愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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恋人編

第5話「自他の境界が曖昧な者は精神的に幼い」②

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 ……う~ん……やっぱり嫌だな……。

 私は真白のお母さんを引き連れて、自分の部屋の前へとやって来ていた。

 真白のお母さんは、私の後ろで『早くしろ』とでも言いたげなオーラを醸している。私は背後から感じる圧に辟易として、心の中でため息を吐きながら肩を落とした。


「……何やってるの、姫川さん。早く入れてよ」

「あ~。あー、ハイ。わかりました」


 私はズケズケとした物言いをする真白のお母さんに無理矢理返事をしてから、グイッと部屋の扉を開ける。

 靴を脱いで、玄関を上がる。リビングと玄関を仕切る扉に手を掛けてから、一度深く息を吐き、満を持してドアを開ける。


「どうぞ」


 私はそう言って、作り笑いを浮かべて真白のお母さんを部屋に招き入れた。

 部屋の中は片付いており、床に衣類が乱雑に置かれているだとか、ペットボトルや酒の空き缶が置きっぱなしになっているだとか、そんな事はない。

 どうだ、これならば文句あるまい。私はそんな心地を抱きながら、真白のお母さんに内心でドヤ顔をする。

 と、途端、真白のお母さんはそそくさと部屋に入り、辺り一面をキョロキョロと見始めた。


「……ふぅん……」


 何やら鼻息を吐きながら、机の周りや棚の上、ベッドの下など、まるで内見でもしに来たかのようにくまなく隅々を調べて行く。私はそんな彼女にとてつもないストレスを覚えていた。

 頼むから、早くこの時間が終わって欲しい。キリキリと胃が痛む中で、私は肩を強ばらせて、真白のお母さんをただ眺める。


「……姫川さん」


 と、真白のお母さんが私に声を掛けてきた。私は「ハイ」と声を上ずらせると、真白のお母さんは、肩を竦めてから私に言い放つ。


「これ、真白にしてもらったでしょ?」


 ドキリと、私の心臓が勢いよく跳ねた。

 確かに、部屋の整理整頓自体は真白にしてもらった。でも、それはあくまで部屋の基盤を作ってもらっただけで、その後部屋を汚したのも、こうしてちゃんと片付けたのも、間違いなく私なのだ。

 だとしたら、何も問題ないはず。なのに、なんだってこの人は、こうもトゲのある話し方をするのだろう。私は緊張しながらも、「は、はい。そう、ですが」と返事をする。


「やっぱりね。あの子、一人暮らししてから整理整頓にハマりだしてね。でも、ほら。インテリアとか何も考えないで、物を増やすことしかしてないでしょ? あの子らしいと言うか、なんと言うか」

