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十三章:無知と罪
第103話 最後の休息②
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「しかしイゾウの奴…思ってたより早く出て来たんだな」
ウィンドウショッピングに付き合って街をブラついている最中、クリスは異例とも言える短期間で懲罰房を出て行ったイゾウの事をいけ好かないように話していた。
「ついに本拠地へ攻撃をかけるわけだし、出来る限り戦力は欲しいんだろうね。ここだけの話…最近の騎士団って何だか節操が無くてさ」
「俺も同じことを思ってた。まあ…その節操の無さのおかげで入れたんだが」
クリスもまた近頃における騎士団の手段の選ばなさに対して同意する。しかし、余裕の無さの表れなのかという点もあって一概に否定をするつもりはなかった。戦いには、時として手段を選ばないという決断も必要になって来る。
「そういえば研究はどうなんだ ?魔術師の伝承やらを守り人達の所で聞いたんだろ ?」
「情報を新しく整理し直している。魔術師が古くから信仰している伝承について色々と聞けたからね」
本屋に立ち寄った際、学術書に目を通していたクリスが不意に尋ねると、知りたかった情報が手に入って満足した事をグレッグは話す。
「ほお、どんな話を聞けたんだ ?」
「特に面白かったのは『始祖』と言われる四体の悪魔たちの話だね。彼らが今も生きていて、世界を見守り続けているっていう話もあった…『”運命の手”を訪れた者は彼らと対峙し、やがて己に課せられた使命を知らされるだろう』」
「魔術師達が子供に聞かせる脅し文句だな。”運命の手”は魂の行き着く果て…そこで全知全能である悪魔たちによって生涯に犯した罪を裁かれ、どのような罰が待ち受けているかや来世について知らされる…だから、悪魔たちに見られている内は悪さなんてするもんじゃないと。まあ…もはや誰も気にしてない」
グレッグが得意気に魔術師達によって語り継がれているという昔話に言及し、その中の一説を引用すると、クリスもそれに反応した。それと同時にそんな迷信を信じる者がいなくなっている現状を少しばかり嘆きながら、立ち読みしていた本を棚に戻す。
――――その後、二人は久しぶりに飲みたいという事で意見が一致し、『ドランカー』へ向かった。忙しさや休業によって訪れることが無かった大衆酒場にはようやくいつものように明かりが灯っており、外からでも聞こえるような騒ぎ声がする盛況ぶりである。
肌寒く感じるようになった薄暗い街路を渡り、勢いよくドアを開けると以前訪れていた時と何ら変わらない、もしくはそれ以上の賑わいを見せていた。長らく店を閉めていた反動もあったのかもしれない。いずれにせよ店の持つ評判が本物である事に違いは無かった。
「あれぇ~ ?そこにいるのって~…」
カウンターから間延びした女性の声が聞こえる。クリスが嫌な予感と共に目をやると、項垂れながらこちらを見て手を振っているメリッサがいた。だいぶ出来上がっている。
「お久しぶりです !今なら席が空いてますよ !」
トムが嬉しそうに手招きをしてカウンター席を示すが、今回ばかりはその優しさが有難くなかった。仕方なく席に着いた途端、自分の肩に寄りかかって来ようとするメリッサを押しのけながら、クリスはグレッグと共に適当な酒を注文した。
「もう~…二人とも出かけるなら何で誘ってくれなかったのお~ ?これじゃあ私、友達いないみたいじゃんか~」
だいぶ飲んでいるのか、妙に絡みがしつこかった。三時間前から入り浸っていたことをトムが伝え、後々の処理が面倒くさそうだという事をクリスとグレッグはすぐに悟る。
「それにしても、いよいよブラザーフッドへ総攻撃を仕掛けるんですね。どこもその話題で持ち切りですよ」
「細かい日程は決まっていないですが…遅かれ早かれです」
