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友情編
第12話「女でも女の裸にはえっちぃと思うけど私はレズビアンではない。それはそれでこれはこれである」
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「今日はありがとうね、由希」
私は玄関で由希にそう言った。由希は「いや、別にいいよ」と笑い、玄関の扉に体を預けた。
「困ったら助けるからさ。当然じゃん、私とアンタだし」
「本当に助かる。いやもう、マジでなんでこうなったんだって感じだよ」
「まあなあ。河野が言わなけりゃ怖がらなくても済んだかもだけど……いやそっちの方が怖いな」
「まあ、ね。ちょっと大袈裟とは思ったけど」
私は小さくため息を漏らす。
大袈裟だとは言っても、怖いもんは怖い(あと吉田だし)。河野は再三『ただの妄言になる』と言っていたし、ようはこの対応は『妄想が現実になったら大変だから備えておこう』と言う意味でしかないのだろう。この状況は(少なくともストーカーに関しては)『何もされてない』に等しいのだし、その状況で国家機関を動かすのも難しいものだ(だいたい警察からしたら自意識過剰な痛い女の被害妄想にしか見えない可能性もあるし)。
……というか、一体どれだけこの生活を続ければいいんだろう。私はふとそんなことを思った。
いやそもそも、私は部屋の中を安全だと思っていたけど、それだってどこまで信頼できるかわからない。窓を割って侵入されたらどうしようか、というかどこかから見られてたらどうしようか。ドアスコープの向こう側から中を覗くことってできるのだろうか。というか家の近くにいるってだけでも怖い。私はどんどんと不安に侵されていくのを感じた。
「……ゆ、由希」
「ん、どったの?」
「あのさぁ……非常に申し訳ないんだけど、しばらく私の家に泊まってくれない?」
「え、え?」
由希がぽかんとした表情で私を見つめる。
「だ、だってさぁ~! 部屋にいるとはいっても結局一人だし、何があるかもわかんないしさぁ! マジでお願い、本当、助けて!」
「あ、ああ、いやまあ、別に私は構わないけど。……いいの?」
「いいよいいよ別に! アンタだし! ていうかアンタがいてくれたらマジで心強い! 今からヒャッハーが10人乗り込んできてもアンタならボッコボコにできるじゃん!」
「そ、それはよくわからないけど、まあ、うん。そういうことなら、わかったよ」
「うっひゃぁ、やった! あ、着替えとかどうする?」
「お兄ちゃんに持ってきてもらう。アイツ車あるし」
「兄上様様だわ。一瞬足りとも一人になりたくないから、マジで。あ、お風呂一緒に入っちゃう?」
「バカ! さ、さすがにそこまではできないよ!」
由希はかなりマジな顔で言い返した。私はそれが面白くてケラケラと笑った。
……ああ、本当、コイツがいるだけで、大分違うな。私は心の底から、由希という存在に感謝した。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数日が経った。由希は私の頼みを聞いて、連日私の家に泊まり込んで、私と一緒に過ごしてくれた。
正直友達がずっと家にいるというのは、実のところあまり良い気はしなかった。だって、私は陰キャだから、どうしても『独り』の時間が欲しいからだ。けど由希は私のそういう面を把握してくれて、家の中にはいるものの、あまり私に積極的には関わらないと言うか、近すぎず遠すぎずという距離感で私と一緒に暮らしてくれた。
そして私は、今日も由希と共に大学へと出向く。きゃぴきゃぴと手を繋いだりしながら歩くのは、なんとなく気分が上がって楽しかった(こういう事してると、私も女子なんだなって気がしてきてしまう)。
けれど私は、しばらくそんな感じで過ごしている中で、やがて大学内に蔓延していた違和感に気付き始めた。
なんとなくだけど、みんなが私と由希を見て噂をしているように思えた。なにがって話になったら、なんだって言う感じなのだが、とにかく私はどことない不穏な空気を感じて、なんとなくいたたまれない気持ちにもなった。
どうやら由希は私以上にそれを感じていたようで、彼女は度々「ねえ、今日はちょっと、河野たちに任せた方が良くない?」と言ったりもしてきた。だけど私は、彼女が感じているであろう不安を察してこう答えていた。