「は、はぁ。……よく見てますね、息子さんのこと」

「そりゃあ、母親なんだから。当然じゃない」


 真白のお母さんはそう言って肩を竦めた。なんかこの人、私が何を言っても鬱陶しそうな態度を取るな。


「でも、それってあなたの力じゃないでしょ?」

「え? ……ま、まあ、確かに、うまく部屋の整頓してくれたのはアイツですけど。でも、部屋を片付けたのは私だから……」

「ダメよ、あの子センス無いんだから。まったく、見てよコレ。ほら、なんでこんなところに棚なんか置くの? もうちょっとお洒落とか、風水とか、気にしなさいっての」


 真白のお母さんは、そう言って本棚の上の、ワイヤーで作られた物置にため息を吐いた。

 いや、ダサいとは思うが、別に人に見せるわけじゃないんだしこれでいいじゃん。それに風水って、そんなモン気にして一体何になるんだよ。

 私は真白のお母さんとの考え方の違いに唖然とした。何よりも嫌なのは、『風水』と言う言葉に、どことない地雷臭を感じたことだ。

 変なオカルトを信じる人は、なんか信用出来ない。この歳の大人あるあるではあるが、昨今の若者にはこの辺の信心深さはどうしても理解できないのだ。


「それと、姫川さん。ちょっと、クローゼットの中、見せてもらっていいかしら?」

「……え?」

「クローゼットの中よ。いいでしょ、別に」


 真白のお母さんがジロリとこちらを睨みつけてくる。私は「え、えっと、」と、彼女の視線に思わずたじろいでしまった。

 ぐえぇ、そこまで見るのかぁ。私は一気に心拍数が上がるのを感じた。

 いや。確かに、想定自体はしていた。していたのだけれど。私の心は一気にひっ迫していく。


「……その、あまり、そこまでは……プライベートだし……」


 私がおずおずと言うと、しかし、真白のお母さんは、私に構わないで、さっさとクローゼットの前に来て、両開きのドアを開けてしまった。

 ぬおお、マジか、と驚く間もなく。真白のお母さんはクローゼットの中を見て、「なに、これ」と目を見開いた。

 私のクローゼットの中には、例の地雷系な衣服たちと、隠す場所がなく仕方なく置いたBL本とが入っていた。

 ヤベェ。どうしよう。私は焦りが昂り、ぐるぐると目を回し始める。


「……服、は……ともかく……え、何この本……。……お、男の人同士が、裸で……」


 真白のお母さんは、中に入っていたBL本を手に取って、パラパラとページをめくりつぶやく。

 うわ……どうしよう、やらかした。私は恥ずかしさで喉をかき切りたい衝動に駆られた。


 いや。でも。だって。服はこれからも着るんだから、捨てる訳にはいかないし。だからって隠す場所なんか無いし。BL本も同じくで、無理矢理本棚から抜いてクローゼットに詰め込みはしたけど、これだけの数を隠すなんてやっぱり無理なわけで。


 い、いや。ワンチャン、これで真白のお母さんが変な方向に目覚めて、オタクに理解あるママさんになってくれる可能性もある。私はチラリと彼女の顔を見て、喉を鳴らす。


「……気持ち悪……」


 そして私は、彼女の嫌悪感に満ち満ちた表情を見て、そのルートが絶たれたことを察した。

 いや。まあ確かに、リアルだとこうなるだろうけど。私は冷や汗を流し、足元から地面が無くなったかのような、そんな感触を得た。


「ちょっと、姫川さん」


 と、真白のお母さんがため息を吐きながら私を見る。私は「はい」と呟いて、おずおずと彼女を見つめる。


「なに、この本。なんでこんな変な本を、こんなにもたくさん?」

「あ……いや……。その……それは、アレです。BL本と言いまして、その、男性同士の恋愛を描いた、とても尊い産物で、」

「そんなモンは見ればわかるのよ。え、なに? あなた、こう言うの好きなの?」

「ひえっ……は、はい……」


 私は涙目になりながら真白のお母さんに受け答える。真白のお母さんは露骨に口の端を吊り上げて、明らかに私に対して引いてしまっているようだった。

 と。真白のお母さんが、「ちょっと、姫川さん」と私に話しかける。私は視線を上げて、真白のお母さんの次の言葉を待つ。


「……ねぇ、あなた。やっぱり、真白とは別れてくれない?」


 私はお母さんの言葉を聞いて、「えっ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。

 は? え、はぁ? いきなり何言ってやがるんだ、コイツ。

 頭の中が混乱して、いくつもの言葉がごちゃごちゃと錯綜する。私は念の為に、「えっ、えっと? もう一回言ってください」と聞き返してみる。


「だから、あの子とは別れて欲しいの。ホント、絶対」

「……は、はァ? ハァァァ!?」



 私はお母さんの物言いに思わず大声をあげた。真白のお母さんは一瞬身を竦めると、「ちょっと、何よ、人の親に向かってその態度」と露骨に不機嫌を露わにした。


「いや、なんであなたが私にそんなこと言うんですか! そこに文句つけるのはおかしいでしょ!」

「何もおかしくないわよ。私はあの子の母親よ? だったら、当然、あの子の付き合いに口出しする権利があるはずよ」

「いや、でもそれって余程変な人と付き合ってる時ですよね!? 誰にでもってわけじゃないでしょ!」


 私は怒りに任せて反論する。すると、真白のお母さんは、私をじっと怪訝な表情で見つめて、そして、突然話の軸を大きく切り替え始めた。


「……私ね。自分の夫と結婚して、すごく後悔してるの」

「え? ……な、何ですか、急に」

「あの人、いつも自分のことばかりで、家事も手伝わないし、子供の面倒だってろくに見ない。私が専業主婦なら、まあ、まだわかるけど、共働きなのによ? おまけにそう言う所を怒ると、すぐに話を逸らして、一切反省しない。本当、あんな人だってわかっていたら、絶対に結婚なんかしなかったのに」

