雪国本屋の禁書庫から想いを乗せて。

雫花

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青い本と棺

捜索会議

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 「…引退してから数年、私は魔術とともに少しだけ眠る事にした。ざっと1000年くらいは眠りたい。後のことは2人に任せることにした。何をするのも自由だと、双子に告げた。蒼月と紅月は何も言わず「分かりました」と言って、次いで「私が棺を守ります」と紅月が言い、「私が後のことをします」と蒼月が言った。何も心配することは無いだろう。おやすみ」


 紅月は目を伏せて、ふぅ、と短い息と共に本をパタリと両手で閉じた。
 大全と言うにはあまりに不完全で、3名の吸血鬼の事しか書いていない。が、彼にとっては全てだったのだろう。
 
 ふと、蒼柊が頭に浮かんだ単語を口に出してみた。


「もしかしてだけど…目が覚めたから…とか。それか、その魔術を狙われたとか…。どちらにせよ、場所の検討はつきませんが…」

「目覚めたのだとしたら、真っ先に紅月に会うのではないか?棺ごとだと考えると後者の可能性が高いな…」

「父上本体って可能性もあるよね?だとしたら無謀な挑戦だとは思うけど…」

「どちらかと言えば私タイプだからな…素直に人の言うことなど聞かんだろう」


 蒼月はまた眉間に皺を寄せた。この店を空けるのもまた不安要素のひとつだ。
 何を目的に紅月の店からのみ盗みや偽装を働いているのかが分からない以上は、下手に動けない。


「…うーん、父上の棺も探したいけど、なんにせよこのお店どうするぅ…?」

「ふむ…。困ったな、ここに置いておいて安心出来るやつが1人もおらん。誰か暇な知り合いでもおらんのか」

「…んー、ミーハー女子なら食いつきそうですけど…」

「はっ…!アルバイト雇えばいいんだ!短期で!」

「だからそうしろと前から言っていただろうが」


 腕組みをして呆れた声と顔を実兄へ向ける。かなり急がなければならないため、募集してる時間もない。
 蒼月は蒼柊に言い、蒼柊の知り合いを探すことにした。


「んん…でるかなぁ…」

「アオト…girl…friend…イル…?」

「え!?い、居ないよ、あ!女の子のお友達は多いけどか、か、彼女じゃ!あ」


 「彼女じゃ!」と言ったタイミングで電話の相手が出たようで、あっ、と声を出してしまった。その声に、電話先の相手はすこし不機嫌そうな声で答えてくる。


「なによ。彼女じゃないけど?陰キャがなんの用?」

「ひどいなあ!陰キャじゃないじゃんっ、大人しいだけだよっ」

「なんでもいいけどぉ~。で?なに?」

「んねぇ、モデルの朱月あかつきさん知ってる?」


 隣でニコニコする吸血鬼を横目に、クラスメイトで仲の良い、気の強い女子に話を通す。一方、反対隣の方ではフラヴィアーナが不機嫌な顔をしていた。


「当たり前でしょ、知らないわけなくない?」

「だよね!その人のところでバイトしない?迎えに行くからさ!今日から!」

「は?」


 これぞ普通の反応である。まず意味がわからない。が、蒼柊は押し通して「支度しておいて!」と一方的に電話を切った。
 あまりの強引さに蒼月も若干引いている。


「人と関わるのが苦手な私でもわかる。今のは強引だろう…」

「いいんですようあの人は!じゃ僕!その子のこと迎えに行ってきます!紅月さんも行きましょう!」

「はぁーい。じゃあフラヴィアーナちゃん、蒼月、お留守番よろしくねっ」

「…わかた…」

「あぁ。わかった」


 2人は店に、気まずいメンバーを残してクラスメイトの家へ向かった。ここからは近いらしい。
 街中を、紅月は帽子を深く被り歩く。が、背も高ければ和服なのもあり、かなり目立っている。隣を歩く蒼柊はきまずくなった。


「なんで普段と違うのにこんな視線浴びるんですか…!」

「いやぁ、私が美しくってごめん…」

「聞かなきゃ良かった」


 そんな会話をして、暫く歩くと目的地に着いた。普通の一軒家だ。クリーム色の外壁に、茶色い柱、黒い屋根、二階建てだ。


「ところで、女の子のおうちだけど来たことあるの?」

「ありますよ?気は強いですけど、読書仲間なんです」

「へぇ~、女の子に囲まれるなんて、モテるねぇ~」

「? 囲まれてませんけど…」

「ほぉ~」


 蒼柊は首をひねりながら、インターホンを押した。ピンポーンという音と共に、インターホンから声がする。


『あ、きた。今出る待って』


 一言それだけ言うと、しばらくの間の後に扉が開いた。
 扉からは、赤茶色の髪の毛をポニーテールにした気の強そうな少女が出てきた。
 とても本を読みそうには見えない。