「気にしなくていいよ。ほら、私って嫌われてるし。変な邪推してくる奴とかいてもおかしくはないから。けど、私らのことよく知らない癖に、私らに変なこと言ってくる奴らは無視すればいいんだよ。本当に付き合ってる訳でもないんだし。
……まあ、由希が嫌だったら、私はそれで構わないけど」
私がそう言うと、由希は笑って「うん」と私に付き合ってくれた。
けれど、私は致命的に誤解していたことがあった。
それは、私が由希という一人の人間のことを、完全に理解仕切っていると思い込んでいたことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
昼食の時間になり。私は由希と共に食堂で食事をしていた。
今日のご飯は学食ラーメン。大盛りは無料だが節制が得意な私は控えめに並盛を頼んでいた。
「今日もダイエットです」
「……詩子。それはネタで言ってるんだよな?」
「なにを言っているのかしら? 大盛り無料を我慢したってことはそれだけカロリーが下がったってことですわ。つまりこれはダイエット成功ということですわよ」
「なにその口調。いや詩子、その、言っちゃなんだけど痩せたいのならそれはどうかと思うよ? 脂質と炭水化物の爆弾じゃんそれ」
「あー! アンタも河野と同じこと言うのね! 嫌だ! 私は肉と脂が食べたいの! チャーシューうめぇ!」
「……ダイエットについて何も言わなけりゃ誰も言わないよ」
「だって、言っておいた方が面白いじゃん」
「いじって欲しいのかガチなのかわからんからなんかやりづらいのよ」
グサッ。私の胸に最後の言葉が深く刺さった。
うごご……河野がいつもなんか微妙そうな顔してたのはそういうことか。でも仕方ないじゃん、自虐ネタってそもそもそんな感じなのよ。
私は由希の話を受け流して、割り箸をパキッとしてから「いただきます」と手を合わせた。そして豪快に麺をすする。
うん、美味い! これがアニメなら今頃テーレッテレーという効果音でも鳴っていそうだ。
と、そんな感じで過ごしていたら。
「姫川さん、天音さん」
私たちに、突然見知らぬ女子が話しかけてきた。
茶色い髪をヘアアイロンでくるくると巻いて、ふわっとしたかわいらしい顔立ちをしている。化粧もそれなりに肌に乗っていて、元より端正なのであろう顔がより一層綺麗に見える。私はこのプリクラで目をでかくしてズッ友とかなんとか書いてそうな女子に首を傾げた。
「……誰です?」
「あ、私松田真希って言うの。よろしくね」
「……はあ……」
私はきょとんとして目の前の女子に受け答える。と、私の対面に座っている由希が、やけに慌ただしくガタリと立ち上がった。
「……どしたん、由希?」
「あっ、いや……。詩子、別の所行こう」
「えっ、マジでどしたん? なに、なんかあった?」
「いや、その……」
私は由希の狼狽の意味がよくわからなかった。しばらくぽかんとしていると、隣の松田とかいう女が私にまた話しかけてきて。
「……姫川さん、私ちょっと気になったから聞きたいんだけどね」
「え? あ、なんです……?」
「姫川さんと天音さんって、付き合ってるの?」
私はあまりに奇想天外な質問に口を開けてしまった。
いやいやいや。まあなんか、そんな風に見られてるのはなんとなくわかってたけどさ。私はため息を吐いて松田に返した。
「いや、別にそんなんじゃないですけど。だって女同士だし。ていうか、なんだろう……別に、仲良い友達と一緒に遊んでるって、珍しいことでも無いと思うんですけど」
「えー、でもここ最近毎日家にいるって聞いたし。コンビニでよく一緒にいるの見るし、なんか、友達って距離感じゃないって言うか」
「それはちょっとめんどくさい事情があって……。とにかく、私はそんな趣味ないですし。まあ誤解ですから、気にしないでください」
「えっ、そうなの? 意外。だって、天音さんって……」
と。由希が焦るように「おい」と松田に声をかけた。
「松田。そこまでにしろ。別に、関係ないじゃん。詩子もさ、話聞く必要ないよ。別の席行こう?」
「え? ……う、うん。……まあ、そこまで言うなら……」
「えっ、じゃあ姫川さん、知らないの?」
松田がわざとらしく目を大きくして言ってきた。いや、なにをだよ。
「天音さんってさ、レズなんだよ?」
………………。
………………。
は?
