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#051 『うすれてゆく』
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勇次さんが昔住んでいたアパートには、子供が出た。
小学校中学年くらいの、男の子である。
夜中、寝ていると不意に目が覚め、視界に入った天井に、その子が居る。
天井に足を付けて、逆さに立っているのだという。
何故か、水泳帽に水泳パンツという出で立ち。
こっちを見ている。
しばらくすると消える。
毎日ではなく、三日に一回とか一週間に一回というスパンで現れる。
現れた夜の翌日は、何故か軽い悪寒と頭痛を覚える。ただし、熱は出ない。
敷金や家賃が異様に安いと思ったら、こういうことだったのかと思った。
少し体調に影響はするが、新しい住処を探す手間も面倒だし、駅にも近く 歩けばすぐコンビニという立地条件も魅力だった。
ずるずると、そこに住み続けていた。
怖かったのは最初だけで、半年も経つと「ああ、明日は ちょっときついかなぁ」 ――目撃してもそれくらいで済ませるようになっていた。
一年ほど経った頃だという。
ある日、目覚めると いつもの男の子がいた。
あ。今日は「幽霊の日」か、とげんなりする。明日は人と会う予定があったけど、だるくなるだろうから別の日にして貰おうかなぁと考えていた。
と。いつもと様子が違うことに気付く。
男の子が、〝薄い〟。
僅かに、天井が透けている。
映画なんかに出てくる『立体映像』のようだ。
今夜はどうしたんだろう と思った瞬間、フッと消えた。
それから、男の子を見るたび、だんだんその姿が薄れていくのに気付いた。
※ ※ ※ ※
いい兆候だと思うでしょ、と 怪談の途中で、勇次さんは私に言う。
このまま幽霊、消えてなくなっちゃうんじゃないかと。ふつうならそう思うじゃないですか?と。
私もそう考えていたので、何度も頷いて見せた。「で、実際どうだったんです?」
「それからが最悪でした」
男の子が〝薄く〟なり始めてから、翌日の悪寒と頭痛がひどくなっていった。
顔色すら露骨に青くなり、時には仕事先の同僚から「あんた顔が緑色よ!」とまで言われた時もあった。
変な咳も出るようになり、考えもボゥッとしてまとまらなくなってきた。この頃になると、夜中に男の子を見なくても 常時そのような体調不良に悩まされるようになっていた。
やばい、やばいと思いながら、誰に相談していいかもわからず、日々を過ごす。
しかし、限界が来た。
当時 付き合っていた彼女と喫茶店で逢った際、「実は俺、こういう事情で困ってるんだ」と打ち明けた。お化けに取り憑かれた彼氏なんて やばくてキモくて仕方ないだろうから、もうこのまま別れ話に発展しても構わないし、むしろそれが彼女の為かも知れないとすら考えていた。
天然気味の彼女は、「ふぅぅん☆」「そっか、そっかぁ」と 到底このような深刻な話を相談されたとは思えないライトなリアクションを返していたが、勇次さんがすべてを言い終えるや否や、「うーむ」と大袈裟に顎を擦りながら首を傾げるポーズをとり、
「・・・あのさー、私 霊能者とかじゃないから よくわかんないんだけど、このままだと勇くん、死んじゃわない?」
彼女は、勇次さんが内心 強く懸念していたことを、ズバリと言ってのけた。
思わず、ゴクリと唾を飲んだ。
「でさぁ、勇くんが死んだ後に、男の子も完全に消えて 居なくなっちゃってさ、」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「男の子が立ってた天井に、今度は勇くんが逆さに立ってる!とか言う展開になったら、完全にホラー映画だよね! ねっ!!」
――引っ越そう、と決心がついたという。
※ ※ ※ ※
「よくよく考えたら、あんなアパートに一年あまりも住んでたって時点でおかしいですよね。何か、魅入られてたっていうか・・・そういうのだったのかなぁ、と」
そのアパートを出てからは、新しい住処が決まるまで彼女の部屋に上がり込んでいた。
それほど勇次さんに尽くしてくれた彼女さんだったが、ちょっとした行き違いがあって 結局一度、別れてしまったという。
「それから2年後かな・・・ 偶然、彼女と居酒屋で再会したんです」
わぁ、久しぶりィ!と彼女の方から声をかけてきた。向こうは女子会のような集まりだったようだが、彼女はその輪をわざわざ抜けて、勇次さんの隣に座った。
一緒に飲もうか!と言う。マイペースさは相変わらずだ。
ドロドロの別れ方をしたわけでも無かったので、このまま寄りが戻るのもいいかな・・・と思いながら、二人で飲んだ。いろいろ 思い出話となった。
だが。
「ん?どうしたの勇次くん。酔った?」
「え、あ、ううん・・・」
どうにも、彼女の話す話題に現実感がない。
あの時、ああだったねぇ、こうだったねぇと笑顔で語りかけてくれるが、「そんなエピソード、あったっけ?」というのが、勇次さんの正直な感想だ。
何だこれは。俺、記憶喪失?わけのわからないシラケが、彼の心に満ちる。
そんな中、不意に「ところでさぁ、」と彼女が振ってきた。
「あの時、勇くん大変だったよねぇ。ほら、男の子の逆さ幽霊の一件・・・」
はぁぁ??
