フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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十二章:コールド・ハート

第101話 予定調和

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「…ダメだったか」

 戦闘から数日が経過した後にヴァーシの死亡が伝えられたが、ネロは涼しい顔で聞き流す。そして想定の範囲内だったかのような口ぶりで言った。彼の前にはギルガルドが玉座に座って見下ろしており、周りを大量の魔術師達に囲まれていた。いずれもブラザーフッドにおける幹部としての役割を担う名家の者達である。

「他人事のようにしている場合か !このままでは騎士団が十分な戦力を整えるのは時間の問題なんだぞ !これ以上足掻こうが真正面からぶつかってしまえば敗北は必至…どう責任を取るつもりだ !」
「騎士団は魔法に対抗するため、研究によって新たな装備を生み出し続けているそうだ。資源の採掘を行っていた鉱山が奪還された以上、さらに開発は加速していくだろう…」
「あの得体の知れない化け物は何だ ?キメラでも無ければ魔物でも無い。どこからあんな生き物を見つけて来たんだ ?そしてなぜ奴らは貴様の命令に従う ?」

 周囲から飛び出てくるのは指揮を執り続けていたネロに対する罵詈雑言や、彼が裏で何かを進めている証拠とも言える謎の怪物たちについての追及だった。それらの言葉にさえも軽々しい表情で笑みを浮かべ、ネロは一切答えることなく繋がれている手錠を弄り続ける。その人を嘗め腐ったような態度が聴衆の怒りを増幅させた。

「…鎮まれ」

 老練らしい威厳のある声でギルガルドが言い放つ。鶴の一声で縮こまった魔術師達に目を光らせてからギルガルドは再びネロへと視線を戻した。

「ネロよ、お主が今日までブラザーフッドのために尽力してきてくれた事は承知だ。しかし、ここ最近における貴様の部下達の失態は目に余る…そして何やら不穏な動きがあるという密告も入った。言い分があるのなら聞こう」

 ギルガルドは落ち着いている素振りを見せていたが、彼に対して訝しさを覚えている事は誰の目にも明らかであった。

「…フフフフ」 

 ネロが声を出して笑った。諦めて開き直っているわけでも無く、どちらかといえば呆れているかのような雰囲気で首を横に振ってから彼はギルガルドや周りの魔術師達に目を向ける。

「失礼した……私には感謝を示さなければならない人々が大勢いるのだが、まずはあなた方に礼を言いたい。この地に潜む時代錯誤なカルト教団紛いのテロリスト達が、こうして簡単に動いてくれるような単細胞でなければ、きっとここまで計画通りに進む事はなかっただろう」

 ひとしきり笑い終わったネロだったが、突然皮肉交じりに感謝を示し始める。

「ふ、不届き者め !自分が何を言っているのか分かっているのか⁉」

 傍聴していた魔術師の一人が声を上げ、そうだそうだと便乗するような野次が続々と上がる。

「ほら、事実を言っただけでこのザマだ。世間では既に消え去るべき存在として憎悪の対象になっている事に気づかず…自分達のワガママを通すためだけに暴れる厄介者。何も間違った事を言ったつもりはないが」

 お前達の考えなど知らんと、ネロは彼らを無視してブラザーフッドを罵る。彼を捕らえていた魔術師達も、この場で彼を殺すべきかと悩んでいた。そしていつ合図が出ても良いようにと攻撃の準備だけして話に耳を傾け続ける。

「自分達で何も考えようとせず、異議を唱えることを恐れ、或いは唱えた者を抹消し続けた結果がこれだ。少しは勉強になっただろう。もっとも…騎士団によって滅ぼされる以上、必要のない事だ」
「…初めから騎士団の手助けをしようとしていたのか」
「騎士団 ?手助け ?…やはり何も分かってない。もし私が騎士団の手助けをするつもりだったら、あなた方はとっくに負けていた」

 ネロがブラザーフッドの敗北を前提にした物言いを続けていると、ギルガルドは彼が騎士団側のスパイだったのかと疑った。ところが彼は再び笑いながらその推測を一蹴し、別の目的によって動いていた事を実質的に白状する。周囲が騒然とし、やがて彼をすぐにでも殺すべきだと叫び始める。事態からしてそんな事をしている場合では無かったが、とにかく石を投げても許される存在を彼らは欲していた。

「…殺せ」

 ギルガルドはすぐにその場を諫め、静粛にさせたが直後にネロの傍らで待機させていた処刑人たちに命じた。それに応じた処刑人たちがネロを跪かせようとしたその時、黒い靄が急激な勢いで彼らの背後に出現した。そこから顔を出す巨大な口を持つ怪物に気づく間もなく、処刑人たちは上半身を齧り取られてしまう。

 血を吹き出しながら倒れた下半身だけの死体を見た魔術師達はパニックになり、急いでその場から離れようとする。だがそれを阻むかのようにあちこちに黒い靄が出現し、ネロが「ウォーカー」と名付けていた奇妙な怪人達が無数に現れる。牽制するように立ち塞がる彼らだったが、攻撃を行おうとする個体はいなかった。

「今見せたものと同じ様に、ブラザーフッドが管理する集落、拠点、領土…ありとあらゆる場所に私はこいつらを呼び寄せる事が出来る。戦わずに降伏しようなんて思ったんだろうが…もしそんな事をするのであれば、私はこいつらを解き放ってブラザーフッドの領土を徹底的に破壊する…皆殺しだ」

 ネロは自分のもとへ近づいて来た四足歩行をする怪物を撫でながら言った。自分の背後からも聞き慣れない呼吸音がするのをギルガルドは感じ取り、この場が完全にネロの手中に収められているのだと理解する。自分が全力を出せば何とか出来るかもしれなかったが、そんな事をすれば被害がさらに増えるかもしれないという事態を彼は恐れていた。

「選択肢は――」
「遠くない未来に戦って滅ぼされるか、この場で逆らって滅ぼされるかだ。簡単だろう ?」

 既に察しはついていたが、ギルガルドは自分達が置かれている状況を再認識しようと尋ねる。それに対してネロが提示したのは、あまりにも残酷で救いの無い二択であった。

「…お前は一体… 何だというのだ ?」

 こんな男を長年信じ続けていた自分への怒りや、不意に襲い掛かって来た虚無感に打ちひしがれたギルガルドは震える声でネロへ言った。

「あなた方が信じ、愛していた存在を…誰よりも憎んでいる男さ」

 ネロはそう言いながら彼を嘲う。その目の輝きはどことなく怪物たちによく似ていた。
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