終末世界と天使の扉

雫花

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春の国

幼き日

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 花壇に座り込み、泣いている小さな黒い天使がいた。
 ボロボロで、ドロドロで、髪の毛も汚れていた。

 膝や腕から、少量の出血もある。

 そして、その泣いている幼い天使を、誰もが素通りした。


「……あれ、天使さんなの?」

「あぁ。……恥ずかしいことだ、あんなに泣いて」

「どうしてあんなに泣いてるんですか?」

「細かい理由など覚えていない。ただ、またいじめられたのだろう。……幼かったのだ」


 幼い日の自身を見つめて、天使はただ眉間に皺を寄せた。
 それがどう言った感情なのか、誰に向けた感情なのか。
 波瑠には分からなかった。
 ただ、慰めるのは違うということだけは、波瑠にでも分かった。


「この黒い翼は疎まれる。……そんなことは道理なのだ。虐められようと、素通りされようと、当たり前の景色で、当たり前の日常でしかない」

「天使さん……。……今は?ちがうの?」

「今も変わらん。暴力を振るわれなくなっただけで、無視や嘲笑、仕事を奪われるなど……大したことでは無い」

「……。黒い翼、かっこいいのに」

「天使は、そうであってはならないんだ」

「へんなの……」


 幼い天使は、ひたすらに泣き、そして泣き疲れ花壇の端で寝てしまう。
 もうすっかり日は暮れ、人通りも少なくなった頃。
 天使の傍に、いつの間にか大きな天使が立っていた。
 その天使は不敵に笑い、幼い天使を小脇に抱えた。
 そして、1人が入りそうな大きさの麻袋を取り出す。


「え!?ちょっと、あれ」

「あぁ……この時か」

「え!?なんで冷静なの!?」

「死んでないから、どうだっていいだけだ」

「でも!誘拐されそうなんですよ!?てか天使がそんなことして……!」

「……。アイツは、不法入国の堕天使だ。身売りの違法堕天使集団が当時は居てな。そういうことだ」

「そんな……!」


 触れないのがもどかしく、何も出来ないまま連れ去られる幼い天使を見つめているしか無かった。
 堕天使に着いていくと、場面が急に転換した。

 朝日が昇る頃、エデンの外れにある、嫌な雰囲気のする大穴に辿り着いた。
 堕天使は、そこから躊躇なく飛び降りる。


「この穴は?」

「堕天の堕とし穴だ。罪を犯した天使をこの穴から突き落とす。別世界に繋がっていてな、堕天使はそこに集められる。人が言う地獄のようなものと思え」

「セキュリティガバガバなの?行き来してるじゃん」

「バカ言うな。本来は天使でさえも戻れない高度にある穴だ。この堕天使は化け物と呼ばれる程の飛行能力でな。普通は戻れない」

「ふぅん…って!大変じゃん!え、え、どしよ、降りれるかな」

「掴まっていろ。お前がそのまま落ちたら死ぬだろうからな」


 天使に言われるがまま、波瑠は天使の腰に抱きつく。
 そして、そのまま黒い翼を広げて穴へと飛び込んだ。

 まだ、誘拐犯の堕天使は地上に到達していない。


「ああああああああああ落ちてる落ちてるおちてる無理無理無理無理」

「うるさい、黙って掴まっていろ」

「知ってる!?!?!?人間ってフリーフォール出来ないんだよ!?!?死ぬからね!!!!もちろん飛べもしないから!!!脚が地面から離れることなんかそうそう無いんだからね!?!?」

「うるさいな」

「地面まだあああぁぁあああ!?!?!?」


 波瑠の絶叫も虚しく、地面への到達などゴールが見えないほど距離があった。
 途中で一瞬気を失い、静かになった間に地面へと到達する。誘拐犯は、少し先を走っていた。

 天使に被された麻袋は、驚く程に静かだった。


「ハッ…!あ!!地面着いた!?」

「とっくにな。みろ、アレがアジトだ」


 岩壁に掘られた粗末な穴に、誘拐犯が入っていく。
 扉など無くとも、ハナからここには悪人しか住んでいない。悪事を働いていたとしても、誰も気にすることなどない。

 誘拐犯は、中にある檻の部屋に天使を投げ入れた。
 だが、幼い天使は小さな声で泣くばかりで、助けを求めることも暴れることも無い。
 麻袋が取られ、少しだけ擦り傷ができた美しい顔が露になる。

