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青い本と棺

紅家

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 2人を抱えて、蒼月は月の下を走る。蒼柊の服の中、襟から顔を出して、3匹がギイギイと鳴きながら抱えれている。


「あ、こら、落ちるよ」

「落としたら死ぬからな、気を付けろよ」

「ホントに脆いんだなあ…」


 寒さを感じるのかどうなのか、服の中で3匹は身を寄せて丸まっていた。フラヴィアーナにパーカーを貸しているし、今着ている服もニットとはいえあまり暖かくはないため、多分いちばん寒いのは蒼柊だろう。
 成れの果て達は温もりが無いのがまた、寒さを上乗せしてくる。

 しばらく寒さに耐えていると、見慣れた町に出た。そこから道に降りて、そこからは普通に徒歩で蒼月の店へと向かう。


「おい蒼柊、その3匹持ってやるから、コイツ持て」

「え、あ、はい!」


 蒼柊は3匹を1度雪の上に降ろし、蒼月が背負っているフラヴィアーナを代わりに請け負った。
 流石におんぶは気が引けたので、姫抱きで抱える事にした。


「軽…ご飯ちゃんと食べてるのかな…」

「あの親だ、兄以外まともにこの女に飯を作ってるとは思えないな」

「……。うちにずっといればいい」

「ふん、人間はそうもいかんのだろう」

「………」


 ザクザクと、雪をふみしめる音が響く。閑静な住宅街には、音を吸収する雪が積もって更に静けさを増していた。
 ふと、蒼柊の腕に抱えられていたフラヴィアーナが身動ぎ声を出す。


「ゥー…?…んァ、アオト…?」

「あ、起きちゃった?もう少しで、蒼月さんのお店だよ」

「…?……ァ」


 目が覚め、状況がつかめずにいたようだがやっと理解したようだ。自分が蒼柊に抱えられている。


「ァ、アオト!?おもく、ナイ?!ぁゎゎ…」

「全然?軽いから心配なくらいだよ」


 爽やかに、フラヴィアーナへ笑顔を向ける。それを見てか、フラヴィアーナは大人しくなってしまった。
 ふと前を見ると、蒼月は3匹を抱えていたはずが腕を降ろしている。
 だが、3匹は探す必要も無く、蒼月の肩と頭に1匹ずつのぼり蒼柊の方を見つめていた。


「お前、懐かれるのが早すぎるぞ。何したんだ」

「え、何もしてないですけど…」

「存外お前の血が美味かったのかもしれんな」


 抱えなくて良いから楽だと言って、そのまま店へと入る。
 すると、中では椅子に腰かけ居眠りしていた柊平が目を覚ました。


「おうおかえ…。蒼月なんでそんなもん乗せてんだ」

「お前の孫が殺したくないと喚いたんでな」

「喚いてません」


 フラヴィアーナを姫抱きして入ってきた孫を見て、柊平はニヤニヤとしだす。


「お?気に入ったんか~蒼柊ォ~」

「ち、ちが!寒そうだったからパーカー着せただけ、だし!寝てたから、抱いてるだけだし…!!」

「ふ~~~~ん?」

「あ!あと、フラヴィアーナちゃんは、き、今日っていうか、もう、休みの間は紅家の子です!!」

「………ほぉ~~~~~~~~~~~!!」


 柊平の顔のニヤニヤ度が増していく。それに比例するように、蒼柊の照れたような、怒ったような顔が増していく。

 フラヴィアーナが起きたので、ゆっくりと降ろす。パーカーを返すべきか悩み脱ぐが、蒼柊に制止される。


「いいよ、そのまま着てて。どうせまた、うちに帰るから。あ、ちょっと電話するから待っててね」

「あ、そういや蒼月、お前に渡し忘れてたけどよ、ほれ、息子の嫁が海外の菓子作ってくれたんだ。おめー甘いもん好きだろ」

「…好きだが。…ありがとう。これなんて言う菓子だ」

「なんだったかな。小難しい名前だったな」

「ダックワーズだよ。メレンゲのサクサクしたお菓子。僕もよく作るでしょ、じーちゃん」


 おうそれだ!と柊平はニコニコする。蒼月はそれをとりあえず受け取り、早く帰って明日も早く来いと3人を家へと返した。


「なんか急いでなかった?蒼月さん」

「ありゃあ、あの菓子早く食いたかったんだな」

「え、そんな理由なの?」

「蒼月、ああ見えて甘いもんすげぇ好きなんだ」

「ソーゲツ、sweetsスキ?」

「おう!そりゃあもう大好きよ!」


 寒空の下、3人で雑談をしながら歩く。もちろんあの3匹は蒼月の店に置いてきた。
 店を出る時、取り残され出ていくのが見えたのか、着いてこようとしていた。そして、引き剥がして蒼月に押し付けて出ると、悲痛な鳴き声で後ろ髪引かれる思いをした。


