フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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十章:不尽

第72話 嫌いじゃないけど好きじゃない

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 彼らの頼みを承諾してからおよそ二十分が経過していた。

「良いぞ兄上 !キレてる !今日もキレてる !」
「流石ですゲイリー様 !ナイスバルク !」
「肩にちっちゃいトロール乗せてんのかい !」

 なぜか下着以外を脱ぎ捨て、ゲイリーとザルゴは筋肉を見せびらかしていた。親衛隊達までもが声援に加わっており、楽器まで持ち出している事からクリスの意見はお構いなしにやるつもりだったのかもしれない。周囲で流れる野太い太鼓や角笛の音と共にポーズを取りながら自慢の筋肉に力を入れて見せびらかしていた。

「素晴らしい広背筋だ弟よぉ!デカい!デカすぎて他が見えない !」
「こりゃあたまげた !腹筋が板チョコレートだぁ !」
「まるで桃だぜ !ナイスプリケツ !」

 ゲイリーが終われば、次はザルゴの番である。戦いがある度に同じような事をしているのかと不気味がりながら、クリスは近くの岩の上で座り込んで懐中時計が刻む時刻を眺めていた。しかし、時折目をやってみると確かに褒められるのも納得な肉体美だった。

「ふぅ…待たせたな、ガーランド殿 !」

 ようやく終わったのか、服を着ながらザルゴが叫んだ。

「…やっと終わったか。大体なんだったんだよそれ…」
「申し訳ない !我がハーン家では、代々この儀式によって己の持つ力への自信とプライドを高めるのだ !」
「弟の言う通り !自信とは活力 !最高のパフォーマンスを発揮させてくれるという安心感へ繋がる希望 !我ら兄弟は、大一番でこの儀式を欠かした事は無い !今回ばかりは少し張り切ってしまったがな !ハーハッハッハッハッハァ !」

 くたびれた様子のクリスに対して二人は声高らかに説明を始めたが、尚更なぜ予めやっておかなかったのかという呆れを増長させた。

「調子狂うな…まあ終わったんなら良いさ。かかって来い」
「ああ、言うまでもない !」
「お前達は手を出すな !我々が奴を倒す !」

 クリスの問いに当然の如く覚悟を決めている事を伝え、親衛隊達には手を出さないように釘を刺してから二人は構えに入った。クリスも両手に拳銃を携えたまま彼らと睨み合う。すぐさま銃撃を仕掛けたクリスだったが、彼らの狙いは他にあったらしい。こちらが接近しないことを予測していたのか、辺りに岩を呼び起こしてゲイリーが巨大な囲いを作る。そしてザルゴが天井代わりに上空を炎で覆い尽くした。

「ガーランド殿、申し訳ないが退路を塞がせてもらった !」
「卑怯とは言うまいな !」

 そうして再び臨戦態勢に入る二人を見て、思っていたよりも厄介そうだとクリスは気を引き締め直す。一方、外側からは状況が分からなくなってしまった事に周囲にいた者達は戸惑いを隠せなかった。

「だ、大丈夫だよな… ?」
「あの二人は実力だけは確かだからな…ちょっと話し方はウザいが」

 周囲ではどよめきと共にそのような会話が繰り広げられ、即席のドームを見守るしか無かった。

「まいったな…思っていたより強い」

 クリスは少し感心しつつも面倒くさそうに呟く。内部ではクリスとハーン兄弟による攻防が繰り広げられていた。

「地中から呼び起こした岩によって銃弾を防ぎ !」
「すかさず火によって反撃 !」
「続けざまに大地の魔法による追い討ち !」
「このコンビネーションがあればマスターの称号を持つ魔術師達とも渡り合える !」

 豪語する通り、確かに見事な連携であった。ザルゴへ攻撃を行えばすかさずゲイリーが防御へ回って反撃を行う。回避しようものならザルゴによって作り出された火の槍が飛来して突き刺さった。当たれば爆発、躱しても次に待っているのは地中からの岩の棘による奇襲。そしてトドメに二人の屈強な肉体から繰り出される体術がクリスを襲う。

 囲いの中を瞬間移動で動こうにも、空間を狭められている以上は移動先に限りがある。自分以外の誰かだったら、とっくに死んでいただろうとクリスは考えていた。

「確かに倒せてただろうな…相手が俺でなければ」

 体力の消耗は避けたかったが、早めに済ませて次に進まなければならないとクリスは瞬間移動を連発して彼らの翻弄を始める。流石にここまでの頻度で使用してくるのは想定外だったらしい二人は、辺りを飛び回る人影に弄ばれるかのように狼狽えた。時折飛んでくる銃撃を辛うじて防ぎながら状況を窺う。

「くっ… !兄上、”あれ”をやるしかない !」
「やむを得んな !防御は私に任せろ !」

 合図を送ってきた弟に対してゲイリーは答えると、自分とザルゴの全身に岩石を纏わせる。次の瞬間、ザルゴが腕で炎を操作して巨大な爆発を引き起こした。岩の残骸や火の粉が飛び散り、草原では黒煙を上げながら橙色の火が広がっていく。

「やったか… ?」

 何とか立ち上がってから、岩の装甲を解除したゲイリーが言った。

「やってないぞ」

 直後聞こえた背後からの否定に二人は凍り付く。振り向けば、焼け爛れた外套の具合を確認しているクリスがいる。

「この服、結構高いんだぜ…」
「何と…生き延びていたというのか… !」
「信じられん…噂に聞いてはいたが、これほどとは… !?」

 思ってもみなかった外套の丈夫さと、クリスの体が持つ特性が合わさった事で耐えることが出来ていた。しかし拳銃の方はダメだったらしく、熱で歪んでしまって使い物にならなくなっている。それらを捨てたクリスは瞬間移動で背後へ回り込んでから、一気に二人を殴り倒す。そのまま地面に叩きつけられた彼らは土に顔面をうずめたまま起き上がろうともしない。正直お前達の考え方は嫌いじゃなかったぞと心の中で思いながら、クリスは改めてギャッツの元を目指し出した。

「おい、やられちまったぞ !」
「早く魔物達を解き放て !」

 ゲイリーとザルゴが倒されてしまったのを確認した親衛隊達は、武器を構えると同時に後方へ支援を要請する。古城の扉が開かれ、三つ首をもたげた巨大な獣とゴブリンの群れが現れた。

「ケルベロスに…ティナトル種のゴブリン。生物の密輸までやっていたのか」

 特定の地域にしか生息していない三頭犬ことケルベロスや、好戦的な性格で有名なティナトル諸島に生息する固有種のゴブリンを見たクリスは、少し笑いながら独り言を漏らす。土地の生態系を壊さないように外来種の駆除もやっておこうかなどと考えながら、クリスは首の骨を鳴らして立ち向かっていった。
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