 そして、天使は声をはね上げ泣きながら、堕天使に問いかけた。


「わたしは…わた、しは、…ど、してここ、に?うぅ、…売られる、のですか?」

「お前。随分と大人しいな。助けを呼ぼうと思わないのか?お前程の容姿が有れば…あぁ、なるほどな」

「…助けてくれる人など、おりません。…私を必要とする天使も、おりません。売り物になど、なりませんよ」

「それはどうだかな。観賞用にはもってこいだろう」

「…人のお役に立てるのであれば、悪くないかもしれません」

「珍しいやつだ」


 涙をポロポロと落としながら、冷たい牢屋で微動だにせずに過ごした。
 時間は早送りのように過ぎた。
 その間に、何度も買われては売り飛ばされてきた。
 幼い天使は、いつの間にか人間で言う18歳程の容姿になっていた。


「天使さんってさ」

「なんだ」

「人間の世界にいたら、きっとモテモテだね」

「ふん、そんなもの望んでいない。……が、…。少しは、マシな人生だっただろうか」

「さぁね、モテるのも大変だよ」

「経験がありそうな言葉だな。…いい、私はもう、何も気にしてなどいない。ただ、不便なことが人よりも多いだけだ」

「そっかぁ…」


 過ぎていく時のスライドショーを眺めていると、奴隷として売られ繋がれている天使達が並びどこかに向かう。
 その先頭には、警備の正規天使が居た。
 組織が摘発されたのだろう。
 奴隷たちは、これによって開放されたのだった。


「私はな、もう何も気にならないのだ。嫌な記憶も、良い記憶も、何もかも心が動くことなどない。……だが、この記憶の中で1番嫌だと言える瞬間は…この瞬間だ」

「なんで?だって、解放されて元に戻れたんでしょ?」

「…元のエデンの方が、地獄なのだ。この後、私は働き口としてよく動く駒として天使庁に雇われる。傍から見れば良いことだろう。…だが、貴族天使の集まりなど、私には…。…俺には、耐えられない」

「…………そっ、か…」


 どの世界でも、貴族というのは卑しき出や平民に冷たい。
 ノブレス・オブリージュなど、口で宣うだけで誰もが目を逸らす。
 身分の差があまりない国の波瑠でも、それは分かる事実だった。


「あ。階段だ。今回は低めだね」

「そうだな。…あと、何個あるのだろうか」

「わかんない。嫌だなぁ…」

「思うに、その隣の扉。アレは出口だろう。…お前だけでも帰っていいんだ」

「んーん。ここにいるよ。一緒に行こうよ天使さん」

「……それならば、進もうか」

「うん」


 天使と波瑠は、共に扉へと進み、ドアノブに手を掛ける。
 躊躇いなどない。もう、嫌なことが待っていることは目に見えている。
 それならば、共に助け合えば良いのだと歩を進めた。

 扉を抜けると、次に広がった景色は学校だった。
 どうやら、波瑠の中学生時代の母校のようだった。波瑠が制服を着て、廊下を歩いている。


「あぁ…ああー、これね…これね」

「女子がお前を見ているぞ」

「そりゃあね、学校の王子様とか言われてたもん」

「そうか、モテる、というやつか」

「そう。ほら見て、この記憶の主犯だよ」


 波瑠が指をさしたのは、数人で集まり波瑠に熱い視線を向ける女子のグループだった。
 その中の1人が、怯えた様子で居た。


「ホントに波瑠様かっこいい…!好きすぎ…!ほんとさぁ、あんたにふさわしく無いよ。あたしこそ相応しいに決まってるって何度も言ってんだからさぁ、そろそろ別れなよマジ。身の程知らずってやつ?」

「あ、う…」

「がァちそれ!凛鳴りゅなが相応しいに決まってんじゃん!あんたみたいな芋がなんで?ほらほら、この髪の毛さぁ全部抜いたら流石に幻滅っしょ」

「や、やめて!」


 波瑠は、数メートル先から聞こえた悲鳴に気づき、そちらに走っていった。
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