雪国本屋の禁書庫から想いを乗せて。

雫花

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青い本と棺

蔵の友達

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 夕食も終わり、片付けを母親がしている間に風呂を沸かす。人の家よりもきっと大きいのだろう。
 今では家に家族は4人、そしてフラヴィアーナの計5人しか居ないが、この風呂を見る限り、昔はこの家に人が多かったんだろうなと想像がつく。


「アオト、bathおおきい!」

「そうだねぇ。フラヴィアーナちゃん、洗剤で滑らないでねー?」

「はーい!大ジョブ、よっあっあ!あ!」

「あ!!」


 注意したそばから、フラヴィアーナは浴槽の洗剤で足を滑らせ転びそうになる。
 すかさず、雪国育ちで培われた体幹でフラヴィアーナを支えるが、洗剤に勝てる訳もなく、蒼柊が後ろに転んでしまった。


「いてて…大丈夫?フラヴィアーナちゃ…」


 その光景は、多分、いや確実に世間では「ラッキースケベ」に入るだろう。
 フラヴィアーナに蒼柊が押し倒されたような形になってしまった。


「あ!Sorryアオ…」

「おうお前らー掃除できたかー…」


 この光景をなんの事前情報もなしに、父親の柊夜が目撃。言い逃れなどできる隙もなく「お邪魔ました!!!」と扉を勢いよく閉めて踵を返してしまった。


「まって!!!ちがう!!とうさああああん」

「??」


 当のフラヴィアーナはわかっていないようだったが、蒼柊の絶叫も虚しく風呂場にこだました。
 フラヴィアーナを優しく退けてから、蒼柊はかなり落ちた声で「早く…終わらせよっか…」と震えながら呟いた。


一方、リビングでは混乱した柊夜がシルヴィーに抱きつきながら泣きそうな声を出していた。


「どうしよう!!蒼柊の貞操が!!」

「テイソー?」

「ヴァージン!!chasteté!!」

「chasteté!?!?!?」

「なんだ騒がしいな。なんだしゃす、しゃ、しゃすてて???しゃすとぅて??」


 蔵の鍵を探して戻ってきた柊平は、鍵を持ちながら頭を掻き近寄ってきた。
 柊夜が説明すると、柊平も同じ反応をした。が、シルヴィーだけは違ったようだ。


「シューヤ、それ、転んだ、おもう」

「転んだ…?」

「Flaviana、コロブ、アオト、支えたら、コロンデ、そーなる」

「……………。…………よ、よかったあああ…!!」

「ソモソモ!Flaviana、そんなことしない!」


 洗いたてのお玉の持ち手で、柊夜の頭を小突く。早とちりなところが昔からあるのだろう、シルヴィーはとっくに慣れた様子だった。それも、しゅうとも同じとくれば驚かなくもなるのだろう。

 しばらくして、背中が盛大に濡れた蒼柊と、特になんの変化もないフラヴィアーナが戻ってくる。
 きょとんとしたフラヴィアーナに対して、蒼柊はげっそりとしていた。


「じょし、先はいる!だんし、アト!」

「はあ~い」


 風呂が溜まるまでは結構時間もあり、柊平に連れられて蔵の前へと出る。
 冬の夜は寒く、家の中から蔵へ行くのも雪のせいで一苦労だ。

 足跡もない、まっさらに積もった雪の中を歩く。雪かきもしていないため、足首までは雪が積もってかなりの歩きにくさだ。

 蔵の目の前に着くと、柊平が鍵を開ける。そして、ノックをした。


「ヨシノちゃーぁん!おーうい、ヨシノちゃーぁん!」

「よ、ヨシノだれ…」

「Who is…」


 ゆっくりと扉を開くと、暗く先のあまりよく見えない蔵の中に、仁王立ちする影があった。


「…ひ…っ?」

『おい小童こわっぱ!!なんだ「ひぃっ」て!!紅のガキだろうシャキッとせんか!!』

「が、がき」


 柊平が光を向けると、そこには、小学生くらいのおかっぱの女の子が仁王立ちして腕組みをしていた。
 赤い子供用の和服には、巻物と菊の柄が描かれている。短めの着物で、この冬に寒い蔵の中だと言うのに生脚だ。そして高さがそれなりにある、黒い漆塗りの下駄を履いている。

