フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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十章:不尽

第71話 戦士の矜持

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 その頃、クリスは岬へ向けて馬を走らせ続けていた。すっかり雨は止んでおり、雲に隠れがちではあったが月の白い光が微かに空を明るくしている。道中で村に差し掛かった際、道を尋ねたクリスに対して村人たちはなぜか古城へいくのは思い直して欲しいと申し立てをした。ギャッツは口止め料として彼らにも金を定期的に渡していたらしく、その恩恵が無ければ村の運営もままならないという理由だったらしい。

 しかし、敵対関係にある自分にとってはどうでも良い事だとクリスは切り捨てた。現に彼が指揮する組織によって街に甚大な被害が出ている以上、「そうですか、じゃあ攻め込むのはやめます」と見逃す道理がある筈も無かった。村人を無視してのどかな一本道をかけ続けていると、さざ波が岩を打つ音が聞こえて来た。辺りに人気は無く、切り立った崖は道を除いて多様な雑草で生い茂っている。

「…あそこか」

 古城は崖から少し離れた草原のど真ん中に位置していた。今から数百年前、時の領主によって建てられた物で、名目上は村の者達が保存を行っているという事らしい。だが実態はシャドウ・スローンのボスであるギャッツの隠れ家として使われていたのである。金で何でも解決できると思えば大間違いだという事を、直接体に教え込んでやろうとクリスは考えつつ古城へと接近した。

 かがり火が灯されており、門の前に人だかりが出来ていた。ギャッツの親衛隊とも言える古城での見張りや彼の警護を任されている者達である。少々柄は悪いが、中々に勇壮な面構えをしていた。

「アレがクリス・ガーランド…」
「ボス !」

 門の前で待ち構える親衛隊達の背後からギャッツとアンディが現れると、全員が二人のために場所を開けた。クリスの方も古城より少し離れた岩場に馬を繋ぎとめてから、徒歩で近づき始める。

「初めましてだな。ミスター・ガーランド…ホグドラムの怪物よ」

 声が聞こえそうな距離までクリスが歩いてくると、ギャッツは大声で言った。

「ギャッツ・ニコール・ドラグノフだな…商売を畳む準備は出来たか ?」

 負けじとクリスも煽り出した。

「なぜそんな事をする必要がある ?ここで貴様は敗れ去り、俺は逃亡する。そして再び変わらない日常が続く。俺の商売など、敵を潰せさえすればやり直しがきくのでな」
「敵を潰せれば…か。じゃあ諦めた方が良い。お前に俺は殺せない」
「相手を殺す事だけが勝つための条件とは限らないのだ。ひよっこめ」

 お前など何の問題も無いとギャッツは小馬鹿にして見せるが、拳銃を両手に握りしめながらクリスは立て続けに煽り返した。一方でアンディは、近くにいた部下達を手招きで呼び寄せて耳打ちをし始める。

「”彼ら”は ?」
「部屋に呼びに行ってますから、間もなく来るかと」
「あの二人は正直そんなに好きじゃないですが…仕方ないですね。念のため、飼っている魔物達も解き放っておいてください。そうした方が面白くなります」
「ご安心ください、既に準備中です」

 アンディが今後の手筈はどうなっているか聞いた所、問題なく準備が進んでいる事を部下は明かした。完璧な対応だとアンディは褒めてから、ご褒美代わりにと頬にキスをする。部下は一瞬だけ身を引きそうになったが、彼から漂うシトラスの香りが性別という壁を忘れさせてくれたのか、それを甘んじて受け入れた。一瞬だけ恍惚とした感情に駆られた部下だったが、アンディの隣にいたギャッツの殺気によって我に返ると、隠れるように他の仲間達の間へと消えていった。

「まあ何にせよ、良い顔つきをしている…戦う事以外には何も考えていないといった風だな。せいぜい頑張ってみろ…逃げずに待っておいてやる」

 ギャッツはクリスが持つ戦士としての風格を褒め称えてから、背を向けて古城へ戻ろうとする。逃がすものかとクリスが引き金を引いた瞬間、巨大な岩石が地中から生えるようにしてギャッツの背後へ現れ、弾丸から彼を守った。

