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第弐念珠
#019『集会』
しおりを挟む大川さんが、高校生の頃の出来事。
福岡の親戚が急に亡くなったというので、両親が家を空けることになり留守を任された。
ちょうど春休みだったこともあり、折角なので友達でも呼んで夜更けまでワイワイ騒ごうと思ったが、連絡を入れてみた仲の良い友人らはことごとく、つれない返事を返す。
仕方なく一人深夜までゲームをやっていたのだが、午前0時を少し回った頃、不意に家の外が騒がしいことに気づいた。
(・・・・・・ん、車?エンジン??)
どうも、家の近くにたくさんの車――もしくはバイクが集まり、それがエンジンを掛けっぱなしにしたままの状態で停止しているようだ。
はて、こんな小径で通行止めでもやってるのか?それに、ウチの前ってこんな深夜に車通りが多かったっけ? などと小首を傾げていると、今度はエンジンを空ぶかしする耳障りな音まで聞こえはじめた。
――え、何コレ。
――もしかして、暴走族・・・
と思った瞬間、「アハハハハハ!!」「ひゃっほーぅ!!」などと若い男らの甲高い声がエンジン音に被さってきて、大川さんはたちまち青くなった。
自宅の前には、小さな家一件分くらいの空き地がある。
そこに、イカれた連中が目を付けて集会場にでもしてしまったのではないのか・・・
(や、やべぇ。マジやべぇ・・・!)
一瞬にしてパニックに陥った、と大川さんは言う。
男といえど高校生が一人きり、留守を任されたその日のうちに極限状態に晒されてしまったのだから仕方の無いことだといえる。
しかし大川さんの感心なところは、恐慌を来しながらも「俺が家を守らなきゃ」という考えが即座に頭の中を支配したことだ。
どんなえげつない奴らが相手でも、これ以上ヘンなちょっかいを出してきたらタダでは置かないぞ、と。先日直し込んだばかりの冬物ジャンパーを取り出して着込み、その腹の部分に週刊マンガ雑誌を防具代わりに詰め込んだ。そして以前祐徳稲荷神社の出店で買ったお土産用の木刀を握りしめ、「来るなら来てみろ!!」と一人、部屋の中で凄んだ。
しかし、それ以上の勇気が出ない。
せめて外の状況なりともつぶさに確認したかったが、それも無理な相談であった。玄関側に位置する大川さんの部屋からは、間取りの関係で、閉め切った雨戸を開放しなければ外が見えないのである。その際にはガラガラと大きな音を立てることになってしまう。「もし外の奴らに気付かれでもしたら・・・」と思うと、それはとてもリスキーな行為なのだ。
いったい、外ではどんな無法者が騒ぎまくっているのか。意味の無い奇声やエンジンを空ぶかしする音は一向に止まない。
もうこれは、通報しかない――と110番の使用を考えはじめた矢先、「こらぁ、何をやっとるかぁ!!!」というドスのきいた怒声がいきなり耳に飛び込んできた。
(あ。 井出のおじさんだ・・・!!)
井出さんは、大川さんの家の隣に一人暮らしをしているちょっと偏屈な五十絡みの男性である。そしてくだんの空き地の地主さんでもあった。
自分の土地にわけのわからない若者がたむろしているので、腹に据えかねたのであろう。しかしそれでは、多勢に無勢ではないか。どう考えてもこの喧噪、外には20人からの若者がとぐろを巻いているに違いない。そんな中におじさんは一人で出て行った・・・
おいおいちょっと無謀じゃないの、と思ったその時、
「ぉああああああああああああ!!!」
――鼓膜を震わすような、井出さんの悲鳴。
「??! うそだろ・・・おじさん・・・!」
警察なんか待ってられない。助けなきゃ、と反射的に思った。
気がついたら、玄関を飛び出していた。
この時、実は木刀をうっかり部屋に置き忘れてきてしまったのだが――義憤に駆られてアドレナリン全開モードの大川さんに、そんな些細なことは関係ない。
「井出のおじさん!大丈夫ですか、加勢に来ましたよ!!」
高らかに叫ばんとした。
・・・実際には、声すら出なかったというが。
何故ならば、
「・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・?あれ?」
――家の外は、完全な静寂の世界であった。
自宅前の空き地には、騒ぎ散らす若者はおろか、エンジン音を発する車両の類いも一つとして見つけられない。
それどころか、果敢に若者達へ注意に出て行った隣人・井出さんの姿すら、何処にも無いのだ。
「――どういうことだ――」
季節外れのジャンパー姿のまま。大川さんは路上で、しばし惚けたという。
※ ※ ※ ※
実際、今でも大川さんは「あれは自分の気の迷いだったんだろう」・・・と かなりの部分、思っているそうだ。
近所の人が自分と同じ物音を聞いたという話も聞かないし、同じような出来事も二度と起きていない。隣の井出さんも健在だ。
ただし。
大川さんが前述の体験をして3日とも経たぬうち、空き地の入り口あたりに大きめの看板が立てられた。それには、クセのある手書き文字でこう書かれていた。
『この敷地内に持ち主の許可なく車を停めたり、集会などの騒がしい行為をすることを禁じます。もし破れば、法的処置に訴えます 地主』
ちょっと気になったので、隣の井出さんと偶然外で会った時、「空き地に無断で車を停めたり騒いだりする連中が居るんですか?」と尋ねてみた。すると井出さんは一言、「ウン、居るらしい」とだけ答え、はぐらかすような笑みを浮かべて去って行かれた。
――居るらしいという表現が、果たして何を意味するものだったか。
今でも時々、大川さんは当時のことを思い出して色々と考え込んでしまうそうだが、その時には決まって、あの井出さんらしき声が発した断末魔の悲鳴が頭の中で再生されて気が滅入ってしまうのだという。
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