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恋人編
第7話「今は昔の集積地点」①
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真白と別れてから、5日程度が経過していた。私は部屋のベッドに寝ころんで、呆然と天井を眺めていた。
――ここのところ、何にもやる気がでない。
仕方なく学校へ行っても、授業も何もかも、耳から耳へ全ての情報が抜けていくようだった。優花里や玲菜と話しても、まともに受け答えができなくて、心が虚無に堕ちたかのように、上の空の空返事を繰り返すだけだった。
感情のすべてが麻痺してしまったかのようだ。今は、ほんの少しの車の音でさえも煩わしく思えてしまって、何の曲もかけていないのに、無理矢理イヤホンで耳を塞いでしまっている。
――原因はわかっている。真白と別れたショックが大きすぎて、心が疲弊してしまっているのだ。
自分から別れておいて、いざいなくなるとすぐにこれだ。乙女心と言うのは、スッキリしていなくて、どろどろと非常に面倒臭い。
ああ、でも、もう、とにかく、やる気が出ない。精神が苦しくて、私はごろりと、ベッドの上で寝返りをうった。
「――由希、」
ふと、私はその名を口にする。
こういう時、いつだって私の隣には、アイツがいた。苦しくて、苦しくて、どうしようもない時は、いつだって、頼りになる親友が、心の中にいた。
私はスマホを手に取って、アイツにメッセージを送ろうとする。
だけど。L○NEを開いたその瞬間に、手が止まってしまった。
――ダメだ。アイツには、頼れない。
アイツは、私のことが好きなのだ。もうあの出来事から半年以上経っているから、忘れていても、おかしくはないけれど。
でも、アイツのことだから、今でも私に対して、色々と思うことがあるはずだ。
それなのに、私が今更アイツに話しかけたところで――。私は、拭いきれない気まずさに、ぐっと歯を食いしばってしまった。
「――クソ、」
私はスマホを叩きつけるようにベッドへ腕を下ろした。ぼすん、という手応えの無い音が響いて、辺りがまた静寂に包まれる。
――ああ、クソ。どうすりゃいいんだよ。
手詰まりだ。私は一体、なにをすべきなのだろう。
そうして私は、この地獄のような静寂の中、ただ時間が過ぎていくのを呆然と待っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
――部屋の中で。僕は机の上に置いた、中身がまったく減っていない酒瓶を睨みつけていた。
傍らには、コップに入ったお酒が置かれている。
ほんの少しだけ口をつけただけで、中身はほとんど減っていない。そもそもお酒が嫌いな人間なのだから、こうなるのはわかっていたはずなのに。
頭の中がぐちゃぐちゃとかき乱される。それほどまでの不快感と、後悔と、絶望とが、僕の体の中に満ち満ちている。
なんとか現実逃避がしたくて、普段は手を出さないアルコールに手を出したが……どうにも、この鼻につくような味が、僕には合わない。僕は精神をがんじがらめにされたかのように、目を伏せため息を吐いた。
と。机の上に投げっぱなしになっているスマートフォンが、ぶるぶると震えた。僕は画面に表示された名前を見て、眉間にしわをよせる。
――母親だ。僕は鬱陶しく思いながらもスマホを取り、そして、画面上の緑のボタンを押す。
「……なに?」
『真白。連絡見たわよ。あの子と別れたって、本当なの?』
僕はやはりと言うべき話題にため息を吐く。そしてかなりぶっきらぼうに、「ああ。そうだけど」と、刺すような気持ちで受け答える。
『あら、そうなの! そうそう、それでいいの。言ったでしょ、あの子は絶対にヤバいから、別れた方が良いって』
母親は、僕の感情に気付きもしないで電話の向こうで喜んでいた。僕はその物言いにイライラとしてしまい、思わず舌打ちをする。
「……あのさ。いつも思うんだけど、なんで大して話したこともないアンタが、詩子のことをそんな風に言えるの?」
『なんでって……何回か話したじゃない。それで十分でしょ。ろくに挨拶もできないし、敬語もまともじゃない。親に向かって舐めた態度を取るし、ヤバい女の典型例じゃない。あんなの、やめておいて良かったって』
「そのどれもこれもに、ちゃんと理由があったけど。……母さん、母さんは何も知らないだけだよ。詩子は、バカで失礼なだけの女とは違うんだよ」