「にしてもお前、あの成れの果てに懐かれてんのか」

「いや、なんか知らないけどそうみたい。血が美味しかったのかな…」

「さぁな。誰の血だったなんてアイツらが分かるかどうかは知らねぇが、お前優しいからなぁ」

「んん…まぁ、見た目は気持ち悪いけど、懐かれて悪い気はしないかも…」


 そう言う蒼柊の腕に、フラヴィアーナはひしっとしがみついて震えていた。やはり寒いのだろう。

 生脚ではないが、寒空の下、厚手のタイツ1枚でスカートでは寒いに違いない。
 だが、それのお陰で自分の腕に可愛い女の子が引っ付いてると思うと、寒さに感謝せざるを得ない。

 しばらく歩を進め、やっと自宅の門に辿り着いた。玄関まではあと少しだ。


「ワ…おっきい!gate?ワフウ!」

「でしょー、うち、おっきいんだってさ」

「ほれ、寒いから早く入るぞ」


 3人で家の中に入ると、父と母が出てきて出迎えてくれる。


「オカエリ!ァラ、そのこガ、フラヴィアーナちゃん?」

「は、ハイ!Flavianaデス!ニホンゴ、まだ、ニガテ…デス、ケド、ヨロシクお願いします!」

「Wow!!あおと、あおと、カワイイねコノコ!」


 自分と同じくらいの拙さに、母は親近感を覚えてフラヴィアーナに抱きついた。抱きつかれても満更でもなさそうで、2人は仲良くなったようだった。
 隣に立つ父親は、蒼柊とフラヴィアーナを交互に見て、柊平によく似たニヤニヤ顔を蒼柊に向ける。


「と、とーさんっ、そういうのじゃないからね!!」

「おーわかったわかったァ!そういう事にしとこうな!」

「もーーっ」


 家の中に入ると、既に夕飯が準備されていた。いつもより1人分多い夕飯と、自然に5人分用意されている椅子。いつもは4人分だが、さも元から5人ですと言わんばかりの自然さだった。


「…?アオト、キョーダイ、いる?」

「いないよー、ひとりっこ!」

「でも…ご…」

「…ああ!ふふ、椅子のこと?気にしないで、さっ、座って~!」


 椅子に座り、目の前にあるいつもより少し豪華な夕食にワクワクしながら手を合わせる。
 「いただきます!」というと、まだフラヴィアーナはこの文化に慣れていないのか、見様見真似でたどたどしく「いた、だき、マス?」と言った。その様子が微笑ましくて、蒼柊はつい微笑んでしまう。
 当のフラヴィアーナは気付いていないようだ。

 ふと、蒼柊の脳裏に移動中の蒼月の言葉が思い浮かんだ。


「んねぇじーちゃん。ウチってさ、父さんは社長だけど、元からデカいし何百年もコレなんでしょ?どんなうちなの?」

「あ。…あー…。言うの忘れてたな…」

「…じーちゃん~…???」


 じとーっとした視線を祖父に向ける。父の柊夜もきょとんとした顔をしていた。確かに、そういえば聞いたことがないなと呟く。


「まぁなんだ、うちはアレだ!簡単に言えば~あの~、ご先祖様の代からな、祓い屋なんだ!蒼柊だって見えてんだがな、おめーが生の気が強すぎて悪いのが近寄ってこねぇせいで、残りの霊を人と同じだと思ってっから気づいてねぇんだ…よ」

「…じーちゃん?なんでそういう大事なこと言わないの?なんか確かにじいちゃん夜出掛けていくもんね。あれ祓い屋の仕事してるの?なんでそんなこと言うの忘れるわけ?」

「いやぁ…言ったもんだとばっかり…」


 後ろ頭をやりづらそうに掻くと、柊平は夕飯をまた食べ始める。そして、思い出したように蒼柊に向き直る。


「おぉそうだ!蔵に連れてってやる!入ったことねぇだろお前!」

「あぁ裏の…確かに無い…。鍵かかってるし…」

「あっこには" 友達 "がいんだよ!昔のこともついでに調べろ~。フラヴィアーナちゃんも、蒼柊と2人で日本語の勉強にもなるだろうし来たらどうだい」

「ンゥ!わかり、ましタ!」


 フラヴィアーナは嬉しそうに頷くと、蒼柊に笑顔を向けた。その笑顔が何かは分からなかったが、蒼柊も微笑み返す。
 そんな会話はあったが、夕飯は和やかな空気だった。
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