ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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参ノ章:激突

第91話 話だけではすまさない

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 招良河地区で発生した、燃え盛る炎の勢いはとどまる所を知らず、団地の全てを橙色の炎で包み込もうとしているかのようであった。レイの指示の下で住民達の避難を行う者もいれば、その発端となっているであろう功影派やその使い走りと思わしき妖怪たちへ報復がてら殴りかかって行く者もおり、騒ぎは収拾がつかなくなりつつあった。

「どういう事これ ?」

 火の海になりつつある団地周辺の街を闊歩していた亜弐香は、袖を捲りながらぼやいた。確かに自分はこの招良河で暴れる事を引き受けたが、いざ到着してみると待っていたのは御覧の有様である。住民達が逃げまどい、空から嵐鳳財閥の私兵たちが周辺の状況把握に努めている。間もなく消火活動も始まる。そして事が収まれば自分に注目が集まってしまうだろう。そうなる前に、早めに渓村レイという女を見つけ出し、籠樹の頼み通りに始末しておかなければならない。

 渓殲同盟の跡目になる可能性が高い者は出来るだけ排除しておきたいというのが理由らしかった。真正面から実力でねじ伏せれば誰も文句は言わないだろうに、わざわざ回りくどくこのような手段を取る辺り、あの男は言動によらずコンプレックスの激しい軟弱者という点は確定である。しかも自ら手を下すわけでは無く、こうして仕事仲間を派遣するのも気に食わない。放火の責任もこちらへ押し付けようという魂胆が見え見えであった。

「おどれがやったんか!!」

 火が次々と建物に燃え移り、黒煙と火が混ざり合った混沌とした路地を亜弐香は歩くが、自分の道を遮るように避難の最中だった化け猫達と遭遇する。ガラの悪さからして苦羅雲の関係者…さしずめ舎弟だろう。

「アニキ、間違いない。レイ姐さんが言ってた鬼やで。裂田とかいうヤツや」

 傍らにいた仲間の化け猫も耳打ちをする。亜弐香は特に否定も肯定もせずに黙って彼らを見ていた。目的がある以上、いずれにせよ通らなければならない道である。何よりレイという名を無視できなかった。ここは彼らを焚き付けた方が良さそうだ。

「レイって子、今この辺にいる ?」
「あ ?」
「…話をしたいけど、いいかな ? 代わりにそこにいる人たちには手を出さない。約束は守る」

 亜弐香は口を開くが、化け猫達は当然答えてくれない。しかし亜弐香の提案を聞くと頷き合い、避難させるために連れ歩いてた住民達の方を見る。ここから先のやり取りにおいて、彼らを巻き込む筋合いは無い。それは亜弐香も同じだった。無言で自分が来た道を開けると、住民達は化け猫達に小声で促されて走り出す。やがて住民達がいなくなると、残されたのは亜弐香とレイの舎弟たちのみであった。彼らはすぐさま隠し持っていた黒擁塵を放出し、思い思いの武器を取り出して亜弐香の道を塞ぐ。

「……話をしたいって、言ったんだけどね」

 亜弐香は少し落胆しながらも、嫌いじゃないと言わんばかりに拳を構えた。



 ――――その団地の中庭では、放置された粗大ごみと雑草が血にまみれていた。傍らには鉄仮面を付けた死体が無数に転がり、それが中央にいるたった一匹のメスの化け猫によって引き起こされたのは言うまでもない。

「裂田ああああああ!!どこやあああああああ!!」

 血走った目でレイが叫んだが、そんな彼女へお構いなしに功影派の手先は襲い掛かって行く。振りかぶって来た刀をしなやかに体を動かして躱し、両手にある鉄の爪で相手の喉笛を掻っ切る。時には胴へ突き刺して殺し、バットや鉈を振るってくる別の敵への盾にもした。既に死んでいるとはいえ、自分の同胞を傷つけた事実に動揺し、硬直するのを見計らってすぐさま死体を捨て、爪を黒擁塵の中へと引っ込めてから間髪入れずに青龍刀を出現させ、間抜けに突っ立っている体を切り刻む。

 息を荒くし、辺りに転がっている死体を乱暴に踏みつけながらその場を離れようとした時だった。背後に殺気を感じたレイは、ゆっくりと体を動かして振り返る。中庭への入り口となる通路から、巨体が静かに姿を見せた。顔、服、そして拳が返り血に染まっている亜弐香の姿がそこにはあった。

「見ーつけた」

 彼女は汚れた自分の体を一切気にも留めず、レイを見て意外そうに呟いた。

「ホンマようノコノコ顔出せるなあ、このド畜生が」
「誤解しないで欲しいんだけど、僕はここまでするつもりは無かったんだよね。ただまあ…君の御家族がさ」
「何が僕やねん。気取った一人称使いやがってメスゴリラ」
「…下品な方言を口から吐きまくってる誰かさんに言われたくないかな」

 二人は互いに罵り、臨戦態勢に入っていた。その時、空の方から嵐鳳財閥の私兵にしがみついたまま龍人も現場に到着する。たまたま遭遇した私兵を移動手段代わりに利用させてもらったのだ。

「あそこだ !」

 龍人が叫んだ。

「じゃあ着陸を―――」
「いやいい ! じゃあな !」
「あっ、ちょっと!!」

 私兵が止めようとする頃には、龍人はしがみ付くために使っていた霊糸を解除して空中を落下していく。そのまま中庭で着地をしたい所であったが、高さ故に体勢を上手い事定められず、結果として地面に身体を激しくぶつける羽目になってしまった。土煙を上げて落下してきた物体にレイと亜弐香は目を丸くしていたが、それが龍人と分かるや否やいつもの態度に戻る。

「いてて…やっぱ降ろしてもらえば良かった」
「アンタの脳味噌一回かち割って調べてみたいわホンマ」
「アレぐらいの高さじゃ死なねえよ。何度か試したもん」

 レイに近づいてから龍人がタフネスに自信がある事をアピールするが、亜弐香はその姿を若干微笑ましく見ていた。やはり彼に目を付けた自分の判断は間違っていない。

「面白…」

 あまりにも率直な、彼女自身の好奇心が思わずそう口走らせてしまっていた。
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