「……は、はぁ」


 いや、なんだ、一体。何が言いたいんだ、コイツは。
 何で私は、Twitterでよくありそうな女の愚痴を聞かされてるんだ。それが私に別れろって言うのと、一体何の関係があるんだ。私は真白のお母さんの言葉に、ただただ目を丸くする。


「……だからね。私は、あの子に私みたいになって欲しくないの。ちゃんとした相手を選ばないと、結婚って不幸になるの」

「…………」

「だけど、それで出てきたのがコレよ。そりゃああなた、私だって文句のひとつもつけたくなるわよ」


 真白のお母さんが、面と向かって私に言い切る。私はその言葉にギョッとして、「えっ、こ、コレって、何ですか!? ウソでしょ、なんで!?」とたじろいでしまう。


「だって、まずこの服」


 と、真白のお母さんは、そう言ってクローゼットに掛けられた地雷系な服を指さした。


「普通の人はこんな格好しないでしょ? 今日はまともな格好だけど、どうせ私が来るからってわざわざ着ただけでしょ」

「いや……確かに、変かもしれないけど……! でも、私が好きな服を着るのが、なんで……」

「何でって、変じゃない。好きな格好をすればいいって言うのは確かにそうだけど、でもやっぱり趣味悪いわよ」


 ぐ、ぐぬぬ……! 私は真白のお母さんの言葉にふつふつと怒りが湧き上がって来た。


「あと、この本。なんでこんな、男同士で変なことしてる本なんて集めてるのよ。気持ち悪い」

「こ、これは……! いや、私がどんな趣味でも別に……」

「いや、だから変じゃない。趣味悪いわよ。なに? あなたもしかしてソッチ・・・なの? なのに何で息子と付き合ってるの?」

「いや、ソッチって、別に私はレズビアンじゃないですけど、」

「あら、そう? 変な人だから、そうだと思ったのだけど」


 真白のお母さんが、明らかに私を見下すような態度を取る。私はその仕草に思わずカチンと来てしまって、つい彼女を睨みつけて、強く言い返してしまった。


「ちょっと、さっきからなんなんだよ。彼氏の親だからって、そう言う物の言い方はダメだろ」

「は? 何よその話し方。私は真白の母親よ? 普通はちゃんと敬語を使うでしょ」

「いや、そう言う話じゃなくて、」

「まったく、なんであの子はこんな子と付き合っちゃったのかしらね。やっぱり、女っ気がなかったから、女の子を見る目が無いのね。本当、敬語もろくに使えないなんて、親は一体どういう育て方をしたのかしら。ま、ろくでなしには違いないでしょうけど」


 ――なんだと? 私の頭の中で、ブチンと、なにかの糸が切れた音がした。

 私は「人の親バカにしてんじゃねぇぞ!」と叫びながら、真白のお母さんの胸倉に掴みかかってしまった。

 真白のお母さんが、「きゃっ!」と悲鳴をあげる。私はその瞬間にハッとして、パッと胸倉から手を離した。

 し、しまった。流石に今のはまずい。私は息を切らし、肝が冷える感覚を味わいながら、真白のお母さんから目を逸らす。


「……い、いきなり何すんのよ。恋人の親に掴みかかるとか、やっぱりあなた、常識がないわよ」


 私は「いやだって、」と一瞬口答えをしたが、自分の立場が悪いことを思い出し、すぐに口を閉じた。

 真白のお母さんが、私を見下し「ふん」と呟く。そして彼女は、肩を竦めてから私に言い放った。


「とりあえず、今のは真白に言っておくから。あの子も、あなたがどういう子なのかをちゃんと知れば、きっと嫌になるに決まってるわ。だって、私の子なんだから」


 真白のお母さんは吐き捨てるように言うと、踵を返して私の部屋から出て行った。

 私は部屋にぽつんと佇んで。その後、真白と再び会うことはなく、今日という日を終えた。
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