『それは、アンタがあの子を好きだから、冷静になれなかっただけでしょ。ちゃんと周りの言うことは聞くものよ。1番冷静に物事を見てるんだから』
「冷静だよ。僕はアンタなんかより、余程冷静にアイツを見ていたよ」
『アンタ、親に向かってアンタって何よ。いつもいつも、その言葉遣い直しなさいって言ってるでしょ?』
僕は母親の言葉にギリギリと奥歯を噛み締める。電話口でため息を吐くと、母親はさらに、『いいじゃん、別に。もう別れたんだから』と言って続けた。
『あのね、真白。過ぎたこともくよくよ言っても仕方ないじゃない。別に、あの子じゃなくても、どこかで良い人と巡り会えるじゃん。過去を引きずらないで、もっとポジティブに考えよう?』
「っ…………。…………本当、アンタは、もう、マジでどうしようも無いな」
『ちょっと、何よその言い方。親に向かってなんてこと言うのよ』
「うるさい。大体、何が冷静に見ている、だよ。アンタだって、あんなしょうもない男と結婚しやがった癖に。いつもいつも、子供の頃から、愚痴とか悪口とかばっかだった癖に、自分のことは棚上げかよ」
僕は怒りで理性が吹き飛んでいき、ついついと母親に噛み付いてしまう。
母親は僕の言葉に動揺したのか、電話の向こうで、『アンタ、またなんて事言うのよ』と声を震わせた。僕はそれでも、なお母親に噛み付く。
「だって、見たらわかるでしょ。アイツ、いつも家事とか手伝わない癖に、いつもいつも父親面して、調子のいいことばかり言いやがって。大体、自分が悪いって時に、いつも話を逸らしたり、酷い時にはキレたりして、絶対に謝らないし。あんな奴と結婚しておいて、僕に対して人を見る目が無いとか、人のこと言えないだろ」
『そんなこと言ってないでしょ! 冷静になれてないって言ったのであって』
「似たような意味だろ」
『大体、アンタね。お父さんのこと悪く言うけど、アレでもアンタの父親よ。手伝いだって、洗濯物を畳むとかはやってくれてるじゃない。言い過ぎよ、自分の親に対して取る態度じゃないわよ』
「うるさいんだよ。いつもいつも父親の悪口ばかり言う癖に。なんだよ、こういう時だけ庇いやがって。だったら普段か愚痴愚痴言うんじゃねぇよ」
『アンタ、ちょっと落ち着きなさいよ。なんで息子にこんなこと言われなきゃいけないのよ。いくらなんでも非常識だよ、アンタ』
「非常識なのはそっちだろうが!」
僕は思わず、喉を震わせて大声で叫んでしまった。
「ふざけやがって、ふざけんじゃねぇよ。親だからって何にでも口出ししやがって。僕が、僕がどんな気持ちで詩子と別れたと思ってんだよ」
『ちょ……なんでまたあの子を出してくるのよ』
「当たり前だろ。このままだと、アイツがますます苦しむって思って、僕は別れを切り出したんだよ。なんで親のせいでこんなことになってるんだよ。おかしいだろ、なんでこんな意味のわかんない理由で別れなきゃならないんだよ。親だったら、もっとちゃんと、真っ当にしてくれよ。お前のせいで、僕は……」
『な、何よ、その言い方。て言うか、真白。アンタ、何勝手に親のせいにしてるのよ』
「――は?」
僕は母親からの言葉に思考が止まる。
『だって、そうじゃない。アンタ、自分から別れを切り出したんでしょ? だったらそんなの、アンタが別れたんじゃない』
「……は? いや、何言ってるんだよ。アンタらが散々別れろってうるさいから、」
『だから。例えそうでも、最終的に別れるって言ったのはアンタなんでしょ? だとしたら、それはアンタの決めたことだし、アンタの責任じゃない。私、別に良かったのよ? アンタがそのまま付き合ってても』
「――は?」
『でも、アンタはそうしなかったんじゃない。そんな程度の愛情で、そもそも付き合っていくなんてできるわけないでしょ。本当、やめてよ。何でもかんでも親のせいにするの』
ピタリと、世界の時が止まったような気がした。だけど呼吸は乱れていって、その荒れた音だけが、空気に響いて。
――何を、言っているんだ、コイツは? 僕はその一言を、しかし、声に出せなかった。
何を都合のいいことを言っているんだよ。お前が散々喚き散らして、お前が散々文句を言ったから別れたんだろうが。
それを、まるで、自分は悪くないかのように。僕の思考はぐるぐると歪んでいって、ありとあらゆる言葉が出なくなってしまった。
「――もう、いいよ。本当、もう」
『え? ちょっと、真白……』
僕はそのまま電話を切り、スマホを机に置く。
