終末世界と天使の扉

雫花

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春の国

大切な人だった

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 波瑠が声のする方へと駆け寄ると、主犯格は顔を輝かせ、怯えていた女子も少しだけ顔を上げる。


「あぁー、嫌な記憶なんだけどさ…、また、顔見れた…」

「なんだ、嬉しそうだな」

「うん、あのいじめられてる子さ、彼女だったんだ。付き合ってたの。……申し訳ないことしたよ、分かってたのに我慢できなかったんだ」

「…特別だったわけか」

「うん。…死ぬその瞬間まで、一緒に居たよ」

「そうか」


 記憶の中の波瑠は、女子の集団に向け声を掛ける。


「えっと…。あきらの友達?」

「そう!あきらちゃんめっちゃ可愛いよね!」

「はは、そうでしょ、自慢の彼女だから。…ところで、暁が怖がってるのはどうして?」

「えー?怖がってないよ、ね?暁ちゃん…。ね?」

「ぁ、あ…」

「…。はぁ。猿芝居やーめた。暁いじめてんの見てたよ。僕のせいだよね、どうやったって僕の彼女は君じゃないのに?」


 その時の波瑠は、眉間に皺を寄せ主犯格と取り巻きを見つめた。
 人間では背が高い方なのだろう。その表情と身長によって、威圧感だけで主犯格たちはたじろいだ。
 当の暁という女子は、下を向いている。


「僕は人間だよ。君らのおもちゃでも、王子様でも、皆の憧れなんかでもない。ただの人間。だから恋愛くらい自由にさせて。暁は何も悪くない。僕が暁を愛してるだけだよ。それの何が悪いの」

「……なんで?こんな芋女よりりゅなの方が可愛いじゃん!お似合いじゃん!」

「そういう所だよ。あと芋女だなんて、目が相当腐ってるみたいだね。暁、行こう」


 波瑠は暁の手を優しく掴み、その場から連れ出した。
 校舎の裏に入り、誰もいない事を確認してから歩を止め、暁に向き直った。


「ごめん暁、大丈夫?」

「う、うん。ありがとう波瑠くん…」

「んーん!…ねぇ、いつもあんな事されてるの?他には?居る?」

「ぁ、えと…その…。……うん」

「……僕のせい、だよね。…ごめんね、辛い思いさせて…」

「ちが…!!大丈夫だよ!私大丈夫!気にしないで波瑠くん!わたしが、わたしも波瑠くんに迷惑かけないように」

「迷惑じゃない、絶対に毎回助けるから…!」



 その光景は、当の本人たちにしか分からない感情が渦巻いていた。
 この光景を今の波瑠は、目を逸らすほど見たくないようだった。


「…。助けらんなかったのに、何言ってんだ、僕は」

「……人間は、複雑なのだな」

「うん。簡単じゃなかったよ。それでも暁、ずーっと、高校卒業まで彼女で居てくれたんだ。ほんとに、ほんとに……良い子なんだよ」

「別れたのか?」

「んーん。さっきも言ったけど、死ぬ時まで隣に居てくれたよ。……このパーカー拾う前でさ、…守れなかった」

「そうか…」

「だからさぁ、嫌な記憶なのにダメだね僕、幸せだ今」

「……複雑だな」


 そこから先は、誰もが予想できるような流れだった。
 毎回助けると言った波瑠は、有言実行でいじめの現場に駆けつけ必ず暁を助けた。
 だが、いじめの頻度と方法はどんどんと悪化して行った。
 暁はトイレで水浸しにされたり、昼食にわざと虫を混入されたり、寒い季節にブレザーやコート類を全て隠されたり…
 果てには、髪の毛を切られることもあった。

 そして、波瑠がたまたま居合わせることの出来なかった時に
 暁は人生の中で最大の屈辱と羞恥を味わった。

 駆けつけた時には既に、暁はボロボロで呆然と座り込んでいた。


「暁?暁!どうしたの、何があったの、ごめんね、ごめん、来られなくてごめん…!」

「……ねぇ、波瑠くん?…もうこんな私と一緒にいたらダメだよ、一緒に居たいけど…もう私…」


 その一言で、波瑠は何があったかを全て察した。
 ふつふつと怒りが込み上げた。どんな人間だって、そうだろう。

 大切な人の絶望は、自分の絶望であるように。


「もう離さないって決めたし、この後僕はいじめてた人間をあぶりだして、僕が締め上げた。だからもういじめる人もいなかったけどさ。家族より何より、暁は…失いたくなかったな」


