終末世界と天使の扉

雫花

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夏の国

夏の街と猫耳フード

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 片腕を失った少年と、食料と猫を抱え、2人は街を目指す。
 鹿は重いだろうが、波瑠は案外何食わぬ顔で抱え歩いている。


「波瑠お前、うんどうぶ……とか言っていたな。何をしていた?鹿は流石に重いだろう」

「重いねほんとに!んまぁでも歩けるくらいだよ。運動部って言うのは、学生の時に皆がそれぞれ所属するものの運動メインでやる団体の事だよ。僕は剣道ってスポーツしてたの」

「剣道……剣か?お前も剣を扱えるのか?」

「まさか!ルミエさんみたいのじゃないよ!まぁ力は要るか……。剣道部は、うちの学校週2だったから他はバスケ部入ってた」

「ふむ……バスケ……?食べ物か……?」

「あっははははっ!!なぁにルミエさん!面白いじゃん」

「なんだかよく分からないんだ……!」


 雑談をしながらひまわり畑を進むと、ようやく抜けられたようだった。
 ひまわり畑を抜けた先には、白く輝いていたはずのレンガ造りされた街並みが広がっていた。純白の壁はくすみ、所々崩壊し、街としての機能も失っていた。


「何せ火と水が欲しいな……。おい猫、水場を知らないか。人間は見ておくから、波瑠と猫は開けた場所に着き次第、水と木材を探してきてくれ。火は……どうにかしよう」

「わかった!あ、あそこなんてどう?というかもはや誰もいないし廃屋で良いよ、まだ綺麗なはず」

「なら、悪魔が来ないことを確認して入るぞ」

「うん」


 元は立派な一軒家だったのだろうが、最早廃屋になった家の扉を開き、中を確認する。

 特に中は荒らされた様子もなく、廃屋と言うには綺麗な状態だった。
 少し掃除をすれば、問題なく使える程度には整っている。


「うん、2階にもどの部屋にも、悪魔みたいなのは居なかった。電気も水もガスも無いから、雨と直射日光しのぎにしかならないけど……でも、中って結構涼しいんだね?」

「あぁ…。この街の建物は、白い石で出来ているだろう。白は太陽の光を反射するから、家屋内までは浸透してこない。それに、この石は特殊でな。熱を吸い取る性質があるから、万年暑いこの国でも快適なんだ」

「へぇ……生活の知恵ってやつだねぇ。さて……この子をホコリだらけのベッドに寝かせる訳にも行かないな……洗いたいけど、それまでどこに寝かせよう……」

「……仕方がない、とりあえずは膝を貸してやる。波瑠、お前にほとんどのこと任せても良いだろうか」

「いいよ!猫さんと一緒ね!とりあえずは水場だよね。シーツとかを洗うのにも必要だし、探してくるよ!あとは木の枝と…フライパンとかはここの家から拝借しちゃおう。この家の人、大容量のバッグとか持ってないか探してきてもいい?」

「ああ。頼んだ」


 波瑠が家の中を捜索し、大きめの旅行バッグを見付けた。
 どうやら家人は、よくどこかに行っていたのだろう。この夏の国の遠いところか、それとも他の国か。
 その中に、埃まみれのベッドシーツと枕を詰め込み、大きめのカゴと鍋、使っていたであろう空のウォーターサーバーのタンクボトルを持って出掛けた。
 その間、家の中でルミエはひたすら眠る少年を見守った。


「人間は、どうしてこうも弱いんだ。…お前も、よくこうなった世界で今日まで生き延びたものだ。まだ幼いだろう…」


 返事はなくとも、夢にでも出ていれば御の字だと語り掛けた。
 幸い、少年の表情は落ち着いており、穏やかな寝息を立てて眠り続けている。

 よく見れば、顔には不思議な模様、来ている服は独特なデザインのパーカーだった。
 ポンチョタイプのパーカーと、その下にはタンクトップを着ており、ショートパンツというこの年頃の男児にしか出来ない格好をしている。


「…この人間も、波瑠と同じか…?」


 膝で眠る少年の頭を撫でながら、天使はその家で、波瑠の帰りを待った。



 一方、波瑠と猫は水場を探して歩き回っていた。
 苔むしてツタに覆われた街を抜け、森に入る。
 この森は扉の森とは違い、木々がそれぞれに生い茂り、陽光を適度に取り入れる暖かな森だった。
 猫は、恐らく主人なのであろう少年が助かったからか、少し足取りが軽く見えた。


