北の大地で君と

高松忠史

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妻が残した手紙

妻が残した手紙

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凛とした空気が朝の山を包んだ。

愛蘭が車で身仕度をしている間洋介は既に火は消えている焚火の灰に木の枝で文字を書いた。

うつむいて石ころばかり

準備できたよ…
愛蘭から声がかかると洋介は枝でグシャグシャと文字を消して立ちあがった。

愛蘭は真っ白のブラウスに首には黄色いスカーフを巻いていた。

そう…
愛蘭はまだ信じていた…

二人は車に乗り込むと空港へ向かって出発した。
空港へ近づく一歩一歩が別れのカウントダウンであることを二人は理解していた。

愛蘭は力のない哀しい目で景色を眺めている。

洋介は何もかける言葉がなかった。
湧き上がる感情を必死に抑え洋介は思った。

愛蘭…この旅が君にとって将来の糧になってくれたらと心から願うよ…
俺のことを忘れてくれたって構わない…
自分の人生の大事な分岐点となったこの北の大地のことだけをいつか思い出してくれたなら…

俺は…

俺は愛蘭 君のことを一生忘れないよ…

洋介の瞳には涙が浮かんでいた。

二人言葉も無いまま車は無情にも空港へ到着した。

駐車場に入った車のエンジンが切れ車内に静寂が訪れたとき愛蘭はすべてが終わったことを悟った。

愛蘭は粛々と荷物を取り出すと洋介とともに空港のエントランスへ入っていった。

ここでいいよ…
愛蘭は振り返り洋介を見た。

洋介は震える手を握ってごまかした。
洋介はまともに愛蘭の顔を見ることが出来なかった。

洋介さん今までありがとう…
元気でね…

うん…
愛蘭も元気で…

愛蘭の右目からツゥーと涙が流れた。
愛蘭は洋介に涙を見られないように右を向いた。

洋介の沈痛な面持ちを愛蘭は見続けることが出来なかった。

愛蘭は歩き出した…

そして決して振り返らなかった。
振り返れば寂しくなるから…
愛蘭の瞳からは止めどなく涙が流れていた。

万感の思いで愛蘭は旅立っていく…

あまりにもあっけない別れだった。

洋介は茫然と愛蘭の後ろ姿を見送った。
やがて人混みに紛れて愛蘭の姿は洋介の視界から消えた…

洋介は倒れそうになる身体を必死に堪えた。

これでよかったんだ…

これで…

洋介の心は愛蘭が去っていくことへの悲しみ、自分自身に対しての不甲斐なさ、喪失感、絶望、様々な気持ちが混同し宙を彷徨っていた。

目には涙が浮かび足は雲の上を歩いているようにフワフワして手は震えていた。

蒼白のまま車に戻ってきた洋介は虚ろな目で呆然としていた。

最早洋介には時間の感覚も喪失していた。
どのくらいそうしていたのか…

そんな時洋介の電話が鳴った…
倉田からだった。

もしもし倉田です。
南波さん?

はい…

どうです旅を楽しんでいますか?

ええ…まあ…

元気のない声で洋介は答えた。
こんな嘘が倉田に通用する筈はないと洋介は思った。

暫く沈黙が続いた。

南波さん…
この前南波さんは僕に
今幸せですか?
って聞きましたよね?

ええ…
倉田さんは幸せだと…

はい。そう答えました。

今日電話したのはあの時南波さんに聞き忘れたことがあったからです。

何ですか?

南波さん…

南波さんの幸せって何ですか?

え…?

俺の幸せ…?

洋介の頭の中は真っ白になった。

洋介はその言葉で思考が止まってしまいその後倉田の話しに相槌を打つだけだった。
暫くして倉田の電話は切れた。

俺の幸せ…?




わから…ない…


涙が溢れた…

心臓の鼓動が早くなってブルブル手足が震えた。
息を吸うことも辛い。

洋介は震える手でグローブボックスを開き美紗子からの手紙を取り出した。

これは美紗子が死の間際  これから先洋介がどうしても悲しくて我慢出来なかった時、道に迷ってしまった時に開けてと渡されたものだ。

洋介は震える手で手紙を開封した。



あなたへ

この手紙をあなたが読んでいるときには私はもうあなたの側にはいないのでしょうね…

あなたを残して先に逝ってしまうこと許してね…
あなたがこれからどう生きていくのか側で見届けられないのが残念です。

あなたはこう思っているのかしら…
こんなに早く死ななければならなかった私は可哀想だって…

そう思っているならそれは誤解よ。

私の人生はとても充実したものでした。
それはあなたに出会うことが出来たから…
人の人生って80年、90年生きた人と40年生きた人と幸せにはかわりはないと思うの。
私とあなたは出会ってから僅か6年だけど、とても濃い人生を送ってきたと私は思っています。
あなたが注いでくれた優しさは私の幸せそのものだったのよ。
子供は出来なかったけど、その分私たちはいつも一緒にいられた。
一緒に色んな所にも行けたし、美味しいものも食べられたわね。

そして…
あなたは今辛いから…迷いがあるからこの手紙を開けたのよね?

私はね哀しむあなたを見ることが辛いの…
あなたはまだ若いんだから先があるのよ。
いつまでもくよくよしていてはダメ。

いつか言ったこと覚えている?
今起こっていること、それ本当にその人が決めた結果なのかな?
目に見えない大きな力が働いて今の結果になったんじゃないのかな?
私達が出逢えたのもきっと偶然なんかじゃない気がするの。
お互いに必要だったから引き寄せあったのかもしれないね。
大きな力で…

あなたはいっぱい、いっぱい私に温もりをくれた。
誰だったか偉い人がこんなことを言っていたわ
人は悲しみを経験するほど他人には優しく出来るって。
あれ北斗の拳だったかな?それともなんかの唄だったかしら?

あなたは私のことで悲しんでくれた。
でもねそれは前よりさらにあなたは人に優しくなれるってことなのよ。

それにあなたがいつまでも悲しんでいたら私はいつまでも心配で成仏できないじゃない

あなたのその優しさが必要な人がこれからきっと現れるはずよ。
あなたが私にしてくれたように守ってあげてね。

元気だしなさい!
我が人生に一点の悔いなし!

迷ったら自分の心の声を素直に聞きなさい。
これはあなたから教えてもらったことよ。

私は幸せでした
今までありがとう

さようなら…

美紗子



洋介は嗚咽しながら手紙を読み終えた…
涙がポタポタと止めどなく手紙に落ちた。



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