それから僕は、しばらく呆然と天井を見上げてから。感情に任せて、机の上のコップを、勢いよく壁に向けて投げつけた。
――ここのところ、何にもやる気がでない。
仕方なく学校へ行っても、授業も何もかも、耳から耳へ全ての情報が抜けていくようだった。優花里や玲菜と話しても、まともに受け答えができなくて、心が虚無に堕ちたかのように、上の空の空返事を繰り返すだけだった。
感情のすべてが麻痺してしまったかのようだ。今は、ほんの少しの車の音でさえも煩わしく思えてしまって、何の曲もかけていないのに、無理矢理イヤホンで耳を塞いでしまっている。
――原因はわかっている。真白と別れたショックが大きすぎて、心が疲弊してしまっているのだ。
自分から別れておいて、いざいなくなるとすぐにこれだ。乙女心と言うのは、スッキリしていなくて、どろどろと非常に面倒臭い。
ああ、でも、もう、とにかく、やる気が出ない。精神が苦しくて、私はごろりと、ベッドの上で寝返りをうった。
「――由希、」
ふと、私はその名を口にする。
こういう時、いつだって私の隣には、アイツがいた。苦しくて、苦しくて、どうしようもない時は、いつだって、頼りになる親友が、心の中にいた。
私はスマホを手に取って、アイツにメッセージを送ろうとする。
だけど。L○NEを開いたその瞬間に、手が止まってしまった。
――ダメだ。アイツには、頼れない。
アイツは、私のことが好きなのだ。もうあの出来事から半年以上経っているから、忘れていても、おかしくはないけれど。
でも、アイツのことだから、今でも私に対して、色々と思うことがあるはずだ。
それなのに、私が今更アイツに話しかけたところで――。私は、拭いきれない気まずさに、ぐっと歯を食いしばってしまった。
「――クソ、」
私はスマホを叩きつけるようにベッドへ腕を下ろした。ぼすん、という手応えの無い音が響いて、辺りがまた静寂に包まれる。
――ああ、クソ。どうすりゃいいんだよ。
手詰まりだ。私は一体、なにをすべきなのだろう。
そうして私は、この地獄のような静寂の中、ただ時間が過ぎていくのを呆然と待っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
――部屋の中で。僕は机の上に置いた、中身がまったく減っていない酒瓶を睨みつけていた。
傍らには、コップに入ったお酒が置かれている。
ほんの少しだけ口をつけただけで、中身はほとんど減っていない。そもそもお酒が嫌いな人間なのだから、こうなるのはわかっていたはずなのに。
頭の中がぐちゃぐちゃとかき乱される。それほどまでの不快感と、後悔と、絶望とが、僕の体の中に満ち満ちている。
なんとか現実逃避がしたくて、普段は手を出さないアルコールに手を出したが……どうにも、この鼻につくような味が、僕には合わない。僕は精神をがんじがらめにされたかのように、目を伏せため息を吐いた。
と。机の上に投げっぱなしになっているスマートフォンが、ぶるぶると震えた。僕は画面に表示された名前を見て、眉間にしわをよせる。
――母親だ。僕は鬱陶しく思いながらもスマホを取り、そして、画面上の緑のボタンを押す。
「……なに?」
『真白。連絡見たわよ。あの子と別れたって、本当なの?』
僕はやはりと言うべき話題にため息を吐く。そしてかなりぶっきらぼうに、「ああ。そうだけど」と、刺すような気持ちで受け答える。
『あら、そうなの! そうそう、それでいいの。言ったでしょ、あの子は絶対にヤバいから、別れた方が良いって』
母親は、僕の感情に気付きもしないで電話の向こうで喜んでいた。僕はその物言いにイライラとしてしまい、思わず舌打ちをする。
「……あのさ。いつも思うんだけど、なんで大して話したこともないアンタが、詩子のことをそんな風に言えるの?」
『なんでって……何回か話したじゃない。それで十分でしょ。ろくに挨拶もできないし、敬語もまともじゃない。親に向かって舐めた態度を取るし、ヤバい女の典型例じゃない。あんなの、やめておいて良かったって』
「そのどれもこれもに、ちゃんと理由があったけど。……母さん、母さんは何も知らないだけだよ。詩子は、バカで失礼なだけの女とは違うんだよ」
『それは、アンタがあの子を好きだから、冷静になれなかっただけでしょ。ちゃんと周りの言うことは聞くものよ。1番冷静に物事を見てるんだから』
「冷静だよ。僕はアンタなんかより、余程冷静にアイツを見ていたよ」