男の子?幽霊?
また、この子は不思議ちゃんな事を・・・
・・・・・・?幽霊?逆さ・・・ あっ。
・・・!!!!!!
〝血の気が引く〟という感覚を身を以て体感した、と勇次さんは言う。
その時彼は、自分があれほど悩まされてきた アパートの逆さ立ちの幽霊のことを、完全に忘れていたことに気付かされたのだ。
その上、あのアパートに住んでいた時期の記憶すべてが、まるで全体的に霞がかってでもいるかのように、断片的にしか思い出せない。
むしろ、思い出してしまった今となっては、『男の子の幽霊と対峙していた時の記憶』だけしか、明瞭に頭の中に浮かんで来なくなってしまった。
何だこれは。
これは、どういう記憶なんだ・・・
狐に抓まれたような感じ―― その故事成語の意図が、自分はハッキリわかりますよ、 と勇次さんは言う。
気付けば、彼女は隣から居なくなっていた。
ずっと上の空で会話を続けていたから、しょうがないともいえる。
それから、ずっと会っていない。
たぶん、これからもずっと会わないだろうという妙な確信があるという。
「あんな気持ちになっちゃったら・・・寄りを戻す戻さないとか、そういう次元じゃなくなりますよ。 自分自身の記憶の信頼感が、揺らいじまったんですからね――」
怪奇現象なんか体験したこともない、という人が居るけれど、もしかしてその人は、自分が怪奇現象を体験したこと自体、忘れてるのかも知れませんね。
最後に勇次さんはポツリ 呟き、長い長い溜め息を吐き出した。
小学校中学年くらいの、男の子である。
夜中、寝ていると不意に目が覚め、視界に入った天井に、その子が居る。
天井に足を付けて、逆さに立っているのだという。
何故か、水泳帽に水泳パンツという出で立ち。
こっちを見ている。
しばらくすると消える。
毎日ではなく、三日に一回とか一週間に一回というスパンで現れる。
現れた夜の翌日は、何故か軽い悪寒と頭痛を覚える。ただし、熱は出ない。
敷金や家賃が異様に安いと思ったら、こういうことだったのかと思った。
少し体調に影響はするが、新しい住処を探す手間も面倒だし、駅にも近く 歩けばすぐコンビニという立地条件も魅力だった。
ずるずると、そこに住み続けていた。
怖かったのは最初だけで、半年も経つと「ああ、明日は ちょっときついかなぁ」 ――目撃してもそれくらいで済ませるようになっていた。
一年ほど経った頃だという。
ある日、目覚めると いつもの男の子がいた。
あ。今日は「幽霊の日」か、とげんなりする。明日は人と会う予定があったけど、だるくなるだろうから別の日にして貰おうかなぁと考えていた。
と。いつもと様子が違うことに気付く。
男の子が、〝薄い〟。
僅かに、天井が透けている。
映画なんかに出てくる『立体映像』のようだ。
今夜はどうしたんだろう と思った瞬間、フッと消えた。
それから、男の子を見るたび、だんだんその姿が薄れていくのに気付いた。
※ ※ ※ ※
いい兆候だと思うでしょ、と 怪談の途中で、勇次さんは私に言う。
このまま幽霊、消えてなくなっちゃうんじゃないかと。ふつうならそう思うじゃないですか?と。
私もそう考えていたので、何度も頷いて見せた。「で、実際どうだったんです?」
「それからが最悪でした」
男の子が〝薄く〟なり始めてから、翌日の悪寒と頭痛がひどくなっていった。
顔色すら露骨に青くなり、時には仕事先の同僚から「あんた顔が緑色よ!」とまで言われた時もあった。
変な咳も出るようになり、考えもボゥッとしてまとまらなくなってきた。この頃になると、夜中に男の子を見なくても 常時そのような体調不良に悩まされるようになっていた。
やばい、やばいと思いながら、誰に相談していいかもわからず、日々を過ごす。
しかし、限界が来た。
当時 付き合っていた彼女と喫茶店で逢った際、「実は俺、こういう事情で困ってるんだ」と打ち明けた。お化けに取り憑かれた彼氏なんて やばくてキモくて仕方ないだろうから、もうこのまま別れ話に発展しても構わないし、むしろそれが彼女の為かも知れないとすら考えていた。
