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風
風
しおりを挟む外は明るくなっていた。
良かった…
気がついて。
愛蘭が心配そうに覗き込んでいた。
さっきの温かい手は愛蘭さんの…
洋介は思いながらずっと愛蘭の手を握っていることに気づき慌てて握った手を離した。
私のせい…
?
海で…
あ…
そんなことないよ。
愛蘭さんのせいなんかじゃない。
それに俺はもう大丈夫だよ…
洋介は答えた。
洋介は熱を出して布団に入ったところまでは記憶にあるが、その後のことは朦朧としていたため覚えていない。
愛蘭さんがずっと?
…はい。
汗を出し切ったせいか熱も下がり体が楽になっていた。
洋介は自分が浴衣を着ていることに気づいた。
あれ、昨日俺浴衣着なかったよな…
キョロキョロ周りを見渡すと昨日着ていた服がきれいに畳まれて枕元に置かれていた。
洋介はパンツを履いていないことに気がついた。
愛蘭が下を向いて顔を真っ赤にしている。
すみません、私が脱がせました…
今度は洋介が顔を赤くした。
汗を拭いたほうがいいと思って…
熱が下がったのは愛蘭の看病のおかげだった。
洋介は
ありがとう…
熱が下がったのは愛蘭さんのおかげだよ。
まだ俯いている愛蘭に感謝の言葉をかけた。
愛蘭の布団を見ると全く寝た形跡がなかった。
一晩中俺のことをこの娘は…
洋介は胸が熱くなった。
愛蘭さん…
これで貸し借りなしだよ。
日本式の布団経験できなかったね…
と声をかけた。
愛蘭はニコっと笑って応えた。
しかし洋介は俺全部見られちゃったんだよな…
恥ずかしかった。
一緒に朝ごはんを食べた。
やはり独りで食べる朝飯より美味しく感じた。
洋介は朝風呂に入ってサッパリすると愛蘭と一緒に旅館を後にした。
その日は北海道も夏らしく暑い日になった。
洋介は財布の現金が少なくなってきたので途中コンビニのATMに寄って現金を下ろした。
車に戻りビニール袋からアイスを二つ取り出し一つを愛蘭に差し出した。
これガリガリ君っていう日本のアイス。
俺好きなんだ。
美味しいから食べてごらん。
昔は60円だったのに10円値上がりしたんだぜ。
ひどいだろ。
美味しそうにガリガリ君を頬張る洋介を見て愛蘭は笑い出した。
洋介は愛蘭がなんで笑っているのか分からなかった。
??
洋介はきっと中年のいいおじさんがアイスを食べているのが可笑しんだろうと思った。
確かに愛蘭はアイスを子供のように嬉しそうに食べる姿が可笑しく思ったのだが、愛蘭はこんなタイプの男性を見るのは初めてだった。
婚約者の天祐はプライドが高く愛蘭が望んでもいないのに高いブランド物のバッグや高い宝石をプレゼントしてきた。
彼とは全く真逆の世界の人だと感じた。
愛蘭は100円もしないアイスを貰えたほうがはるかに嬉しかった。
いただきます。
値上がりしたんなら私代金払いましょうか?
愛蘭は冗談めかして言ったつもりだったが洋介は本気にして
奢り奢り。
溶けちゃうから食べて。
なんとも平凡だが垂れた目で憎めない顔をした洋介に勧められて愛蘭はアイスを口にした。
とても美味しいと思った。
アイスは冷たかったが心は暖かくなった。
車は進むと大草原の一本道となった。
周囲に何もない洋介が昔から憧れていた風景。
綿あめのような雲が遠くにいくつも浮かんでいる。
それ以外は山も人工物も何もない道だけが真っ直ぐ伸びる360度地平線だ。
洋介は窓を全開に開け風を感じた。
愛蘭も髪をなびかせながらこの風景を楽しんでいた。
緑の大地と青い空が地平線で溶け合っていた。
洋介は車を路肩に停めて外に出てみた。
車を降りた愛蘭も大きく伸びをしていた。
吹き抜ける風がとても気持ちが良い。
通行する車も殆どない。
洋介の故郷は山の多い場所だったからこんな地平線を見るのは初めてだった。
愛蘭さんの国の中国は広いからこんな景色珍しくないんだろうね。
ううん。
確かに広いけどこんなに緑がいっぱい広がる草原は私は見たことないですよ。
砂漠はあるけどね。
それに私の住むところは海に近いし山もあるから今日地平線を見ることが出来て嬉しい。
洋介は妻がこの風景を見たら何て言うんだろうとふと思った。
洋介は頭を振ってそんな考えはやめなきゃと思った。
もし独りでここに来ていたらこんなに感動しただろうか…
果てしなく空まで続く道を愛蘭は遠い目で見ていた。
そんな愛蘭の横顔を洋介は優しい眼差しで見つめた。
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