 レッドジルコンの様な瞳は、勝ち気そうな印象を上乗せした。


「ヨシノちゃん元気だなあ今日も」

『柊平~!今日も元気に枯れてんなあ!人間は短命すぎるぞ!』

「はっはっは!そりゃ仕方ねぇや。ほれ、孫の蒼柊と蒼柊の友達のフラヴィアーナだ!」

『なんだ?外つ国とつくにの娘か?お前の息子の嫁みたいなものか』


 少女は蒼柊とフラヴィアーナを見つめて、「ふん」と1つ息をついた。


『で?何の用だお前ら』

「こいつに紅の事教えてなくてな!」

『おまえなぁ…!!ふん、着いてこいガキ共!』


 くるりと踵を返し、暗闇に歩を進めていく。コロンコロンと下駄がなる。
 暗闇には慣れているのか、灯りがなくても少女は進んでいく。


「あの…ヨシノ、さん?はその…なに、なんですか?」

『あ?ワシか。ワシは蔵ぼっこだ!』

「…くら、ぼっこ?」

『ここを住処にする代わり、蔵の物を守っているんだ。紅の初代クソガキがワシを言いくるめよってな!住み心地いいから住んでやってるのだ!』

「えーと。妖怪とかのひと、ですか?」

『それ以外になにがある?おまえ、紅のガキのくせに何も知らんのか!』

「今まで何も教えられてきませんでした。そこのじーちゃんが悪いです」

『柊平コラァ!!!』


 後ろの方で灯りを持ちながら、バツが悪そうに後ろ頭をかく柊平。
 それをとりあえずは置いておき、ヨシノは家の事について語った。


『この家はな、祓い屋だ。今もそうだ。いずれお前が継げば問題は無い。その昔、紅の家にこの世のものでないものが見える男が生まれた。初めはそいつが変なものが見えるという訴えなど誰も信じはしなかった』


 少し悲しそうな表情で語り出す。
 そこから紡がれた言葉はこうだった。

 その男は、初めの頃は自分がおかしいと思った。親兄弟は何も見えないというのに、自分だけが変なものを見ているならば自分がおかしいのだろうと。
 だがある日、男の前に、同じものが見えるという女が現れた。
 その女は若かったが、酷く体力が無い女で、山越えさえ出来なかった。

 女は、自分のことを祓い人と言った。この世のものでは無い、その中でも悪しきものを払う人間だと。
 男は、女に方法を教わった。目を向けてみれば、他の人間には不可思議な現象に見えている物は悪霊やイタズラ好きの妖怪のせいだった。それが見える自分は、これをやるために生まれたのだと。
 女よりも、そのモノノ怪がハッキリと強く見えた男は、自分がこの女を守ると決めた。
 いずれ2人は夫婦となり、最初こそ他の人間と変わらぬ暮らし方をしていたが、ある時から祓い屋として店を構えることにした。

 繁盛する見込みもなかったが、ある時、城下町から依頼があった。それは殿が住まう城の中で起こっていて、聞けば大きな妖怪の仕業だった。

 これを逃す手はないと、男は依頼を受け、見事妖怪を飼い慣らして見せた。
 その噂はたちまち広がり、次から次へと困り事が来るようになった。
 初めは人為的なものもあったが、霊障は多く、一時期時の人となった。

 それから2人には子が出来たが、女は産んで直ぐに亡くなった。
 貯めた金と、未だに舞い込んでくる依頼の報酬を使い家を建て、使用人を雇い、教育者を雇い、子を育てた。
 そして、子にも技を伝え、それが巡り巡り、今に至る。


『その時の1番初めの男だ、ワシをこの蔵に住まわせたのは。この蔵の一番奥にな、アイツの亡骸がある。それはもう厳重に、幾重にも結界を貼ってな。ワシですら近づけない程に』

「…どうして、その人に会ったんですか?」

『ワシは昔に住んでいた蔵を追われて途方に暮れていた。ワシが居れば、いるだけで富が手に入るというのに。無知より罪なものも無い。道で光に耐えられず、うずくまっていたら夫婦に拾われた。二人の子ができても、子と同じくらい、男はワシを大切にしてくれた。だからこの蔵に住み着いて、亡骸を守って、ワシは富を与え続ける』


『お前も、優しい男の様だな。その女は昨日今日の仲だろう』


 言い当てたヨシノに、蒼柊はごくりと息を飲んだ。この家の時代が始まってからもずっと生き続けているこの少女は、今会ったばかりの自分たちのことなんてお見通しなのだろうと。
 フラヴィアーナを見据え、ヨシノはフラヴィアーナに近づいた。そして、その手を取って目をじっとみた。


『お前は…』

「アゥ…どー、シタノ?」

『…戻ってきたのだな』

「へ?」


 ヨシノはそれだけ言うと、また先頭に戻る。そして蒼柊同じように見つめた。


『初代はな、黒い髪の毛でな…』

『それはそれは、深い青色の瞳だったよ』
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