天然気味の彼女は、「ふぅぅん☆」「そっか、そっかぁ」と 到底このような深刻な話を相談されたとは思えないライトなリアクションを返していたが、勇次さんがすべてを言い終えるや否や、「うーむ」と大袈裟に顎を擦りながら首を傾げるポーズをとり、
「・・・あのさー、私 霊能者とかじゃないから よくわかんないんだけど、このままだと勇くん、死んじゃわない?」
彼女は、勇次さんが内心 強く懸念していたことを、ズバリと言ってのけた。
思わず、ゴクリと唾を飲んだ。
「でさぁ、勇くんが死んだ後に、男の子も完全に消えて 居なくなっちゃってさ、」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「男の子が立ってた天井に、今度は勇くんが逆さに立ってる!とか言う展開になったら、完全にホラー映画だよね! ねっ!!」
――引っ越そう、と決心がついたという。
※ ※ ※ ※
「よくよく考えたら、あんなアパートに一年あまりも住んでたって時点でおかしいですよね。何か、魅入られてたっていうか・・・そういうのだったのかなぁ、と」
そのアパートを出てからは、新しい住処が決まるまで彼女の部屋に上がり込んでいた。
それほど勇次さんに尽くしてくれた彼女さんだったが、ちょっとした行き違いがあって 結局一度、別れてしまったという。
「それから2年後かな・・・ 偶然、彼女と居酒屋で再会したんです」
わぁ、久しぶりィ!と彼女の方から声をかけてきた。向こうは女子会のような集まりだったようだが、彼女はその輪をわざわざ抜けて、勇次さんの隣に座った。
一緒に飲もうか!と言う。マイペースさは相変わらずだ。
ドロドロの別れ方をしたわけでも無かったので、このまま寄りが戻るのもいいかな・・・と思いながら、二人で飲んだ。いろいろ 思い出話となった。
だが。
「ん?どうしたの勇次くん。酔った?」
「え、あ、ううん・・・」
どうにも、彼女の話す話題に現実感がない。
あの時、ああだったねぇ、こうだったねぇと笑顔で語りかけてくれるが、「そんなエピソード、あったっけ?」というのが、勇次さんの正直な感想だ。
何だこれは。俺、記憶喪失?わけのわからないシラケが、彼の心に満ちる。
そんな中、不意に「ところでさぁ、」と彼女が振ってきた。
「あの時、勇くん大変だったよねぇ。ほら、男の子の逆さ幽霊の一件・・・」
はぁぁ??
男の子?幽霊?
また、この子は不思議ちゃんな事を・・・
・・・・・・?幽霊?逆さ・・・ あっ。
・・・!!!!!!
〝血の気が引く〟という感覚を身を以て体感した、と勇次さんは言う。
その時彼は、自分があれほど悩まされてきた アパートの逆さ立ちの幽霊のことを、完全に忘れていたことに気付かされたのだ。
その上、あのアパートに住んでいた時期の記憶すべてが、まるで全体的に霞がかってでもいるかのように、断片的にしか思い出せない。
むしろ、思い出してしまった今となっては、『男の子の幽霊と対峙していた時の記憶』だけしか、明瞭に頭の中に浮かんで来なくなってしまった。
何だこれは。
これは、どういう記憶なんだ・・・
狐に抓まれたような感じ―― その故事成語の意図が、自分はハッキリわかりますよ、 と勇次さんは言う。
気付けば、彼女は隣から居なくなっていた。
ずっと上の空で会話を続けていたから、しょうがないともいえる。
それから、ずっと会っていない。
たぶん、これからもずっと会わないだろうという妙な確信があるという。
「あんな気持ちになっちゃったら・・・寄りを戻す戻さないとか、そういう次元じゃなくなりますよ。 自分自身の記憶の信頼感が、揺らいじまったんですからね――」
怪奇現象なんか体験したこともない、という人が居るけれど、もしかしてその人は、自分が怪奇現象を体験したこと自体、忘れてるのかも知れませんね。
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