トムから振られた話題について、グレッグは気さくに答える。本当は既に動いている計画だったが、流石に詳細まで外部に漏らしてはマズいと大雑把な与太話だけに留めておいた。
「頑張ってくださいよ !これはおまけです !」
「やったー!!よーし、魔術師だろうが何だろうがまとめて返り討ちにしてやるわよ~ !」
「それで良いのかお前…」
サービスとしていくらかの料理と酒を振舞われた事に気分を良くしたのか、メリッサはやけに物騒な事を口走り始めた。とりあえず今のはお前が言って良い言葉じゃないだろうと、クリスは苦言を漏らすが既に声が届くはずも無い
――――食事がだいぶ進んだ辺りで、カウンターにだらしなく肘をついたメリッサが言い出した。
「ところでさあ~、そろそろ教えてよ~」
「何をだ」
「墓。あれって誰の ?今度は逃げずに答えて」
クリスが不思議そうにしていると、彼女は以前にクリスが見つめていた墓標についてだと付け加える。その際に茶を濁されたのが癪だったのか、少し恨めしそうな顔をしていた。グレッグやトムも興味ありげにこちらを見ており、逃げ切れそうな雰囲気ではない。
「昔の…その…恋人だよ」
「やっぱりだ~絶対そういう関係だと思ってた」
クリスが勿体ぶりながら答えると、メリッサは読み通りだと鼻を鳴らして誇らしげにする。
「結婚はしてたのかい ?」
「してない。まあ、色々あってな…」
グレッグがもう少し関係について知りたがったが、クリスの不穏な雰囲気の下で返って来た回答から何かを察したのか押し黙ってしまう。
「昔から面倒見が良いというか…困っていたり落ち込んでいたりする人を見るなり、寄り添って優しく励ましてくれるような奴だった。そんな事で状況が変わるなら苦労しないって思うかもしれないが、やっぱり他人からの言葉や気持ちがあるだけでもだいぶ嬉しいんだよな」
神妙な面持ちでクリスは語り続けた。いつかは居場所、そして生きる意味を見つけられることを信じて進め。そんな彼女の言葉は足枷であると同時に希望であった。
「ずっと彼女の言葉に縋り続けながら生きて来たんだ…今にしてみれば、やっぱり甘えてるのかもな」
照れくさくなってきたのか、恥ずべき事だとクリスは自嘲して話を終わらせようとする。しかし、そうはさせないとでも言う様なタイミングでトムの祖父が顔を出して来た。
「爺さん、久しぶりだな」
「おお、あの時の…今の話、少し聞いていたが何だか思い悩んでいるようだな」
クリスが挨拶をすると、老人は笑いながらクリスの話について興味ありげに尋ねて来る。
「まあ…それなりには」
「フフフ…ワシの人生経験から言わしてもらうとだな、人生なんて甘えてナンボだぞ」
クリスが少し遠慮がちに答えてから、老人はフンと一息入れてから力説を始める。年寄りの頑張り所だと張り切っているようだった。
「いいか ?自分以外の何かに甘えないというのは、並大抵の強さや信念が無ければ成し遂げられん事だ。それは大いに結構。だが、世の中には強さや信念を持てずにくすぶり続けている人間が少なくない…何かを頼って、信じたい生き物なんだ人間ってのは。だからこそ宗教や崇拝というものがある。自分を待ってくれる人がいるから、いざとなれば守ってくれる存在がいるから…そういう使命や安心があるからこそ人は頑張れるんだ」
気が付けば老人の言葉に、クリスを始めとした一同は黙って聞き入っていた。
「何というか、年長者ってのは伊達じゃないんだな。言葉の重みが違う」
「ハハハ !これでも波乱万丈の人生よ !とにかくお前さんたちも、信じる事の出来る何かを持ち続けろ !想い人でも思想でも良い。それが強さと活力に繋がるだろうさ !」
クリスが感想を伝えると、老人は笑いながら言葉を添えて話を締めた。
「よーし、お前さんたちのためにとっておきの酒をくれてやる !好きなだけ飲み食いして英気を養っていくんだ !」
「やったあ !太っ腹 !」
