真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#050 『乳母車』

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 1999年、7の月の出来事です と大増おおますさんは語り始めた。

 当時、高校生だった彼は 些細なことから両親と衝突し、夜中の10時に「もういい!」と叫んで家を飛び出してしまった。
 突発的な行動だったので、真っ暗闇の中を3分くらい歩いているうち、「やっちまったなぁ」「今夜はどうしようか・・・」と 今更ながら暗澹たる気持ちになった。
 とりあえず、直ぐに家に帰るのも面白くなかったので、12時まで営業している近所のフランチャイズ営業の書店に行き、閉店間際まで立ち読みでもすることにした。

 徒歩、5分あまり。くだんの店舗に到着する。
 と、自動ドアを潜ろうと店に近付いた時、入り口の前に誰かが座り込んでいるのに気付く。
 女?と思ってよくよく見てみて、大増さんは開いた口が塞がらなくなったという。

 この界隈では見かけないタイプの制服を着た、女子高生らしき少女。
 が、その顔も腕も脚も、露出している肌という肌は ことごとく真っ黒に日焼けしている。
 髪は金色。脚にはルーズソックス。耳がもげそうなくらい大量のピアスを光らせ、顔を彩る化粧も凄まじく、白やらピンクやらが東南アジアの原住民のようにケバケバしく ペインティングされている。

 当時のいわゆる、ガングロギャルだ。

 ――こんな田舎にも、このテの輩が居たんだ!?
 大増さんは、ほとんど感心してしまった。

 少女は、まるで職人のような素早さで携帯を片手操作し、どうやらメールを打っているようだった。
 もう片方の手には菓子パンを握り、時々 噛みちぎるように口へ運んでいる。
 目にはやる気の欠片もなく、始終、すべてが だるそうだ。

 何だか見ていて、気が滅入ってきた。
 こういう仕草をする猿の仲間を見ているかのような気分になったという。
 こんなのの脇を通ってまで、書店に入りたくもねぇな。
 大増さんは、くるりと きびすを返した。

 瞬間、「ぎゃははははは!」と けたたましい若い男の笑い声が背中の向こうから聞こえてくる。
 え、何?何?? ほとんど反射的に 振り返ってしまった。

 乳母車があった。

(えっ・・・ え?!!)

 先ほどまでガングロがベタ座りしていた位置に、一つの乳母車が存在している。
 それから、若い男の喋り声が聞こえてくる。

〝だから先輩、そりゃねーっすよ バッドすよバッド。自分、よくやったうちじゃねーすか超やりましたよマジっすよマジ〟

 わけがわからない。

 その時、大増さんは 少女が自動ドアの真ん前に座っていたのに、機械が何の反応も示していなかったのに気付いた。
 もしかして、最初からガングロギャルなど居なくて、乳母車だったのだろうか。
 いや、よしんば乳母車だったとしても、自動ドアは反応くらいするだろう。
 ・・・だったら、だったら。自動ドアに反応しない乳母車が、若い男の声を発し続けているという いまの状況ってどういうことなんだ??

 パニック寸前の頭で必死に考えていると、乳母車はおもむろに『キコキコキコ』と軋んだ音を立てながら、ひとりでに動きはじめた。
 え、動いた?! またまた目の前で起こった信じられない事態に大増さんがビビるや否や、1メートルも移動しないうちに 乳母車の姿はスゥゥ、と薄れていき、やがてじんわりと空気に溶けるが如く 消滅してしまった。

 ああっ、消えちまった。
 ・・・消えちまったなぁ・・・

 何だか空恐ろしくなった大増さんは、大急ぎで家に帰った。
 玄関を潜ると、「あんた何処へ行ってたの!」とお母さんから怒鳴られた。
 ごめん、と顔を合わせずに謝ると、二階の自分の部屋に駆け上がって 掛け布団を引っ被るようにして眠りについたという。

  ※   ※   ※   ※

 翌日。
 学校に行こうと玄関を出ると、昨日の乳母車が目の前にあった。

 ・・・あ!
 ・・・うそ・・・・・・!

 鳥肌浮かせて戦慄していると、「どぉしたぁ?」とドアの後ろから 一緒に暮らしている父方のお祖父さんが顔を出した。
 お祖父さんは最近、軽いぼけが出始めていた。

 ああ、じいちゃん!
 どうしよう。何て説明すりゃいいんだ。
 ただでさえ、この頃 会話が成り立たなくなってきた じいちゃんなのに・・・

「んん~ん?」

 お祖父さんは、ぼんやりとした目で乳母車を見た。
 と、

「・・・!! 貴様ぁ、どのツラ下げて また儂の前に姿を現したっ!うちの孫に手を出してみろ?ただではすまさんぞ!!」

 大増さんが見たこともないような剣幕で、お祖父さんは吠えた。
 するとどうしたことか。乳母車はまた、キコキコと高い音を発しながら ひとりでに移動をはじめ、大増家の庭を出たところで フィッと消えてなくなってしまった。

 わぁ、撃退した!
 じいちゃん、すげぇ! 
 ――大増さんは、両の拳を握りしめて興奮した。

 お祖父さんは、乳母車が消えたあたりに向かって「戦友を返せ!同期を返せ!」と 悲痛に叫び続けていた。

  ※   ※   ※   ※

 あれは何だったの?と その日の夜、学校から帰ってきた大増さんはお祖父さんに聞いた。
 お祖父さんは 腕組みしてウンウンと唸ったが、肝心のその問いには答えず、
「昔はああいうのが いっぱい居た」
「若い頃、じいちゃんは あれに何度も何度も泣かされた」
 と顔をしかめながら言った。

 質問を変えて、「じいちゃんはあれと何処で会ったの?」と尋ねてみた。


 お祖父さんは真顔で、「戦地」と答えたという。
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