私は玄関で由希にそう言った。由希は「いや、別にいいよ」と笑い、玄関の扉に体を預けた。
「困ったら助けるからさ。当然じゃん、私とアンタだし」
「本当に助かる。いやもう、マジでなんでこうなったんだって感じだよ」
「まあなあ。河野が言わなけりゃ怖がらなくても済んだかもだけど……いやそっちの方が怖いな」
「まあ、ね。ちょっと大袈裟とは思ったけど」
私は小さくため息を漏らす。
大袈裟だとは言っても、怖いもんは怖い(あと吉田だし)。河野は再三『ただの妄言になる』と言っていたし、ようはこの対応は『妄想が現実になったら大変だから備えておこう』と言う意味でしかないのだろう。この状況は(少なくともストーカーに関しては)『何もされてない』に等しいのだし、その状況で国家機関を動かすのも難しいものだ(だいたい警察からしたら自意識過剰な痛い女の被害妄想にしか見えない可能性もあるし)。
……というか、一体どれだけこの生活を続ければいいんだろう。私はふとそんなことを思った。
いやそもそも、私は部屋の中を安全だと思っていたけど、それだってどこまで信頼できるかわからない。窓を割って侵入されたらどうしようか、というかどこかから見られてたらどうしようか。ドアスコープの向こう側から中を覗くことってできるのだろうか。というか家の近くにいるってだけでも怖い。私はどんどんと不安に侵されていくのを感じた。
「……ゆ、由希」
「ん、どったの?」
「あのさぁ……非常に申し訳ないんだけど、しばらく私の家に泊まってくれない?」
「え、え?」
由希がぽかんとした表情で私を見つめる。
「だ、だってさぁ~! 部屋にいるとはいっても結局一人だし、何があるかもわかんないしさぁ! マジでお願い、本当、助けて!」
「あ、ああ、いやまあ、別に私は構わないけど。……いいの?」
「いいよいいよ別に! アンタだし! ていうかアンタがいてくれたらマジで心強い! 今からヒャッハーが10人乗り込んできてもアンタならボッコボコにできるじゃん!」
「そ、それはよくわからないけど、まあ、うん。そういうことなら、わかったよ」
「うっひゃぁ、やった! あ、着替えとかどうする?」
「お兄ちゃんに持ってきてもらう。アイツ車あるし」
「兄上様様だわ。一瞬足りとも一人になりたくないから、マジで。あ、お風呂一緒に入っちゃう?」
「バカ! さ、さすがにそこまではできないよ!」
由希はかなりマジな顔で言い返した。私はそれが面白くてケラケラと笑った。
……ああ、本当、コイツがいるだけで、大分違うな。私は心の底から、由希という存在に感謝した。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数日が経った。由希は私の頼みを聞いて、連日私の家に泊まり込んで、私と一緒に過ごしてくれた。
正直友達がずっと家にいるというのは、実のところあまり良い気はしなかった。だって、私は陰キャだから、どうしても『独り』の時間が欲しいからだ。けど由希は私のそういう面を把握してくれて、家の中にはいるものの、あまり私に積極的には関わらないと言うか、近すぎず遠すぎずという距離感で私と一緒に暮らしてくれた。
そして私は、今日も由希と共に大学へと出向く。きゃぴきゃぴと手を繋いだりしながら歩くのは、なんとなく気分が上がって楽しかった(こういう事してると、私も女子なんだなって気がしてきてしまう)。
けれど私は、しばらくそんな感じで過ごしている中で、やがて大学内に蔓延していた違和感に気付き始めた。
なんとなくだけど、みんなが私と由希を見て噂をしているように思えた。なにがって話になったら、なんだって言う感じなのだが、とにかく私はどことない不穏な空気を感じて、なんとなくいたたまれない気持ちにもなった。
どうやら由希は私以上にそれを感じていたようで、彼女は度々「ねえ、今日はちょっと、河野たちに任せた方が良くない?」と言ったりもしてきた。だけど私は、彼女が感じているであろう不安を察してこう答えていた。
「気にしなくていいよ。ほら、私って嫌われてるし。変な邪推してくる奴とかいてもおかしくはないから。けど、私らのことよく知らない癖に、私らに変なこと言ってくる奴らは無視すればいいんだよ。本当に付き合ってる訳でもないんだし。