 そう語る波瑠の表情は、天使と一緒にいた少しの間の中で見たどの顔よりも悲しげだった。


「だけどさぁ!この記憶を嫌な記憶だと思って流すなんて、門も馬鹿だなあ~!むしろうれしーよ、ありがと!」

「ふん、表情が忙しないな」

「あ!天使さん笑った!」

「うるさい、ほら扉だ。行くぞ」


 嫌な記憶を呼び覚まし見せてくる空間で、2人は笑顔を浮かべていた。
 決していい記憶ではない。だが、それですら思い出だった。

 次の階に行く扉に手をかける。


「きっと、次は私の記憶だろう。…波瑠、嫌だと思っている記憶はあと一つしか私には無い。…その記憶は…私でも、かなり嫌だと記憶している。嫌なら目を瞑れ」

「あ、でも帰れって言わないんだね」

「……その、…。……うるさい、いくぞ」


 天使は波瑠の言葉に返答せず、扉を開けた。
 その先には、燃え広がる大地が拡がっていた。


「え、え!?なにここ、え?」

「リセットされた人間界だ。ここは…あれであるとすれば、冬国だろう」

「冬国…え、リセットって何!?」

「人間がその罪を重ね世界の罪が大きくなると、その時点で天使議会が開かれ、最高決定権を持つ神の議会に通される。そして、その会議を持って神の力で世界をリセットする。私はリセットを2回見た」

「2回!?な、何年いきてるの天使さん!」

「さぁ…。もはや数えてはいないが、1つ目の世界が2055年続いて2つ目は13650年続いた。それよりは生きている。今の世界は…まだリセットでは無いと思うからな、現時点で3000年続いている」

「2055たす、13650たす、3000…18705歳!?」

「もう数えてなどいない、外傷や罰、病でない限り死なないし、病でなど滅多に死なん。一般市民として分類される私よりも下位の天使は1000年が限界だがな」

「階級で寿命が決まるんだ…じゃあ、天使さんって下位とか言ってたくせに本当はお偉いさんなの?」

「いいや、私はどこにも属していないだけだ。どの階級よりも下かもしれないし、どの階級よりも上かもしれん。階級を持っていない」

「ふぅん…」


 天使と波瑠は、燃え盛る炎も影響が無いため話をしながらおもむろに歩いていく。
 すると、1部炎には飲まれていない村があった。

 その村の中心に、今の姿と大差ない天使が立っていた。
 天使は、腰に携えた白銀の剣を血に染めあげていた。


「え、え?あれ天使さんだよね?なんであんなグロい格好してんの?」

「私もまた、駒の1つ。殺し損ねた人間は、私が残らず消していた。…そんなことをしたのは、この回限りだが」


 すると、天使の足元にボロボロの女性がすがりついていた。


「こんなことを!!天使様がなさるはずが有りませんわ!!この、この…、悪魔よ!黒い羽に、黒い服、何が天使様よ!人殺し、人殺し!!私の家族を返してよぉ!!」

「………。よい、私は悪魔でも良い。…だがな人間。口の利き方には気をつける事だ。少しでも信仰心があるのであれば見間違えるな。この結果はお前ら人間が犯した罪の重さが招いた。自戒を胸に、来世では善を行うことだな。家族を返せ?お前は家族など大切にしていなかっただろう。死んだ子供はお前から開放されたと思い笑顔で刺されて行ったぞ。その顔を見る私の胸の苦しみなど、お前は知らんだろう」


 天使はそう告げると、女性に刃を突き立てた。
 抵抗していた女性も、心臓を貫かれ息絶える。

 天使の表情は、髪の毛に隠れ見えなかった。


「……この時、私は…。…悪魔だと言われた。悪魔は嫌いだ。本能的にな。だから、怒りの感情が込み上げた。それに、その女は子供を虐待し、夫の金を搾り取って遊び歩いていたのだ。こいつは殺されたところでどうも思うまい。だが…こいつの家族は、なんと悲惨だろうか。私の刃を見て、刺してくれと近寄ってきた。何故、なぜ何もしていない善良な人間が?と…。だから、この記憶が嫌いなのだ」


 天使は、今でも苦しそうにその事実を波瑠に話した。
 その表情は、とても苦しそうだった。
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