「こんにちは清麗スミレちゃん!こっちが例の朱月さんだよ」

「はぁ?本物なわけ」

「ところが生憎、本物なんだ。ごめんよ?」


 そう言って紅月は帽子を取り、清麗に向かってニコリと微笑みかけた。写真集に載ってたあのスマイルだと、蒼柊は記憶の隅から画像を見つけて照らし合わせていた。


「ほ、本物!?!?」

「シーっ…ふふ、私のことは外で呼んではいけないよ。さぁ、私のお店を手伝ってくれるかな?」

「は、はい!!いつまでもお手伝いします!」

「あは、1、2週間でいいよ」


 2人は、大興奮の清麗を連れて店への帰路をまた辿った。
 一方、その紅月の店では、フラヴィアーナと蒼月が押し黙っていた。


「……」

「………」

「…ソ…ソウ、ゲツ?…サン?」

「…なんだ」


 先程血液を飲んだカップを洗い、中に紅茶を淹れてまた同じ場所で飲む。フラヴィアーナが嫌いな様子でも無いが、好きな様子でもなく、興味などないと言った風だった。
 だがフラヴィアーナは、一応興味があるようだ。不自由ながら、日本語で恐る恐る話し掛ける。


「ァう…ソー、ゲツって、どーかくの?」

「蒼い月だ。ぁー…。書いた方が早いな。説明の仕方が分からん」


 そう言うとソファから立ち上がり、紅月が普段使う仕事用のテーブルに近づく。裏の白いチラシを切って小さい長方形になったメモ用紙を1枚拝借し、同時に万年筆も引き抜いてくる。
 テーブルの上にメモ用紙を置くと、フラヴィアーナが右隣から覗き込む。
 蒼月は左手でペンを持ち、紙に「蒼月」と書いた。


「むずかしー、じ!」

「書いてみろ。ちなみに、蒼柊はこうだ。紅月はこう」

「スゴい!ソーゲツ、やさしい!」

「そうか…?私は字を教えただけだ」

「ンーン!やさしい!」

「…そうか」


 珍しく「優しい」という人間の少女に、少しだけは優しくしてやっても良かろうと、蒼月は暖かい紅茶を口へ運んだ。
 フラヴィアーナは必死に3人の名前を練習した。が、蒼月や紅月は書けたものの、蒼柊だけを紙いっぱいに書き連ねている。


「…蒼柊は難しいか」

「ぅ…アオ、書けた…ト、書けない…」

「…」


 蒼月は紅茶をまたひと飲みし、暖かい息を小さく吐くと、フラヴィアーナに語りかけた。


「蒼柊の「と」はな、ヒイラギという文字だ」

「ひー、らぎ?」

「ヒイラギの英語名は知らん。が、日本のヒイラギと、西洋のヒイラギには違いがあってな」

「ち、がい…」


 長く生きている分、人に何かを説明するのは苦手ではない。が、蒼月は人との関わりを極力断ちたい性格のせいで、口が下手だった。それでも説明しようと思った心理は、蒼月自身も分からないでいた。


「西洋のヒイラギは赤い実を付けるそうだ。それはなんだ…クリスマスとやら、それをする時に飾るという」

「…ァ!わかる!ソレ!」

「ということはだ。ヒイラギは冬の木だろう?」

「うん!」

「だから、木の隣に、冬という字でヒイラギ。そう覚えれば良い。覚えたか?」

「Thanks!コレで、かける!アオト、喜ぶ、かなぁ…」


 フラヴィアーナはメモを見て、ニコニコとした。蒼月にその表情の意図はよく分からなかった。自分の持ち合わせていない感情だということが分かった程度で、そんなもの沢山あると。
 だが一つだけ、その顔と声に似た感情を向けられることがあると思い出した。


「…ふらび…。ふ…ら…ゔぃあーな…言えた…」

「? ナァニ!ソーゲツ!」

「お前は、蒼柊に惚れたのか?」

「ヘッ!?!?!?ち、チガゥ!NO!あ、き、キョウ?あったばかり!だから、ちがう!…maybe…」

「…時間など関係ない。惚れる時など一瞬だと聞く。私には分からんがな。ガールフレンドと言うものは、女の友人ではなく恋仲の女を指すのだろう。お前は、すこしあの電話の後不機嫌そうだった。蒼柊を取られたくない顔だった」


 店に来る常連の女。あんなもの、ただの餌だ。食いはしないが、あの目が苦手だった。自分は狩られる側になど回りたくなかった。
 遠い昔の記憶、もう100年も前の話を思い出したからだろうか。少しだけ蒼月にも、フラヴィアーナの不機嫌な理由が思い当たっただけだった。


「100年も前、もうあの女も死んでいるだろうが…。昔、美味そうと思った訳でもない、食いたいと思った訳でもない。が、私の店に足繁く通う女が居た」

「たくさん、くる、ひと?」

「そうだ。そのような女沢山いた。だが、あの女は控えめで、私はあの女が来る時だけは何故か平穏に店に居られたものだ。…だがな、あの女がとある日、男とやってきた。あまり嬉しくはなさそうな顔をしていたが…。…私も、隣の男に何をされた訳でもないのに、なぜだか嫌いだと思ったものだよ」


 そう語る蒼月の顔を、隣からフラヴィアーナは眺めた。常に、何を考えているのか分からない顔だった。綺麗な人形のようで、だが、その時だけは、少しだけ感情が見えたような気がした。
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