話だけでは終わらないつもりだったのか、老人は酒瓶を持って来ながら言った。やたらとはしゃぐメリッサを余所に、クリスは彼の言葉に励まされたような気がしたと少しだけ笑って見せる。そして後に控える大きな戦いに向けて羽を伸ばそうと、グレッグも巻き込んで徹底的に飲み明かした。この時はまだ、その先に待っている結末のことなど心配などする由も無かったのである。
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「そういえば研究はどうなんだ ?魔術師の伝承やらを守り人達の所で聞いたんだろ ?」
「情報を新しく整理し直している。魔術師が古くから信仰している伝承について色々と聞けたからね」
本屋に立ち寄った際、学術書に目を通していたクリスが不意に尋ねると、知りたかった情報が手に入って満足した事をグレッグは話す。
「ほお、どんな話を聞けたんだ ?」
「特に面白かったのは『始祖』と言われる四体の悪魔たちの話だね。彼らが今も生きていて、世界を見守り続けているっていう話もあった…『”運命の手”を訪れた者は彼らと対峙し、やがて己に課せられた使命を知らされるだろう』」
「魔術師達が子供に聞かせる脅し文句だな。”運命の手”は魂の行き着く果て…そこで全知全能である悪魔たちによって生涯に犯した罪を裁かれ、どのような罰が待ち受けているかや来世について知らされる…だから、悪魔たちに見られている内は悪さなんてするもんじゃないと。まあ…もはや誰も気にしてない」
グレッグが得意気に魔術師達によって語り継がれているという昔話に言及し、その中の一説を引用すると、クリスもそれに反応した。それと同時にそんな迷信を信じる者がいなくなっている現状を少しばかり嘆きながら、立ち読みしていた本を棚に戻す。
――――その後、二人は久しぶりに飲みたいという事で意見が一致し、『ドランカー』へ向かった。忙しさや休業によって訪れることが無かった大衆酒場にはようやくいつものように明かりが灯っており、外からでも聞こえるような騒ぎ声がする盛況ぶりである。
肌寒く感じるようになった薄暗い街路を渡り、勢いよくドアを開けると以前訪れていた時と何ら変わらない、もしくはそれ以上の賑わいを見せていた。長らく店を閉めていた反動もあったのかもしれない。いずれにせよ店の持つ評判が本物である事に違いは無かった。
「あれぇ~ ?そこにいるのって~…」
カウンターから間延びした女性の声が聞こえる。クリスが嫌な予感と共に目をやると、項垂れながらこちらを見て手を振っているメリッサがいた。だいぶ出来上がっている。
「お久しぶりです !今なら席が空いてますよ !」
トムが嬉しそうに手招きをしてカウンター席を示すが、今回ばかりはその優しさが有難くなかった。仕方なく席に着いた途端、自分の肩に寄りかかって来ようとするメリッサを押しのけながら、クリスはグレッグと共に適当な酒を注文した。
「もう~…二人とも出かけるなら何で誘ってくれなかったのお~ ?これじゃあ私、友達いないみたいじゃんか~」
だいぶ飲んでいるのか、妙に絡みがしつこかった。三時間前から入り浸っていたことをトムが伝え、後々の処理が面倒くさそうだという事をクリスとグレッグはすぐに悟る。
「それにしても、いよいよブラザーフッドへ総攻撃を仕掛けるんですね。どこもその話題で持ち切りですよ」
「細かい日程は決まっていないですが…遅かれ早かれです」
トムから振られた話題について、グレッグは気さくに答える。本当は既に動いている計画だったが、流石に詳細まで外部に漏らしてはマズいと大雑把な与太話だけに留めておいた。
「頑張ってくださいよ !これはおまけです !」
「やったー!!よーし、魔術師だろうが何だろうがまとめて返り討ちにしてやるわよ~ !」
「それで良いのかお前…」
サービスとしていくらかの料理と酒を振舞われた事に気分を良くしたのか、メリッサはやけに物騒な事を口走り始めた。とりあえず今のはお前が言って良い言葉じゃないだろうと、クリスは苦言を漏らすが既に声が届くはずも無い