……まあ、由希が嫌だったら、私はそれで構わないけど」
私がそう言うと、由希は笑って「うん」と私に付き合ってくれた。
けれど、私は致命的に誤解していたことがあった。
それは、私が由希という一人の人間のことを、完全に理解仕切っていると思い込んでいたことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
昼食の時間になり。私は由希と共に食堂で食事をしていた。
今日のご飯は学食ラーメン。大盛りは無料だが節制が得意な私は控えめに並盛を頼んでいた。
「今日もダイエットです」
「……詩子。それはネタで言ってるんだよな?」
「なにを言っているのかしら? 大盛り無料を我慢したってことはそれだけカロリーが下がったってことですわ。つまりこれはダイエット成功ということですわよ」
「なにその口調。いや詩子、その、言っちゃなんだけど痩せたいのならそれはどうかと思うよ? 脂質と炭水化物の爆弾じゃんそれ」
「あー! アンタも河野と同じこと言うのね! 嫌だ! 私は肉と脂が食べたいの! チャーシューうめぇ!」
「……ダイエットについて何も言わなけりゃ誰も言わないよ」
「だって、言っておいた方が面白いじゃん」
「いじって欲しいのかガチなのかわからんからなんかやりづらいのよ」
グサッ。私の胸に最後の言葉が深く刺さった。
うごご……河野がいつもなんか微妙そうな顔してたのはそういうことか。でも仕方ないじゃん、自虐ネタってそもそもそんな感じなのよ。
私は由希の話を受け流して、割り箸をパキッとしてから「いただきます」と手を合わせた。そして豪快に麺をすする。
うん、美味い! これがアニメなら今頃テーレッテレーという効果音でも鳴っていそうだ。
と、そんな感じで過ごしていたら。
「姫川さん、天音さん」
私たちに、突然見知らぬ女子が話しかけてきた。
茶色い髪をヘアアイロンでくるくると巻いて、ふわっとしたかわいらしい顔立ちをしている。化粧もそれなりに肌に乗っていて、元より端正なのであろう顔がより一層綺麗に見える。私はこのプリクラで目をでかくしてズッ友とかなんとか書いてそうな女子に首を傾げた。
「……誰です?」
「あ、私松田真希って言うの。よろしくね」
「……はあ……」
私はきょとんとして目の前の女子に受け答える。と、私の対面に座っている由希が、やけに慌ただしくガタリと立ち上がった。
「……どしたん、由希?」
「あっ、いや……。詩子、別の所行こう」
「えっ、マジでどしたん? なに、なんかあった?」
「いや、その……」
私は由希の狼狽の意味がよくわからなかった。しばらくぽかんとしていると、隣の松田とかいう女が私にまた話しかけてきて。
「……姫川さん、私ちょっと気になったから聞きたいんだけどね」
「え? あ、なんです……?」
「姫川さんと天音さんって、付き合ってるの?」
私はあまりに奇想天外な質問に口を開けてしまった。
いやいやいや。まあなんか、そんな風に見られてるのはなんとなくわかってたけどさ。私はため息を吐いて松田に返した。
「いや、別にそんなんじゃないですけど。だって女同士だし。ていうか、なんだろう……別に、仲良い友達と一緒に遊んでるって、珍しいことでも無いと思うんですけど」
「えー、でもここ最近毎日家にいるって聞いたし。コンビニでよく一緒にいるの見るし、なんか、友達って距離感じゃないって言うか」
「それはちょっとめんどくさい事情があって……。とにかく、私はそんな趣味ないですし。まあ誤解ですから、気にしないでください」
「えっ、そうなの? 意外。だって、天音さんって……」
と。由希が焦るように「おい」と松田に声をかけた。
「松田。そこまでにしろ。別に、関係ないじゃん。詩子もさ、話聞く必要ないよ。別の席行こう?」
「え? ……う、うん。……まあ、そこまで言うなら……」
「えっ、じゃあ姫川さん、知らないの?」
松田がわざとらしく目を大きくして言ってきた。いや、なにをだよ。
「天音さんってさ、レズなんだよ?」
………………。
………………。
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