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光と影
光と影
しおりを挟むお昼を済ませ車は東へ向かって走った。
南波さんお願いがあります。
何だい?
私、服これしかありません。
どこかの街で買ってもいいですか?
ああ、そうか!
日本に来る時の荷物はどうしたの?
札幌のゲストハウスに預けたままです。
そっか、ここから札幌に行くには遠すぎるし…
わかった、次の街でお店寄ろう。
ありがとう。
愛蘭は朝までの彼女と違って表情がすごく明るくなった。
笑顔が似合う
きっとこれが普段の愛蘭なんだろうと洋介は思った。
暫く走ると街に出た。
複合型のショッピングセンターがあったので車を付けた。
行ってらっしゃい
俺は車で待つよ。
愛蘭は売り場へ買い物に入って行った。
洋介は体の気だるさを感じ運転席のシートを倒して休むことにした。
南波さんなんで会社辞めなきゃいけないの?
そうですよ先輩残ってくださいよ。
私からもお願いするよ。
南波くん 君の力がうちには必要なんだ。
残ってくれ。
同僚の女性と後輩それに上司の部長。
すみません…
このままの気持ちのままじゃやれないんです。
君が奥さんを亡くしてショックなのはわかる。
しかし何も仕事を辞めなくてもいいじゃないか。
いえ、こんなことでは皆さんに迷惑をお掛けすることになりますし…
しかし仕事辞めてからどうするんだ?
わかりません。
でもやらなきゃいけないことがある気がするんです。
ご迷惑をかけて申し訳ありません。
洋介は会社から強く慰留されたが結局このままでは生きる意味を見出せないと思った。
悩んだ結果洋介は20年近く働いた会社を退社したのであった。
そして退職金を使って北海道へ旅に出たのである。
トントン
愛蘭が車の窓をノックする音で起こされた。
どうやら眠ってしまったようだ。
頭痛が酷く寒気もする。
愛蘭は両手に持ちきれないくらいの沢山の紙袋を抱えて帰ってきた。
たくさん買ったね。
はい。服だけじゃなく鞄や本も買いました。カード使えて良かったです。
愛蘭はニコニコして買い物を終えたようだ。
どの国の人でも女性はショッピングが好きなんだなと洋介は思った。
街なかの観光名所をすこしだけ回ったところで空が暗くなってきた。
洋介の体調はますます悪くなっている。
愛蘭には気づかれないよう洋介は無理をした。
今夜泊まるところを探さないと…
スマホで検索してみたが空室のあるホテルがヒットしない。
仕方なく観光案内所を調べてそこに行くことにした。
観光案内所は幸い開いていた。
泊まるところを探してもらったがどこのホテルもいっぱいで唯一空きがあるのは古い旅館で一部屋のみということだった。
洋介は次の街まで走ることも考えたがこの体の具合で運転を出来るか自信がなかった。
その時愛蘭が口を開いた。
そこの旅館でいいです。
愛蘭さん部屋が一つしか空いてないんだよ。
私大丈夫です。
洋介は年甲斐もなく動揺した。
案内所で紹介された旅館はこの街で長く営業しているのであろうかなり古ぼけた和風旅館だった。
部屋に案内されると8畳一間のなんの特徴もない純和風の畳部屋だった。
暫くすると仲居さんに別部屋の夕食部屋に案内された。
愛蘭と向かいあって旅館の夕食を食べるのは少し小恥ずかしい感じがしたが、愛蘭は日本式の和食に興味津々というところだった。
料金も安いこともあり、これといって特質した料理はなかったが愛蘭は喜んで食べていた。
洋介は体調の不調を隠すため食欲はなかったが無理に押し込んだ。
隣の部屋からはお酒が入っているのであろう大きな声で話す数人の男性の声が聞こえてきた。
南波さんお酒飲まないの?
愛蘭が聞いてきた。
俺ね お酒飲めないんだ。
病気で?
違う違う、体が受け付けなくて飲むと気持ちが悪くなっちゃうんだよ。
ふぅーん
中国ではお酒飲めない人ほとんどいませんよ。
そうなの?
私お酒飲めない人初めて見ました。
…
愛蘭さんはお酒強いのかい?
強いかどうかわからないけど飲みますよ。
酔っぱらったりもするの?