――――食事がだいぶ進んだ辺りで、カウンターにだらしなく肘をついたメリッサが言い出した。
「ところでさあ~、そろそろ教えてよ~」
「何をだ」
「墓。あれって誰の ?今度は逃げずに答えて」
クリスが不思議そうにしていると、彼女は以前にクリスが見つめていた墓標についてだと付け加える。その際に茶を濁されたのが癪だったのか、少し恨めしそうな顔をしていた。グレッグやトムも興味ありげにこちらを見ており、逃げ切れそうな雰囲気ではない。
「昔の…その…恋人だよ」
「やっぱりだ~絶対そういう関係だと思ってた」
クリスが勿体ぶりながら答えると、メリッサは読み通りだと鼻を鳴らして誇らしげにする。
「結婚はしてたのかい ?」
「してない。まあ、色々あってな…」
グレッグがもう少し関係について知りたがったが、クリスの不穏な雰囲気の下で返って来た回答から何かを察したのか押し黙ってしまう。
「昔から面倒見が良いというか…困っていたり落ち込んでいたりする人を見るなり、寄り添って優しく励ましてくれるような奴だった。そんな事で状況が変わるなら苦労しないって思うかもしれないが、やっぱり他人からの言葉や気持ちがあるだけでもだいぶ嬉しいんだよな」
神妙な面持ちでクリスは語り続けた。いつかは居場所、そして生きる意味を見つけられることを信じて進め。そんな彼女の言葉は足枷であると同時に希望であった。
「ずっと彼女の言葉に縋り続けながら生きて来たんだ…今にしてみれば、やっぱり甘えてるのかもな」
照れくさくなってきたのか、恥ずべき事だとクリスは自嘲して話を終わらせようとする。しかし、そうはさせないとでも言う様なタイミングでトムの祖父が顔を出して来た。
「爺さん、久しぶりだな」
「おお、あの時の…今の話、少し聞いていたが何だか思い悩んでいるようだな」
クリスが挨拶をすると、老人は笑いながらクリスの話について興味ありげに尋ねて来る。
「まあ…それなりには」
「フフフ…ワシの人生経験から言わしてもらうとだな、人生なんて甘えてナンボだぞ」
クリスが少し遠慮がちに答えてから、老人はフンと一息入れてから力説を始める。年寄りの頑張り所だと張り切っているようだった。
「いいか ?自分以外の何かに甘えないというのは、並大抵の強さや信念が無ければ成し遂げられん事だ。それは大いに結構。だが、世の中には強さや信念を持てずにくすぶり続けている人間が少なくない…何かを頼って、信じたい生き物なんだ人間ってのは。だからこそ宗教や崇拝というものがある。自分を待ってくれる人がいるから、いざとなれば守ってくれる存在がいるから…そういう使命や安心があるからこそ人は頑張れるんだ」
気が付けば老人の言葉に、クリスを始めとした一同は黙って聞き入っていた。
「何というか、年長者ってのは伊達じゃないんだな。言葉の重みが違う」
「ハハハ !これでも波乱万丈の人生よ !とにかくお前さんたちも、信じる事の出来る何かを持ち続けろ !想い人でも思想でも良い。それが強さと活力に繋がるだろうさ !」
クリスが感想を伝えると、老人は笑いながら言葉を添えて話を締めた。
「よーし、お前さんたちのためにとっておきの酒をくれてやる !好きなだけ飲み食いして英気を養っていくんだ !」
「やったあ !太っ腹 !」
話だけでは終わらないつもりだったのか、老人は酒瓶を持って来ながら言った。やたらとはしゃぐメリッサを余所に、クリスは彼の言葉に励まされたような気がしたと少しだけ笑って見せる。そして後に控える大きな戦いに向けて羽を伸ばそうと、グレッグも巻き込んで徹底的に飲み明かした。この時はまだ、その先に待っている結末のことなど心配などする由も無かったのである。
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