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#099 『未確認』

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 私がこの『妖魅砂時計』を執筆するにあたり、一つだけ ――ほとんど無意識のうちに――一種のタブーとして設定し、敢えて書かなかった怪談たちが多数存在する。

 それは、「自分自身」・・・もしくはいつも一緒に暮らしている「家族」が経験した話である。
 以前カクヨムに連載していた怪談シリーズでも、「祖父が語ってくれた自身の怪奇体験を幾つか聞き覚えているので、機会があったら発表したい」と書いてはいたが。いざ執筆に取りかかろうとすると、これがどうにも筆が鈍り、意気を保って書く気になれず。ひとつとして形を為すこと適わなかった為、結局投稿も出来ない始末だった。

 何故か?

 それは、「自身や親族が体験した話」というのには どれほどのリアリティが備わるのであろう?という果てない自問自答が、私の中にあるからである。

 たとえば。私は幼少の頃より3回ほどハッキリと奇妙なものを目撃しているが、満を持してそれを文章化し、「これは私自身の実体験です!」とドヤ顔で皆様に提示したとする。
 だが、その文章にはきっと、『リアリティ』がこもっていない。

 どういうことか?

 面白くないだろう、ということだ。

 〝怪談のリアリティ〟なるものは、〝怪談の書き手〟が、〝他人様〟から自分自身も信じられないような話を聞き、「えぇ、そんな馬鹿な!」「いや、もしかするとのかも知れない」「でも・・・?」と、 真の恐怖をおぼえつつも心の何処かに仄かな疑念や疑問を抱き、「これはホントに霊の仕業か」「それとも何か他の理由によるものなのか」と、微妙に揺れ動く自らの心の内を簡潔な文章の中に表現しようとする際にはじめて“発現”するものだと私はほとんど確信している。

 怪談の醍醐味はある種の「もやもや」であって、「ほれ怖いでしょう。私の実体験ですもの。間違いありません!!」と言い切れるような話にはそれが宿らない。むしろ賢明な読者様を白けさせてしまうだけだろう。
 そもそも、実際に経験したことに対する人間の〝信頼感〟というのは凄まじく強固で、私はそれを客観的にとらえて〝純怪談〟な文章に出来る自信がないのだ。自分とひじょうに近しい、家族が経験した(と語る)怪奇体験にしても それは然りである。

 リアル、と リアリティ、は 似て非なるものである。
 そこが私を悩まし、作品として表現することに強すぎる懸念を抱かせ続けていた。

 が。

 この実話怪談集も、既に佳境。
 ひとつ、自分の殻を破る為にも、「自らや家族が体験した奇妙な話」を発表してみようと思いたった。

 まず、今は亡き祖父の体験談を書く。おそらく70年近く昔の話となるだろうが、これを以て百物語の99話目としたい。

  ※   ※   ※   ※


 私の母方の祖父は、ほとんど天然記念物と言えるような真面目気性の人だった。

 大正一桁生まれ。小さな頃より勉強好きで、尋常小学校の時分から「もっと質の高い学問をやりたい」という志を持っていたそうだが、不幸にも薬作りをやっていた実家が没落した為に、その想いは断念せざるを得なくなる。

 同時代のたくさんの子供達と同じく、親戚の家に預けられて計り知れない苦労をした。

 このとき、祖父は男であれば誰しも恥だと思って拒絶するような裁縫や子守、料理などの〝女仕事〟もすすんでこなした。これが後々、戦争が始まって戦地に赴いた際に強みとなって作用する。
 繕い物が出来たり、美味しい食べ物を作れる兵士は、戦地で重宝されたのである。
 小隊長からも可愛がられ、仲間からも信頼されていたという。

「辛いこと、厭なことを率先してやったおかげだ。真面目にやっていれば、お金持ちにはなれないかも知れないけれど、人間はきっと報われるのだ」

 私が人間の模範だと今も考える祖父の人生観は、この頃に確立されたのだろう。
 実際、決して裕福な半生ではなかったかもしれないが、祖父は激戦地のひとつに数えられるハイナン島から ほとんど奇跡的に生還。学問の夢はあきらめ、貧しい日雇いの日々を暮らしながらも、ほとんど3日に一度は趣味の磯歩きを楽しみ、安いながらもお酒を嗜み、結婚もして、慎ましく幸せに毎日を過ごしていたという。


 そして。


「じいちゃんもね。こういうのを見たんだよ」


 ――まだ、時代が平成に入る少し前のこと。
 テレビで放送されていたUFO特番を一緒に観ていた祖父がいきなりそんなことを言い出したので、私は思い切り面食らってしまった。
 幼稚園の年長組の頃の事(つまり約30年も前の事)だったが、強く心に残っている。

「え?こういうの、って・・・UFO見たの?じいちゃん」
「うん。見た」
「ほんと?」
「じいちゃんは、自分の見たものしか信じない。火の玉も見た。変なものにも憑かれた。円盤も見た。だから、こういうテレビも観るんだよ」