私酔ったことないかなぁ…
それって強いんだよ。
今夜だって君は飲んだっていいんだよ。
またの機会でいいです。
そんな取り留めのない会話をして二人は夕食を済ませてから客室に戻った。
すると旅館の人が二人をアベックだと気を利かせたのか畳の上に布団がピッタリと寄せて敷いてあった。
洋介は慌てて部屋に入ると並んで敷いてある布団を離して端に寄せてあった丸テーブルを真ん中に置いた。
ハハ…
洋介は苦笑した。
愛蘭もクスっと笑った。
私日本の布団を使うの初めてです。
そうなんだ…
ちゃんと眠れるかな?
それから浴衣も初めてだから着てみたいです。
床の間に置いてある浴衣を愛蘭は取り出した。
あ、じゃあ俺は愛蘭さんが浴衣着るまで外で待っているよ。
ありがとう。
外の廊下で待っていると愛蘭から声がかかった。
どうぞ
愛蘭は浴衣を着ていたが浴衣のまえが右左逆になっていた。
愛蘭さんその着方だと縁起が悪い着方なんだよ。
洋介は自分の手で動きを交えてジェスチャーで教えてあげた。
愛蘭は顔を赤らめて
難しいのね…
と言った。
南波さんあっち向いていてください。
愛蘭はその場で浴衣の右左を直しはじめた。
浴衣の擦れる音が後ろから聞こえてきた。
洋介は後ろを向きながらもドキドキしていた。
これでいいですか?
今度はちゃんと着こなしていた。
大丈夫だよ。
愛蘭は身長も高くスラっとした体型で艶のある黒く長い髪に浴衣が似合った。
私これでお風呂行ってきます。
愛蘭にとって初めてのことばかりで愛蘭は興奮しているようだった。
お風呂は一階の奥にあることを仲居さんが部屋に入るときに案内してくれていた。
愛蘭はお風呂に出て行った。
洋介は布団に座ると我慢していた体調の悪さが一気に出た。
凄く熱っぽい。
全身に汗が噴き出し顔は熱いのに寒気が襲った。
堪らず洋介は布団に入って横になった。
体全体が地面の中に吸い込まれて落ちていくような感覚を感じ意識が薄くなっていった。
愛蘭が風呂から出てくると途中の廊下で酔っぱらいの中年親父がニヤーと笑いながら愛蘭の頭から足の先までジロジロと舐めるように見てきた。
愛蘭は屹と男の顔を睨んで横を立ち去った。
おぉ、姉ちゃんこぇーな
親父の捨て台詞を後ろに聞いたが愛蘭は気にせず部屋に戻った。
南波さん?
布団に入っている洋介を見つけると
もう寝たの?
と声をかけた。
返事がないかわりに洋介の息は荒く顔中汗が噴き出していた。
大変…
愛蘭は洋介の枕元に座ると額に手を当てた。
すごい熱い…
愛蘭はフロントに行き事情を話して必要なものをもらってきた。
愛蘭は簡単な応急処置なら仕事柄学んでいる。
まず意識がほとんどない洋介の上半身をか細い腕で起こすと解熱剤を飲ませた。
そして洋介の着ている汗で濡れている上半身のポロシャツ、ズボン、靴下、最後のトランクスまで全部を脱がせた。
裸にした洋介の体を借りてきた洗面器のお湯にタオルを入れ固く絞ってから拭き出した。
状況が状況だけに男性の裸を前にしても恥ずかしさなど全く感じなかった。
南波さんしっかりして。
こんなに熱だしてずっと我慢していたの?
きっと冷たい海に入ったことが原因だね。
私のせいだわ…
愛蘭は何度もタオルを絞り洋介の身体を献身的に拭き続けた。
乾いた男性用の浴衣をやっとのことで着させて洋介を見守った。
自分は眠りもせず一時間おきに愛蘭は洋介の体の汗を拭き続けた。
そのとき洋介は夢のなかにいた。
体が辛い…
ベッドに寝ていた。
見える天井や壁に見覚えがある。
かつての自宅のベッドだ。
遠くからぼんやりと人が現れた。エプロン姿の妻の美紗子が近寄ってきた。
風邪引いちゃったみたいね。
今日は会社休んだほうがいいわね。
うん…
とても懐かしい光景だった…
体が重くて動かない。
美紗子の手が伸びて洋介の顔に当ててきた。
優しい温もりを感じた…
いつも感じていた美紗子の手の温もり…
お粥でも作るわね。
美紗子の手が離れるとき洋介はしっかり美紗子の手を握った。
瞬間、洋介は現実に戻された。
瞳に溜まる涙で周りが見えなかった。
やがて涙が流れ落ち視界が開けてきた。
南波さん気が付きましたか?
洋介は愛蘭の手をしっかり握っていた。
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