真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#042 『お刺身、よーさん』

 現在主婦業に専念していらっしゃる下村さんは、10年くらい前は関西の方に住んでおられ、税理事務所のパートをしていたという。

 その事務所は、税理士の先生も女性でまだ若く、下村さんらパートを含めた5人で仕事を回していた。小規模ながら 顧客はそこそこ多く、当時 一生独身を貫く心意気だった下村さんは「先生の下で勉強して、いつかは私も税理士に」と意欲を燃やしていた。
 一方、頑張る時には真剣だが、全員がわりとフランクな性格の女性ばかりだったこともあり、休み時間はかなり砕けた雰囲気で、休日にみんなで遊びに行くなどということもある 楽しい職場だったという。

 そんな某日、うららか日和のお昼時のことであった。
 「今日はええ天気やし、みんなで喫茶でもしよか」と先生が提案したので、下村さんたちは全員で仕事場近くのオープンカフェに繰り出し、ペチャクチャお喋りしながら楽しいコーヒータイムを過ごしていた。
 忙殺の日々が一段落した時期だったこともあり、ご褒美の意味もあったのだろう、と当時を振り返って下村さんは言う。

「ほんとに皆、仲が良かったんです。関西人特有のノリの良さみたいなのが、全員、全開!って感じで」

 リアル漫才のような軽快なやり取りを絶え間なくやっているうち、「あっ」と一人の女の子が 何か思い出したような声を出した。
 パート仲間で一番年下の、ミサキちゃんという20代はじめの子である。
「どないしよ。事務所に忘れ物ですぅ」
 せっかくの昼休みなのに、と言いたそうな顔。
 ええやないの、何、忘れ物って?と尋ねると、返ってきた答えは「携帯」。なるほど、年頃の女の子なら、一時も携帯を手放したくないという心理はわかる。

「うち、ちょっと取って来ますぅ」

 カフェから事務所までは徒歩で5分程度だ。往復10分。まぁ、何てこともない。

 と。その時『事務所に忘れ物』という言葉を反芻し、下村さんはひとつ、気になることを思い出してしまった。
 休み時間の間際、ふぅと一息つくついでにペットボトル入りのミネラルウォーターを少し飲んできたのだが、その蓋、きちんと閉めたっけ?という些細な不安だ。

「あっ、ミサキちゃん!事務所行くんやったら、私のデスクも見てきてくれへん?ペットの水の蓋、し忘れたような気がしてるんよ」

 わかりましたぁ!と笑顔の答えが返ってきた。
 気をつけてなぁ、車と喧嘩したらあかんで! 皆に見送られ、ミサキちゃんは ぱたぱたと年齢より遙かに幼い足取りで、事務所の方へ走っていった。

「あの子、可愛いけど ちょっと心配な子やさかいなぁ」
「そうそう。悪い子やないけど」
「ま、仕事の飲み込みは早いから。問題ないやろ」
「色の白いは七難隠す、や!意外とあんな天然さんが、いいお嫁になるでぇ」

 ミサキちゃんを肴にして、しばらく談笑していた時だった。
 彼女が忘れ物を取りに戻って、5、6分くらい経った頃、

 ――PLLLLLLLL・・・・・・

 不意に、下村さんの携帯が鳴った。
 表示を見てみると、件のミサキちゃんからである。
 何だろう?出てみる。

「もしもし・・・」
『あっ、下村さん・・・ 何やこれ?下村さんのデスク、何なんですか?』

 は?と思わず聞き返した。
 こんなん、何ですのん・・・ ミサキちゃんは、狼狽したような声で繰り返す。

『こんな、いっぱいお刺身・・・デスクからハミ出てますやんか・・・』

 お刺身がどうしたの、何があったの?と声を荒げても、ミサキちゃんは聞く耳を持たない。『よーさんのお刺身ですわ』『お水とか蓋とか、そーゆー問題や無いですわ』『赤に、白に、茶色もあります』 一方的に、そんな意味不明の言葉を繰り続ける。


『――下村さん。これ、お魚の身ィ ちゃうわ』


 困った。何か、怖い。
 どうしましょう、ミサキちゃんがヘンです! 下村さんは先生に訴えた。
 あの子は元からちょっとヘンやろ、と誰かが茶化したが、あまりに真剣な下村さんの剣幕を見て、一種の緊張が場に走った。
「たくさんのお刺身が、私のデスクに乗ってるとか言うてますけど・・・」

 お刺身? それを聞いて、先生も怪訝そうに首を傾げた。
 が、直ぐにハッと何か大変なことに思い当たったような表情になり、

「下村さん、貸して!!」

 ほとんど引ったくるように下村さんから携帯を取り上げ、耳に当てると、

「ミサキちゃん・・・ もうええから、戻って来なさい。・・・!」

 しばらく、何だかんだというやり取りが交わされた。
 が、事態は思わしくない方向へ向かっているらしかった。先生は「あかん!」と一声、通話を切ってパート一同を見回し、

「みんな、事務所に戻るで!ミサキちゃんが大変!!」

 叫ぶように言った。
 下村さんは、完全に冷静さを失った先生を 初めて見た。

  ※   ※   ※   ※

 息も切れんばかりの勢いで事務所まで走って戻ると、何故かミサキちゃんは 先生のデスクにどっかりを腰を下ろし、放心していた。

 「ミサキちゃん!」「どないしたのん!」と皆から声を掛けられても、「お刺身、よーさん よーさん」「動いてた。元気や」と 呆然とした表情で繰り返すだけ。

「ごめんねミサキちゃん、ごめんね、ごめんね!!」

 先生は、泣きながらそんな彼女に縋り付いた。
 皆、その光景を、肩で息をしながら見つめていた。
 下村さんは、おそるおそる、自分のデスクの方へ視線を向けてみた。
 大量のお刺身など何処にもなく、ペットボトルにも しっかりと蓋が為されていた。

  ※   ※   ※   ※

 翌日、ミサキちゃんは仕事を辞めた。
 どんな経緯があったのかパートさん達には知らされなかったが、「もうあの子、会話が成立せぇへん・・・」と意気消沈した様子で先生が語っていた。それだけで何か、もう、じゅうぶんだった。

「みんな、堪忍な。最近の忙しさは、ちょっと異常やったもんな・・・ ミサキちゃんなんか頑張り屋やったさかい、無理してストレス溜め込んで、心、病んでもうたみたい・・・」

 ご家族にも謝りに行く、と先生は目に涙を溜めながら言った。
 みんなも、このショッキングな展開に溢れる涙を隠しきれない風だったという。



 だが、下村さんは確かに聞いた。
 電話越しに先生が言った、『よーさんのお刺身』の正体について 何か知っているような台詞。
 そして、ミサキちゃんが辞めた日の仕事終わり、一人デスクに座って大きな溜め息を吐き出した先生が、その後 ふと口にした 一言。

「――あの子には、あれがお刺身に見えてんか・・・やっぱ、変わってるわ」



 翌日 下村さんも 事務所を辞めた。
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