雪国本屋の禁書庫から想いを乗せて。

雫花

文字の大きさ
21 / 27
青い本と棺

ナニカを真似て

しおりを挟む
 恐ろしい程に歪み、侮辱にも取れる相手からの行為に怒っている蒼月。今までで1番、感情が読み取れたのではないだろうか。


「そ、そうげつさ…」

「蒼柊、人外を裁く場所があると言ったな」

「え?あぁ、はい…」

「犯人を捕まえたら、そこに引きずり込む。最大限の慈悲だ。…柊平の孫の顔に免じて、今日は従ってやる。…だが、それ以外は半殺しだろうが文句言うな」


 有無を言わさぬ声音で、そう言い放ち前に進んでいく。
 ついて行くと、そこには、以前来た古代遺物研究所があった。

 蒼月は歩くスピードを緩めずに中へと突き進んでいく。
 まだ数日も経っていないと言うのに、心做しかボロボロのように見えた。


「遅かったか…」

「蒼月…この匂い、血の匂いだよ」

「ああ、そこら中に満ちてるな。蒼柊にも分かるレベルだろう、これは」

「鉄の匂い…くさい…」


 施設内に充満する鉄の匂い。ねっとりとした湿度を帯びているようで、吐き気すらしてくる。
 薄暗く伸びる廊下、妙に静かな室内。施設に入れば真っ先に出てくるはずの警備員も出てこない。
 足音だけが響く室内を、4人で歩いていく。真ん中にフラヴィアーナを置き、囲むようにして進む。

 ふと、とある部屋の扉についた小窓を見やる。なにか、赤いものが見えた気がした。が、それも薄暗い中ではよく分からない。


「蒼柊、ここに初めに来た時は、あの部屋にしか入らなかったよな」

「あぁ、はい…。それより奥には行きませんでした…」

「…この奥、かなり血の匂いが酷い。食い物と言えどここまで臭うと嫌なものだな…」

「あ、あの…なんでこんなに、鉄臭いんですか?」

「答えは明白だろう。それだけの血が流れてる、それだけだ」


 血が流れている。という事は、動物が傷付いている。
 蒼柊は分かりたくなかった。分からざるを得ないが、それでも理解を拒否していた。


─── 人が死んでるだなんて、そんなわけない


「扉を開けるぞ。見たくなければ目を塞げ」


 蒼月が手をかけた扉は、「古代遺物解析室」だった。
 蒼柊は、小窓を覗くのが怖くなった。それと同時に、開け放たれた扉の正面…蒼月の体越しに見えた向かい側の壁に、目が釘付けになった。

 閉じるいとまも無いまま、眼前に映し出された「ソレ」は


 あの好青年の、無惨な遺体だった。
 壁に描かれた滝のように、血痕が青年に向かって伸びている。それだけではなく、視界の端に見えるだけでもまだ、遺体は無造作に転がっているようだ。
 足がすくんで動けずにいると、後ろから肩を叩かれた。紅月だった。自分たちがついているというような顔で、蒼柊を安心させるように。

 そこで我にかえり、バッとフラヴィアーナを見る。すると、フラヴィアーナは臭いに耐えられなかったのか、目を瞑りながら眉間に皺を寄せ、鼻を押さえていた。
 フラヴィアーナに、頭から半ば無理やりパーカーを被せる。そして、手を繋ぎ「それ取っちゃダメだよ」と言った。


「これはひどいな…。あの雑魚はおとりか…。本命はこの人間たちの死体を供物にするため…まだ犯行は続いてるな」

「全員…死んでるんですか…」

「ああ。もう心臓は止まっている。それだけでは無い。魂すら抜き取られている。恨みや憎しみ、そういった念を持った霊魂がひとつとして見受けられない」


 吸血鬼の嗅覚すら惑わすほどの血の匂い。辺りに充満した湿り気と、ねっとりとした空気が、蒼柊の胃の内容物を全て押し出さんとする勢いだった。

 以前来た時に本に囚われていた人間が、今は二度と動かない死体となり転がっていた。

 開けた扉より、少し間を開けて隣にある扉。部屋の前後にある扉のうち、後ろと言える扉の目の前には、逃げようともがいたのだろう。扉に手をつけた状態でうつ伏せのまま息絶えている遺体もあった。