「来たか…」

 ギャッツが古城の入り口から現れる二人の人物に目をやりながら言った。屈強な体格を服で隠している二人の男は、そのまま親衛隊たちをどかしてクリスの前に躍り出た。続けざまにクリスが銃撃を行おうとしたが、もう一人が牽制するようにクリスに対して火で作った槍を放つ。咄嗟に交わしたせいでクリスは攻撃を中止せざるを得なかった。体勢を整えたクリスと目が合ったアンディは、彼に妖艶な仕草で手を振ってからギャッツと共に建物の中へ消えていく。

「我が名は大地の流派の使い手、ゲイリー !」
「その弟にして火の流派の使い手、ザルゴ !」
「まずは我ら兄弟が相手となろう!!」

 妙に気合が入り、そっくりな顔立ちを持つ二人の魔術師は、かつて見た東洋の像を彷彿とさせる勇ましいポージングで名乗りを上げた。距離を置いているというのに、二人のガタイの良さも相まって大変暑苦しい雰囲気が辺りに充満する。

「ゲイリーとザルゴ…聞いたことがあるな。ブラザーフッド以外にあった別の同盟の魔術師か。なぜシャドウ・スローンに ?」

 名の通っている程の実力者である二人がシャドウ・スローンに仕えている理由を尋ねた所、よくぞ聞いてくれたと顔をこちらへ向けながら二人は話を始める。

「騎士団との戦に加担している魔術師達は考え方が古臭いのだ !真っ向からぶつかって勝てるわけが無いにも拘らず、不毛な戦いを続けようとしている !」
「兄上の言う通り !だからこそ我らは魔法の持つ力を見せつけ、その有用性を知らしめたいのだ !そうすれば争う事なく、魔術師が安心して暮らせる社会を築けると信じている !」
「分かってくれておるようだな弟よぉ !」
「勿論だ兄上ぇ !」

 喋りがやかましいせいか、クリスは思わず苦い顔をした。ついでに魔法の凄さを見せたいというのに、なぜ犯罪組織を就職先に選んだのかをいささか疑問に感じていたが、素性に囚われず実力次第で成り上がれるという可能性がそうさせたのだろうと勝手に解釈をする。

「とりあえず、戦うんだろ ?」

 首を鳴らしながら準備万端である事を見せつけてクリスは言った。

「待てい、話は終わっとらん。全く…思っていたよりもせっかちだ」
「じゃあさっさと言え」
「うむ。頼みがあるのだ…というのも、お主と戦うための準備がしたい。よって暫し時間をくれないだろうか ?」

 クリスに急かされて、二人は話の続きとして自分達の頼みを聞き入れて欲しいと懇願してくる。控えめに言って訳が分からなかった。

「何で先に済ませておかなかったんだ…」

 呆れた様な口調でクリスは言い返した。

「まさか相手が貴殿だとは思わなかったのでな。先の大戦による虐殺、山脈に潜む巨獣の討伐、生きて帰った者はおらんという禁じられた地からの生還…分かっているかもしれんがクリス・ガーランドという戦士は、魔術師にとって伝説であり憧れ !」
「魔法が使えなくなったという今でも、我らの尊敬の念が揺らぐ事は無い !そんな相手だからこそ !ベスト・コンディション 、ベスト・モチベーションで挑みたいのだ !」
「いや、悪いが急いでるんだ。だから――」
「そこをどうか !」
「情けを !」

 憧れの相手と万全を期して戦いたいと語る二人だったが、クリスはすぐに断ろうとした。しかし、とうとう地に頭を付けてまで懇願をする二人に対して、妙な罪悪感を抱き始める。マスタールジアのようにだまし討ちをするタイプでも無さそうだという点も拍車をかけていた。

「…じゃあ…ハァ…さっさと、済ませろ」
「聞いたか兄上…!?」
「聞いたとも !おお…何と慈悲深い… !感謝するぞ、ガーランド殿 !」

 溜息交じりにクリスは彼らの要望を認める。それを聞いて喜びに打ちひしがれる二人を見ながら、クリスは面倒くさい相手が現れた事に頭を抱えそうな気分で準備とやらを待つ羽目になった。
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