 確かに、祖父は心霊番組もUFO特番も、とても真剣に視聴する人だった。

「アレが何だったか、年をとってからも気になるんだよ。ははは・・・」


 リアリストでありながら、不思議体験に縁があった祖父が見た「円盤」は、次のようなものだったらしい。

  ◎   ◎   ◎   ◎


 戦後、数年が経った頃のこと。

 仕事が休みだった祖父は、その日一日じゅう、磯歩きに興じていた。

 潮の引いた浜辺を歩き回り、岩を返したり潮だまりを漁ったりしながら、貝や蟹、小魚を捕る。
 こう書くとシンプルなようだが、効率的に獲物をゲットするにはポイントを見分けるコツや天候・気候を読むカンも必要とされ、更に毒やトゲを持つ生き物(ゴンズイやアカエイ)を相手にする時には微妙な駆け引きすら重要となる。
 好きな者は時間を忘れて没頭してしまう、奥の深い趣味なのだ。

 祖父も、時間を忘れがちな人だった。
 気づけば、もう随分と日も傾き、空は夕焼けに染まっていた。
 しまった、早く帰らねば・・・と踵を返し、地元の人がハトサキと呼ぶ大昔に波止場があった場所まで辿り着いた頃には、既に夜のとばりが下りはじめていたのだが、

(ん・・・?)

 、と思った。
 何がのか、それがよくわからないという。
 ただ、「空を見なければ」と直感的に思ったので、西の方の空へ目をやってみた。
 オレンジ色の円い光。


(えっ・・・)


 おそらく、かなり高い空の上を発光しながら飛んでいるのであろう。天体か、と最初は思ったらしいが、明らかに移動していたのでそうではないと知れた。

 そのスピードが、凄まじい。
 あんな速さで飛ぶ既存の飛行機など存在しよう筈が無い。

「米軍の新型機・・・?」

 ついこの間まで命のやりとりをしていた敵国の、領空侵犯を疑ってもみた。鬼畜米英と教え込まれていたので、終戦後も無法な爆撃をしでかす輩がいるのかも知れない――と妄想し、少し怖くなったという。

 だが。

 ・・・あれは、いくら何でも高高度過ぎないだろうか?
 空が薄闇がかっているとはいえ、飛行機らしいシルエットすら確認出来ないのだ。爆撃機であれば、もっと低い位置を飛ぶ筈。
 攻撃目的ではない?
 いや、むしろ、まるい機体がくまなく光っているように見えるが、それはどういうことだ?ライトをつけているのか?あんなに明々と??

 首を傾げながら見つめる祖父を尻目、謎の発光体は西の方の空を南から北へと横一線にスィーッと横切るように飛んだ。そして、


 何かに気付いたように、させたのである。


 ――旋回飛行をしたわけではない。
 北の方向へ真っ直ぐ向かっていたソレが、いきなり何の予備動作も無く、グンッ!と進行方向を真南へ変更したのだ。

(・・・・・・あ。これは絶対、飛行機じゃない)

 じゃあ何なんだ、と思った瞬間、それが更に加速した。
 そして次の瞬間、フッと消えた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 祖父は その場にしばし、佇んでいたそうだ。
 混乱する頭を落ち着けるように、のぼり始めたお月様をぼんやり眺めていたという。

  ◎   ◎   ◎   ◎


 その場は「何かの見間違い」ということで自分を納得させたらしいが・・・それから15年以上の時を経て、何気なく近所のお家で見たテレビ番組が祖父に衝撃をもたらす。

「あっ。あのとき見たのは、もしかしてコレか?」

 〝Q〟といえば、推察して頂けるだろうか。

 そう。それは何と・・・本邦初の連続ドラマ放送となる空想科学特撮シリーズの第一弾に登場した、宇宙人の乗り物――空飛ぶ円盤だったのである。

 謎の発光体としてモノクロ画面に表現されたその円盤を見た瞬間、「別の星にも高度な知性を持った生物が住んでいるという説は本当なのかも知れない」「自分は実際、これとそっくりのものを見た!」と、祖父は大興奮してしまったのだそうだ。

 それから毎週、祖父は近所の子供達に混じってテレビのあるお宅へお邪魔し、一話も逃さずその特撮番組を視聴したという。
 当時は、誰もが貧しかった。テレビの無い家庭の方が多かったのである。


「宇宙人は見なかったから。もしかしたら本当は、居ないのかも知れない。でも、宇宙人の乗り物・・・に見えるものだけは、本当にあるよ。存在するよ。偉い大学の先生とかに、どうにか本当のことを解明してほしいもんだよ」


 これこれ、こんな光り方だった。
 そう言ってUFO特番の画面を指さした祖父の真剣な顔は、今も忘れられない。

 祖父と相貌の似ている私は、きっと怪談執筆中に同じ表情をしている筈である。

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