「…前の方を開けてよかったな。この部屋には何も無さそうだ…。奥に向かうぞ」


 蒼月は、顰め面をしながらも慌てず冷静に行動している。蒼柊はその蒼月の姿勢について行くことで、平静を装っていた。

 奥に進むも、遺体の数は増え、血の匂いも濃くなった。それと同時に、寒気、吐き気、頭痛が強まった。それは、蒼柊だけでなく、フラヴィアーナも同様だった。
 フラヴィアーナはそれで治まったが、蒼柊に至っては、泣きたい訳でもない、喚く訳でもない。唯ひたすら、深い青の瞳から大粒の涙をボロボロと流していた。


「あ、あれ、ボク、なんで…」

「…お前は霊感が強い。そして優しい。…引っ張られている。フラヴィアーナの手を離すな、お前の戻れる橋はフラヴィアーナだ」


 守るはずが守られていることに気付くこともできないまま、フラヴィアーナの左手をぎゅっと握り、一息深呼吸をした。


「…いけます。すいません」

「ふん、濡れた顔で言われてもな。さ、行くぞ。フラヴィアーナ、お前、その上着取る勇気あるか?」

「とっ…。とり、マス!」


 上着を自分の頭から取るも、目の前に広がっていた血の海に耐えられず短い悲鳴を上げてしまう。蒼柊の上着を右手でぎゅっと握り、少しだけ震えている。


「この扉の向こうはどうやら講堂の様な場所らしいな。多分ここに…犯人もいるだろう。居たら蒼柊、フラヴィアーナ、紅月で外に逃げろ」

「えっ、蒼月さんは!?」

「私は犯人を8分殺しにしてから合流するさ」

「間違って殺さないでね~蒼月~。昔だって、私より殺すのが得意だったんだから」

「殺しはしないさ、虫の息で止めてやる」


 蒼月はそう言い、扉のドアノブに手を掛けた。ギィィと、蝶番が軋む音と共に向こう側の景色が見えてくる。

 開ききったそこからは、噎せ返るほどの血の匂いとじっとりとした生暖かい空気が流れ出てきた。

 そして、その真ん中に。


「アァ~…?だぁれだ…あ、アハ!獲物がまだいるぅ~!」


 こちらを見て不敵に笑う、剛力が居た。


「ご、剛力さん…?」

「アァ~…この身体のオヤジかァ…?」

「は…?」


 逃げろと言われた矢先、目の前の人物があまりにも意表を突いてきたために話しかけてしまった。


「逃げろ!」


 蒼月に言われ、そして紅月に後ろから引っ張られる。
 少しバランスを崩したが、そのまま引っ張られていく。
 真ん中をフラヴィアーナにしたまま、元来た道を一直線に戻っていく。

 遠く後ろから、高く不快な笑い声が聞こえた。蒼月らしき声は聞こえないが、その汚い笑い声だけが建物の中にこだました。


「こ、紅月さん…蒼月さんは大丈夫なんですか?あの人一体なんなんですか!?」

「多分あれは、剛力さんというその人ではないよ。ドッペルゲンガーというやつだよ」

「ドッペルゲンガー、聞いたことあります!」

「多分、その剛力さんとやらはどこかに閉じ込められているか、もしくはもう…」


 そこで切られてしまったが、言わずともなんと言おうとしたかは分かるだろう。
 ただ、施設内を全て見回した訳では無いにしろ、まだ剛力本人の姿を見かけていない。
 ならば、望み薄でも生きている方に賭けていたい。

 そのまま一直線に戻り、施設の外に出て尚走る。
 あの建物からとにかく遠ざからねば命が危ない。

 一行は森の中に入っていく。血の薄い方へ、薄い方へ。
 すると、血の匂いとは打って変わって心地よい香りが漂ってきた。

 百合の花だ。

 フラヴィアーナと出会ったあの花畑。


「わっ……百合畑?」

「あっ、ここ、フラヴィアーナちゃんと出会った場所です!」

「……ここに来て、蒼月何も言わなかったの?」

「え?」



「随分とまぁ……神聖な場所だこと」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

処理中です...