『アンタ、親に向かってアンタって何よ。いつもいつも、その言葉遣い直しなさいって言ってるでしょ?』
僕は母親の言葉にギリギリと奥歯を噛み締める。電話口でため息を吐くと、母親はさらに、『いいじゃん、別に。もう別れたんだから』と言って続けた。
『あのね、真白。過ぎたこともくよくよ言っても仕方ないじゃない。別に、あの子じゃなくても、どこかで良い人と巡り会えるじゃん。過去を引きずらないで、もっとポジティブに考えよう?』
「っ…………。…………本当、アンタは、もう、マジでどうしようも無いな」
『ちょっと、何よその言い方。親に向かってなんてこと言うのよ』
「うるさい。大体、何が冷静に見ている、だよ。アンタだって、あんなしょうもない男と結婚しやがった癖に。いつもいつも、子供の頃から、愚痴とか悪口とかばっかだった癖に、自分のことは棚上げかよ」
僕は怒りで理性が吹き飛んでいき、ついついと母親に噛み付いてしまう。
母親は僕の言葉に動揺したのか、電話の向こうで、『アンタ、またなんて事言うのよ』と声を震わせた。僕はそれでも、なお母親に噛み付く。
「だって、見たらわかるでしょ。アイツ、いつも家事とか手伝わない癖に、いつもいつも父親面して、調子のいいことばかり言いやがって。大体、自分が悪いって時に、いつも話を逸らしたり、酷い時にはキレたりして、絶対に謝らないし。あんな奴と結婚しておいて、僕に対して人を見る目が無いとか、人のこと言えないだろ」
『そんなこと言ってないでしょ! 冷静になれてないって言ったのであって』
「似たような意味だろ」
『大体、アンタね。お父さんのこと悪く言うけど、アレでもアンタの父親よ。手伝いだって、洗濯物を畳むとかはやってくれてるじゃない。言い過ぎよ、自分の親に対して取る態度じゃないわよ』
「うるさいんだよ。いつもいつも父親の悪口ばかり言う癖に。なんだよ、こういう時だけ庇いやがって。だったら普段か愚痴愚痴言うんじゃねぇよ」
『アンタ、ちょっと落ち着きなさいよ。なんで息子にこんなこと言われなきゃいけないのよ。いくらなんでも非常識だよ、アンタ』
「非常識なのはそっちだろうが!」
僕は思わず、喉を震わせて大声で叫んでしまった。
「ふざけやがって、ふざけんじゃねぇよ。親だからって何にでも口出ししやがって。僕が、僕がどんな気持ちで詩子と別れたと思ってんだよ」
『ちょ……なんでまたあの子を出してくるのよ』
「当たり前だろ。このままだと、アイツがますます苦しむって思って、僕は別れを切り出したんだよ。なんで親のせいでこんなことになってるんだよ。おかしいだろ、なんでこんな意味のわかんない理由で別れなきゃならないんだよ。親だったら、もっとちゃんと、真っ当にしてくれよ。お前のせいで、僕は……」
『な、何よ、その言い方。て言うか、真白。アンタ、何勝手に親のせいにしてるのよ』
「――は?」
僕は母親からの言葉に思考が止まる。
『だって、そうじゃない。アンタ、自分から別れを切り出したんでしょ? だったらそんなの、アンタが別れたんじゃない』
「……は? いや、何言ってるんだよ。アンタらが散々別れろってうるさいから、」
『だから。例えそうでも、最終的に別れるって言ったのはアンタなんでしょ? だとしたら、それはアンタの決めたことだし、アンタの責任じゃない。私、別に良かったのよ? アンタがそのまま付き合ってても』
「――は?」
『でも、アンタはそうしなかったんじゃない。そんな程度の愛情で、そもそも付き合っていくなんてできるわけないでしょ。本当、やめてよ。何でもかんでも親のせいにするの』
ピタリと、世界の時が止まったような気がした。だけど呼吸は乱れていって、その荒れた音だけが、空気に響いて。
――何を、言っているんだ、コイツは? 僕はその一言を、しかし、声に出せなかった。
何を都合のいいことを言っているんだよ。お前が散々喚き散らして、お前が散々文句を言ったから別れたんだろうが。
それを、まるで、自分は悪くないかのように。僕の思考はぐるぐると歪んでいって、ありとあらゆる言葉が出なくなってしまった。
「――もう、いいよ。本当、もう」
『え? ちょっと、真白……』
僕はそのまま電話を切り、スマホを机に置く。
それから僕は、しばらく呆然と天井を見上げてから。感情に任せて、机の上のコップを、勢いよく壁に向けて投げつけた。
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