディは、それを近くにいた部下へ放ると静かな足取りでギャッツのもとへで近づいていった。

「調子は ?」
「完璧だ」

 部下に部屋を出るように言いつけ、二人気になった所でアンディが口を開く。ギャッツはそれに対して機嫌が良さそうに答えた。

「ヤツの様子を見て来たのだろう。どうだった ?」
「…ゾクゾクした。初めてあなたに会った時と同じ」

 アンディもギャッツと同様、或いはそれ以上に高揚している自身の気分を隠さずに語る。

「とうとう良さそうな浮気相手が見つかったという所か ?」

 雰囲気や喋り方からして、いつもとは様子が違う事に気づいたギャッツは、彼の首を軽く撫でながら問いかける。優しくはあったが、遠回しに「癇に障るような事をぬかせば絞め殺す」とでも脅されているかのような逞しい手が首に纏わりついていた。

「そんなまさか…どんなに強くても、優しくしてくれない人は嫌い」

 その手を擦りながらアンディは彼の顔を見た。口元は鉄のマスクによって見えないものの、目つきや顔の皺の寄り方によって怒っているわけではない事が容易に判別できる。

「でも弱い人はもっと嫌い」
「だろうな。まあ楽しみにしてると良い…」

 そう言うアンディから手を放したギャッツは、軽く笑い声を漏らしながら答える。食事にしたいと部屋を出る時、アンディは彼の方を振り向いた。

「もしクリス・ガーランドが…ここに来るまでに殺されるようなことがあった場合は――」
「ネロから手に入れた情報が本物ならば断言できる…それは絶対にありえん」

 アンディの問いにギャッツは食い気味に即答して、重々しい足音と共に自室を出て行った。
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