「なぁ猫ちゃん。あの子、君のご主人?」

「ウニャー」

「そっかあ。助かって嬉しい?」

「ンナ!」

「はは、君って賢いねぇ、人間の言葉分かってるみたい。こうして水場も探しに来てくれるしほんとに……え?ほんとに賢い」

「ニャ、ニャッ」


 波瑠が困惑していると、猫は自身の尻尾を見せつけてきた。尻尾には、青いリボンと鈴が着いている。


「なにこれ、めちゃくちゃ可愛いね」

「ウニャ、ウルニャッ」

「ん?……?…………はっ!もしかして!パーカーと同じようなこと!?」

「ウニャー!」

「ご主人くんが着けてくれたの?」

「ウナ!」

「そっかそっかぁ~~~~!賢いねぇ偉いねぇヨシヨシヨシヨシ」

「ゴロゴロ……」


 森の中で、猫と一通り戯れる。すると、今まで喉を鳴らしていた猫が突然、ハッとした様子で道の先を見詰めた。
 不思議に思い、波瑠もそちらを見つめる。耳を澄ますと、流れる水の音のようなものが聞こえてきた。

 と、同時に。


「ァ……アァー……」

「わー、忘れてたあ…………そうだよねえ、森には居るよねぇ……悪魔」

「フーーーーーーッ……!!!!」

「猫ちゃん、あいつらにやられたんでしょ?ご主人様くん」

「ウニャー!」


 1人と1匹を取り囲むように、悪魔が3体脇道から出現する。
 波瑠は猫を抱き抱え、撫でるためにしゃがんでいたところから立ち上がる。


「僕が仇取ってあげるからね」

「ウニャ……?」

「はは、仇は難しかったか、可愛いねえ猫ちゃん」


 波瑠が3体を見つめ、数秒の瞬きの後。辺り数メートルの青々とした木々は、桜の木に変わる。
 そして、そこから舞い散る花びらは地面には落ちず、空中で三体に向かい花弁の根元を向けた。


「人間じゃなかったら、ちゃんとご飯にするからねー」


 花弁は、波瑠が指を鳴らすと同時に悪魔へと集まり始めた。
 花弁は竜巻のように1体1体を取り囲み、鋭利な性質を付与された花弁の根元で切り裂いて行く。

 竜巻のような花弁が、一気に空中へ弾けた。
 中に囚われた悪魔は、切り裂かれ息絶えた。そこに残った死骸は、兎、狸、蛇だった。


「お、この3びきなら食べられそうかも。蛇はちょっと……面倒くさそう……。猫ちゃん、食べる?」

「ンニャ!ニャー!」

「そっかそっか、じゃあこの蛇さんは猫ちゃんのご飯だね!」

「ンニャ~!」

「猫ちゃん、背中に乗せて歩ける?」

「ゥナン!」

「じゃあ、よろしくねえ」


 猫の背に食料を乗せ、水の音のする方へ歩き出す。
 そこからは、心地よい風が吹いてきた。

 じっとりと汗をかいた身体は、冷たい水を欲していた。


 数分歩くと、目の前には美しい川が現れた。飲むには濾過したいところだが、透き通っていてかなり純度が高い。


「……タオル持ってくればよかった。これは流石に飛び込みたかった」

「ンナー……」

「猫ちゃんは浴びてもいいんだよ?」

「ンナ!?にゃう、にゃうう」

「僕が飛び込まないから?入らない?」

「ニャ!」

「あぁ……なんて良い子なの……。汲んで早く帰ろうか、ご主人様くんが起きてるかもしれないからね」

「んにゃ~!」


 持ってきたタンクに水を入れ、蓋をする。
 かなりの重さにはなったが、持って帰るのに苦労はなさそうだった。

 川の水は案外冷たく、顔だけバシャバシャと洗う。そして、その辺で拾ったペットボトルに水を入れ、保冷剤代わりに首へ当てながら帰路に着いた。




 ルミエが膝枕をしながら、うたた寝をしている。その膝に寝ていた少年は、目を覚ましている。

 そして、目の前の光景に動けないでいた。


「あ、あの……あ、の……おね、おねーさん……?おにーさん……?」

「ん…………。ん、あぁ、すまない、起きていたか少年。うたた寝をしてしまった」

「ぁ、あ……えっと……これは、一体……」

「あぁ。お前がひまわり畑で高熱を出して倒れていたのでな。治療して、適当な民家に避難した。今、仲間と猫が水を取りに行っている」

「ぁ、……そう、ですか……ご迷惑お掛けしました……」


 そこからしばらく、波瑠と猫がこの拠点に帰り着くまでの間、ただ沈黙だけが続いた。
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