北の大地で君と

高松忠史

文字の大きさ
4 / 15

しおりを挟む


外は明るくなっていた。

良かった…
気がついて。

愛蘭が心配そうに覗き込んでいた。

さっきの温かい手は愛蘭さんの…

洋介は思いながらずっと愛蘭の手を握っていることに気づき慌てて握った手を離した。

私のせい…



海で…

あ…

そんなことないよ。
愛蘭さんのせいなんかじゃない。
それに俺はもう大丈夫だよ…


洋介は答えた。

洋介は熱を出して布団に入ったところまでは記憶にあるが、その後のことは朦朧としていたため覚えていない。

愛蘭さんがずっと?

…はい。

汗を出し切ったせいか熱も下がり体が楽になっていた。

洋介は自分が浴衣を着ていることに気づいた。
あれ、昨日俺浴衣着なかったよな…
キョロキョロ周りを見渡すと昨日着ていた服がきれいに畳まれて枕元に置かれていた。
洋介はパンツを履いていないことに気がついた。

愛蘭が下を向いて顔を真っ赤にしている。

すみません、私が脱がせました…

今度は洋介が顔を赤くした。

汗を拭いたほうがいいと思って…

熱が下がったのは愛蘭の看病のおかげだった。

洋介は
ありがとう…
熱が下がったのは愛蘭さんのおかげだよ。

まだ俯いている愛蘭に感謝の言葉をかけた。

愛蘭の布団を見ると全く寝た形跡がなかった。

一晩中俺のことをこの娘は…
洋介は胸が熱くなった。

愛蘭さん…
これで貸し借りなしだよ。
日本式の布団経験できなかったね…

と声をかけた。

愛蘭はニコっと笑って応えた。

しかし洋介は俺全部見られちゃったんだよな…
恥ずかしかった。

一緒に朝ごはんを食べた。
やはり独りで食べる朝飯より美味しく感じた。

洋介は朝風呂に入ってサッパリすると愛蘭と一緒に旅館を後にした。

その日は北海道も夏らしく暑い日になった。

洋介は財布の現金が少なくなってきたので途中コンビニのATMに寄って現金を下ろした。
車に戻りビニール袋からアイスを二つ取り出し一つを愛蘭に差し出した。

これガリガリ君っていう日本のアイス。
俺好きなんだ。
美味しいから食べてごらん。
昔は60円だったのに10円値上がりしたんだぜ。
ひどいだろ。

美味しそうにガリガリ君を頬張る洋介を見て愛蘭は笑い出した。

洋介は愛蘭がなんで笑っているのか分からなかった。

??

洋介はきっと中年のいいおじさんがアイスを食べているのが可笑しんだろうと思った。

確かに愛蘭はアイスを子供のように嬉しそうに食べる姿が可笑しく思ったのだが、愛蘭はこんなタイプの男性を見るのは初めてだった。
婚約者の天祐はプライドが高く愛蘭が望んでもいないのに高いブランド物のバッグや高い宝石をプレゼントしてきた。
彼とは全く真逆の世界の人だと感じた。

愛蘭は100円もしないアイスを貰えたほうがはるかに嬉しかった。

いただきます。
値上がりしたんなら私代金払いましょうか?

愛蘭は冗談めかして言ったつもりだったが洋介は本気にして

奢り奢り。
溶けちゃうから食べて。
なんとも平凡だが垂れた目で憎めない顔をした洋介に勧められて愛蘭はアイスを口にした。
とても美味しいと思った。
アイスは冷たかったが心は暖かくなった。

車は進むと大草原の一本道となった。
周囲に何もない洋介が昔から憧れていた風景。
綿あめのような雲が遠くにいくつも浮かんでいる。
それ以外は山も人工物も何もない道だけが真っ直ぐ伸びる360度地平線だ。

洋介は窓を全開に開け風を感じた。
愛蘭も髪をなびかせながらこの風景を楽しんでいた。

緑の大地と青い空が地平線で溶け合っていた。

洋介は車を路肩に停めて外に出てみた。
車を降りた愛蘭も大きく伸びをしていた。
吹き抜ける風がとても気持ちが良い。
通行する車も殆どない。
洋介の故郷は山の多い場所だったからこんな地平線を見るのは初めてだった。

愛蘭さんの国の中国は広いからこんな景色珍しくないんだろうね。

ううん。
確かに広いけどこんなに緑がいっぱい広がる草原は私は見たことないですよ。
砂漠はあるけどね。
それに私の住むところは海に近いし山もあるから今日地平線を見ることが出来て嬉しい。

洋介は妻がこの風景を見たら何て言うんだろうとふと思った。
洋介は頭を振ってそんな考えはやめなきゃと思った。

もし独りでここに来ていたらこんなに感動しただろうか…

果てしなく空まで続く道を愛蘭は遠い目で見ていた。
そんな愛蘭の横顔を洋介は優しい眼差しで見つめた。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...